「うわっ寒っ!上着持ってくればよかった…」  
居酒屋から出てきたルカは自分の腕を擦りながら呟いた。  
日中は暖かかったが、十一月ともなると夜はさすがに冷え込む。  
腕時計で時間を確認すると、午前一時を少しまわったところだった。  
「ちょっと遅くなっちゃったな」  
今日は一軒目で帰るつもりが、酔っぱらった林田コーチにつかまり  
そのまま二軒目・三軒目と連れまわされた結果、こんな時間になってしまったのである。  
ルカは他のチームメイトと手を組んで、もう一軒行く気満々の彼を半ば強引にタクシーに乗せ見送った後、自分も帰路についた。  
 
タクシーに乗り込み行き先を運転手に告げる。  
車が発車した後ルカはシートに頭を乗せ、ふぅ、と一つ吐息をついた。  
そのまま目を閉じるとミチルの顔が浮かんだ。  
今朝は色々な用事が重なり早めに家を出たルカは、ミチルに会えていなかった。  
さらに、途中で携帯の電源が切れてしまい、遅くなるという連絡もできずにいたため、彼女の声すら聞いていないことに気づいた。  
もう少し早く帰ればミチルと話できたのになぁ、とルカは思った。  
 
しばらくするとルカを乗せたタクシーは、住宅街にある公園の前にハザードを点けて止まった。  
「…いません…さん…」  
「ん?」  
目をあけると既にドアは開いていて、その外には見慣れた景色が広がっていた。  
「すいません!お客さん、着きましたけど?」  
運転手の二度目の声で我に返ると、慌ててお金を支払いタクシーから降りた。  
 
シェアハウスの前で、ミチルはルカの帰りを待っていた。  
外は気温が低く寒かったが、膝を抱えるようにしてしゃがみ込んでいたので、多少は紛らわすことができた。  
それよりも早くルカに会って安心したかった。ふと、ミチルの耳に車のエンジン音が聞こえた。  
咄嗟に立ち上がり道路に目をやる。すると、少ししてから一台のタクシーが通り過ぎて行った。  
家の前にルカ愛用のマウテンバイクが置いてあることを知っていたミチルは、すぐに門を開け道路に飛び出した。  
周囲を確認すると公園の方から誰かが歩いてくるのが見えた。ルカだ。ミチルは走り出し、そしてそのまま抱きついた。  
 
「ミチル?どうし―」  
 
「よかった…ルカ、おかえり」  
 
ルカの言葉を遮るように彼女は言った。その声は少し震えているようだった。  
 
「ただいま、ミチル」  
 
ミチルの様子を察して、できるだけゆっくり安心させるように答えると、彼女を優しく抱きしめた。  
少しの間、お互い何も言わずそのままでいたが、ミチルが落ち着いてきたのを見計らいルカは一旦身体を離した。  
 
「そろそろ家に入ろうか?ミチル、体冷たくなってるよ。  
 タケルお得意のハーブティーでも飲もう。まあ、淹れるのはあたしだけどね」  
 
笑顔でそう言うと、ミチルも少しだけ笑顔を見せ頷いた。  
 
ルカはミチルの手をとり自分の部屋に入ると、ちょっと待ってて、と言ってすぐに出て行った。  
しばらくして戻ってきたルカの手にはハーブティーが入ったマグカップが二つあった。  
 
「タケルほど旨くはないかもしれないけど」  
 
そう言ってピンクのカップをミチルに手渡した。  
 
「そんなことないよ。ありがとう」  
 
湯気が立っているカップに息を吹きかけ口に運ぶ。  
一口飲むと、温かいハーブティーの香りが冷えた身体を包み込み、すっと気持が安らいだ。  
ミチルの顔が自然とほころぶ。大分落ち着いたみたいだ。  
 
ルカは今日あった一日の出来事を彼女に報告した。バイク屋でのバイトのこと  
モトクロスの練習についてのことや、林田さんが酔っ払ってみんなに熱く語ったこと  
こうしてミチルと話がしたかったこと…  
それら全ての話を面白おかしく語るルカを見ていたミチルは、いつの間にか声をあげて笑っていた。  
ルカはその様子に一安心し、ベッドに座っている彼女の隣に腰かけ手を握ると、気になっていたことを訊いた。  
 
「ミチル、さっきのことなんだけど…何かあった?少し震えてたみたいだし」  
ミチルは一瞬俯いたがすぐに顔をあげ話し始めた。  
 
「…あのね…夢を見たの…嫌な夢…」  
 
「夢?」  
 
「…朝目が覚めたら、ルカが私の前から消えてしまっていて、何度も呼んだのにルカはどこにもいなくて…  
 すごく淋しくて、見放されたのかと思ったらすごく怖くなって…私、ずっと泣いてた…」  
 
黙って話を聞いていたルカの顔色が変わった気がしたが、ミチルはそのまま話を続けた。  
 
「そこで目が覚めたの。不安になってすぐルカの部屋に行ったんだけどいなくて、電話しても繋がらなくて。  
 外も見に行ったんだけどやっぱりいなくて…とにかく早くルカに会いたくて玄関で待ってた」  
 
そう言い終わるのと同時にルカに抱きしめられた。  
 
「ルカ?」  
 
問いかけるようにルカの名前を呼んだが、返事はなかった。  
 
ルカは動揺していた。頭の中であの日の記憶がよみがえる。  
あの日…ミチルが自分の前から消えた日…どうしようもない不安と悲しみに襲われて目の前が真っ暗になった。  
もう二度と、あんな思いはしたくない…  
ミチルを抱く力が自然と強くなる。ルカは彼女の耳元に顔を埋めるようにして囁いた。  
 
「ミチル、あたしはどこにも行かない。約束する。絶対にどこにも行かないから。だから…」  
 
だからミチルもどこにも行かないで、ルカはそう言おうとして言葉を呑んだ。  
強要してはいけない。自分にとってそれは愛と呼ばない。ミチルの幸せだけを考えてればいいんだ。  
ルカは目を閉じ数回深い呼吸を繰り返すと冷静さを取り戻した。  
ゆっくりと身体を離し、ミチルに笑顔を向ける。そしてもう一度、彼女の手を握り締めた。  
 
「ルカの手、暖かいね」  
 
ミチルは握り返しながら呟いた。  
 
「そう?よく手が暖かい人は心が冷たいっていうよね」  
 
「ルカは冷たくなんかないよ。優しかったよ、最初から」  
 
最初から―そう言いながらミチルはいつかの出来事を思い出した。  
 
「ねぇ、ルカ。ルカは覚えてる?」  
 
「何を?」  
 
「私とルカが初めてまともに話した日のこと」  
 
ルカは斜め上を見上げ、あぁ…、と呟いた後、覚えてるよ、と言った。  
口元に微笑みを浮かべながら、ルカは続ける。  
 
「忘れられないよ、あの日のことは」  
 
「どうして?」  
 
ルカはミチルに視線を戻し、しっかりとした口調で答えた。  
 
「あたしはミチルが好きなんだってことが、はっきりとわかった日だから」  
 
ミチルはルカの視線を受け、同じように微笑みながら訊いた。  
 
「そうだったんだぁ。あの日が…ねぇ、きっかけみたいなのはあったの?」  
 
「きっかけか…あると言えばある、かな?」  
 
「なになに?ちょっと聞きたいかも」  
 
「えぇー 聞くの?」  
 
ルカは不満そうに答えた。  
 
「うん!!」  
 
何だかミチルの目が輝いている。改めて聞かれると恥ずかしい気もするし…  
それに今更こんな事を聞いてどうするのだろう、と思ったがミチルの勢いに押され渋々ルカは話し始めた。  
 
「ふわぁぁ」  
 
暖かな日差しが降りそそぐ教室で岸本瑠可は一つ欠伸をした。窓際の席だからか特に気持ちがいい。  
しかも一番後ろ。自分にとってはベストポジションだ。  
 
「ふわ」  
 
もう一度欠伸をしかけたが、先生と目が合ってしまい慌てて口を閉じる。  
 
「お?岸本、恋煩いでもして寝不足か?」  
 
「あはは…すいません…」  
 
軽い冗談のつもりで言ったのだろう、面白くはなかったが愛想笑いでごまかした。  
 
「じゃあ、ついでだからこの問題は岸本に答えてもらおうかな」  
 
先生は何だか楽しそうだ。  
 
「え?」  
 
急に振られてしまい、問題の内容も何のついでなのかも全く分からず、必死で教科書をめくった。  
 
「あの…ええと………やばい、全然わかんないよ…」  
 
先生に聞こえないように小声で呟く。  
 
「どうした?もしかして授業を聞いてなかったなんてことはないよな?」  
 
「いや…それは…」  
 
考えてもわからないのならこの際適当に答えてしまおうとしたその時、前の席から一枚の紙切れが回ってきた。  
そこには可愛らしい字で、この問題、の答えが書かれていた。  
ルカはさも解ったかのようにそれを読み上げる。  
 
「うむ。正解だ。さすがだなぁ、岸本」  
 
先生はそう言うと黒板に向かい授業の続きを始めた。どうやらズルはばれなかったようだ。  
ルカはホッとして先程の救世主に目を向けた。  
その救世主は先生の様子を窺いながら振り返り小さな声で  
 
「危なかったね」  
 
と言って笑った。  
 
「ありがとう、助かったよ」  
 
ルカも小さな声でお礼を言った。そして手に持っていた紙切れをジャージーのポケットに突っ込んだ。  
 
午後になり、ルカは帰り支度を整え学校を後にした。  
いつもはこの後部活に出てから帰るのだが、テストが近いため来週いっぱいまでは休みになっている。  
 
帰り道、一人歩きながら空を見上げた。まだ十月半ばだというのに、ここ数日は昼間でもだいぶ冷え込んでいたが  
今日は風も穏やかでポカポカと暖かかった。雲も殆どなく文字通り、爽やかな秋晴れ、だ。  
このまますぐ家に帰るのもなんだか惜しい気がして、散歩がてらルカは公園に入った。  
 
鉄棒のようなポールの間を潜り抜け、春には満開になる桜並木を通り過ぎると、小さなステージがある広場へ辿り着く。  
そのステージの前にはいくつかベンチがあり、そこで少し休憩していこうと思いついた。  
こんな天気のいい日は何人か先客がいるだろうと踏んでいたが、意外にも座っていたのは一人だけだった。  
 
ルカの知っている人物だった。いつもだったらその時点で来た道を戻っていただろう。  
昔から一人でいる方が気が楽だったから。でも今日は自然と身体が前に進んでいく。  
自分でも不思議なくらいに。一度足を止め、しばらくその人を見つめる。そして再び歩き出し、ゆっくり近づくと声を掛けた。  
 
「藍田…さん?」  
 
彼女、藍田美知留は突然自分の名を呼ばれてビックリしていたが、ルカを見るとすぐに笑顔になった。  
 
「誰かと思ったら岸本さんだ!」  
 
「どうしたの?こんな所で」  
 
ルカは彼女の隣へ腰かけると訊いた。  
 
「こんな所って岸本さんこそ」  
 
「あたしは…あの授業の続きをしようと思って」  
 
「続き?」  
 
「そう、日向ぼっこ」  
 
「いいねぇ、日向ぼっこ。このまま私も一緒にいてもいい?」  
 
「いいよ、もちろん」  
 
断る理由なんかなかった。彼女と一緒にいたかった。  
ルカは自分の心の中で何かが変わっていくのを感じていた。  
 
「そうだ、改めて今日はありがとう。ホント助かったよ」  
 
「どういたしまして。良かった役に立てて。私の後ろで岸本さんが、やばいわからないって言ってたの聞こえたから」  
 
「あぁ…聞こえてたんだ」  
 
苦笑しながらルカは頭を掻いた。すると、あっ、と言ったミチルは突然立ち上がりルカの頭に触れた。  
ドクンッ、その瞬間ルカの鼓動が大きくなった。  
彼女はルカの頭から何かを取り、短くカットされた髪の毛を整えてあげるとまたベンチに座った。  
 
「岸本さん、頭にこれがついてたよ。どこからか落ちてきたんだね、きっと」  
 
ミチルはそう言って、花びらを手のひらに乗せると、ふっ、と息をふきかけてそれを飛ばした。  
舞い上がった花びらが、ひらひらと落ちていくのを見ていたミチルだったが  
なんとなく視線を感じその方向に顔を向けると、呆然と自分を見ているルカの姿が目に入った。  
ミチルはその様子を不思議に思い、声を掛けた。  
 
「岸本さん、どうかした?」  
 
ルカは動けずにいた。こんな風に誰かに触れられたのは初めてで、緊張しているせいだろうか。  
だが、声を掛けてきた彼女と目が合ってしまったので、慌てて視線をそらした。  
 
「…あぁ…いや、どうもしないよ…ありがとう…」  
 
平静を装いながらお礼を言った。  
少し不自然な気もしたが、この状況に動揺している自分を彼女に悟られないようにする為、すぐに話題を変えた。  
 
「藍田さんてよくこの公園来るの?」  
 
「たまに、ね。今日みたいに学校が早く終わる日はまっすぐ家に帰りたくなくて  
 ここで時間つぶしていくんだ」  
 
「そうなんだ。なんで帰りたくないの?」  
 
「…うち、母子家庭でお母さん働きに出てて、いつも帰ってくるの遅いから。  
 長い時間ずっと一人っていうのもなんか淋しくて」  
 
聞かなければよかった、とルカは後悔した。彼女に謝ろうとして口を開きかけた時だった。  
 
「でも、ここにいると落ち着くの。周りに人がいるし、もしかしたら誰か知ってる人に会えるかもしれないって思ってたから。  
 そしたら今日、岸本さんが声を掛けてくれた。それがすごく嬉しかったんだぁ。岸本さんが第一号だよ。ありがとう」  
 
ミチルはルカに笑顔を向けた。ドクンッ、またルカの鼓動が大きくなった。  
 
本当は、初めて会った時から何となくわかっていた。彼女への気持ちが特別なものであることを。  
わかっていて、知らないふりをしていた。自分の本当の気持ちと向き合うことが怖くて、ずっと心に蓋をしていた。  
そうすることで自分を守っていたのかもしれない。でも今は、それ以上に大切な存在になった。  
彼女が自分に触れた時、緊張と同じくらいの嬉しい気持ちがあった。目の前で微笑む彼女を見て、幸せな気持ちになった。  
淋しがりやな彼女を、守りたいとさえ思った。もう、自分の気持ちをごまかすことはやめにしよう、ルカはそう思った。  
 
ゆっくりと視線を空に向け、ジャージーのポケットに手を入れた。  
その中にある小さな紙きれを包み込むように握ると、胸が熱くなった。涙がでそうだった。  
ルカはそれを必死でこらえ、一度深く呼吸をすると精一杯の笑顔をつくり彼女に告げた。  
 
「藍田さんが淋しいなら、誰かと話がしたいなら、あたしいくらでも付き合うよ」  
 
「岸本さん…ありがとう」  
 
そのまま二人は日が沈むまで色々な事を語り合い、公園を後にした。  
 
「勉強しなきゃいけないのに、遅くなっちゃってごめんね」  
 
別れ際ミチルは申し訳なさそうに頭を下げた。  
 
「全然、大丈夫だよ。勉強より藍田さんと話してる方が楽しいしね」  
 
「岸本さんて、優しいんだね」  
 
「いや…どうかな…自分じゃよくわからないけど」  
 
何となくルカは照れくさくなり、軽く俯くと、先程と同じようにジャージーのポケットに手を入れた。  
 
「ホントに今日はありがとう。また明日ね、岸本さん」  
 
「うん。また明日」  
 
ミチルは手を振り笑顔で帰っていった。  
ルカは彼女の背中を見送りながら、そっと呟いた。  
 
「藍田さん、あなたが好きです…」  
 
「っというわけなんだけど…」  
 
一通り話し終えたルカはベッドの奥の壁に寄りかかり伸びをした。  
 
「…そっか…」  
 
ルカの前に座って、話を聞いていたミチルだったが、先程の勢いはどこかへ行き  
何故か淋しそうな表情をしていた。ルカはそれに気づき、俯いている彼女の顔を覗き込んだ。  
 
「ミチル?どうした?あたし何かまずいこと言った?」  
 
「ううん、そうじゃないよ…ただなんか、ルカに申し訳なくて。  
 あの日から、ルカはずっと私を思ってくれてたのに、私はその気持ちに気づくことができなかった。  
 それに、ルカが苦しんでる時、支えてあげることもできなかった…  
 支えるどころか、逆にルカを傷つけてた…本当にごめんね…」  
 
ミチルの言葉にルカは首を横に振った。  
 
「そんなことないよ。ミチルはあたしを傷つけてなんかない。  
 あの頃のあたしも、今のあたしも、自分の意思でミチルのそばにいるんだよ。  
 この気持ちを全部忘れて、逃げることも考えた。でも、無理だった…  
 苦しいのはわかってたけど、それでもミチルのそばにいたかったんだ」  
 
ルカは優しく微笑むと一呼吸おいてから続けた。  
 
「それに、本当のあたしを知った今だって、ミチルは嫌がらずにこうして向き合ってくれてる。それで充分だよ」  
 
彼女も同じように微笑んでからルカの手に触れた。  
 
「ルカはやっぱり優しいね。中学の時から変わらない。いつも自分のことより私を優先してくれる。  
 高校生になってからも、宗佑と色々あった時も…ルカはいつだって私を支えてくれてた。  
 だから私も、ルカのために何かしてあげたい。私にしてほしいことはない?」  
 
ミチルにしてほしいこと、ルカには一つだけあった。  
離れることなくずっとそばにいてほしい、ただそれだけだった。  
でもそれは、自分の望みであって、ミチルの望みではない。自分とミチルは違うんだ。  
ルカはそう自身に言い聞かせ、敢えて違う言葉を選んだ。  
 
「あたしはミチルが幸せになってくれればそれでいいんだ。  
 これから先、きっとミチルには素敵な出会いがたくさんあって  
 その中にミチルのことを本当に愛してくれて、幸せにできるやつが必ずいると思う。  
 ミチルがその人を見つけられるまで、守っていくことがあたしの役目だし、望みでもあるから」  
 
そう言ってルカは笑顔を作り頷いた。  
これでいいんだ、これで。  
ミチルが本当の自分を受け入れてくれたあの日から、彼女が幸せになれる相手を一緒に探そうと決めた。  
淋しくても彼女が笑顔でいられるならそれを応援しようと決めた。  
ルカは自分に納得させるようにもう一度頷いた。  
 
「私を本当に愛してくれる人?」  
 
突然、ミチルが訊いた。  
 
「え?あぁ、そうだよ」  
 
驚きながらもルカが答える。  
 
「私を幸せにできる人?」  
 
またミチルが訊いた。同じようにルカも答えた。  
 
「うん、必ず見つかる」  
 
ルカに問いかけながら、ミチルは今までの記憶を辿っていた。  
色々なことが思い出されていく。ルカと出会ってから中学を卒業するまでのこと  
高校に上がってからのこと、宗佑から必死に自分を守ってくれた時のこと  
本当のルカの心を知ってから今日まで一緒に過ごしたこと…  
まるで早送りの映画を見ているようだった。  
そして最後に、ルカがいない未来を想像してみた。  
すると、自然にミチルの中で答えが出た。  
 
「いるよ…今、私の目の前にいる」  
 
「…え?…」  
 
最初、ルカはミチルの言っている意味がわからなかった、が、その後の彼女の言葉ですぐに理解した。  
 
「ねぇルカ、私ね、ルカと一緒にいると自分も優しい気持ちになれるんだ。  
 そんなルカの優しさに包まれてる今の私は幸せだよ。  
 ルカに愛されてるんだなぁって毎日実感してる。それがすごく幸せなの」  
 
ルカは自分の耳を疑った。  
ミチルが自分といて幸せだと思うなんて、考えてもみなかった。  
幸せにできるのは自分ではないと思っていたから。  
 
「ミチル?」  
 
なんで?と言いたそうな顔をしていたルカにミチルは優しく微笑むと  
自分の心の中にある有りっ丈の想いを伝えた。  
 
「私がルカの愛に包まれてるように、私もルカを包んであげたい。  
 純粋で繊細な心を持ってるルカを、今度は私が守ってあげる。  
 ちょっと頼りないかもしれないけど、ルカを支えていきたいの」  
 
その瞬間、ルカの目から涙がこぼれ落ちた。信じられなかった。  
 
「どう…して?…ミチル…あたしに気を使って…」  
 
ミチルは強く首を横に振り、ルカの手を握りしめると言った。  
 
「そうじゃないよ。私がルカのそばにいたいと思ったの。  
 ルカの想いに負けないぐらい、私もルカを愛していきたい、そう思ったんだよ」  
 
「ミチ…ル…」  
 
震える声で愛しい人の名を呼んだ。  
手を伸ばし彼女を抱き寄せると、今までこらえていたものが一気に溢れだした。  
 
「…ずっとミチルには幸せになってほしいと思ってたけど…本当は怖かったんだ。  
 ミチルがこの家から、違う場所へ旅立ってしまうことが。  
 自分のそばから誰か別の人のもとへ行ってしまうことが、すごく怖かった…  
 でも、そう思ってしまう自分も嫌で。愛する人が選んだ幸せなのに、それを素直に喜べない自分が大嫌いだった…  
 あたしはそういう人間なんだよ、ミチル。優しくなんかないんだ…」  
 
すべて吐き出した。今まで思っていたこと、感じていたことを。  
彼女を思い切り抱きしめた。涙が止まらなかった。  
ルカはこの日初めて、ミチルの前で泣いた。  
そんなルカの背中を、あやすようにさすりながらミチルは呟いた。  
 
「…ねぇルカ、知ってる?ルカの隣ってすごく居心地がいいんだよ。  
 ルカの腕の中って、すごく暖かいんだよ。きっと心が温かい人なんだろうね。  
 私はそう思うよ。だから、誰にも譲らないんだ。ルカの隣は、私の居場所だから…」  
 
ミチルの言葉が嬉しかった。本当に嬉しくて、そして幸せだった。  
 
「あり…がとう…ミ…チル…」  
 
ルカは精一杯の気持ちをこめてお礼を言った。  
 
「私の方こそありがとう。愛してくれて、ありがとう…」  
 
そう言ったミチルの頬にも涙が流れていた。  
 
ずっと強かったルカ。全力で自分を守り、支えてくれたルカ。  
そのルカがこうして泣いている。どんなに苦しくても、自分の前では涙一つ見せたことのなかったルカが。  
いったいどれだけ我慢してきたのだろう。それを考えると胸が締め付けられるようだった。  
それを思うとたまらなく愛おしくなった。ミチルはルカの肩をつかみそっと身体を離すと、まっすぐにルカを見つめた。  
 
「ルカ…」  
 
ドクンッ、あの時のようにルカの鼓動が大きくなった。  
ゆっくり、ゆっくりとミチルの顔が近づいてくる。  
ドクンッドクンッ…ルカの鼓動が速くなる。  
唇が少し震える。それは泣いているからなのか、緊張しているせいなのかわからなかった。  
ミチルが首を傾けた。それに合わせてルカは目を閉じる。  
そして二人は口づけを交わした。そこだけ時が止まったかのようにしばらくの間唇を重ねていた。  
触れているだけのやさしい、やさしいキスだった。  
 
ミチルは唇を離すとすぐにルカの胸に顔を埋めた。  
どうやら彼女も緊張していたようだ。抱きついている彼女の顔は赤くなっていた。  
ルカは涙で濡れていた頬を拭うと、笑顔でミチルを抱きしめた。  
 
「ミチル…」  
 
「…ルカ」  
 
互いの名を呼び合い、安堵の表情を浮かべる。  
愛してるよ、言葉にしなくても、互いを抱く腕の温もりからそれが伝わる。  
 
どのくらいそうしていたのだろう、時間にすると五分ぐらいだろうか。  
ミチルはルカを見上げるとニコッと笑った。  
 
「今日は記念日だね」  
 
「記念日?」  
 
「うん。心が通い合った日と、私とルカが初めてキスした記念日」  
 
「え?初めて…あっあぁ…そうだね」  
 
ルカは以前、寝ているミチルの目から流れた涙を見て、思わずしてしまった時のことを思い出したが  
内緒にしておくことにした。ミチルにとっては初めてキスした記念日。ルカにとっては…  
 
「…ホントは初めてじゃないんだけど…まあいいか…」  
 
ルカにとっては二度目のキスになったけれど、あの時のような一方的なものではなかった。  
愛し合う者同士お互いを大切にしてずっと一緒に生きていきたい  
そんな二人の思いが込められたキスだった。  
 
「ん?なにか言った?」  
 
「いや、何でもない…そうだ!!記念日だから乾杯しようか」  
 
「じゃあ今度は私がハーブティー淹れてくるよ。ちょっと待っててね」  
 
ミチルは机の上に置いてあったマグカップを持って部屋から出て行った。  
そのカップに新たなハーブティーを淹れて戻ってきたミチルは  
 
「ルカみたいに美味しく淹れられたかわからないけど」  
 
そう言ってブルーのカップをルカに手渡した。  
 
「ありがとう。なんかさっきとまったく逆だね」  
 
「あっほんとだ」  
 
二人は目を合わせると笑った。  
 
「これからもよろしくね」  
 
手を差し出しながら嬉しそうにミチルが言った。  
 
「こちらこそよろしく」  
 
彼女の手を握り照れくさそうにルカが答えた。  
 
「乾杯!!」  
 
カップを寄せる二人の顔には最高の笑顔が浮かんでいた。  
 
ずっと一緒だよ。そう言っているようだった…  
 
 
―END―  
 

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