きっかけは教師として雪乃が藍澄に課した最初の小テストだった。  
 新造戦艦エリュシオンの新米お飾り艦長の天城藍澄を放っておけない  
副艦長の白浪雪乃は、戦闘でめちゃくちゃな指示を出していた艦長を憂えて  
藍澄の私室に乗り込んで来ると、保護者役から教育係に変貌していた。  
「では、こちらの問題を」  
「できたら誉めてくださいね」  
「いいですよ。何でもしましょう」  
 雪乃は約束を違えない。  
 自分から口にしたのなら尚更、絶対に。  
 
 
「艦長、やればできるじゃないですか」  
「え? ということは……」  
 などと言いつつ、実際、藍澄には結構自信があった。  
 雪乃の教え方は上手かったし、彼の話すことは、一言も聞き漏らすまい  
としていたから。  
「全問正解です。まさか、ここまでできるとは思いませんでしたが……」  
「い、いえ、……これも雪乃さんが丁寧に教えてくれたおかげですよ」  
「あなたが頑張ったからですよ。私も教えた甲斐がありました」  
 本当に誉めてくれた。なら、もうひとつの約束も。  
「とはいえ……これからも気を抜かずに勉強を続けるようにお願いします」  
「はい!」  
 嬉しくて気合いが入る返事に、雪乃も微笑み返す。  
 彼は、こんな笑顔もできるのだ。もっと知りたい。  
 
「雪乃さん、何でもしてくれるんですよね?」  
「ああ……そうでしたね。何がお望みですか」  
 
 とんでもないご褒美のおねだりに驚き眉をひそめ躊躇はしても、  
最後の最後で、雪乃は、やはり自らの言葉を撤回しなかった。  
 
「ゆき……のさ……あ、やぁ……っ」  
「いやじゃないでしょう。では、やめますか」  
「や! ん、もっ……と…………」  
「欲張りですね。あなたは」  
 自分がそうしたくせに、と言いたいけれど言えない。  
 彼は何も知らなかった藍澄に快感を与え支配している。  
「そう……素直が一番ですよ。ここが、いいんでしたね。ほら」  
 男のくせに形の良い指が、自分では上手く触れられない箇所をまさぐりあばく。  
 撫でられるたびに熱くぬかるんでいく身体を持てあまして、あえぎが漏れる。  
「ふっ……う……あぁっ……」  
「艦長、いえ、藍澄……さん」  
 こんな時ばかり甘く響いて名を呼ぶ声に震えてしまう。  
 普段から他人にも自分にも厳しい彼は、自分の魅力を認識しているだろうか。  
 
 さっきまで勉強していた明るい部屋。  
 それが雪乃の私室でも、藍澄の私室でも、照明は落とさない。  
 その上、雪乃は、ほとんど衣服を乱すこともなかった。  
 乱れるのはいつだって藍澄だ。艦長としての軍服だったり、年相応の私服や  
部屋着のジャージだったりしたが、どんなものでも大して変わりない。  
 今日はマリンブルーのキャミソールとスパッツに、ボーダー柄でワンピース  
風のパーカーをはおっていたけれど、別におしゃれしたわけではなく部屋着だ。  
 雪乃のお気に召すような格好かどうかも、わからない。  
 彼のことだから、脱いでしまうなら関係ないとか思っていそうだ。  
 裾をめくられ、最後には下着も取り去って明かりの下へさらけ出された上で  
あちこちすべてを、なでさすりいじられた。  
 繰り返される行為の果てに、自分のどこをさわられると気持ちよくなるのか、  
藍澄はまたたく間に覚えてしまった。  
 それでも、決定的に交わったことはない。  
 雪乃が与え続けるじれったい快感だけが、いつも藍澄を翻弄した。  
 
「雪乃さ……ゆきのさん、もう……!」  
「困った艦長ですね」  
 雪乃は背中から藍澄を抱くようにして自分のベッドの端に腰掛けていた。  
 水色の細かいストライプのカッターシャツの第一ボタンだけが外されていたが、  
他に乱れたところはどこにもない。  
 なのに、彼にもたれかかるようにしてベッドに上げられた藍澄の方は、衣服を  
ほとんど床に落として、ボタンを全部外した状態の前あきのキャミソールだけが、  
かろうじて腕に通されている状態だった。  
 雪乃の左手は藍澄の胸をこねていて、右手は足の付け根を彷徨っていた。  
「なんて感じやすいんです……あなたは。ブリッジでも、こうなんですか」  
「そんなこと、ありませ……んっ! だって雪乃さんが……あぁ」  
 一方的に与えられる快感に耐え切れず、藍澄は躯をよじり振り返って彼を見る。  
「じゃあ私……しますから、こっち向いてください……」  
「今日の課題はノーミスでした。無理しなくても、ちゃんといかせてあげますよ」  
「ちがっ……ひとりじゃヤ、です……一緒に……私がしたい、から……っ」  
 うつ伏せになり雪乃の膝に横から乗り上げるようにして、藍澄がするりと前を  
なでると、彼のグレーのスラックスの中で、かすかにきざしている気配があった。  
 だから、もう勝手に始めてしまう。  
「させて……ください……ね……ぇ、……っ」  
 快感に震える指先でボタンをはずしてファスナーを降ろす。  
 そうして探りあてたものを両手でなで支えるように口元へ持っていき、  
ちゅっと軽く吸い付いた。  
 途端にゆがむ眉とずり下がる眼鏡の奥の困惑を見つけ、嬉しさを隠せない。  
「まったく、はしたない……」  
 雪乃はつぶやきながら、ついさっきまで藍澄の乳首をさいなみ啼かせていた手で、  
彼を口にふくんでいる彼女の、頬と耳、汗ではりついた長い髪をゆっくりとなでる。  
 そんな風に優しくされると、藍澄はうっかり勘違いしそうになる。  
 でも、これは違うのだ。わかっている。  
 雪乃は自分で決めたルールを破らない。  
 彼が最初に告げた掟だ。  
 
「艦内恋愛禁止」である、と。  
 
 藍澄と雪乃の行為に恋心は関係ない。  
 それが証拠に、戦闘や課題、テストなどと無関係に、電気を消して、  
お互い裸になって抱き合ったことは一度もない。好意を口にしてもいない。  
 そもそも藍澄は、かろうじてまだ処女だ。  
 
「ご褒美に痛いことは必要ないでしょう」  
 亡き英雄を父に持つ箱入り娘だった藍澄に、性交の経験がないことを、  
雪乃は当然のように指摘していた。  
 破瓜の痛みを知らないのは事実だから、うなずくしかない。  
 
 それで最初に雪乃の出した宿題で大間違いを犯した時に、今度は藍澄が  
雪乃を気持ちよくする番だと訴えた。  
「生徒にご褒美だけじゃ変、です。……罰も必要じゃないですか?」  
 理にかなった提案なら、雪乃は承諾する。  
 恋も男女交際もろくに知らないまま戦艦の艦長として閉じこめられるなら、  
そこで犠牲になる体験を、代わりに求めてしまうのは仕方がない。  
 これは代償行為に基づくマスターベーションの一種だ。  
 雪乃はこんな時も生真面目で、男性の生理的快感を解放する方法を  
照れもなく藍澄に教え、実践させた。  
 宇宙に出てから、その回数は減るどころか、むしろ増えている。  
 
「私にするのが、そんなに気持ちいいんですか」  
 今さらなことを聞く雪乃に、まともに返事をする気になれず、藍澄は  
うなずく代わりに、固く立ち上がってきた雪乃のものを深くくわえて、  
いっそう念入りに舌をまとわりつかせた。  
 唇から淫猥に響く音に、どちらも煽られ興奮している。  
 熱をもった部分が、面白いように広がっていく。  
「さっきおさらいした……ステルス……みたい、で……かたくて……っ」  
「上手い例えとは言いかねますが……いいでしょう。なら、あなたも……  
もっと、そう……よくしてあげますから」  
 雪乃は下げていた両足をベッドの上にあげると、己をくわえさせたまま、  
藍澄の腰を引き寄せ身体の向きを逆転させた。  
 横たわる雪乃に覆い被さる藍澄の体躯の中心は彼に丸見えになる姿勢だ。  
 羞恥に赤く染まる藍澄の肌を、雪乃は容赦なく撫でまわし、雫に濡れた  
足の付け根の花弁に息を吹きかけたかと思うと、音をたてて吸い付いた。  
「あぁっ……だ……めぇ……っ! まだっ……ん……ふっ」  
「こんなに濡らして……好きなくせに」  
「やぁ!」  
「一緒がいいなら……続けて……っ」  
 互いの中心を互いの唇で浸食し合う行為は、ほとんど一線を越えている。  
 雪乃以外の誰かと、こんなことができるとも思えない。  
 それでも、やはり色恋ではあり得なかった。  
 
 雪乃の唇が藍澄の敏感な芽をついばんで、舌はぐにぐにと内側に入り込み、  
中をかきまわすようにうごめいている。両腕はがっちりと腰と尻に回されて  
藍澄が足を閉じたり、逃げようとするのを許さない。  
 熱く吸われる刺激に気が狂いそうになって、目の前でそこだけを露出させ、  
はりつめている彼自身を両手でなでさすりあげながら、藍澄の中でくねって  
いる雪乃の舌の動きと合わせるように、吸い付きねぶることを繰り返す。  
 体液が混じり合ういやらしさに頭がしびれて、何も考えられない。  
 これを自分の中に入れてしまったら──と思ったことはある。  
 本当に躯をつないでセックスしてしまったら、何かが変わるだろうか。  
 しかし、彼は頑なにそれを避けている。  
 初な藍澄がし向けようとしたところで、雪乃より早くいかされるのが落ちだ。  
 彼はきっと、年下のふがいない艦長に、あらゆることを指導しているだけで、  
藍澄ごときに自分のすべてをさらけ出すつもりなど、ないのだ。  
 
 これは恋愛ではない。  
 
 二人は、自分で見ることができない恥ずかしいところにまで舌をはわせても、  
ついぞその唇同士を合わせたことがない。  
 雪乃は藍澄の胸のつぼみを口に含み、あま噛みし、背中も腹も、手足の指先  
からたどって最後にたどりつく女の中心に口づけることはするのに、ただの  
挨拶のキスひとつしなかった。  
 そのくせ、メインクルーの仲間内でも軟派なタイプである操舵士のアルヴァや  
整備士のヴィオレが藍澄に仕掛けるからかいまじりの誘いには、いい顔をしない。  
 どうせ藍澄が最終的に頼れるのは、雪乃しかいないのに。  
 雪乃の不機嫌さを感じると、藍澄は自分の私室に教師の雪乃の訪れを待つより  
先に、不明箇所を残した未完の宿題を持って、生徒として彼の私室を訪ねたりする。  
 雪乃の艦長教育は決して公的な艦長室ではなされず、二人の私室のどちらかで  
密やかに行われていたが、それを疑問に思うクルーはいないようだ。  
 プライベートな空間で、普段使えない二人だけの共通言語である  
日本語での会話は、それだけで親密さを色濃くしそうなものなのに、  
雪乃はあくまでも優秀で厳しくも面倒見の良い副艦長の態度を崩さず、  
藍澄は未熟な見習い艦長でしかなかった。  
 しかし、勉強時間の後にやってくる、ご褒美と罰の時間は別だ。  
 雪乃が許す限られた性感を覚えつつある藍澄が、彼自身を解放する刹那。  
 その時だけは確かに、エリュシオン艦内で藍澄ひとりが知る雪乃だ。  
 
「ゆきの……さん……ゆき……の……あぁふっ……んっ」  
 しゃぶりつきながら無心に呼ぶ名前は、たぶん彼の耳には届いていない。  
 彼の舌と指は、さっきから執拗に藍澄の花弁をぬるぬるとなぶっている。  
 何かが決定的に足りないことを補ってあまりある動作は、藍澄の反応に  
先回りで対処している。丁寧になめられ続けると、すぐに震え出す。  
 できれば重くゆれる胸もさわってほしかったが、彼の肌触りの良いシャツに  
すりつけているだけでも気持ちいい。  
 隠れた花芽を彼の頭に押しつけるように腰が動くのを止められない。  
 快感が背筋を走り、焼き切れそうだ。  
 そして藍澄の口には、今にも破裂しそうに熱く固くたぎる彼自身がある。  
「い……っ、いいですよ……っ……いって……っ!」  
 せっぱ詰まったような雪乃の声が唇を濡らす粘液の音と相まってたまらない。  
「あ、ああぁ…………ゆ……あぁっん、ふぁ……あああぁっ」  
「もう……あ……あす……みさ……っく……う!」  
 どくりとはき出された男の白い体液が、藍澄の口内から飲み切れずあふれ出る。  
 感じ過ぎた藍澄の身体が跳ね上がる拍子に唇から解放された彼のものは、  
さらに彼女の頭部や胸に飛沫の跡を残した。  
 
 意識を飛ばしてわななく藍澄の身体を、ゆっくりと雪乃の手がなでていく。  
 そこに、これ以上の快感を煽るものはなく、ただ、よくやりました、と  
癒しなだめる穏やかさがあった。  
 激しい息づかいが、次第におさまり、快感に朦朧としていた意識も現実に  
引き戻されていく。  
 裸の藍澄を置いて雪乃はとうに、何ひとつ乱れのない、いつもの彼に戻っていた。  
 横たわる藍澄の傍らに腰掛けて、べたついた頬をぬぐうようになでた。  
「ああ……汚してしまいましたね」  
「ごめんなさい……ベッド……」  
「シーツやカバーは代えれば済みます。それより、あなたはそんなひどい格好で  
私の部屋から出て行くなんて、許しませんよ。誰かに見られたらどうするんです」  
「……シャワー……貸してください」  
「心配しなくても洗ってあげます」  
 手洗いにこだわるきれい好きの過保護な雪乃が、放っておくわけがない。  
 そうして、また彼の手に感じてしまうだろうか。  
 本当はそれを望んでしていることなのに。  
 
 もういっそ赦してほしい。恋愛でなくていいから。  
 ──この不毛な思いを、どうか赦して。  
 
 背中をまるめ、顔を隠すようにうつ伏せる藍澄を、雪乃は自分のベッドから  
抱き上げて、すでに湯を張ったバスルームへと運んでいった。  
 
 
<終>  
 

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