「愛しき人に語るべき真実を、自らが持つことが叶わなければ、そこにはおそらく  
微量の偽りが混じる。」  
   
 「やがて偽りは『嘘』として、  
私達にその負債を贖わせるべく復讐を始めることになるだろう。」  
 
ヴァイク・G・シュトゥンプフ  「大いなる祖父の御許に」より  
 
気温は摂氏40℃をとうに超えてしまっている。  
時刻は午後2時35分。日没はまだ遠い。  
今は私が意識を取り戻さないうちにクラウスが操縦席の頭上に張り渡してくれた  
薄い毛布が悪魔の釜のような熱と日差しからわたしを遮ってくれていた。  
このようなしけた毛布でも役に立つことはあるのだ。  
そんなつまらない妄想が無性に癪にさわる。  
 
クラウスはまだハンマーを振るう。乾いた金属音が奇妙に反響して  
耳元に届く。それはまるでさっきまでのわたしの醜態をあざ笑う  
ように聞こえた。  
クラウスはもはやわたしのことを気遣ってハンマーを振るってはいない。  
このいずことも知れない砂漠の真ん中から、壊れて使い物にならないはずの  
無用の長物で生きて帰ろうと奮闘しているのだ。  
 
「よせばいいのに・・・・」  
声が出ない。最後に水を飲んだのはいつだったっけ。  
「よせばいいのに」  
出た。ひきつけをおこしたラバのような声が。  
「え?どうかしましたか、タチアナさん」  
「これは、もう、使い物にならない」  
クラウスにはわたしの声が届いていないらしい。  
彼はゆっくりとした足取りでわたしの許へ近寄ってきた。  
「タチアナさん、何か言いました?」  
 
何も言ってない。例え何か言っていたとしてもわたしは  
今のクラウスと話す気などなかった。どうせならこのまま  
死んでしまって、地獄まで今の言葉を抱えていってやろう。  
クラウスはわたしの最後の言葉を聞きそびれて後悔する。  
そしてクラウスが死んで地獄でまた再会できれば  
さっきのつまらない言葉を聞かせてやろう。  
実に下らない意味の無いわたしの一言を。  
わたしは眠る。日没はまだ遠い。  
 
目が覚めた時、頭上は一面の星空だった。  
狭いヴァンシップの操縦席で長い間同じ姿勢でいたので  
関節のあちこちが悲鳴を上げる。  
一体どれほど眠っていたのだろう。  
夕刻、日暮れ時にアルヴィスが作ったというサンドイッチを  
食べてからまたすぐに眠ったから覚えていない。  
その後目覚めたときは砂漠の上で小さな虫を見ていた。  
クラウスがすぐに追いかけてきて、言葉を交わして・・・。  
「大丈夫です。タチアナさん」  
 
いつの間にかクラウスはわたしをヴァンシップまで  
連れ戻してくれていた。わたしは定位置である操縦席に座り、  
クラウスは機体のステップに足をかけて上から覗き込むように  
わたしを見ていた。  
 
「どうして、わざわざ・・・・」  
「何故って、砂漠の夜は冷え込むんです」  
「骨の髄まで」  
 
そういえば意識が朦朧としていたので気がつかなかったが  
空気はひどく寒々としていた。昼間の灼熱地獄が幻のようだ。  
「寒い・・・・。」  
「タチアナさんは僕の整備服しか着ていないから・・・」  
「それは」、と言いかけてわたしは口をつぐんだ。  
そんなことを口にしてもますます自分が惨めになるだけだ。  
クラウスも自分の口にしたことの問題に気が付いたらしい。  
空気の読めない奴。  
気まずい時間が流れる。  
ただ、それだけならクラウスなど無視してもう一度  
眠ってしまえばよかった。しかし今夜はこのわたしを簡単に  
眠らせてくれるほど親切ではないようだ。  
 
「タチアナさん、震えてる・・・・」  
クラウスの手がわたしの肩に触れた。  
「!!」  
「・・・・さわる、な」  
寒さでもう声も出ない。  
「こんなにも冷え切ってる」  
「お前には関係ない・・・」  
「そんなことありません、タチアナさん」  
クラウスはそう言うや否や頭上に張り出していた毛布を取り、  
狭い操縦席のわたしに優しくかけてくれた。  
良かった、これで少しは・・・。  
「お、お前!?」  
「失礼します」  
 
良くなかった。クラウスは何を血迷ったか、わたしの座るこの狭い  
操縦席に体を滑り込ませてきたのだ。  
「や、やめろクラウス・・・」  
わたしは反射的にクラウスを追い出そうと体を動かした。  
だが凄まじい寒気はわたしの関節という関節をすでに  
凍りつかせてしまっていた。  
クラウスはわたしのひざの上に体重をかけないよう  
慎重に座った。  
 
「僕らは、どうしようもなく寒くて、夜も眠れない時、こうして  
暖をとっていたんです」  
「父さんたちが死んでから、ラヴィと二人きり」  
「薪を買うお金も無かったから」  
「こうして僕らに唯一残された形見、ヴァンシップで」  
「でも二人でいる時は本当に暖かかった」  
「・・・・・」  
「すみません、こんなつまんない話して」  
「・・・いや、いい」  
クラウスの言うことは本当だった。  
さっきまで凍りつきそうだったわたしの身体のあちこちが  
今や雪解けのように生気を取り戻していた。  
クラウスはそっとわたしの肩にまわしていた腕を自分に  
引き寄せた。  
何故か、もうわたしにはクラウスを拒む気持ちが無くなっていた。  
 
「クラウス」  
「何ですか、タチアナさん」  
「・・・・・・もっと、強く」  
今思い返してみても、どうしてあの時あのような言葉を  
口にしたのかわからない。  
「抱きしめて」  
「わたしが、壊れてばらばらになってしまわないように・・・・」  
 
クラウスは何も口にはしなかった。  
ただ、静かにわたしの唇を暖かい体温で包んでくれていた。  
 
人生で二度目のキス。  
一度目は士官学校時代に冗談でアリスティアと。  
クラウスの愛撫を受けながらわたしはぼんやりと  
昔の記憶を思い出す。  
やがてクラウスはゆっくりと口の中へ舌を這わせてきた。  
不思議なことにわたしも何ひとつ抵抗することなく、  
クラウスと舌を交わらせる。  
お互いの唾液が体温で暖められて、口内を熱湯が奔流の  
ように暴れまわる。今朝からろくに水分など取っていなかったというのに。  
「・・・・ク、ラ・・はあっ」  
「タチアナさん・・・」  
「タチアナで、いい」  
一瞬たりともクラウスと離れたくない。  
操縦席は壊れた機材と飛び散ったクラウディア溶液そして、  
わたしとクラウスの発する香気で一杯になっていた。  
 
その香気はわたしたちを不思議な高揚感に導いてくれた。  
何度も体を硬い金属部品にぶつけたというのに  
まるで痛みを感じなかった。  
「クラウス・・・」  
「なに?タチアナ」  
「もう、寒くない」  
「良かった」  
クラウスは優しい笑みを浮かべるとゆっくりと唇を離した。  
そして、クラウスはわたしのひざに腰掛けていた  
自らの腰を浮かせようとした瞬間だった。  
 
すり抜けようとしたクラウスの腕を捕まえようとしたわたしの手が、  
クラウスの下腹部に触れてしまったのだ。  
「あ・・・・・」  
「ご、ごめん、タチアナ」  
「待って、いいのクラウス」  
「で、でも・・・・・・・・」  
「嫌!お願いだからわたしを、わたしを」  
「ひとりにしないで」  
クラウスはもう一度唇を、さっきより少しだけ激しく重ねる。  
そして、わたしはいつのまにかクラウスから借りた作業服のジッパーを下ろしていた。  
 
クラウスはもう何も言わなかった。何かを決意した真剣な面持ちで  
一糸纏わぬわたしのからだを愛撫していた。  
誰にも見せたことの無い胸の膨らみ。わたしはひそかにこの美しいラインを  
気に入っていた。そして今はクラウスのためだけに披露している。  
クラウスはぎこちなく、しかし、しっかりとした舌使いで乳頭を吸う。  
「っはあっつ・・クラウスう・・・・」  
余りにも心地よかった。わたしはもうクラウスに全てを捧げたいとさえ思った。  
「ぃゃあっ・・・・だめ・・」  
クラウスはやがてわたしの下腹部の茂みに舌を這わせていた。  
「タチアナ・・ここ濡れてるよ」  
「ぃや・・・恥ずかしい・・」  
クラウスはゆっくりと口元でわたしの性器を味わっていた。  
舌が中へ入ろうとする度に、わたしのからだは電流が流れたみたいに  
しびれる。その都度頭の中まで真っ白になってしまう。  
 
これが限界だった。  
わたしは座席から立ち上がり、中腰の姿勢で両腕を  
操縦席の縁でつっぱるように腰を浮かせた。  
ちょうど、クラウスの下腹部がわたしの大切なところを  
あてがうように。  
 
「クラウス、わたしの中に来て・・・・」  
 
クラウスはわたしの腰を抱え込むようにして持ち上げた。  
するとわたしの顔はクラウスの正面に向き合った。  
お互い貪るような再度のキス。  
「入れるよ」  
「・・・・・う・・ん・・・」  
わたしの性器はクラウスを受け入れるのに充分準備が  
整っているみたいだった。  
 
わたしはあえてクラウスのものは見ないようにしていた。  
彼のものがわたしという存在に入ってくるまでは。  
クラウスは少し戸惑いながらも、入口にあてがうと、  
腰をすばやくグラインドさせた。  
次の瞬間わたしに激痛が走った。  
 
「痛いっ!」  
「タチアナ・・・」  
「いいの、続けてクラウス」  
 
ひざをひどく擦りむいたような、奇妙な痛みが続いた。  
しかし、しばらくすると痛みも引き、再びあの甘美な快感が  
戻ってきた。  
 
「・・・・ああ・・・もっと激しく」  
「でもタチアナ・・」  
「そのほうが幸せだから・・・」  
「わかった」  
クラウスが力強くわたしを突き上げる度に  
不安定な砂地の上のヴァンシップは大きく揺れた。  
闇夜の中でそれは海の上の船のようだった。  
シルヴァーナから、そして運命からまでも見捨てられた  
ような遠い砂漠の上で、わたしたちは強く、深く互いを  
求め続けた。  
 
小さな青白い常夜灯からぼんやりとクラウスが見える。  
上気した顔が絶頂の近いことを教えてくれる。  
 
「ああっ、・・ふうっ、はああっん・・・・・・」  
「タチアナ・・、タチ・・アナっ」  
「もっと、もっと・・・わたしの名前を・・呼んで、クラウス」  
「タチアナ・ヴィスラっ!」  
わたしはその瞬間無我夢中でクラウスにしがみついた。  
「中で・・・、わたしの中で・・出して!」  
 
いつもは生理の時くらいしか自分の子宮のことなど  
意識したことが無かった。だがこの時だけは、  
とても力強くて熱いものがわたしの子宮の中を満たしてゆくのがわかった。  
そうクラウスとわたしが本当に一つになれたのだ。  
クラウスが放ったものを一滴たりともこぼさないとその時誓った。  
わたしたちは夜が明けるまで互いに離れることは無かった。  
 
もちろんわたしはこの時初めてだったのだが、  
何故かこれだけははっきりと認識できた。  
だが今は違う。  
わたしは、タチアナ・ヴィスラは心の底から、からだの底から  
クラウス・ヴァルカのことをいとおしいと感じていたのだ。  
全世界が一瞬で変わってしまう瞬間を、  
あの砂漠での遭難が出会わせてくれたのだ。  
 
この体験こそが、わたしにとっての本当の「エグザイル」だったのかもしれない。  
 
いとしき歳月を振り返った今だからこそ思うのだ・・・・・・。  
 
完  

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