「玖里子」と玖里子は言った。  
柔らかな、午前十時の太陽光が満ちている玖里子の部屋。  
四つん這いになった玖里子は和樹を壁際まで追い詰めていた。  
「これからあたしのことは呼び捨てにしなさい。“玖里子”って」  
「無理ですよ、そんなの」泣きそうな顔で言う和樹。  
「いやなの?」さらに詰め寄った。「恥ずかしい?」  
「はい」  
即答かい、と玖里子は心の中で突っ込む。  
「あの、玖里子さん」  
魔法を使って出現させた赤いピコピコハンマーで和樹の頭を軽く叩いた。  
ぴこ。と間抜けな音。  
「だから呼び捨てにしなさいって」  
もう恋人なのよ、あたしたち、と玖里子は言った。  
「でも玖里子さんのほうが年上じゃないですか」  
「たった一歳違うだけでしょ。これからは呼び捨て。これは命令よ。  
敬語とか、気を使ったりするのも禁止。慣れ慣れしく接してくること」  
あたしたちは恋人なんだから、と玖里子は言った。  
「わかったわね、和樹?」  
「――わかりません。いやです」  
普段は軟弱なくせに変な所で頑固になる。  
 
「いいじゃないですか、“さん”付けで。これまでずっと“玖里子さん”って  
呼んでたんだから、急に呼び捨てなんてできませんよ。それで別に何か不都合が  
あるわけじゃないんだし。それに気を使ったりなんてしてません。  
僕は玖里子さんに一番接しやすいように接してるだけです。  
人間、やりやすいようにやるのが一番ですよ」  
こんなあまーい雰囲気なのに真顔で正論をぶつけてくるとはなんと無粋なやつ。  
玖里子は心の中で頬をぷうっと膨らませた。溜息をつき、生温かい床にぺたんと座る。  
「あのね、和樹。前はあたしが一方的に言い寄ってたけど、今はもう違うでしょう。  
和樹があたしに向かって歩み寄ってくれてるって保証みたいなものが欲しいの」  
自分の台詞の恥かしさにうつむいた。上目遣いで和樹の顔をうかがう。  
「だから、“玖里子”って呼んで。お願い。だめ?」  
そこで、これじゃ駄々っ子みたいだ、と思い付け加える。  
「あのね今度のこれは“命令”じゃなくて、“お願い”。だからいやだって言ってもいい。  
あたしは和樹の判断に従う。文句言ったりなんて絶対しない」  
「いやだ、って言ったら、文句言う代わりに攻撃魔法使ってきたりしません?」  
「するわけないでしょ、馬鹿」  
「少し考えさせてください――っていうのじゃ、駄目ですか?」  
「できるだけ早く答え出しなさいよ」  
努力します、と和樹は言った。  
沈黙。窓の外で風が吹き、葉擦れの音がした。  
微妙な空気だった。さっきよりももっと、あまーい感じがした。  
 
誘ってみようか、と玖里子は思った。おふざけじゃなく、本気で。  
和樹はぼんやりと玖里子の背後の壁を眺めている。  
いくしかない――のかもしれなかった。  
こんないい雰囲気はめったにない。和樹はこんな性格だから、この機会を逃せば  
次のチャンスが訪れるのはかなり先のことになってしまうだろう。  
言え言え。玖里子は自分に命じた。言ってしまえ。  
「ねえ和樹」  
和樹がこちらを見た。その緊張感のない顔に、せっかくの気力が萎える。  
「なんですか? 顔、真っ赤ですけど。あの暑いなら窓開けましょうか?」  
改めて肺に空気を送り込む。和樹の瞳を真っ直ぐ見る。  
「あの――いい、わよ」  
ああもうくそ。こんなの恥かし過ぎます、神様。  
「その――和樹がしたいこと、しても」  
体中の血が顔に集まってくる音まで聞こえそうだった。  
「何ですか、ぼくの“したいこと”って?」  
なんと  
式森和樹は眉を顰めてそう言った。そう言いやがった。  
「玖里子さん、変ですよ。熱でもあるんじゃ――僕、水持ってきます」  
立ち上がろうとする和樹。玖里子は肩に手をかけてそれをとめた。  
この鈍感。どうしてあたしがこんな恥かしい思いをしなきゃいけないのよ。くそう。  
「本当にどうしたんですか、玖里子」  
 
“さん”を言う前に和樹の唇を自分の唇で塞いだ。  
そのまま覆いかぶさるようにして和樹の体を床に押し倒す。  
体に手をまわし抱きついた。乳房をぎゅっと押し付ける。  
和樹が驚いているのがわかった。玖里子の腕を掴み、体を離そうとしてくる。  
玖里子は和樹にしがみついた。  
ふたりが唇でつながったまま、結構な時間が過ぎた。  
ゆっくりと唇を離す。ぷはっ、とふたりで息を吸った。  
「あの――ごめん。あたし――とにかくごめん」  
玖里子は床に手をついて上体を和樹から少しだけ離した。  
「いえ、いいです。けど、あの」和樹が見上げてくる。  
「僕でいいんですか、本当に?」  
「うん」  
「本当に?」  
「しつこい」  
早くしてよ、と玖里子は思う。照れるじゃないの。  
それじゃいきます、と小心者らしく、断ってから和樹は胸に手を伸ばしてきた。  
玖里子は目を閉じた。和樹の手が、服の上から乳房を揉んでくる。  
「んっ」  
自分の漏らした鼻息の思わぬ色っぽさに顔が赤くなる。  
どきどきしていた。まるですぐ耳元で和太鼓が鳴っているようだった。  
和樹はこの鼓動を手のひらに感じているだろう。  
 
あたしが馬鹿みたいに緊張しているのがはっきりとわかるだろう。  
そう考えると、心のなかを直にのぞかれているようで怖くなった。  
閉じた目が開けられなくなった。次はどうしよう? どうしたらいいんだろう?  
どうすれば和樹に喜んでもらえるんだろう?  
血の上った頭の中で疑問符が渦を巻く。  
読んでいた情報誌の記事など、折れた釣竿ほどにも役に立たなかった。  
自然と半開きになった口から、熱い息が漏れる。  
和樹の指先が、興奮で硬くなった乳首を見つけ、弄いはじめる。  
気持ちいい、と玖里子はかすれた声で言った。体が興奮してきたのがわかった。  
濡れてきた。  
「かずき、きもちいい」  
乳首を強くつままれた。ふあっ、という声が喉から漏れる。  
入れていた力が抜け、床に突っ張っていた肘が折れた。  
こつん、とおでこがぶつかった。  
「ごめん」  
言いながら顔を少し離す。でもそれ以上は離せなかった。離してしまいたくなかった。  
鼻先数センチの距離で見つめあった。ふたり同時に、ごめんなさいと言った。  
ふたたびの沈黙。今度はあまーいどころの雰囲気ではなかった。あまあまだった。  
部屋の空気が桃色に染まっているという錯覚すら、玖里子は覚えた。  
おずおずと和樹が言葉を発する。  
「あの、質問なんですけど」  
 
「なに?」  
「ええと、どうしたらいいんですか、このあと」  
わかんないわよ、そんなこと。とは誘ったほうとしては言いづらい。  
しかし知ったかぶりをするというのもかなり恥かしいことである気がする。  
心臓の鼓動がまた速くなった。  
(あたしはふしだら淫乱キャラを演じていたわけだしこういうのはやっぱりリードする  
べきなのかもしれないけどそんな実際のこととなるとなんというか実行力が  
ともなわないんだというかどうしようこの千載一遇の機会を逃すわけにはいかない)  
思考が暴走している。玖里子はいきなり立ち上がった。  
和樹は呆けた表情で玖里子を見上げてきた。  
「あの、やっぱり僕なんかじゃ駄目――」  
「ちがう!!!」  
自分で叫んで、自分でうろたえてしまう。  
「あう、ごめんなさいええとあのその」  
体勢を立て直すための戦術的一時撤退。  
「お、おふろっ」  
 
 
恥ずかしながら、帰ってまいりました、という台詞が玖里子の頭に浮かんだ。  
風椿玖里子三等兵、先の戦闘においては、強大な敵を目の前にして、  
ばっくれちまいましたが、今回の戦闘においては、粉骨砕身頑張るつもりであります。  
戦闘服――濡れ髪、体に巻きつけたバスタオル。  
武器――これ以上ないほど奇麗に洗った体。  
敵は精強だ。が、いくしかない。玉砕覚悟でぶちあたるしかない。  
小賢しい計算など、丸めて犬のケツに突っ込め。必要なのは愛と忍耐力と勇気だ。  
愛は足りてる? 十分です。忍耐力は? 十分です。  
じゃあ勇気は? それは――ちょっと足りないかも。  
でも、いくしかない。特攻だ。片道分の勇気なら十分にある。  
帰還の必要はない。敵にぶつかって粉々に砕けよう、と玖里子は決意した。  
いくぜ。  
 
和樹はベッドのうえで正座して待っていた。  
「何やってるのよ、あんた?」呆れながら玖里子は訊いた。  
「待ってたんですよ、玖里子さんを」  
待ってるあいだに準備くらいしてなさいよ、と言いかけてやめる。  
もし自分が和樹だったら同じようにしていたかもしれない。  
「早く脱ぎなさい。あたしにだけ、こんな格好させておくつもり?」  
 
裸で抱き合い、いろいろした。  
前戯というよりかは、じゃれあっているという感じだった。  
予想していたことではあったが、和樹は胸を責めてきた。  
 
責めるという感覚は和樹本人にはないだろうが、玖里子的にはそう感じられた。  
手で揉みくちゃにされ、強く乳首を吸われ、舌のざらざらで擦られる。  
濡れた。自分で触るよりも何倍も感じた。  
和樹の腿が、股間を擦り、ひゃん、という声をあげてしまう。  
「ちょ、ちょっと、和樹――」  
顔を真っ赤にしながら玖里子は言った。すみません、と和樹。  
「あ、あやまらなくても、いいけど。次からはちゃんと断ってからにしなさいよ」  
わざとやったわけではないのだろうが、恥かしさのあまり、そう言ってしまう。  
「はい。わかりました。じゃあ、玖里子さん、あの――」  
入れたいんですけど、と和樹は言った。  
来るべきときが、とうとう来た。そんな気がした。心の中の動揺を隠し、平静を装う。  
「いいわよ。きて」  
 
いきますよ、と和樹。玖里子は目をきつく閉じてその瞬間を待った。  
和樹が、入ってくる。浅く――そして深く。奥まで。  
気持ちよくなんてなかった。すごく痛かった。奥歯をかみしめ、悲鳴を噛み殺す。  
「玖里子――さん?」  
しかし痛い、とは言えなかった。絶対に言うわけにはいかなかった  
言ったら和樹は、行為を中断してしまうだろう。  
これは特攻なのだ。玉砕覚悟なのだ。文字通り、やるしか道はないのだった。  
苦痛に歪む顔を見られまいと、和樹に強く抱きつく。  
二人のあいだで柔らかな乳房が魅力的に潰れた。  
乳房を伝わって、和樹の心臓の鼓動が伝わってきた。  
和樹も緊張してるんだ、と知って少しだけ気が楽になる。  
「あの、こういうのって初めてのときは痛いって聞きましたけど」  
 
大丈夫、と玖里子は言った。声が自分でもそれと分かるほど震えてしまっている。  
「大丈夫。痛くない。動いて」  
そうですか、それじゃ、いきます、と言って、和樹がゆっくりと腰を動かし始める。  
くうっ、という情けない声がくいしばった歯の隙間から漏れた。和樹が動きを止める。  
「あの、本当に痛くないんですか?」  
「痛くない」  
「本当に?」  
「しつこいわね。あたしが痛くないって言ったら痛くないの」  
和樹の動きが再開される。最初は玖里子を気遣うようにゆっくりとした動きだったが、  
次第に快感の波に乗るように、早く、荒々しい動きになっていった。  
その動きにあわせ、どこまでも柔らかな乳房が縦横に揺れる。  
和樹が腰を動かしながら、両手で乳房を鷲づかみにした。  
「玖里子さん、僕、もう――」  
和樹が背骨も折れよとばかりに体を反らした。  
「く」  
胸を掴む手に力が入る。指のあいだから乳房がはみでた。  
次の瞬間。熱い液体が次々と玖里子の体内に注ぎ込まれた。  
和樹は力なく玖里子のうえにかぶさってきた。ちょうど胸を枕にするような形になった。  
玖里子は荒い息を吐きながら、和樹の頭に手をまわし、ぎゅっと胸に押し付けた。  
「あの、出ちゃいました」  
乳房に顔をうめたまま和樹が言った。  
「別に報告しなくてもわかるわよ、それくらい」  
「あの――質問なんですけど。初めての時って一回で終わらせるものなんですか?」  
「そうよ」そうだと思う。「で、でも和樹がしたいっていうんなら、あたしは構わないけど」  
言え言え。玖里子は念じた。したいって言ってくれ。  
 
「あの、じゃあ、したい――です」  
やった。心の中で快哉を叫びつつ、もうしょうがないわねえ、という顔をする。  
まずは口づけ。和樹が玖里子の舌を吸いながら、両手で乳房を執拗に捏ね回す。  
乳首が刺激されるたびに玖里子は身をよじった。  
「玖里子さん、いれたいんですけど」  
「も、もう?」  
だめですか、と和樹。  
「だ、だめじゃない。ただ、ちょっと心の準備が出来てなかっただけ」  
玖里子は恥じらいながら股を開いた。和樹が先ほどのように、中に入ってくる。  
今度は最初から激しかった。ベッドが軋み、移動し始める。  
額に浮いた汗に前髪がへばりつく。  
苦しそうな息遣いとともに、腰が打ちつけられる。濡れた音が部屋に満ちた。  
痛みは、ゆっくりとその形を変え、次第に快感へと変質していった。  
和樹が動くたびに、胸の辺りに締め付けられるような甘い痛みが走り、  
はあんっ、という歓喜の声が迸りはじめる。  
和樹の剛直で演奏される肉の楽器のような気分だった。  
玖里子は叫んでいた。気持ちいい、気持ちいいよう、和樹いい。  
恥かしい、という感情は消え去り、理性の箍は外れていた。  
玖里子は熱病患者のように朦朧とした意識のなかで和樹の名前を呼び、  
和樹は狂ったように腰を動かして、玖里子の内部を突き上げた。  
何度も。何度も何度も何度も何度も何度も。  
すべてが終わったとき、ベッドは部屋の中央のあたりまで移動していた。  
そのシーツはバケツの水をぶちまけたようにぐっしょり濡れていた。  
和樹は肩で息をしながら、魂の抜け殻のようになって、そのベッドに横になっていた。  
ありがとう、と玖里子は心の中で感謝する。  
 
こんなになるまで頑張ってくれるなんて、思っていなかった。  
玖里子はベッドの縁に腰掛けていた。髪の毛は汗で背中にへばりつき、  
足の内側は陰部から伝った白い液体で汚れている。  
ティッシュペーパーで液体を拭い、タオルで汗を拭いた。  
「ねえ和樹?」  
「何ですか」屁みたいな声だった。  
「あの――明日の夜とか、暇?」  
わずかな沈黙。和樹はすべてを了解したようだった。  
「暇じゃありません」  
「嘘ついても無駄よ」  
「二日連続これはきついですよ。僕、死んじゃいますって」  
「それでもいいでしょう? あたしの上で死ねるのよ?」  
「死ぬのはいやです。どこの上だろうと」  
ちぇっ。せっかく気持ちよくなってきたのに。  
まあいいか。これで終わっためでたしめでたし、だ。  
 
(おわり)  
早く雨が降って大地が潤うといいですね。  
 

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