「珍しいね、アルヴィスがこんなところにいるなんて」
アルが顔を上げると、にこにこと微笑むディーオがいた。
その後ろにはいつも通り、ルシオラが静かに立っている。
ディーオは沈んだ雰囲気のアルの横に腰掛けると、興味深々の様子で話し掛けて来た。
「インメルマンやインメルマンのナビの子のそばに行かないの?」
「…なんとなく、一緒に居ずらくて」
砂漠地帯で行方不明になっていたクラウスがタチアナと一緒にシルヴァーナに戻ってきてから、ラヴィ
の様子がおかしいとアルは感じていた。
クラウスとラヴィは喧嘩でもしてしまったのだろうか、とも考えた。
ギクシャクした2人の雰囲気に不安を覚え、ほとぼりが冷めるまで待とうと思ったのだ。
「ラヴィ、クラウスに怒ってるみたいなの…早く仲直りしないかな」
「ああ、インメルマンが赤いヴァンシップのパイロットと一緒に帰って来た事?
なーんだ、そういう事かぁ…ふーん」
ディーオは一人納得したような顔をしてみせた。
何がそういう事なのか、アルにはよく分からない。
「でも、インメルマンも思ったよりやるよね。
あのパイロット、帰ってきた時インメルマンの服を着ていたそうじゃない?
そりゃあラヴィだって怒るよ、ね、ルシオラ?」
突然話を振られたルシオラは、困ったように首を傾げるだけだ。
「何でラヴィが怒るの?クラウスが服を貸すって悪い事なの?」
「違うよ、ジェラシーさ。分かる?ヤキモチって事だよ、アルヴィス」
「ジェラシー?ヤキモチ…?」
「インメルマンとあの女の子の間で行方不明の時にきっと何かあったんだね。
それでラヴィは悔しがってるって訳さ」
得意気に話すディーオの言葉に、アルは益々訳が分からなくなってくる。
「何か?クラウスとあのお姉さんに何があるの?」
「何って…そうだな、キス以上は絶対したって僕は思ってるんだけど…」
「キス?」
アルの不思議そうな顔を見て、ディーオは嬉しそうに笑った。
「あははっ、それだけじゃ、あの子がインメルマンの服を着る訳ないよね」
「どうしてキスするとラヴィが怒るの?
私、おじい様にお休みのキスをいつもしてもらったけど、怒られた事はないよ」
アルの見当違いな答えに、ディーオは腹を抱えて笑い出した。
「アルヴィス、君って本当に子どもなんだね!
キスも知らないなんて…僕驚いちゃったよ、ああ可笑しい!」
子ども扱いされて笑われて、アルも面白くない。ムッとしながら怒ったように聞き返した。
「じゃあ、ディーオは子どもじゃないの?」
「僕はこう見えてもインメルマンよりも年上なんだよ。決まってるじゃない」
「それはそうだけど…でも、ディーオだって私くらいの時は子どもだったでしょ?」
「僕がアルヴィスくらいの時だって、君ほど子どもじゃなかったよ。 ね?ルシオラ」
「ディーオ様」
悪ふざけするディーオをルシオラは静かにたしなめるが、まるで聞こうとしない様子だ。
頬を膨らませて拗ねるアルに顔を寄せながら、ディーオは悪戯っぽく囁いた。
「フフ、僕が教えてあげようか?子どものキスと大人のキスの違いをさ」
「違いって、何が?いつもおじい様としていたのとは違うの?」
「うーん、口で言うのは難しいな…教えても良いけど、知りたい?」
頷くアルに、ディーオはくすくすと楽しそうに笑う。
ルシオラは、もうお手上げだと言わんばかりに大きなため息をついた。
「いいよ、でも…誰にも秘密にしてよね。特に、インメルマンには絶対に内緒だよ」
「わかった」
何故秘密にしなければならないのか理解はできなかったが、
ちょっとだけ大人になれる好奇心に、アルは少し胸を高鳴らせた。
フと、ディーオの唇が柔らかくアルの頬に触れてきた。
「これが子どものキスだよ。いつもおじい様としてたのって、これでしょ?」
「うん、そうよ。夜寝る時にしてくれたの、ギータもしてくれたわ」
幸せそうに思い出を話すアルに向かってディーオはにっこり笑うと、今度はその頤を取って上を向かせ
た。
「本当のキスは口と口をくっつけるのさ。知らなかったでしょ?」
「うん、知らなかった。そうなの?」
「こうするんだよ」
言ったと同時に、ディーオはアルの唇を自分のそれで塞いだ。
アルは驚いて息を詰めたが、ディーオは一瞬だけ押しつけるようにすると、すぐに顔を離してやった。
ぷはっ、と息をつくアルの様子が可愛くて、ディーオは声を出して笑った。
「ビックリした…でもこれじゃあ息が出来なくて苦しいよ」
「アハハッ、鼻で呼吸すればいいじゃない?」
「あっ…そっか」
「じゃあ、今度はちょっとだけ口を開けて」
素直に少しだけ開いたアルの唇に、ディーオはその舌を滑り込ませた。
「ンッ…!?」
柔らかくて温かなディーオの舌に口内を優しく刺激される。
舌と舌を絡めるだけでなく、歯列を確かめるように緩やかになぞられる
アルはどうして良いか分からずとっさに体を離そうとしたが、何時の間にか肩と腕を掴まれ、逃げる事
も叶わなかった。
上顎を舐められて、ぞくぞくと寒気に似た間隔が背筋を駆け上って行く。
どちらのものともつかない唾液が口の端から零れて、アルの喉元を汚した。
「ぅ…ンンッー…!」
顔を真っ赤にさせてもがき始めたアルをディーオはようやく離すと、
「こんなキスもあるんだよ」
と無邪気に笑って教えてあげた。アルは息を乱しながら、やっとの事で
「く、苦しかった…」とだけ言った。
ルシオラはハンカチを取り出して、アルの口元を拭いてやる気遣いを見せた。
「これ以上はアルヴィスがもっと大人になってから教えてあげるよ」
そう言いながら歩いて行ってしまったディーオと、「失礼します」と言いながらそれを追うルシオラの
後姿を見送りながら、アルは大人が益々分からなくなった。
苦しいし、変な感じがするキスをどうして大人はするんだろう、と思った。
しかし同時に、震えるような寒気の正体を考えて、アルは再び顔を赤らめるのだった。
「ディーオ様、アルヴィスをからかうのはあまり関心致しません」
「やだなルシオラ。アレはアルヴィスが知りたいって言ったんだよ。
だからちゃあんと教えてあげたんだ。僕って優しいと思わない?」
渋い顔をするルシオラに、ディーオはケラケラと笑う。
「あれ以上の事を教える時はルシオラもまぜてあげるから、拗ねないでよ」
ルシオラは更に渋い顔をして、「いえ…結構です」と首を横に振るだけだった。 <終>