「・・・ここは・・・いったい?」  
 神城凛は薄暗い一室で目覚めた。  
(私は・・・確か・・・今日は・・・)  
「ようやく目を醒ましましたか、凛さん」  
 凛の前に仁王立ちしていた少女が口を開く。葵学園の一学年上の先輩宮間夕菜だ。  
 可愛らしい顔に柔らかな笑みを浮かべているが、その瞳は底知れぬ昏い光を放っている。  
「夕菜さん、これは・・・なっ!?」  
 凛はようやく己の置かれた状況に気付いた。  
 椅子に座らされ、手は後ろ手に、両の足はだらしなく開いた格好で椅子の脚にくくられ  
ている。だが慌てて走らせた視線の先には何もない。にもかかわらず、身体は万力で締め  
付けられるように身動き一つ出来ない。  
(くっ、魔法か。ならば・・・)  
「無駄ですよ。お察しの通りそれは普通の鎖じゃありませんから。それと予め云っておき  
ますが、念話で助けを求めても無駄です。この部屋には結界を張ってありますから」  
 凛の内心を見透かしたように、夕菜は素っ気なく言い捨てる。   
「夕菜さん、これは一体どういうことですか!?」  
「ほう・・・この状況を理解できないなんて凛さんって意外と鈍いんですね」  
 慌てて叫ぶ凛に対して、夕菜はどこまでも底冷えした声で応える。  
 
「和樹さんに手を出しましたね?」  
 疑問形の形こそ纏っているが、断定の口調で夕菜が唐突に云いきった。  
「わ、私は別に他意があって式森を誘ったわけではなく・・・」  
 そう、サムライを描いたハリウッド映画のチケットが偶然二枚だけ手に入ったのだ。  
 二枚では皆で行くわけにはいかない。玖里子さんはプレミア試写会に参加したと云って  
いたし、舞穂ちゃんでは話が難し過ぎるだろう。まして開国と同時に宗旨替えし西洋魔術  
に乗り換えた宮間家出身の夕菜さんを誘っては変な誤解を生じかねない。  
 だから式守を誘ったのは全くもって本意ではない、やむを得ない仕儀だったのだ。  
 二人で一緒に映画を見て、奮発してホテルの懐石料理店に入ろうと・・・した直後から  
の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちていた。  
 ただ意識が闇に墜ちる瞬間、断末魔の叫びのようなものを聴いた気がする。  
「し、式森はどうしたんです!?」  
「この期に及んで他人の男の心配ですか。もう少し想像力を働かせたらどうですか?」  
 どこまでも表情だけは穏やかな夕菜の姿に、凛の背中を冷たい物が走る。  
「もっともその想像力の欠如故に、これから貴女の身に起こることの心配をしなくても済  
んでいるというのは、不幸中の幸いかも知れませんけれど」  
 そう云ってくすりと笑った夕菜の表情は、凄絶なほどに美しく、そして残酷だった。  
 
「夕菜さん、いったい何を!?」  
「泥棒猫にはきつい躾が必要です」  
 凛の愛刀を手にした夕菜は、その刃先を身動きできない少女の前で煌めかせる。  
「動かないで下さいね。簡単に楽になって貰っては困るんですから」  
 淡々と云いながら、夕菜は凛の着物の帯と下半身を覆う袴を迷いもなく断ち切る。  
 着物の前面がはだけ、薄闇にどこまでも滑らかな少女の真っ白な肌が映える。  
 その陶器を思わせる慎ましい膨らみと未成熟な蕾を思い起こさせる腰廻りを覆っている  
のは薄桃色の可愛らしい下着だ。  
「なんですか、この男を誘うような下着は。凛さん、やはり最初から和樹さんを籠絡する  
気だったんですね?」  
「ご、誤解です、夕菜さん。私は決してそのようなふしだらな考えなど」  
 必死で反駁しようとするが、凛の真っ赤に染まった顔と恥じ入るような瞳を一瞥しただ  
けで夕菜の疑念は確信へと変わる。  
「・・・なるほど。目は口ほどに物を云う、といいますがその通りですね。ところで、凛  
さんの云う《ふしだらな考え》というのは一体どういう行為を指すんですか?」  
「そ、それは・・・」  
 男に興味はないと公言しつつも、凛には確かにその手の知識があった。  
 露骨な本家の要求もあったし、玖里子の当初の和樹の遺伝子に対する執着は、頑なにそ  
れを拒否していた少女に、否応なく男女の営みに関する知識を植え付けていた。  
「応えて下さい、凛さん。でないとわたし、手が滑ってしまうかも知れませんよ」  
 罪のない無邪気な微笑みを浮かべながら、夕菜は白刃を振り上げる。  
「・・・その、好き合った男と女が・・・その・・・手を取り合って・・・」  
「はい、時間切れです」  
「!?」  
 唐突に振り下ろされた銀光が凛の頭上を容赦なく襲った。  
 
 再び閃いた白刃は、凛のブラジャーとショーツを両断し、少女の裸身が露わになる。  
「悲鳴を上げなかったのは流石ですね。まあこの程度で悲鳴を上げているようでは凛さん  
が罪を自覚して頂く前に、心の方が壊れてしまうでしょうけれど」  
 恐るべき発言を淡々と、まるで気負わぬ口調で告げた夕菜は、どこまでも澄んだ、しか  
し嗜虐の冷たい炎をたたえた瞳で露わになった凛の裸身を眺め尽くす。  
 視線だけで全身を犯されている気がしたが、凛は歯を食いしばり腹の底から湧き上がっ  
てくる絶叫を堪える。悲鳴を上げれば夕菜の加虐心を一層煽るだけだと本能で悟っていた  
し、剣士としての誇りが無様に泣き叫ぶという逃避を赦さなかったからだ。  
 夕菜の、のたうつ蛇のような視線は凛の下腹部で止まる。  
「へぇー、意外ですね。凛さんにもちゃんと生えていたんですね。随分貧相な身体をされ  
ていますから、私はてっきりまだ赤ちゃんのままの姿かと思っていました」  
 激発しそうな感情を必死に押し殺すが、凛の顔が怒りと羞恥で瞬時に朱に染まる。  
「とは云っても文字通り産毛に毛が生えた程度ですね。肉の割れ目もはっきりと見えます  
し、包皮も堅く被ったままですか。本当に自分でも殆ど弄ったことがないようですね」  
 夕菜の最後の言葉に、凛の顔が一瞬だけ青ざめた。  
 同年配の少女に較べれば未成熟な凛の身体だが、年相応に女らしさを備えつつある。  
 月に数度訪れる身体が疼いて眠れぬ夜。以前は素振りを繰り返せば解消されていたその  
疼きが年を経るごとに、そして何より和樹のことをよく知るようになって以来、抑えきれ  
なくなってきている。  
 凛はその解消法に関する知識こそ持っていたが、一度も試したことはなかった。だがそ  
れは節制からではない、未知の経験に対する恐怖故だ。  
「・・・そうですか。興味はあっても試した事はありませんか。丁度良い機会です。凛さ  
んの本質が剣士などではなく、他人の男に手を出す愛欲と肉欲にまみれた薄汚い淫獣に過  
ぎないことを自覚させて差し上げます」  
 サトリの化け物のように正確に凛の思考を読み取った夕菜は、慈母のような笑顔を浮か  
べたまま、凛の裸身へと手を伸ばした。  
 
 突き出された夕菜の手に、凛は反射的に動かぬ身体を強張らせる。  
 しかしその手は凛の身体に伸びることなく、そのまま印を結んだ。そして夕菜の口から  
召喚の呪文が紡がれる。  
 次の瞬間、凛の下腹部に生暖かい空気が吹き付けた。狭い部屋の中に、男の匂いを極限  
まで凝縮させたような獣の匂いが立ちこめる。  
「・・・ッ!」  
 己の下腹部を覗き見るように蠢く黒い影に、流石の凛が危うく叫び声を上げそうになる。  
 不自然に盛り上がった頭部、金色に輝く瞳、尖った角。  
 凛の眼前に召還されたのは、かつて学園の保健室にも出現した牛の姿をした怪物、ベヒ  
ーモスだ。だが以前現れたそれとは明らかに姿が違う。片方の角が鋭利な刃物で切断され  
ているのだ。そして凛は・・・その理由を知っていた。  
「どうやら思い出して頂けたようですね。そうです、かつて凛さんがお仕事で退治された  
ベヒーモスです。凛さんに復讐させてやると持ちかけたら喜んで召喚に応じてくれました。  
凛さんって、本当に人から怨みを買うような生き方ばかりされているんですね。あ、でも  
ベヒーモスは人じゃありませんでしたね」  
 牙を覗かせた口から涎を垂れ流し続ける異形の怪物の頭を、幼子をあやすように優しく  
撫でながら、夕菜は微笑んで告げる。  
「・・・夕菜さん、貴女という人はっ! ・・・ひっ!?」  
 奥歯をぎりぎり噛みしめながら吐き出した凛の声がいきなり裏返る。  
 次いで己の下半身を襲ったざらりとした生暖かい感触の正体が、ベヒーモスの長大な舌  
であることに気付いた。羞恥と屈辱と原始的嫌悪感で悲鳴を上げそうになるが、ありった  
けの自制心を働かせて絶叫を腹の底へと押し込める。  
 だがそんな凛の努力を嘲笑うように、ヘビーモスの舌は凛の一番敏感なところを責め立  
て始めた。  
 
「・・・くぅっっっ!」  
 ベヒーモスの長大な舌による陵辱は、既に十分以上続いていた。  
 凛のまだ成長途中の硬い膨らみは、ベヒーモスの巨大な舌によってこね回され、食べ頃  
の果実を思わせる色合いを見せはじめ、その小豆大の桜色の頂は少女の意志とは裏腹に、  
硬く、しこり立ってしまっている。  
 閉じ合わされた少女の桜色の花弁。つい先刻まで凛自身でさえ殆ど触れたことのない少  
女の一番敏感な部分は、ベヒーモスの舌による愛撫により強引に開花されようとしていた。  
「ようやく見えてきたようですね」  
 夕菜が凛の花弁の下から、僅かに肉の花弁が覗き始めたのを目聡く見つける。その声を  
合図にしたように、ベヒーモスは舌による陵辱を、その一点に絞り始める。  
「・・・夕菜さん、貴女はどこまで人の尊厳を踏みにじれば気が済むのですか!?」  
 絶望の淵に立たされていても、激しい恐怖と未知の感覚に翻弄されながらも、凛の心は  
それでも、この魔神のような少女に屈することを潔しとしなかった。  
「人の男を平然と寝取ろうとする犬畜生以下の凛さんに云われたくありませんね」  
 しかし魂の底からの凛の叫びも、柳に風とばかりに夕菜にはまるで届かない。  
 やがて凛の抵抗も虚しく、花弁は強引に引き剥かれ、朱色の控え目な肉芽が露わになっ  
てしまう。  
 そして露わになった少女の蕾に向かって、ベヒーモスは大きく口を開け・・・  
 
「ひ、ひゃぁあんっ!」  
 奇声を上げると同時に、見えない鎖に縛られている凛の身体が跳ね上がる。  
 初めて露わになった凛の身体の中で最も敏感な部位をベヒーモスが銜えたのだ。凛の身  
体は電撃を浴びたように硬直すると同時に、その秘部からは熱い蜜が漏れ出す。  
 これまで意志の光を湛えていた凛の瞳がその一瞬虚空を彷徨い、ベヒーモスの唾液とは  
明らかに違う、粘度の高い液体が凛が腰掛けさせられている椅子を濡らしているのを確認  
した夕菜は、凛の耳元で囁くように告げる。  
「ご自分の身体のことですからお分かりですね。凛さん、貴女の大事なところから溢れ出  
してきているこの液体が一体どういうものなのかは。  
 これで理解できたでしょう。雌豚同然の凛さんにとっては、和樹さんも、このベヒーモ  
スも全く同じなんですよ。己の獣欲を満たすことが出来る相手なら、和樹さんどころか人  
間であるで必要さえないんです」  
 未だ茫然自失から立ち直れぬ凛に対し、夕菜はどこまでも穏やかに、語りかける。  
(あ、あ、あ・・・ああ・・・っ)  
「ああ、そういえば」  
 夕菜は得心したような呟きを洩らす。  
「凛さんは人狼族のお兄さんに育てられたんでしたね。きっと赤ん坊の頃は獣の習慣に従  
って、毎日毎日人狼の舌でおしっこを舐めとって貰っていたんでしょう。でなければ、こ  
んな化け物に自分の一番大事なところを蹂躙されて感じる筈がありませんもの」  
 その夕菜の言葉に、死んだ魚のようだった凛の瞳に、再び意志の灯火をともした。  
 
「クッ!」  
 自分に対する侮辱ならば、身体の陵辱にさえ耐えてみせる。しかし、故人に対する冒涜  
だけは赦すことが出来なかった。  
 厳しかったけれど、本当はとても優しくて、誰よりも自分のことを想ってくれた義兄。  
その想い出の全てを土足で穢されてしまう気がしたからだ。  
「思ったより歯ごたえがなくて面白くありませんね。所詮は畜生を眷属にする程度しか能  
のない一族の者ですか。もういいです、ベヒーモスの好きにして貰いましょうか」  
 本当につまらなそうに夕菜が言い捨てると同時に、四つん這いの格好で凛を責め立てて  
いたベヒーモスが立ち上がる。  
 まさに天を突かんばかりの勢いで逸物が隆々とそびえ立ち、凛の最も大切なところ目掛  
けて突き出されようとするが、凛の心の中は氷のように冷静で、炎のように燃えていた。  
 刹那、今まで感じたことのない魂の底から滲み出るような魔力が凛の全身に満ち溢れる。  
 そして一瞬で彼女の四肢を縛り上げていた見えない鎖を断ち切った。  
 次いで辛うじて取り上げられていなかった脇差し一本に最大限の魔力を込めると、逆袈  
裟の一撃でベヒーモスを虚空へと還す。  
 そして返す袈裟懸けで夕菜に魔力の塊を叩きつけようとし・・・  
 
 ・・・たが、凛には最後の一撃を、致命的な一撃を放つことがどうしても出来なかった。  
 駿司のことを思い出すと同時に、彼の亡骸を残り少ない魔法を使ってまで故郷である月  
へと送り届けてくれた、和樹のことを思い出してしまったからだ。  
 この眼前の少女が和樹にとっては、自分にとっての駿司と同じように大切な人だという  
ことを凛は痛いほど――実際の心の痛みを伴って――理解していたからだ。  
 しかし、その優しさが凛にとっては命取りとなった。  
「・・・へえ、凛さん。この期に及んで偽善者ぶる余裕があるわけですか」  
「ぐはっっっ!」  
 地獄の底から響くような嘲笑りの混じった夕菜の言葉とともに吹き出した魔力が、凛の  
小柄な身体を壁に叩きつける。衝撃波で辛うじて纏っていた衣服も剥ぎ取られ、凛は生ま  
れた姿のままで壁に磔にされる。  
「凛さんってどこまで腐りきった性根をされているんでしょうね。これだけの力を持って  
いながら和樹さんの危機には知らんぷりで、自分の危機にだけ使おうとするなんて。そう  
いう人を和樹さんの奥さんとしては、このまま野放しにするわけにはいきませんね」  
 
「凛さん、これがなんだか分かりますか?」  
 夕菜の指差す方角に、凛は辛うじて自由になる首を向けると、部屋の片隅に透明なポリ  
タンクがあるのを見つける。黒光りする液体を不審げに見つめる凛に夕菜が正体を明かす。  
「御厨さんに作って頂いた強力な洗浄剤です」  
 御厨は化学調合マニアのB組の生徒だ。  
「相当強力な殺菌効果がある上に、殺菌に使用した後はミネラルウォーターとして飲める  
ほど地球の環境に優しい洗浄剤だそうです。もっとも、間違って体内に入ったりすると、  
胃や腸にいる体内細菌まで悉く死滅させて全部体外に排出してしまうそうなので、実用化  
には時間が掛かりそうだと云うことでしたが」  
「?」  
 その真意が分からず不審げな表情を浮かべる凛の眼前で、夕菜が聞き慣れぬ呪文の詠唱  
を始める。次の瞬間、ポリタンクの中の洗浄剤が一瞬にして消滅し・・・磔にされた凛の  
腹部が奇怪なほど膨らむ。  
「・・・ま、まさか夕菜さん、私にそれを!」  
 突然の腹痛に顔を歪まる凛に、聖母のような笑みをたたえたまま、夕菜が宣言する。  
「凛さんの腹黒さを少しでも薄めて差し上げようと思いましたので、洗浄剤をお腹の中に  
転移させて貰いました。これだけ強力な洗浄剤なら、きっと凛さんの真っ黒に染まったお  
腹を隅々まで綺麗にしてくれますよ。どうですか、嬉しいですよね?」  
「いっ・・・!」  
 凛が絶叫をあげなかったのは、剣士としての誇りからだった。  
 眼前の狂気が具現化したような少女に対しては如何なる命乞いも無益であることを、凛  
の剣士としての本能は敏感に感じ取っていた。  
 ならば、せめて最期の瞬間まで見苦しい姿を見せるわけにはいかない。  
 しかし凛の悲愴な決意とは裏腹に、無理矢理異物を詰め込まれたその小さな身体は悲鳴  
を上げ始めていた。  
 
(こ、これ以上の辱めを受けるくらいなら・・・)  
 少女の想像を絶する恥辱は、凛の覚悟の一線を越えようとしていた。  
(式森、もう一度だけでも、お前と二人で一緒に・・・)  
 淡い思いを振り切った少女は、その舌を伸ばし、これ以上の屈辱を免れようと・・・  
「死んで楽になろうなんて思っても無駄ですよ。もし凛さんが自ら命を絶たれたとしても、  
紫乃先生にお願いして死体として生き返って貰いますから」  
 夕菜が天上の調べのような響きで、しかし地獄のような未来図を凛に提示する。  
「世の中には様々な趣向を持った方がいらっしゃいますからね。その方たちに凛さんの動  
かぬ骸を贈って差し上げれば、凛さんの肉体が腐臭を発し、身体中の至るところで蛆虫が  
湧き出し、腐汁が溢れ出すまで、その身体を存分に貪り尽くしてくれるでしょう」  
 凛の表情から生気が消え失せた。全身の神経が凍てつき、瞬き一つ出来ない。  
 ここにいるのは最早ただの魔法使いの少女ではない。それどころか魔女という言葉さえ  
生ぬるい。地獄の魔王そのものだ。  
(こ、こんな女性を式森は・・・)  
 目の端に絶望と慟哭の涙を浮かべながら、ありったけの魂を込めて凛が叫ぶ。  
「夕菜さん、式森が好きになったのは今の貴女じゃない! 正気に戻って下さい」  
「正気に戻るべきは和樹さんの方です。こんな獣同然の淫売女に誑かされるなんて。  
 和樹さんは私を、私だけを愛する義務があるんです。それを邪魔する人間はこの世に生  
まれてきたことを心の底から憎むようになるまで死ぬことさえ赦しません!  
 とりあえず、そんなことよりも・・・」  
「うわぁぁっっ!」  
 磔にされた凛の前に立った夕菜が、その肉芽を思いっきり捻じあげる。  
 凛の小さな身体が海老のように反り上がり、脹らんだお腹が突き出される格好になる。  
「凛さんの腹黒さがどれくらい綺麗になるものなのか、私は大変楽しみです」  
 魔神の化身のような少女は、天使そのものの笑みを浮かべながら云った。  
 
「・・・くぅっ・・・やあっ・・・はぁっ・・・!」  
 奥歯を精一杯噛み締めているが、それでも凛の口からは堪えきれぬ呻き声が漏れる。  
 だが凛の声は苦痛だけに彩られているわけではない。  
 押し殺した声に、自分の体内を荒れ狂う未知の快感への戸惑いが混じる。  
 薄闇の中、凛の真っ白な、抜けるような肌が艶めかしく蠢いていた。  
 夕菜の召喚したウンディーネが無数の蛇となり、磔にされた凛の全身をまさぐる。  
 小振りな乳房は柔らかく蠕動する透明な蛇によってねじ上げられて形を歪め、その先端  
の桜色の頂は天を向いて、つんと脹らむ。  
 とりわけその小柄な身体とは不釣り合いに腫れあがった下腹部と、形の良い双丘は執拗  
に繰り返し繰り返し、のたうつ透明な蛇に蹂躙し尽くされる。  
「・・・そろそろですか」  
 夕菜が呟くと同時に、キュルキュルと凛のお腹が鳴き出した。  
「くはぁぁっっっ!」  
 凛は懸命に括約筋を締め上げて排泄感を耐えようとするが、腹の中が裏返るような感触に耐えかねて声を上げてしまう。  
「何を我慢しているんですか、凛さん? いいんですよ、遠慮せずに排泄すれば。獣なら獣らしく振る舞ったらどうですか?」  
 
「どうですか、今ならまだ間に合いますよ。私はとても寛大な人間ですからね。  
 今からでも凛さんが、ご自分が薄汚い雌狐であることを認めて、這い蹲って許しを乞う  
て、二度と和樹さんに近づかないと血判を押せば赦して差し上げます」  
「・・・だ、誰がっ!」  
 にこやかな笑みを浮かべながら耳元で囁く夕菜に、苦しい息の中で凛は叫ぶ。  
「貴女には・・・貴女だけには死んでも屈したりしません!」  
「そうですか。それは残念です」  
 全く残念そうでない声で言い捨てると同時に、夕菜の腕が虚空を舞う。  
 凛の全身を蹂躙していたウンディーネが夕菜の掌の中へと一気に収束し、巨大な水の槍  
へと変貌を遂げる。  
「う、うそ・・・・・・」  
 夕菜の意図を察して、凛の顔から血の気が完全に消え失せる。  
「凛さんは死んでも私には屈したりしないんですよね? それでしたら、この世には死よ  
りも苦しいものが存在することを我が身で思い知って下さい」  
「ひ、ひゃゃゃぁぁぁっっっっっっっ!」  
 肛門から脳天まで串刺しにされたような衝撃に、凛は鳥が啼くような甲高い声で叫び声  
を上げ・・・その忍耐の堰は決壊した。  
 
 
「全部綺麗になってしまっていますか。強力すぎる洗浄剤というのも問題ですね。折角、  
凛さんの腹黒さの具合がよく分かると思ったのに」  
 凛の身体から吐き出されたものを、丁寧に観察しながら夕菜は残念そうに呟く。  
 巨大な水槍で不浄の穴を刺し貫かれた衝撃で、お腹の中の物を全て体外にまき散らして  
しまった凛は、磔にされた状態のまま全身を弛緩させ、視線を虚空に彷徨わせている。  
 白魚のようだった少女の肌は、熱を帯びたように真っ赤に染まり、時折思い出したよう  
に、痙攣を起こしている。  
 しかし魔神の化身たる少女の責めは、それでもなお容赦なく続く。  
「おかしいですね、凛さんの肛門から捻り出されたものだけなら、こんなに粘り気のある  
液体が吹き出ているわけはないんですけれど?」  
 夕菜はそう云うと、その股間で粘り着く、熱気の籠もった液体を嘗め取った指を、凛の  
眼前に見せつけるようにする。  
「ご理解されましたね? 凛さん、貴女にとっての和樹さんというのは、ただ凛さんの雌  
としての本能を満足させる為の、雄の機能を備えているだけの肉塊に過ぎないんです」  
 凛は己の愛液にまみれた夕菜の指から、弱々しく視線を外すことしかできない。  
「分かりますか? 凛さんの気持ちは獣としての原始的欲求なんです。凛さんだけじゃあ  
りません! 玖里子さんも、千早さんも、舞穂ちゃんも全部同じです。  
 そう、この世の中で和樹さんのことを本当に愛しているのは私だけなんです!」  
 勝ち誇ったような声が薄暗い小部屋に響き渡る。  
 しかしその夕菜の言葉が、魂を消し飛ばしていた凛の瞳に、再び光を灯した。  
 
 肉体の陵辱よりも、この気持ちが、和樹に対する気持ちに泥を塗られることの方が凛に  
はずっと耐えられなかった。  
 残り少ない魔法を使ってまで義兄を月へと送り届けてくれた和樹。  
 とても食べられない弁当を、まずいまずいと云いながらも最後まで食べてくれた和樹。  
 軟弱者で、鈍感で、それでも触れていると、とても温かい気持ちになる和樹。  
 そんな和樹のことを凛は・・・  
「そうでした。元々凛さんは和樹さんのことが殺したいほど嫌いと仰っていましたよね。  
あれはきっとの獣欲を最初から自覚していたが故だったんですよ。  
 凛さんがその本心を明らかにしないまま和樹さんを寝取ろうとするのは、口に出したが  
最後、本能のままに突き動く獣になることをご自分で知っているからなんです!」  
 酔ったように言葉を紡ぐ夕菜に、僅かばかりに生気を取り戻した凛が口を開く。  
「わ、私は・・・」  
 いまの夕菜のことだ。こうやって挑発しておいて本心を露わにしたが最後、凛に制裁の  
一撃を喰らわすだろう。しかし言葉にしないわけにはいかなかった。でなければ、己の想  
いが穢されてしまう気がしたからだ。  
「私は、私は、私は・・・・・・」  
 心の底で押し隠していた気持ちが、言霊となってストレートに口をついて出た。  
 
「私は式森のことが好きです!」  
 最後に残った羞恥と躊躇いを振り払い、凛は想いの丈を籠めて叫ぶ。  
「夕菜さんにどんなことをされようとも、私は式森が好きです!  
 こんな歪んだ形でしか愛情を示すことが出来ない夕菜さんよりも、ずっとずっとずっと  
式森のことを愛しています!」  
 
 
 ・・・・・・予測された夕菜の致命的な一撃は、振り下ろされなかった。  
「そうですか。よく分かりました」  
 凛の初めての告白を、しかし夕菜は軽く頷いただけで受け止める。  
 それどころか、後光の差すような笑顔を浮かべ、思い出したように云う。  
「そうそう。凛さん、最初に聞かれましたよね、和樹さんが今どうしているのか?」  
「・・・?」  
 夕菜が言い終えると同時にその頭上に光球が出現する。  
 燦々と太陽のように輝く炎は部屋を真昼のように照らし上げ、その様子が露わになる。  
 虚ろだった凛の瞳が大きく見開かれ、つい先程までは漆黒の闇で覆われていた、夕菜の  
背後の一点に注がれる。  
 そこには・・・・・・  
 
「・・・い、い、いやゃゃゃぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!」  
 それまで如何なる攻めにも耐えていた凛の精神が、夕菜の背後にいる人影を認めた瞬間、  
粉微塵になって崩壊した。  
「見るなっ! 頼むから見るなっっっ! お願いだから見ないでくれぇぇぇぇっっっ!」  
 磔にされ、動く筈のない全身をばたつかせ、瞳から爆発的に透明な涙を噴き零しながら  
凛が哀願する。  
 だが夕菜の背後、魔法により隠されていた、透明な氷柱状の空間に閉じこめられた人物  
は身動き一つせず、凛の恥態を凝視していた。  
「お願いですから! 土下座でも何でもしますから! 何でも云うことを聞きますから!」  
 目の前の少女の瞳が絶望に染まり、その強靱な意志が完膚無きまでに破壊し尽くされた  
のを至福の笑顔で迎えた夕菜は、囚われの人影に向かい優しく問いかける。  
「・・・という凛さんからの熱い告白がありましたが、正直に言って凛さんのことをどう  
思っていらっしゃるんですか、和樹さんは?」  
 夕菜の魔法で瞬き一つすらできぬ状態にされた和樹が、そこにはいた。  
 
 
 ・・・見られた!  
 ・・・聞かれた!  
 淡い思いを寄せていた少年に、最も見られたく姿を晒し、最も知られたくない言葉を聞  
かれた凛の精神が、ぼろぼろと音を立てながら崩れ落ちていく。  
 その光景を心から幸せそうな笑顔を浮かべながら見守った夕菜は、氷柱状の空間に全身  
を擦りつけるようにしながら「和樹さんは」と、残酷な問いを発する。  
「ベヒーモスの舌に嘗められて感じてしまう淫獣女なんて、触れたくもないですよね?」  
 驚愕の表情を貼りつけたままの和樹の首が、上下に、肯定を示す動きをする。  
 冷静なときの凛ならば、明らかに魔法によりその意志に反した動きと看て取れただろう  
が、魂を砕かれた少女にはそれすら叶わない。   
「人前で愛液や糞尿を垂れ流してしまう変態女なんて、口も利きたくないですよね?」  
 和樹の必死の抵抗にもかかわらず、しかし残酷にその首は縦に激しく揺られる。  
 そして魂をずたずた切り裂かれた少女は、弛緩しきった己の股間にあてがわれた、男性  
器を象った巨大な水槍にも気が付かない。  
「水槍で処女膜を破られて達してしまう淫乱女なんて、顔も見たくないですよね?」  
 地上に降り立った天女のような笑顔で夕菜が語りかけると同時に、凛の一番大切なとこ  
ろに無惨に水槍が突き立てられる。  
 己の身体を引き裂くあまりにも残酷な音とともに、凛の意識は虚空へと墜ちた・・・。  
 
「・・・凛ちゃん、凛ちゃん、そろそろ起きないと」  
「!?」  
 肩を揺すりながらの優しい呼びかけに、文字通り凛は跳ね起きた。  
「ど、どうしたの!?」  
 危うく座席から跳ね飛ばされそうになった和樹が叫ぶ。  
 ・・・ざ、座席?  
 ようやく凛にも周囲の状況がはっきりしてくる。  
「映画、もう終わっちゃったよ。ひょっとして・・・面白くなかった?」  
「・・・い、いや。そんなことはないんだが・・・」  
 ゆ、夢だったのか。私はまだ式森と映画館にいるんだ。  
 背を伝う冷たい汗を感じながらも、凛は安堵の溜息を大きく吐き出す。  
 しかしなんて云う夢を見たんだろう。夕菜さんの恐ろしさはいつもと変わらないが、あ  
んな淫らな夢を見た上に、私が式森のことを好きなどと。  
 我知らず、顔を真っ赤にし、そっぽをむいてしまった凛に対して、訝しげに、しかし温  
かい笑顔を浮かべながら、和樹が嬉しそうに云う。  
「行こう! 凛ちゃんがお気に入りの店に連れてくれって云うんで楽しみにしていたんだ」  
 差し出された和樹の掌を、躊躇いながらも、しかし、凛はしっかり握ると二人は夜の闇  
へと消えていった・・・。  
 
 
 
 
 
 
 
 夜の町へと消えていった二人の背後に、闇よりも更に深い、漆黒の闇が舞い降りる。  
「・・・そう簡単に楽になれると思って貰っては困ると云った筈ですよ。  
 魔淫の宴は、朝の来ない夜は、まだまだ始まったばかりなんですからね、凛さん」  
 そう呟いた堕天使が血に塗れたような唇を歪めたのを、二人はまだ知らない・・・。  
 

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