りりむの唇が、なだらかな首筋をそっと撫でる。
「貴也・・・すっごく良かった・・・」
細く白い指が、たくましい胸板をなぞった。つぶらな瞳が、彼を誘う。
「ね・・・もっかい、して?」
「りりむ・・・」
男は、彼女に応えて、漆黒の長い髪にそっと手を触れさせた。そして、言い放つ・・・。
「絶対無理」
その瞬間、雰囲気と呼べるものすべてが吹き飛んだ。
「な・・・なんでよぉぉぉ!あたしじゃ勃たないって言うの!?」
「誰がそんなこと言ってるか!もう朝だ、時間的に無理だろうが!!」
「そんなのぉ、パパッてやっちゃえば三十分くらいで済むでしょ?」
「大体、もう疲れてるんだよ俺は。ちっとは寝かせろ!」
「何ソレー。貴也ってジジくさーい」
「う・る・さ・い・わ!大体お前、一人でつやつやした顔しやがって、
キスだけじゃ飽きたらず、コレでも生気吸ってんじゃねぇか!?」
「そ、そんなの自然現象だもん!意識してやってるんじゃないんだし、
無意識で吸ってる量なんてたかがしれてるじゃない?」
「塵も積もれば山になるんだよ!」
「そんなの言い訳にも・・・」
ダンッ!!
「いい加減にしなさい、ご近所に迷惑でしょ!!」
貴也の母の一声、及び襖への一撃で、二人の論争はピタリと静まる。
二人が現在どんな関係かは筒抜けらしく、以前のような部屋への突撃まではさすがに行われていない。
が。
「あなたもいつまで聞き耳たててるつもりですか!もう、恥ずかしいったら・・・」
代わりに、高確率で息子の情事に聞き耳をたてる父親が出来上がってしまっている。
・・・・・・とりあえず、俺は寝るぞ」
一気に様々なことが馬鹿馬鹿しくなって、貴也は頭からふとんをかぶった。
「あ、まだ話は・・・」
「しつこい」
「エッチは我慢するから、その代わり明日デートして」
「はぁ!?」
それはあまりにも唐突な申し出だった。
「な、なんでそうなるんだよ」
「いいでしょ?明日は日曜だから、貴也お休みじゃない。
・・・嫌だったら、今おもいっきり生気吸って、学校いけないようにしちゃうけど?」
「ぐ・・・」
それは困る。
いつかの一件での長期休暇がたたって、出席日数がそれなりに危険なことになっているのだ。
特に今日の体育は、もう遅刻もできない。
「・・・わぁったよ。どっか連れてきゃいいんだろ?」
「うん。あたしを満足させてくれたら、許したげる」
にっこり笑ってりりむは言う。
(・・・いつの間に、許す許さないの問題になったんだ)
そう胸中で愚痴をこぼしながらも、りりむの笑顔は可愛いと思ってしまう、斉木貴也なのだった。
「・・・って訳でよ。まったくあいつの我侭にも困ったもんだぜ・・・って小島、聞けよ人の話」
「のろけなら十分に間に合ってるよ、斉木くん」
小島の声は冷淡だった。彼はあやしいオカルト本に目を落としたまま、貴也の顔を見ようともしない。
「な・・・!今の話のどこがのろけだってんだ!」
「可愛い彼女がデートだのエッチだのをせがんで来るって話でしょ?
どこをどう切ってものろけにしかならないよ」
「俺の話は千歳飴か!!」
思わずバン!と強く机を叩いてしまう。さすがに小島もびくりと肩を震わせて、改めて貴也に視線を向けた。
「・・・似たようなモンだと思うけど?」
気づけば貴也の無二の親友と化している彼の神経は、かなり図太く構成されてるようだが。
ガス。
その分、貴也も報復をためらわなかった。
二時限目終了後の休み時間。
貴也は地元観光ガイド雑誌を片手に、小島に相談を持ちかけていた。
「やっぱ映画か?あいつ感性が子供みたいな所あるからな。このアニメ欄の厨の恩返しとか・・・」
「・・・そのタイトルはどうなんだろう・・・」
「あ?あんま評判よくないのか?」
「いや・・・そういうことじゃないけど」
「なんだよ、はっきりしない奴だな」
(僕がはっきりしなきゃいけない理由なんてないと思うんだけど・・・。この話題だと)
反射的にそう言い掛けて、ぐっと言葉を飲み込む小島。さすがに二回続けて殴られるのは避けたいらしい。
「そ、そうだね。・・・前のデートも映画だったんなら、あんまり続けていかない方がいいんじゃないかな」
「そういうもんか?」
「そういうもんだと思うよ。よく知らないけど」
「うーん・・・」
小島の言葉も後半はほとんど聞かず、貴也は雑誌に見入ってしまう。
(・・・なんだかんだと楽しみなんじゃないか)
軽く肩をすくめてから、小島はもう一度オカルト雑誌に視線を落とした。