今回の喧嘩の原因がなんだったのか、今回も一条輝には思い出せなかった。
彼らは結婚する前から喧嘩の多いカップルではあったが、
さんざん揉めに揉めたあげくようやく結婚してからも共通の知り合いが全員不審に思うくらいやはり喧嘩の多いカップルであった。
彼女のほうが彼より上官という居心地の悪さに加え双方の仕事の都合ですれ違いもいいところの生活状況だし、
いつ離婚に至ってもなんの不思議もない環境のまま五ヶ月が過ぎた。
バルキリーのパイロットたちは全員、彼らの隊長がいつ妻と離婚するかその日を当てる賭けに参加しているらしいという怪しからぬ評判の持ち主ばかりだし、
艦長直属のチーフオペレーターたちも全員『その日』到来に備えて艦長判断の有効性についての対策マニュアルを練っているという──まあこれは冗談だろうが──噂である。
こんな噂が流れるのも、輝が新造艦メガロードの航空防衛隊の指揮官であり、彼の妻がその艦の艦長であるという特殊な立場の人間だからだ。
だが、輝が軍属にも関わらずあまり立場とメンツにこだわらない(ある意味問題のある)性格だということと、彼女があまり彼にかまってやれないやましさからか心配りを尽くしているらしいという2点において、彼らはなんとかかんとか安穏に夫婦生活を営んでいた。
それでも、やはり爆発はする。
それぞれ激務だから彼女も疲れるし彼だって疲れる。
仕事面で他人と折衝を繰り返しつつ日常生活でも相手にあわせてばかりいるのは普通の人間にはとてもできない相談だ。
だが、その爆発が小規模で済んでいるのにはやはりそれなりの理由がある。
***
無限に続きそうな責め苦の中で、だが躯はちゃんと予感を感じ取っている。
じわじわとその水位が高まり、彼女は泣きながら彼の下でのたうちまわった。
「ああ」
「……」
輝もいつの間にか喋らなくなっていた。荒く乱れた熱い息が彼女の耳元で動いている。
「だめっ、…もう、だめ…!輝、もう…ああああああっ!!!」
輝は無言のまま、顔をあげると乱暴に唇を重ねてきた。
躯ごと彼の動きのまま揺さぶられながらキスを受ける。
差し込まれてくる輝の舌に応えようとしたが、もう限界だった。
彼を載せた腰が跳ね上がるのを彼女は抑えられなかった。
「あ」
凄まじい量の快楽が襲いかかり、彼女の意識は一瞬散りかけた。
重く彼女を突き上げる彼の動きが急にやまなければ気を失っていたかもしれない。
「ああ」
輝の乱れた喘ぎが鼓膜を覆った。全身を砕かれそうな力で抱きしめられた。
強い彼の腕と、汗にまみれた胸に挟まれたまま、未沙は弾けた。
「……っ、あーーーーーーーーーーーっ!!!!………」
びくびくと跳ね、彼女は輝にしがみついた。
いつもそれだけでは済まないのを彼女は知っている。
やはり、何度も何度も押し寄せてくる快楽の余波に耐えなくてはならなかった。
「いや、あ…あっ、あはん…あ、は…あ…、ああっ、あ…やあ…」
あまりに気持ちよすぎて、何度も何度も彼をしめつけている自分を遠く意識した。
腰が、勝手に動いて、まだ彼をねだっている。
なんて貪欲なのだろう、と彼女は女の躯の罪深さを思った。
彼が胎内に種を流し込んでいる。淫らな彼の滴りが躯を熱く潤していく。
未沙はうっすらと目をあけた。涙が溢れていて、しばらくしてから、彼の顔をやっと確認した。
歯を食いしばっていた輝は、未沙が目をあけたのを知ると深い溜め息をついた。
彼女の頬に片方の掌をあてた。
そのまま、乱れた髪を払うように優しく撫でられて、未沙は幸せに震えた。
「……しまった」
やがて口を開いた彼の声は少ししゃがれていた。
「もっと虐めてやろうと思っていたのに」
「…嬉しい」
いっしょに、彼も達してくれたことを彼女は改めて意識して、ぐったりと力を抜いた。
輝は彼女の背から腕を抜き、傍らに仰向けにひっくり返った。
「…いつもこうだ」
肩を引き寄せられて、未沙は輝の傍らにぴったりと寄り添った。
輝の胸郭が大きく上下している様を見て、その荒々しさに微笑が漏れるのを隠せない。
彼が興奮してくれたことを知るのは彼女にとって一番の勲章だった。
輝は寝室の天井に目を向けたまま、なぜか怒ったように続けた。
「これでいつもうやむやになるんだ…きっと、たまにしか逢えないからだ」
未沙はふと顔をあげて輝の胸に片手を置き、伸び上がった。気付いて顔を傾ける輝に口づける。
「………」
すぐに入り込もうとする輝の舌を優しく咬んで、彼女はキスを続けた。彼が好きでたまらなかった。
「ふ…、…ん…あ…」
輝がくぐもった声を漏らし、また長く伸ばし始めた未沙の、渦巻く滑らかな髪ごと背中を抱いた。
「…あ、ああ…おい、こら…よせよ、未沙」
困ったように制止しながら、輝はすっかり彼女に向き直り、キスに熱心に応え始めた。
「…ん…」
未沙はゆっくりと顔をずらせた。
濡れた目でじっと見つめると、輝の目の色が少し変わったのがわかった。
「…輝…」
「なんだよ…」
彼は一言呟いたが、未沙が黙って見つめているとすぐに屈服した。
「そんな目つきで見るのは卑怯だ」
輝は怒鳴った。
「そんなに言わせたいのか?恥ずかしいから、言いたくないって言っただろ」
「……」
彼女は顔をかすかに傾げた。
その唇を物欲しそうに眺めて、輝は目を伏せた。ひどい弱みを告白するように、彼は囁いた。
「……あ、い…してるよ」
未沙はにっこりと笑った。その微笑が意外だったらしく、彼は瞬きをして頬をかすかに赤らめた。
立場なりに図太さが増してきた最近の彼しか知らない新米のパイロットたちが見たらさぞかし目を疑うことだろう。
「…言ったことあるじゃないか」
「…そうかしら」
彼女は不思議そうに答えた。輝の本気の言葉と調子のいいときの言葉の区別がつかないので、彼がそう主張しても彼女には実感がない。
どんな状況下よりも、こうして、熱い情熱のあとに彼が呟く言葉のほうが真実味があった。
してみると今回の喧嘩は愛してるのどうのという言葉を彼が言わなかったことに原因があるらしい。
実にくだらない喧嘩である。
輝が我慢できなくなったように抱き寄せようとしたので、彼の妻は素早く身を退いた。
「聞き逃げするな」
「仲直りに、ワイン飲む?」
彼女は乱れかかる髪を片手で抑え、輝に尋ねた。
「ワイン?」
輝が不思議そうに尋ねたので、彼女は吹き出した。
「…もう忘れてる」
未沙が、本物のワインが手に入った、と夕食の時に嬉しそうに話していたことを彼は思い出した。
もちろん艦長特権の余録であろう。ワイン好きの彼女には貴重なものなのだろうが、輝は酔えればなんでもいいほうなので適当に聞き流していたのである。
「ああ、ワインね」
輝はバツが悪そうに起き上がった。
「忙しかったんだよ、機嫌とるのに。すっかり忘れてた」
「貴重な本物の年代物だもん、美味しいと思うのよ。…喉乾いたでしょう?」
彼女は脇に寄せられてしわくちゃになっている重い地のカバーを輝の視線を避けて手早く躯に巻き付けると、床に降りた。
机の上の瓶をとり、封を指先で外してコルクを抜いた。
グラスの半分より少し多めに注いで振り返る。
輝がじっと彼女を見つめていた。
室内灯の調節が弱くて、彼の表情まではわからない。
寝台に戻り、彼にグラスを差し出した。
「どうぞ」
「うん」
輝はグラスを受け取らずに、呟いた。
「本当にうまいの?試しに飲んでみてくれよ」
「まあ」
未沙は少しむっとしたように、グラスを引き戻した。
「このまま結婚記念日までとっとこうかなって思ってたくらいのワインなのよ。特別に開けたのに」
「いいから、飲んでみろよ。そしたら俺も飲むから」
「…美味しいのに」
仕方なく、未沙は喉を仰向けてワインを一口含んだ。
その手からグラスが奪い取られ、彼女は抱きすくめられた。
唇に輝のそれが重なりこじ開けられ、彼の舌が口の中に含んだワインを啜るのを感じて未沙は少し赤くなった。
「ん〜〜……」
「……なるほど。ワインはよくわかんないけど、これは旨いね」
唇を離した輝が呟いた。
はずみで未沙の顎から胸に流れた淡紅色の液体を見つけ、ついでのように顔を落としてぺろりと舐めた。
「こんな上等のワインを零すのはもったいないよ。いやらしい動機じゃないぞ」
「…わかんないって言ったくせに…」
未沙はぼうっとした顔で彼を見た。
味わうだけなら彼女の舌をワインの中で嬲る必要などないはずなのだが、輝がニヤニヤしているので言い兼ねた。
「もう一口、飲んでもいい?くれよ」
「……どうやって?」
彼の企みがわかったが、彼女はすこし抵抗した。
輝の笑みが深まった。
「さっきのやり方で」
その愉しいやり方は何度も彼のリクエストを受け、ワインに弱いとは決して言えない彼女が酔いを感じるようになるまで繰り返された。
「…っはぁ…」
「なあ」
未沙が突っ伏すように彼の胸に崩れ落ちると、輝はその髪に鼻先を突っ込んで彼女の耳に囁いた。
「酔うと、ウズウズしてこない?」
「…なにが?」
未沙はとろんとした目をむりやり瞬きさせて彼を見た。
輝は繰り返した。
「ウズウズ、しない?この奥が」
布越しに彼女の、滑らかな桃によく似た尻の線を溝にそって撫で上げると、未沙は猫の子のような悲鳴をあげた。
「ゃあ…っ」
「ほら、完全に酔っぱらわないうちにこいよ」
輝は彼女の腕をとって傍らに横たえた。未沙は抵抗しなかった。
できないのだ。
ほとんどを未沙に飲ませたし、酔った彼女の抑圧が緩くなることもわかっていた。
ああいう飲み方にこだわったのも彼の策略なのだが、彼女はなされるがままに引っかかった。
いつもは過剰なまでにしっかりしているのに、未沙のこんなところが面白い。
さっきは、しらふの彼女が恥ずかしさをかなぐり捨てて、彼を精魂こめて愛してくれるのを堪能した。
次は彼女のもっともっと自分本位で無責任で我侭で淫らな姿を見てみたかった。
かつて何度か見た事のあるそんな記憶を思い出しただけでたまらず、輝は彼女を覆っているカバーをそっと開いた。
頬だけではなく首筋や胸元までわずかに上気している。薄闇に浮かび上がる彼女は、やはりとろんとした目でのけられていく布を見ていた。
輝のほうは口に残ったワインをわずかに舐めただけなので、その彼女の酔いっぷりがよくわかって面白い。
「未沙」
彼は期待に満ちた声で彼女の名を呼んだ。
「なに?」
未沙は素直に返事をして、彼が顔を近づけるとついと腕をあげ、甘い仕草で抱きついてきた。
これこれ、と輝は舌なめずりしたい気分を押し殺して細くくびれた胴を抱く。
「可愛いよ」
こんな時にはあっさりと殺し文句が口から出てくる。現金なもんだなあ、と自分でも思う。
「ほんと…?」
未沙の吐息も唇も柔らかな舌もワインの味がした。記念日のワイン、と輝は胸の中で一人ごちた。
彼女と同じで、すこし渋いがとても旨い。ほかの酒も旨いが、この繊細さも気に入った。
「脚を開いて」
輝は命じた。未沙がさすがに少し怯むのを、宥めるように撫で回す。
「何もしない。見せて欲しいだけだから」
「でも…」
未沙はしばらく躊躇っていたが、室内灯が弱く、闇が濃いのでなんとか自分を納得させたらしい。
輝が躯をよけると、彼女は少しずつ、その白い曲線を緩め始めた。
わくわくして、輝はその片方に掌を這わせた。手伝うように軽く掴んで、引く。
「あ、待って」
未沙が小さく抗議したが、彼はもう片方の腿にも手を出した。
膝に滑らせて両方を掴むと、彼女は喘いだ。
「いや、…ま…待」
彼は力をこめて、滑らかで熱い腿を開いた。未沙が腰を、彼の視線から隠そうとしてかくねらせた。
「やあ…!」
酔っていてもひどく恥ずかしいのだ。
なめらかな白い肌が美しい線を描いて髪より少し濃い色の茂みがふんわりと覆うあたりへと続き、我慢できなくなって輝はその間に肩を割り込ませた。
「あっ、やっ、やめ…輝」
彼女が叫んだが無視した。
すらりとしているくせに、彼女の太腿はむっちりと脂がのっていてとても柔らかい。
輝は自分の肩と手で、彼女が逃げられないようにしっかりとその熱い脚をおさえつけた。
「いいな」
彼の涎の垂れそうな調子の声を聞いた未沙はいっそう逃れようと腰を振り、手で顔を覆った。
「舐めてもいい?」
わざと聞いて、輝は反応を待った。
「だめ!」
未沙が叫ぶ。
輝は笑った。
茂みからは彼女の匂いと、彼自身の強烈な匂いが漂っている。
さっきたっぷりと精を注いだばかりだから考えようによってはぞっとしない状態なのだろうが、輝は気にしなかった。
自分と彼女の愛し合った証拠だと思えば別に何ともない。
彼は唇を尖らせて、ふんわりした茂みを吹いた。
「あっ」
未沙が呻いて、太腿に力が入った。輝がその間に無造作に吸い付くと未沙は声もなく小さくのけぞった。
彼女の味だけならともかく、さすがに己の味は芳しくない。苦い、と彼は思った。
それでもワインのように、彼は丁寧に舐めた。彼女を穢した濁ったものを全て舐めとり、吸った。
少し顔を離し、彼は自分の仕事のあとを眺めた。
茂みに縁取られた彼女の女の場所は、ふっくらと充血して、花が開いている状態になっている。
彼の唾液と、それからつやつやと、彼女が興奮している証がその繊細な花の奥から滲み出ていた。
複雑な花弁に彼は舌を這わせ、その蜜のような濃厚な液体を味わってみる。
苦い彼の痕跡がまだわずかにあるが(それは仕方ない)、彼女の味そのものは、かすかに塩の味がして甘く芳醇な女の匂いに満ちており、彼はそれをじっくりと舐めとった。
ぷっくりとつきあげている可愛らしい芽も吸い、歯と舌の先端で転がすように舐め回した。
まだ味わい足りない彼は花弁のさらに奥に舌を伸ばそうとして、…気付くと、未沙が泣き叫んでいた。
「……どうしたの」
輝が尋ねると、未沙は躯の力を抜いてシーツの上にくずおれた。
「おい」
輝は顔をあげて、彼女のなめらかな腹に顎を載せた。
「…もう、イったんだ」
激しい動悸が彼女の胸で轟いているのが肌を震わせて伝わってくる。
「……あっ……あああ……」
未沙が切なそうに溜め息を漏らし、身をよじって輝を睨みつけた。達したばかりの色っぽい顔なので全然迫力がない。
「だめ…こんなこと」
「俺は愉しい。もっとしてもいいかな」
「だめ!」
彼女は輝の首に巻き付かせた状態になっている両脚を絡ませた。
「締め殺す気か?やめろよ」
未沙はその可能性を考えているような目で彼を見た。
「…それもいいわね」
「どこが」
輝は笑った。
いつも仕事中には厳しすぎるほど謹厳な顔をしている彼女が彼の前だけでこうしてふざけるのを見るのは楽しい。太腿に舌を使ったキスをすると、未沙は慌てたように脚をほどいた。
これ以上淫らな真似をされると困ると思っているのだろう。
輝は起き上がると、床に置いていたワインの瓶を取り上げた。
グラスに注がずに直接残りを煽り、口にワインを含んだ彼が向き直ると、未沙は起き上がろうとした。
それを許さず押さえつけて顔を重ねる。
彼女の白い喉が新たなワインを飲み下すのを確認して、輝は顔を離した。
「酔いが醒めたら恥ずかしいんだろ?もうちょっとの間、酔ってろ」
「……もう…」
未沙は喘ぎ、肩で息をついた。
輝の愛撫とワインの酔いで、彼女の肌は全体的に染まって、艶かしいピンクになっていた。
「わたしばっかり…」
彼女は喘ぎながら、なんとか起き上がった。ふらりとするのを、輝は支える。
飲ませすぎたかな、と彼が思ったその時、未沙は躯をゆっくりと押し付けてきた。
「……ん?」
「……ひどい人」
彼女は呟いて、躯を回転させた。輝が受け止めるようなかたちで寝台に押し付けられた。
「なんなんだ、ちょっと」
「お黙りなさい」
未沙の潤んだ目が半ば据わっていることに気付いて、輝は苦笑した。
どうやら彼女は虎になってしまったようだった。やはり飲ませすぎたのだ。
未沙が目の据わったまま、彼を見下ろしている。
髪が肩に雪崩落ちていて肌を半分隠しており、その様子に見蕩れていると、彼女が動いた。
輝の手首を握り、シーツに押さえつけたのだ。
「未沙?」
「いつも、あなたがしているでしょう」
もう片方も握って同じくおさえつけ、未沙は言い放った。
「いや、まあ…それはそうだけど」
輝はどうしていいやらわからなくて彼女を見上げた。
押さえつけられてはいるものの、軽い彼女の力などすぐに撥ね除けられるのだが、未沙の意図が分からないので彼はそのまま様子を見ることにきめた。
正直、少しぞくぞくしてきている。
これほどおかしな様子の彼女を見るのは久しぶりだ。
それに、彼女は輝の上にいるので、彼の腹にその腰が載った状態になっている。
白い太腿の艶かしいばかりの曲線が輝からも見えるのだが、その奥の、さっき彼が熱心に舐めたあの場所がぴったりとくっついていて、気になってしかたなかった。
ついでだから、腹じゃなくて腰に載ってくれればいいのに、と彼は思った。
髪の合間から見え隠れする丸い乳房に目をとられた隙に、未沙が顔を下げた。
気付くと輝の唇は塞がれていた。
「…………」
悪くない。
変な体勢のキスだが、未沙が積極的だと彼は嬉しくなる。末期状態かもしれない。
軽いキスを交わして、未沙はまた顔をあげた。輝をじっと見つめている。
「…なに?」
輝は、かすれた声で囁いた。この奇妙なやり方に段々興奮してきている。
「あなたは動いちゃ、だめ」
未沙が囁いて、彼の首筋に顔を埋めた。
豊かな髪に鼻と口をふさがれそうになり、顔をそむけた輝は、耳を咬まれるのを感じた。
耳だけではなく、彼女の小さな熱い舌が輝の首筋の動脈に沿って動いていく。
「…ああ」
輝は思わず吐息をついた。
未沙がこういうことをしているというだけでたまらなく刺激的だった。
彼女がかすかに動くたびに、髪と、それから乳房の先端や柔らかいまるみが彼の胸に触れる。じりじりするくらいのなめらかさで。
未沙は喉仏と鎖骨をやけに丁寧に愛撫した。独特の形状が面白いのかもしれない。
彼女の唇と舌が胸に降りる頃には、輝は浅い呼吸を必死で堪えていた。
「おい…」
そううまくいくかな、とは思うが、このまま続いたときの事態を想像してしまう。
彼女の舌が乳首のまわりに絡み付き、その動きを思わずその先に敷衍してしまう。
「未沙…」
輝は低く囁いた。気が狂うほどそうしてほしいが、このまま彼女がそうするとも限らない。
気まぐれで遊んでいるだけかもしれないのだ。
彼女は呼びかけを無視した。
手首を引き下ろされて、輝は彼女の頭がかなりさがっていることを再認識した。
臍の窪みに入り込んだ舌が、そのまま下に向かって密生している毛を滑らかにしていくのを感じ、輝は喘いだ。
彼女の乳房が彼のものを挟むように押さえつけられている体勢で、その柔らかさとはりがひどくじれったかった。
「未沙」
未沙は手首を離した。もう握っているのが難しくなったのだろう。
そのかわり、彼女はその手を彼の腰の両脇に滑らせ、置いた。
彼の茂みに彼女が顔を押し付けてきて、輝は大きく呻いた。
喜びのあまりおかしくなりそうである。
彼女はそのつもりだ。
彼のものを未沙は探るように啄んだ。
先端を舌でつつき、そこがすでに濡れていることに気付くとゆっくりと舐めとり、それから唇を開いて彼女は彼を呑み込んだ。
「う、あ!」
輝が思わず腰を浮かすと、彼女は深く呑み込んだ彼を少し戻し、唇に含んだまま丁寧に舐め始めた。
彼のものはとっくに屹立していたので彼女はその構造を辿るように舌を滑らせ、彼はその誘惑にただひたすら耐えた。
今にも爆発しそうだったが、彼女にあの苦いものを飲ませたら今後、こういうことを厭がるかもしれない。彼女がそうしたいならともかく、自分からは望むまい。もったいない。
いつのまにか細い指も加わって、輝を刺激していた。
「…おい!こら、待てよ!」
慌てて彼が叫ぶと、彼女はかえって納得したようにその愛撫を続けた。
「くう…っ」
輝は額に脂汗を浮かべてこの拷問に屈しまいと耐え続けた。
天国と地獄にいっぺんに放り込まれたようなものだ。
この女は、自分がどれだけ淫らな事をしているのか、わかっているのだろうか。
自分の行為は棚に上げて、彼は恨みがましくそう思った。
未沙の執拗な愛撫はなかなかやまなかった。
「……うう」
もう限界だ、と彼が思ったつぎの瞬間、ふいに彼女は顔をあげた。
唇が唾液と彼の滲み出るもので濡れていて、その息をのむほどの淫猥さにも関わらず上気した顔はきれいに美しかった。
一体どうなっているんだ、と輝は思う。
娼婦顔負けのこれだけの事を男にしておいてこの清楚さはなんだ。
「やめろよ」
彼は弱々しく言った。情けないとは思わなかった。結局は単純な話で、彼はこの女に惚れているのだ。
「どうして?」
彼女は囁き返した。不安そうに、かすかに眉を寄せて。
「…気持ちがよくない?」
気持ちよすぎておかしくなりそうなんだ、と彼は言葉には出さずに呟いた。一言だけ口に出す。
「いや」
「本当?」
未沙は目の前で揺れている怒張しきった彼のものに軽く口づけ──輝は呻きをかみ殺し──、嬉しそうに微笑した。
「気持ちいいのね…じゃあ、もっと」
輝は、その幸せそうな彼女に頼んでみることにした。もう耐えられそうにない。
「なあ。もういいから、そこに乗ってくれない?俺の上に」
「…ここに?」
彼女は疑わしそうに輝を眺めた。
「もういいの?」
して欲しいから頼んでいるんだ、と輝は逆上しそうになった。
ぐっと堪えて──彼女は酔っぱらってるんだから──できるだけ冷静に言葉を選んだ。
冷静に選んだつもりだが、実際にはかなり乱暴なもの言いになった。
「いいから、乗れよ!」
「はい」
彼女は素直に頷いて、起き上がった。さらさらした髪が動きにつれて彼の腹部を覆い、輝は弾けそうなそこからできるだけ意識をひきはなした。絶対に、今はまだ暴発したくない。
「そう…脚を開いて、ほら」
輝は彼女の腰を支えた。彼女はゆらゆらしながら、膝をついて彼の上にまたがった。
「ゆっくり…そう」
未沙は微笑して、彼の指示通りゆっくりと腰を落とした。
くちゅ…と先端がその熱い場所に触れ、輝は顔を歪めた。
「お」
「あ……ん」
深々と彼女の腰は彼を呑み込み、二人は同時に喘ぎを漏らした。
「ああ、いい」
「素敵…」
彼女の正直な感想を耳にして、輝は満たされた気分になる。
「いいの?」
「とても」
彼女は腰を柔らかく揺らし、内側の複雑な襞を呑み込んだ彼に擦り付けた。
意識してではなく本能的にした動きのようだったが、その自然な反応が可愛らしかった。
「そう…うまいぞ」
「ああ…本当?…」
未沙のうっとりとした囁きを聞きながら、輝はなんとか彼女の腕をとった。
彼女の上体を引き寄せて抱きしめる。
「動いて」
「…はい…」
未沙の腰の動きは柔らかく複雑で、輝は何度も喘いだ。
彼女の滑らかな背に腕を廻し、輝は我慢できなくなって下から彼女の腰を突き上げ始めた。
「あ!あ…ああっ…」
耳元で未沙が啼いた。うっとりを通り越して、本気で彼女が悦んでいるのがわかった。
「未沙」
輝は彼女の胸や腰や尻を掴み、背を抱きしめ、肩を揺すった。どうすればいいのかわからない。
腰は動かせるが、やはり思い通りにはいかない。
未沙の柔らかな動きは魅力的だが、今の彼が望んでいる鋭さや激しさには欠けている。
彼が酔っぱらわせたのだから仕方ないのだが。
「…未沙!」
妻の官能的な表情と吐息と喘ぎを目の当たりにしながら半端に昂らせられ続ける生殺しの状態に耐えかね、この方法の男性側の限界を悟った彼はついに要求した。
「位置を代わろう、未沙」
「はい」
彼女はやはり素直に、荒々しい怒声をあげた彼に応えて騎手の地位を譲り渡した。
輝は彼女をもどかしげに組み伏せ、すぐさましたい放題の熱狂に酔いしれた。
自分と彼女の求める通りに動き、甘く彼女を噛んだ。限りないキスを交わし、躯を打ち付け合う。
彼はこれまでも何度も彼女を抱いてきたのだが、今夜ほど満足したことはかつてなかったほどだった。
***
「次も喧嘩をして、仲直りにこのワインを飲もう」
──ついに息切れした輝は彼女の耳に囁いた。
「気に入った。うん、俺は気に入ったよ…いや、ワインはなんでもいいんだけど」
「…馬鹿ね…もう…」
未沙は、ワインのほうの酔いはとっくに醒めていたらしく、二人の肩までひきあげたシーツにくるまったまま恥ずかしそうに呟いた。
おわり