紺碧の海が黄金の色に染まり、天を巡る太陽が水平線の向こうへと落ちると、  
マヤンの島は月と星だけが照らす夜の闇に覆われる。  
聞こえるのはただ、砂浜を洗う波の音と風に揺れる密林の木々のざわめきのみ。  
先進諸国の物質文明とは一線を引き、夜明けと共に目覚め、日没と共に眠りに就くような  
古来からの原始的なサイクルで日々の営みを送るこの熱帯の島の住人たちは、  
夜半を過ぎて既に寝入っているのか、辺りに人の動く気配は無い。  
 
雲ひとつ無い星空に浮かぶ月の照らす砂浜を、ただ一人歩く少女の姿があった。  
端正な容貌に似合う、意志の強さを思わせる切れ長の瞳で前を見据え、  
形の良い唇をぎゅっと結びながら長い黒髪を夜風に揺らして歩く彼女は、  
時折探るような目を向けて辺りを伺っている。  
身に纏った簡素な衣服はその下に潜む少女の身体のラインを浮かび上がらせ、  
青白い月明かりに浮かぶその少女、サラ・ノームの清廉な美しさを際立たせた。  
 
古くから続く彼女の血筋は代々巫女としての資質を受け継ぎ、  
この島に住まう人々の尊敬と畏怖を集めてきた。  
海と風にまつわる伝説を色濃く残すこの島で、風の声を聞き、海の歌を伝える。  
先代の巫女であった母親が戦争の余波で早くに亡くなってからは、  
サラがその後を継ぎ、風の導き手としての責務を果たしてきた。  
統合戦争と呼ばれる、主張を違える近代文明同士の醜い闘争などサラには興味が無いことだったが、  
長く続く戦争の余波はこのマヤンの島にも色濃く影を落とす事になったのだ。  
働き手の男たちは次々と島を離れ、残された者は女と子供、年寄りばかりになった。  
 
そして、意外な形でサラ本人にも。  
 
さくさくと音を立てる乾いた砂を踏み締め 、サラは村の奥に建つ一軒の小屋へと向かった。  
マヤンの島は亜熱帯地域に属するため、年中を通じて温暖な気候に恵まれている。  
古来より受け継がれた独自の文化形態に沿って暮らすこの島の人々が住まう住居は、  
木と葉を組んで作られた簡素で素朴なものながら、サラの目指すその小屋だけは周りと比べれば、  
館と呼んでも差し支えないような堂々とした構えを誇っている。  
 
もう一度辺りを伺い、誰もこちらを注視する者がいないのを確認してその小屋の前に立ったサラは、  
少しだけ躊躇して、そして意を決したようにコツコツと扉を叩いた。  
「…サラです」  
彼女のその呟きを待ちかねていたように、間を置かずに扉が内側から開かれた。  
「おお。これは風の導き手。お待ちしておりましたぞ」  
出迎えたのはその小屋の主と思しきひとりの中年の男だった。  
 
斑に禿げ上がった髪を下品に撫で付け、  
腹回りにたっぷりと脂肪を蓄えた醜い身体に趣味の悪い極彩色のシャツを着込んだその男は  
にやにやと意味ありげな視線で戸口に立つサラを眺め回す。  
「遅くなりました。…マオが、妹がなかなか寝付かなかったものですから」  
男の目を見据えながらそう弁明する彼女の細い肩を無遠慮に抱くと、  
男はヤニで黄色く汚れた歯を見せて笑った。  
「構いませんよ。夜分遅く巫女さまをお呼び立てしたのはわたくしですし」  
男の言葉に眉をひそめ、表情を強張らせるサラを気にもせずに、男は彼女の耳元に口を寄せて囁きかけた。  
「今宵も巫女さまのお美しいお姿を拝見できるとは光栄ですな」  
そう言いながらサラの尻に手を回すと、衣服の上からぱんぱんと軽く叩いた。  
「…っ!」  
サラがその目に怒りの色を見せながら、キッっと男を睨み付ける。  
「おや、その顔もお美しい」  
べたべたと尻を撫で回されながら、それ以上の抗議の様子も見せないサラに、  
男は空いた方の手で胸にも手を伸ばす。  
男の指がサラの胸の突起を探り当て、衣服の上から指の腹ですりすりと撫でる。  
「さあさあ。中に入るとしましょうか。こんな所を誰かに見られたら困るのは巫女さまだ」  
その言葉に頬を赤く染め、唇を噛みながら俯いたサラは、  
男に誘われるままに小屋の中へと足を踏み入れると、自らの手で扉を閉めた。  
 
小屋の中には石油ランプの黄色い明かりだけが灯され、  
揺れる炎が部屋に置かれた様々な家具や調度品に濃い陰影を作っている。  
見ればそのどれもがこの簡素な住居には似つかわしくない高価そうな品ばかりであり、  
床には緻彩な柄が織り込まれた華やかなカーペットまでが敷かれている。  
「さあ、こちらへ」  
男の無骨な手がサラの薄い肩をしっかりと抱き、もう片方の手は胸元を這い回る。  
太い指先で衣服の上から胸の突起をつままれたり、ぎゅっと引き伸ばされたりする度に、  
サラの引き締まった口元から吐息が漏れる。  
その眉をしかめた不快そうな表情や、じっと床に落とされたままの鋭い視線から察すれば、  
彼女が自ら望んで男にその身を任せていない事は明白なのだが、  
それでも彼女はこの夜半に人の目を盗んで男の元までやってきたのだ。  
「今度こそ本当に、これっきりにして頂けるのですね…?」  
男の無遠慮な愛撫に顔をしかめながら、サラが呟くような口調で問い質す。  
「それはもう。巫女さまのお困りになるお顔なんて見たくはないですからな」  
…嘘だ。ハッキリと心の中で思っても、今のサラにはその言葉を信じるしかなかった。  
 
事の起こりは一月ほど前の事だった。  
彼女の妹のマオが子供たちと『村の砂浜で最も高い椰子の木に片手で登れるか』などという、  
他愛の無い事で言い争った挙句に、自ら取り付いた木の上から足を滑らせて落ちたのだ。  
強く頭を打ったマオは昏倒し、意識を取り戻す気配はなかった。  
軽度の体調の不調程度なら古来からの薬草や自然療法に頼るマヤンには、専門的な医療施設など無い。  
以前に比べて西洋医学の恩恵を享受することに寛容になっている現在では、  
そのような療法では対処できない病に応ずるために、  
月に一度ほど島の外から巡回でやってくる医者がおり、  
脳を損壊した恐れのあるマオを診て貰うためにサラはすぐに連絡を付けようとしたのだが、  
1年程前の嵐で村にあった唯一の発電機が壊れた今では公共の無線機も使えなかった。  
その時のサラの狼狽振りは普段の毅然とした巫女の姿からは想像もできないものだったが、  
両親に続いてただひとりの妹を失う事を恐れる気持ちを思えば無理も無く、  
混乱した頭で思案した結果、思い付いたのが村に住む一人の男の事だった。  
男は以前からこの島の住人だったが、  
統合戦争を契機になにやら政府の密偵のような仕事に手を付けたらしく、  
自宅に供えた通信機で島の周囲の状況を何処かに知らせて、幾許かの報酬を得ているようだった。  
島の人間は総じてこの戦争にはあまり関心を見せず、男の職務も公然の秘密ではあったが、  
サラだけはこの平穏なマヤンの島を無用に巻き込みかねない男の行為を、常々苦々しく思っていた。  
 
とはいえ、今となっては男に頭を下げてでも医者に渡りを付けてもらうしかない。  
その時の男の目を思い出すと、今でもサラは苦々しく思えるのだ。  
「おや。気高い巫女さまがわたしなどに頭を下げるとは」  
「お願いです、妹が、マオが…。すぐにお医者さまをお呼び頂きたいのです」  
「そうおっしゃっられて、これはわたしが統合政府からお預かりしておる大事な商売道具ですからな。  
そう易々とお貸しするわけには」  
サラは男の前に手を付いて、頭を下げた。  
何度も何度も妹を助けてくれと懇願し、自分に出来る事なら何でもすると。  
その時の彼女には風の導き手としての誇りや自尊心などどうでもよかったのだ。  
ただ、マオを失う事だけを恐れた。  
「良いでしょう。わたくしが連絡をつけて差し上げましょう」  
はっと涙に濡れた顔を上げたサラを、  
にやにやと眺めていたあの視線の意味がその時の彼女には理解できていなかった。  
「…本当ですか!…か…感謝します」  
「ええ。島の誇り、風の導き手の巫女さまのお頼みとあれば。…しかし」  
「…え?」  
「先ほどのお言葉、決してお忘れになりませんように」  
承知してます。と、サラは答えた。  
 
その返答の意味する所も、その時の彼女には理解できていなかったのだが。  
 
 
ぎゅっ。ぎゅっ。っと、指先で乳首を押し潰されながら、顔をしかめて唇を噛む。  
羞恥心と、屈辱感と、怒りで顔を赤らめながら、それでもサラは後悔だけはしていなかった。  
あの時、マオを救うためにはこの男にすがるしか手段が無かったのだから。  
う…っと、小さく声を漏らすサラに、男が嘲笑を浴びせる。  
「巫女さまは本当に胸を弄られるのがお好きですな」  
「…ちっ…違います!」  
思わず語気を荒げて反論するが、すぐに押し黙って再び男のなすがままになる。  
気持ちとは真逆に、男の指にじんじんと甘く疼いてしまう自分の胸が恨めしい。  
…どうしてこんな。  
胸の先から響いてくる感覚に、サラは悔しげに歯軋りした。  
衣服の荒い生地の上からしつこく敏感な突起を弄ばれ、  
サラの年若い肉体は男の愛撫を素直に心地良いと感じてしまっている。  
 
何でもします。あの時サラはハッキリとそう言った。  
もし脚を差し出せばマオの命が助かるのだと言われたならば、  
あの時のサラは迷う事なく自らの脚を切り取って差し出したろう。  
サラにとってマオはただひとりの肉親であり、自らが護らなければならない存在だった。  
この身に変えてもマオは救う。  
そう思った自分の気持ちに嘘や偽りは無かったという信念があるからこそ、  
サラは男から突き付けられた理不尽とも思える要求を拒めなかった。  
もし拒めば、それは自らの祈りを否定する事になるからだ。  
風を導く巫女である事に誇りを持つサラには、それは決して許されない事だと思えた。  
 
「おおっと、これは気が付きませんで。お召し物が皺になってしまいますな」  
散々サラの胸元を弄りまわした挙句に白々しい口調で男が言った。  
その言葉の意味する所を悟り、サラの表情が固くなる。  
男が彼女の纏う衣服の事など少しも気にかけてはいないのは明白だった。  
遠まわしに服を脱げと言っているのだ。  
「…お気遣い感謝します」  
精一杯の皮肉を込めた口調でそう言い放つと、サラは身に纏った衣服をぎゅっと掴んだ。  
男に肌を見せるのは初めてではない。何ということもない。  
そう自分に言い聞かせるが、それでもやはり手が重くなる。  
「どういたしました?もし良ければわたくしがお手伝いいたしましょうか?」  
じっと俯いたまま手を止めたサラを急かすように、男の手が再び彼女の尻を撫で回す。  
「…いえ、自分で出来ます。お構いなく」  
その好色そうな言葉の響きにかえって背中を押されたのか、  
サラは両手で着衣の裾を握ると、そのまま一息に裾をたくしあげた。  
ふくらはぎの辺りまでを隠していた衣服の裾が引き上げられ、華奢な脚が徐々にあらわになる。  
「ほほぉ。今日はまた、大胆な脱ぎぶりを」  
男の不躾な視線が注視するのを感じながら、サラは平然を努めて服を脱いだ。  
 
冷えた夜気の肌寒さに、サラは少しだけ身震いした。  
 
静まり返った部屋の中に衣擦れの音だけが響く。  
素肌に直に纏っていた巫女の衣を頭から脱ぐと、  
揺れるランプの灯りがサラの裸身に濃い陰影をつくる。  
細身の身体に不釣合いな印象すら与える張り出した胸や、細い腰、小振りな尻、  
腿の付け根を覆う茂みまでも隠さずに晒し、  
にやにやとした笑みで脱衣を眺めていた男の視線を正面から受け止める。  
「いつ拝見しましても、まったくお見事なお身体ですな。いや、本当に素晴らしい」  
ぱん。と手を叩きながら空々しい賛辞を口にする男の姿に、  
サラは素裸を評される羞恥よりも、怒りで頭に血が上るのを感じた。  
この男は、私を莫迦にしている!  
「…そうですか。それは光栄です」  
低い声で呟いたサラの言葉を皮肉と捉えなかったのか、  
男はにんまりとした表情を変える事なくサラの裸身をじろじろと眺め回す。  
「そのお美しいお身体を、もっと隅々までお見せいただきたいものですなあ」  
 
是非一度、巫女の衣装の下のお身体を拝見したい。男がサラに突き付けた『代償』がそれだった。  
男の連絡で駆け付けた医者の診療を受けたマオには幸い大事もなく、  
測定した脳波や透過写真を見る限りでは後遺症的な問題も心配ないという事だった。  
「お姉ちゃん、ゴメンね?」  
寝床の中でぺろっと舌を出して申し訳無さそうな顔を見せた妹の前では、  
これはあなたももう少し落ち着きなさいということなのよ?と、  
普段の毅然とした態度のままたしなめる事ができたものの、  
内心では妹の無事にその場で涙を流してしまいそうな程の安堵の気持ちでいっぱいだった。  
だから、感謝を述べに男の小屋を訪れた際に持ちかけられたその言葉には、  
一旦は声を荒げて拒絶したものの、それを受け入れざるを得なかったのだ。  
巫女である自分が、祈りを、誓いを反故にする事などできるはずがあろうか。  
始めはただ一度、裸身を見せるだけという約束だったはずが、  
何度も呼び出された後の今では、それ以上の行為を要求されるようになってしまっている。  
男の要求はサラの巫女としての誇りに付け入った、人として恥ずべき卑劣なものであったが、  
自らの意思でそれを承諾したからには拒む事などできない。  
しかし、だからといって男の前で怯える顔や、恥じらう姿も決して見せたくなかった。  
戸惑ったり、ためらったりしていれば、それだけ屈辱の時間が先延ばしになるだけなのだ。  
 
ごく。っと渇いた喉に唾を飲み込むと、サラは長い黒髪をかきあげながら頭の後ろで手を組み、  
ぐっと胸を突き出すように身体を反らせる。  
「…ご覧ください」  
浅い褐色の胸は鼓動にあわせてゆるゆると上下し、ツンと突き出した乳首は固く尖っていて、  
サラの身体が先ほどの愛撫に少なからず反応してしまっていた事を示してしまっている。  
「いや、まったく大胆な。見ているだけでむしゃぶりつきたくなりますなあ」  
その言葉にサラの表情が固くなる。  
「見た目だけではありませんからなあ。吸っても、揉んでも、巫女さまの乳は本当にすばらしい」  
気にするまいと思っても、男のあからさまな言葉にやはり顔が熱くなってしまう。  
男の言葉通りにサラは何度もこの男に胸を弄られ、唇や舌でねっとりと辱められたのだ。  
それはサラにとっては苦渋の記憶でしかない。…しかし。  
「…胸だけですか?」  
そう言いながらくるりと背中を向けると、サラは上半身を屈めて尻を突き出す格好になった。  
男の視線が自分の身体を注視する視線を痛いほど感じる。  
「ほぉ!?」  
思わぬサラの大胆な仕草に喜ぶ男の声を背中で聞きながら、  
サラは両手で自分の尻肉を両手ですべすべと撫で回した。  
「こちらは誉めてはいただけないのですか」  
緩やかな稜線を描く尻をしばらく撫で回すと、そのままゆっくりと左右に押し広げる。  
「ほぉ!ほぉ!これはまた!」  
薄暗い照明の部屋の中では左右に引っ張られた尻肉の狭間には影が落ち、  
ハッキリとは見て取れないものの、それがかえって男を喜ばせる淫猥な光景を作る。  
 
やらなければいけないことは判っている。だから、それから逃げたりなどしない。  
それが代々島の民から敬意を集めてきたマヤンの巫女としての、  
そして一人の少女としてのサラの自尊心だった。  
もう一度正面に向き直りると、瞳に内に秘めた激しい気性を覗かせながら、  
サラはにたにたと緩んだ顔で彼女を見る男の顔を冷たく睨み付けた。  
「約束は果たします。けれど、私はあなたを軽蔑します」  
 
そのサラの姿が、男の嗜虐心にさらに火を注ぐものとも気付かずに。  
 
「結構ですよ。わたくしは巫女さまに好かれようとまで思うほど図々しくはありませんので」  
男はサラの冷たい視線を向けられても、気後れする顔色ひとつも見せない。  
その余裕ぶった態度がますますサラの気分を逆撫でするが、彼我の立場の差は明らかなのだ。  
「この間は思う存分そのお胸を味あわせていただきましたからなあ。さて、今日はどうするか」  
そんな事を言いながら、サラの裸体にねばつくような視線を這わせる。  
「…遠慮などなさらずに、好きになさったら良いでしょう」  
冷淡に言い放ってやるはずが、つい緊張と苛立ちで声が裏返ってしまう。  
「おやおや。そんなお顔をなさって。ますます可愛らしい」  
にたにたと下心を露にした笑顔で歩み寄ると、サラの細い顎を捉えて強引に上を向かせる。  
「そうですなあ。でしたらまずは…そのお美しいお顔を汚させていただきますか」  
その言葉を言うが早いか、男はサラの唇に吸い付いた。  
「…むっ…んぶっ!?」  
男の厚い唇がサラの口をぴったりと塞ぐ。  
巫女の唇は精霊に代わって風の歌を紡ぐ聖なるもの。その誇りがサラにはある。  
一糸纏わぬ裸体を眺め回されたり、肌に触れられる嫌悪感は堪える事ができても、  
その唇を汚される屈辱感だけはどうしても慣れる事ができない。  
差し込まれた生温い舌はサラの口腔を舐め回し、ぐちぐちと湿った音を立てて舌を絡め取る。  
「…え…えうっ…け…汚らわし…んっ!」  
拒絶の言葉を吐きながら顔を背けようとするサラの唇を逃すまいと、  
男はサラの裸体を抱きすくめながら、捻じ込んだ舌先で歯の一枚一枚まで舐め回し、  
ゆっくりと時間をかけてサラの唇を犯し続ける。  
「いや、まったく舌触りも上々。何処を味わっても、まったくたまりませんですなぁ」  
ぷはっと唇を離し、悪びれた顔も見せずに緩んだ表情でにやける男を見ているだけで、  
サラはその顔に唾でも吐きかけてやりたいほどの衝動が胸を突くのを感じた。  
 
「…く…唇だけは駄目だと…い…言ったはずでは…っ」  
口の中に残った他人の唾液の生臭さに顔をしかめながら、自らの手の中にぺっと吐き出す。  
「おや、そうでしたかなあ?いや、これは失礼」  
男の空々しい弁明もサラの怒りを煽るだけでしかなく、むしろそれが狙いなのだど判ってはいたが、  
引いたはずの一線を易々と反故にされた腹立たしさは抑えようがない。  
「あなたは…」  
「はあ、なんでしょうか?」  
「…私の嫌がる姿を見るのがそんなに愉快なのですか」  
手の甲で何度も唇を拭いながら低く呟いたサラの問い掛けに、男はにやにやとした笑みを返した。  
「ええ。それはもう」  
 
マオの持っていたどこかの国の建物の写真に確かこんな模様があった。  
板張りの床の上に敷かれた厚い敷物の上に足を揃えて座りながら、サラはふとそんな事を思った。  
薄暗い部屋の中に淡い光で浮かび上がる女として充分すぎる魅力を放つ肢体と、  
ちぐはぐな印象を与える叱られている子供のようなその姿勢は、男がそう命じたものだった。  
「巫女さまはわたくしのお口がお嫌いなご様子ですからなあ」  
目線を床に落としたままの無言のサラには構わず、男はズボンのジッパーを下げると、  
サラの裸身にすっかり張り詰めていたペニスを取り出す。  
「これでお相手して差し上げますか」  
「…っ!」  
その言葉に弾かれたように顔を上げたサラは、眼前に突き付けられたそれを目の当たりにして、  
息を飲み込んだまま押し黙ってしまう。  
「おや、わたくしの物など何度もご覧になっているのに。まだ慣れませぬかな?」  
「…な…慣れるはずがないでしょう…そのようなものに…っ!」  
顔だけは男に向けながら、サラの視線はわずかに外されてあらぬ方向に向けられている。  
「それはまたお冷たいではありませぬか。わたくしのこれは、これ、こんなにも」  
男は勃起したペニスをサラの目の前に晒すと、見せ付けるようにぶるぶると振るって見せる。  
「巫女さまのお身体を汚したいと猛っておりますのになあ」  
覚悟したはずなのに、それでも男の下卑た物言いには我慢がならない。  
「汚らわしい…っ。あなたは恥というものを忘れたのですか!」  
「恥…ですか。そうですなあ。夜中に男の家に忍んで来ては、自ら服を脱いでみせる、  
何処ぞの巫女さまよりは…ええ。ずっと持ち合わせているつもりですがねぇ?」  
かっと羞恥の色を見せながら射抜くような視線を向けるサラに、  
男は嘲笑の笑みを向けながら、声を上げて笑った。  
 

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