タケルと二人、将来について語り合っている時だった。  
あたしはレース、タケルはヘアメイクを極めたい。  
そのためには、お互い早く海外に出て経験を積みたいね。  
そんな話の途中、あたしの手術について話題になった時だった。  
 
「ルカ。でも手術って・・・」  
「うん。まあ簡単じゃないんだけどさ。」  
「でも、それって危険じゃないの?」  
「危険って言えば危険だよ。手術だって絶対成功するとは限んないし、  
 成功したって、ホルモン剤とか一生打ち続けなきゃなんないし、長生きはできないかもね。」  
「だったら何もそこまでしなくたって」  
「リスクがあるのはわかってる。でもあたし、ちゃんとした身体を手に入れたいんだ。」  
「ちゃんとした身体ってなんだよ?!」  
「ちゃんとした身体って言ったらちゃんとした身体だよ。  
 こんな胸なんかなくって、ちゃんと付いてるモン付いてて・・・」  
「付いてるモン付いてるったって、付けただけで使い物になるのかよ?  
 俺みたいに、付いてるモン付いてたって役立たずだったらどうしようもないだろ?」  
 
俺みたいに?役立たず?  
それってタケルは・・・。  
 
「・・・タ ケル?」  
「・・・・・・・。」  
 
今まで想像したことも無かった。タケルがそういうふうだなんて。  
前に言ってた悩みってもしかしてそのこと?  
なんでも話して欲しい。一人で抱え込まないで欲しい。  
でも・・・。  
 
「ごめん。   今のは忘れてほしい」  
「   うん。わかったよ。そうする」  
「・・・・・・。」  
 
タケルの額に汗が浮いている。  
唇も青い。  
見てられなくて、目を逸らした。  
 
「ごめんルカ。そんな顔すんなよ。  
 やっぱり話すから聞いてくれる?」  
「ああ。でもいいのか?」  
「うん。前にちょっと話したよね?子供の時にちょっと さ。  
 今こんな話するつもりじゃなかったけど、  
 でも、ルカには聞いて欲しい。話していいかな?」  
「ごめん。」  
「えっ?」  
「あ、いやそうじゃなくて、ちゃんと聞くからちょっと待ってて」  
 
タケルをあたしの部屋に残したまま、逃げるように部屋を出て、  
コーヒーをいれに、一人でキッチンに立った。  
知らない間に、コーヒーの粉が何種類も増えている。  
全部タケルが用意してくれたものだ。  
タケルはいつも、絶妙においしいコーヒーをいれてくれる。  
眠気覚ましのブラックも、疲れた時のカフェオレも、くつろぐためのカフェラテも。  
紅茶もたくさんの缶があるし、ハーブティーまで。  
 
あたし、タケルにお茶いれたことなんかあったけ?  
いつもタケルがやってくれて、それが当然みたいに過ごしてきた。  
 
こんな時、タケルだったらどんなコーヒーをいれるのかな?  
あたし、タケルがしてくれたようにできるかな?  
タケルがしてくれたように、全部受け止めて、ちゃんと支えたい。  
タケルはあたしの大事な人だから。とても大切な人だから。  
 
あたし、なんでこんなにドキドキしてるんだろう?  
 
何でもないようにカップを手渡してみる。  
 
「はいおまたせ。ミルクだけでいいよね?」  
「おっ。サンキュ。 うん。うまい!」  
「ええ?そうか?イマイチじゃん。  
 やっぱタケルのがうまいよ。どうやったらコーヒーうまくいれられんの?」  
「まず先にポットとカップを温めるのがコツかな?」  
 
たわいもない話は長くは続かない。  
それきり黙ったまま、二人してコーヒーを飲んだ。  
カップを持った手がやけに熱い。  
 
半分ほど飲んだ頃、ポツリポツリと話し始めたタケルは、  
言葉に詰まりながら、ときどき顔を歪めながら、ずっと手のひらのマグカップを見つめたまま、  
でも最後まで話し終わると、まっすぐに視線をよこして、そして笑った。  
 
「まあそういうこと。  
 ありがとうルカ。なんか話したらスッキリした。  
 なんだよ。もっと早く言っちゃえば良かったな。ハハッ」  
「タケル。 無理して笑わなくていいよ。あたしには無理しなくていい。」  
「無理なんか・・・」  
「タケルがそんなに優しいのは、自分も悩みを抱えてきたからなのかな?」  
「・・・・。」  
「だったらあたしは、感謝しなくちゃね。」  
「えっ?」  
「タケルがそんな辛い目にあって、苦しい気持ちを抱えてなかったら、  
 今のタケルは居なかった。だろ?」  
「かな?」  
「だったらそれも含めて、今まであったいろんなこと全部含めて、  
 あたしは今のタケルに会えて、本当によかったよ。」  
「ルカ・・・。   でも俺は姉さんと」  
「わかってる。」  
「異常だろ?俺は姉さんと・・・・。気持ち悪いだろ?」  
「気持ち悪くなんか無いさ!そんなわけないだろ?!  
 自分をそんな風に言うのはよせよ!!!」  
「ルカ・・・」  
 
声もなく、タケルの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。  
今度はこっちが肩を貸す番だ。前にタケルがしてくれたように。  
「タケル 肩抱くよ」  
「 ん」  
「あたしがこうすると気持ち悪い?」  
黙ったまま首を振るタケル。  
「吐き気とかする?」  
「いや。ルカは大丈夫。ルカは大丈夫なんだ。」  
 
まわしていた腕を軽々と振りほどかれた。  
何? あっという間に後ろからすっぽりと包み込まれる。  
「? タケル?」  
「ちょっとだけ。ちょっとだけこのままでいて。  
 イヤ?」  
 
タケルの熱い涙が私の首を伝う。吐息が肌をくすぐる。  
襟足に、タケルの伸びかけたヒゲがあたってチクチクする。  
 
「いいよ。タケルならいい。」  
 
そんなにヒゲが濃いほうじゃないのに、それでもチクチクするんだな。  
タケルは男なんだ。  
なのになんでだろう。イヤじゃない。  
 
ずれたTシャツ。肩口に、直接タケルの唇が押し当てられる。  
素肌に触れる熱い唇。  
その唇が、ゆっくりゆっくりあたしの鎖骨を通って首筋を上ってくる。  
涙のせい?それともまさか舌?  
ヌルヌルした微妙な感覚。  
ゾクゾクする。でもイヤじゃない。  
 
身体の芯がゾクゾクして、キュンってなる。  
なんなのこの感じ。  
 
タケル。あたし、なんかへんだよ。  
こんなの初めてで、どうしたらいいのかわかんない。  
 
 
「やめて」  
 
 
そういうのが精一杯だった。  
本当にやめてほしいのかどうか、よくわからないまま。  
 
 
 
                         END  
 

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