「……愛してる」  
輝がぽつんと言った。  
「…ほんと?」  
未沙の甘やかな囁きがふと、はぐらかすような響きを帯びた。  
「…無理しなくて、いいのよ」  
「無理?」  
輝は声の質を変えた。  
「どういう意味?」  
「ん……」  
未沙は上気した顔を逸らした。  
とらえどころのない表情になっている。  
「…べつに意味はないんだけれど」  
「…なんだよそれは」  
輝は腕の中の柔らかな躯を揺さぶりたいような凶暴な思いに囚われた。  
 
今に始まったことではない。  
これまでもちぐはぐな時はたまにあった。  
未沙はどうも、どっぷりとなにかに浸る事が苦手のようだった。  
彼はそれに馴れている筈だった──だがこんな時までその調子を見せられると腹もたつというものだ。  
輝は溜め息をついた。  
 
なぜ何度抱いてもこの女は完全に甘えようとしてくれないのかが、どうしても判らない。  
何度証明しても、何度訴えても予防線のようなものの後ろに隠れてぶつかってきてくれない未沙に、彼は憎しみにちかい強い感情を掻立てられた。  
未沙は彼の苛立ちに気付いたようだった。  
「輝…」  
そっと、彼女は彼のこめかみに唇をあてた。指は優しく彼の腕をすべった。  
「怒ったの?」  
「気分がいいわけじゃないよ」  
輝は皮肉げに呟き、彼女からそっと手を離した。  
「輝……」  
しなやかな躯から身をはなし、彼は起き上がった。  
 
彼はこの躯だけが欲しいわけでなく、まるごと、彼女の全部を手に入れたいのだ。  
それが叶わないとどこまでも思い知らされる、そんな情事しか手に入れられないのだろうか──最初はそこまで考えたことなどなかったが、いつしか輝はそれに我慢できなくなってきていた。  
未沙があまりにも甘く優しく従順で彼の好きにさせてくれるから、気付かないふりをしてきた。  
だが──。  
なまじ、全てをさらけ出しあった直後なだけに、彼女の言葉は輝を深く傷つけた。  
 
彼は寝台から降りると脱ぎ散らしていた服を身につけ始めた。  
身支度を整え、靴をとりあげた輝の背後から彼女の声がかけられた。  
「……帰るの?」  
「ああ」  
「こんな夜中に?」  
「……嫌われてるみたいだから」  
輝は針を含んだ言い方をして、靴をはくと立ち上がった。上着を手に取る。  
寝台を離れようとした背後で気配が動いた。  
次の瞬間柔らかな腕が後ろから輝の首に巻かれ、一糸まとわぬ彼女が背中にぶつかってきた。  
輝はよろけ、彼女の重みに引きずられるように寝台にひっくり返った。  
慌てて起き上がろうとまさぐる掌に熱く華奢な肩が触れ、振り向いた彼は、未沙の瞳が視線を捕えようと必死の光をたたえているのを見た。  
「なに…」  
「行かないで」  
未沙は小さく叫び、まだバランスを整えていない輝を抱き寄せると唇を重ねた。  
顔を離そうとしたが、彼女の腕が絡み付いてそれを許さなかった。  
「ん」  
瞬間抵抗しかけ、だが、輝はすぐに彼女のなすがままにその舌を受け入れた。  
瞳と同じく必死のキスだった。  
 
やがて未沙がわずかに離れ、輝は乱れた呼吸をごまかそうとして声を荒げた。  
「なんだよ、いったい」  
「ごめんなさい」  
未沙がいきなり謝った。  
「怒ったまま、帰らないで」  
「………」  
輝は溜め息をつくと、彼女を眺めた。  
 
間近でみるほどに端正な顔、白い肌、華奢なくせに艶かしいプロポーションの──彼の恋人。  
彼を愛しているくせに、たぶんひどく愛しているくせに、それをどうしても自分にも彼にも認められない女。  
未沙が輝の胸にすがるように抱きついて、輝は彼女の重みを感じた。  
「輝…ごめんなさい」  
「……」  
輝は無言で、その背中から腰にかけての魅惑的な線に手をかけて引き寄せた。  
ほっとしたように、彼女の背中からこわばった力が抜け、未沙は引き寄せられるままに彼にさらにもたれかかった。  
「輝」  
「未沙」  
彼が囁くと、彼女は不安そうに顔をあげた。  
「はい」  
「君のへそ曲がりには馴れてるし、馴れてたつもりだったけど今のはひどい」  
未沙の目が伏せられ、再びあがった。瑞々しい瞳が輝を見つめた。  
彼女は、輝の首に腕をまわしたままゆっくりと告げた。  
「……ごめんなさい」  
「もうひとつ」  
輝は続けた。  
「俺は、どうしたらその言葉を信じられる?」  
「………」  
未沙は吐息をついた。  
その長い髪の乱れを輝は撫でた。  
「……信じて」  
「ごめんなさいで済めば、さ。世の中平和なんだ」  
「……はい」  
輝は絡んだ。  
「俺は義務みたいに君を抱いたことはないし、無理をしたこともないよ」  
「………」  
未沙の瞳がこんな場合なのに少し動いた。可笑しそうに。  
「なのに俺を信じない。何故なんだ?」  
「…あなたを好きだからよ」  
 
「…………」  
虚をつかれたように輝の目がわずかに見開かれた。  
未沙は囁いた。  
「あなたが言えば言うほど不安になるんだわ──その気持ちが変わることだって、あるかもしれないから」  
「それはない」  
「でもそれは、あなたにもわからないでしょう?」  
「………」  
どう考えても未沙のほうに分があると輝は認めて溜め息を殺した。  
彼個人としては反論したいが、たしかにその通りだ。人の心は鋼ではない。  
「だけど、変わりたくないんだよ。俺は──そういう気持ちはわかって欲しい」  
「…わたしもわかりたいわ」  
「そう?」  
「ええ」  
未沙は肩を竦めて彼に寄り添った。  
輝はその躯を眺め、足を抱え込むと靴の紐に指をかけた。外していくと、未沙が視線をあげた。  
「…輝?」  
「──イヤ?」  
「いいえ」  
彼女はさっきより少し深く目を伏せた。  
輝はふっと笑って彼女の細い胴をひき攫った。  
そのままの勢いと重みで、彼女を寝台にうつぶせに押さえつける。  
「輝…」  
未沙の背中のしなやかな骨に指を滑らせた。  
「あ」  
ぴく、と彼女が揺らぐ。その尻の丸みに彼は体重をかけた。  
「これは──ちょっとした──罰だから」  
「……?」  
「君はなにもするな。なにも言うな。いい?」  
彼は乱れかかった長い髪を、彼女の頬から除いて反対側のシーツにまとめてやった。  
未沙の上気して少し不安そうな横顔が見えた。  
 
しみ一つない白い背に、輝は丁寧にキスをはじめた。  
「……好きだ、未沙」  
「わたし…」  
「返事をしない」  
「……」  
未沙は恥ずかしそうに背を少しくねらせた。  
その手首を握り、輝は細い項を舐め始める。  
「ふ…」  
未沙が吐息をおしころした。  
首筋が弱い彼女は、項への攻撃も弱い。彼はそれもとうに知っている。  
生え際を濡らし、耳朶を染め、彼は首から肩の線を噛みながら肌理の細かなその肌をじっくりと味わっていった。  
腕から脇の下に鼻先をつっこむと未沙は喘いだ。  
脇腹を甘く舐め、彼の重みもうけとめてほとんどおしつぶされている乳房の側面に舌を這わせた。  
反対側も同じに舐め、それから輝は顔をあげた。  
「あ…」  
未沙の背に残したうす赤い痕を眺め、彼は未沙が腰をくねらせているのを躯に感じている。  
「さっき満足したばかりなのにまだ欲しい?」  
「………」  
未沙の首筋がぱっと赤くなる。輝は、着たばかりの衣服を脱ぎ始めた。  
「…それでいいよ……俺も欲しい」  
未沙は吐息をつき、反対側に顔を背けた。  
揺れた髪を、輝はまた彼女の顔から払いのけた。  
頬は染まり、自由のきかない瞳はシーツに注がれている。視界が制限されているから彼を感じざるを得ない。  
本当なら向かい合って抱き合いたいはずだ。  
彼自身も未沙とはそうしたかった。はるかに心地いいし、よく反応が見られるから。その甘い乱れようが好きだから。  
だが、これは『罰』なのだ。  
彼を信じなかった彼女への。  
彼女を全て手に入れたいという焦りは収まらず、その意味では自分は壊れているのかもしれないと彼はふと思った。  
 
輝は彼女のひきしまった腹の下に掌を差し込んだ。  
腰を浮かせるように持ち上げ、膝をつかせる。間をおかず腰を重ね、性急に押し入った。  
「っ!」  
未沙が背を伸ばし、唇を開いて声をあげた。  
肘をつき、腰を掲げている彼女の姿が欲望を一層駆り立てる。輝は未沙の乳房を掬うように握った。  
「…ん…〜…!」  
深々と貫いたものがさらに奥に侵入して胎内を突き上げ、未沙がくぐもった声で呻く。  
これ以上は無理だと思うほど、いつも彼は彼女に深く侵入したがる。  
彼のそのやり方にも情熱を込めた乱暴な動きにも、未沙はいつの間にか馴らされて、受け入れることがいやではなかった。  
だが、この体勢はひどく辛かった。  
安定して躯を支えられないからかもしれない。ゆらゆらと動く腰に、輝が体重を容赦なくかけてくる。  
ふっと圧力が抜け、未沙が肘の位置をずらそうとした瞬間、輝がまた深く抉った。  
「ふ…、あっ!」  
未沙は悲鳴のような声を漏らした。  
輝の荒い息が耳朶の後ろを覆い、彼は未沙の腰を両手で掴むと本格的に動き始めた。  
「う…ん、あ…!あ、…!」  
膝を支える力でおなかに力がはいっており、その芯を抉られると初めてのときのような恐ろしさが彼女を襲った。  
彼に……蹂躙されるような。  
なのに。  
なのに、未沙は悟らざるを得なかった。  
もはや彼女の躯は処女ではなく、この淫らで重い責めにすら反応していることを。  
「ん……っん…」  
未沙は堪えきれずに肩を寝台に落とした。頬もシーツに押し付けられる。  
乱れた髪がシーツにひろがり、未沙は必死でそこに爪をたてた。  
いつもなら輝の背中がその指を受け止めてくれる。  
温かな彼の躯にすがりつける。  
だが今はそれが不可能だった。  
彼は未沙から見えない場所で、彼女を抱き、彼女の姿態を眺めている。  
見えないが彼女にはわかった。輝が、自分の姿を見てひどく興奮していることを。  
彼女の中の彼のものは硬さを増し、ほとんど熱した鉄棒で掻き回されているようだった。  
──だめ──。  
未沙は、ぎしぎしと低く唸る寝台の音と、輝の荒い息と、それから自分の漏らしている声を聞いた。  
 
輝が息と共に言葉を吐き出している。  
好きだ、好きだ、好きだ──未沙。  
未沙。  
未沙…………。  
輝、と彼女は言った。  
好き──好き、輝。  
好き──。  
 
(どうして、抱き合ってはいけないの)  
獣のように繋がるのもいい、そう、その相手が輝なら。  
彼が望むならそれもいい。  
彼とする全てが快楽で、未沙はもうそれを否定しない。  
どんな目にあわされてもいい、そう、輝がしたいと思うならば。  
だが──どうして、彼は、互いが本当に望んでいるやり方をしないのだろうか。  
(罰だから)  
いや、と彼女は訴えた。  
こんなこと──こんな──。  
こんなにもあなたを見たい。  
こんなにもあなたを抱きたい。  
そして、こんなにもあなたにキスをしたい。そして、あなたにそうされたい。  
一緒に、目を見ながら、互いに──。  
ああ──そのためならば、彼女は何でもやる事だろう。  
 
「本当?」  
 
ふいに、輝の声が響いた。  
「ふ…」  
未沙は薄く目を開き、動きを止めた彼に気付いた。  
その顎に後ろから指をかけ、輝は彼女を軽くのけぞらせた。  
「何でもすると──言った?」  
 
その語調の熱さと、声質の差に、彼女の頭の芯は一気に冷えた。  
だが、躯は全くの別だった。  
輝の動きは的確で、彼女の弱みを知り尽くした男のそれだった。  
支配されている──彼に。  
この瞬間、彼女は彼の奴隷も同様だった。  
未沙は操られるように、かすかに頷いた。  
「………もう、いいかな」  
輝が呟く。  
彼は退いた。  
未沙が崩れ落ちると、輝は彼女の片方の肩を引いた。  
「未沙」  
「輝」  
未沙は引かれた側に躯を捻り、輝に縋り付いた。  
彼が強く彼女を抱くと、未沙は喜びのあまり泣き声のような喘ぎを漏らした。  
「輝…輝…輝!……ん…」  
輝は彼女の唇を貪り、未沙は彼に貪られながら滑らかな脚を開いて輝の腰を挟み込んだ。  
輝は淫らで可愛らしいその仕草に口元を緩めた。  
「未沙……」  
「輝」  
未沙の、潤んだ瞳を彼は見た。  
すぐにも彼が入ってくると信じている。  
輝は目をとじ、大きく息を吸い込んだ。  
目を開けると、未沙が焦れて、ちいさく腰を突き上げた。  
輝が思わず笑うと、彼女は赤くなった。  
「我慢できない?」  
「………輝」  
大きく両の腿をひらいて、彼女は輝の目を見つめた。  
輝が掌をそのくびれた胴の横に置くと、彼女は輝のものを誘導して己の花に押し宛てた。  
その芯に呑み込まれ、輝は背を反らす。  
「あ」  
未沙が肩を竦めて喘いだ。ずぶずぶと、既に蕩けている二人の躯はすぐに交じり合い、ひとつになった。  
 
「っあ…」  
未沙の熱い甘い声、その動き、背中に廻される可愛らしい指の先の爪。  
喘ぎながら未沙が言った。  
「……こんな…ふうに」  
輝は答えず彼女をかき抱いた。  
「…ぜんぶいっしょに、なれれば…いいのに」  
 
ふと、輝はその声に滲む寂寥に気付いた。  
 
彼女が快楽だけを味わっているとなぜ彼は思っていたのだろう。  
あまりにも甘く柔らかな反応で包んでくれるから彼は自分の身勝手な冷酷さにこの瞬間まで気付いてはいなかった。  
なにを見ていたのだろう。  
彼女の喘ぎも躯も声も、全て輝のためのものだったのに。  
何度抱いても満足できない彼の理由をわかってくれていたのに。  
何度抱かれても満足できないのは彼女のほうだったかもしれないのに。  
 
なまじ溶け合う行為を許した関係だからこそ感じあえる切なさ。  
その切なさを埋めようとしてどうしても埋まらないからたぶん男女は何度も求め合うのだ。  
 
 
──どうしてこんなにも寂しいのだろう。  
 
泣く気はないが泣けるものなら泣きたかった。  
だから輝は、彼女の肩に顔を埋めた。  
罰を与えられるべきなのは彼女ではなく自分だ、たぶん。  
なのに、動きをやめることができない。  
彼女を貪ることをやめられない。  
「ごめん」  
彼は呟いた。  
「ごめん……」  
未沙が小さく囁いた。  
「輝…」  
彼女はそれ以上何も言わず、なす術もなく奪うばかりの輝に最後までつきあってくれた。  
かすかな苦痛のまといつく快楽に、何度も何度も声をあげながら。  
 
 
 

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