「運命」を信じられるか、と問われるとき、自分は何と答えるだろう、とおれは考えた。  
これは、「運命」なのだと、盲目的に信じ込んでしまうことはあるだろう。  
おれはおれの過去にも、たった一つではあるけれど、そう感じ入っていた時期があったことを知っている。  
これは運命以外の何者でもないと思っていて、だから、おれとその人が一生一緒に居られることを、信じて疑ってなかった。  
つまり、こどもだったのだ。ものを、よく知らなくて、そして、自分ではよく知っているという気になっていた。  
そう、おれは知らないことすら知らなかったのだ。  
だから、おれの信じてた「運命」が、あんな形で崩れていってしまったのは、今思えば当然のことだったのかもしれない。  
 
今のおれは、こどもでは、ないだろうか。確かに年齢は経ていて、あの頃よりは経験を積み重ねた。  
”そのとき”のことがそのままおれの中に留まって、おれに多くのことを教えたし、それ以外のことだって、おれを作り上げてる。  
 
おれは、自分が「大人になった」と信じたい。  
けど、それは信じたいだけであって事実ではないから、どちらかというと「大人になりたい」という願いなんだろう。  
 
おれはあれから、決して、大人にはなれていないけど、それでも、  
おれはまだ、自分が大したことを知ってないと言う事はしってるから、たぶん、あの頃よりは、少しまし。…だと良いんだけれど。  
 
「芹香」  
 
台所で忙しそうに立ち回っている芹香に声を掛けながら、その傍に立った。  
料理をしている芹香を見るのは初めてなんだけど、驚いた。びっくりするくらい、手際がいいんだ。  
まるでコックさんみたいに。だけど、もしかして、おれを待たせないように気を使ってくれてるのかな。  
少し、急ぎ気味に食材を片付けていく芹香は、何だかハムスターとか、うさぎみたいな、小さな動物みたいで可愛い。  
おれは自分から声を掛けたのに、感心するやら、微笑ましいやらで黙って芹香のすることを眺め続けてしまう。  
 
おいしそうだな。食べるの、すごく楽しみ…だ。  
折角のクリスマスなのに、おれが食事の予約を忘れるなんてへましちゃって、一時はどうなるかと思ったけど。  
こんな風に、おれの家で、芹香が、おれのためのご飯を作ってくれて。それを、二人で一緒に食べられるなんて、なんて幸せなんだろう。  
どんな高級レストランで食事をするより、おれにとってはこっちのほうがずっと、ほんとうに、ずっとずっと嬉しい。  
それでなくても、今日は幸せなこと、嬉しいことがたくさんあったのに。それで、…きっと、この後だって、あるんだ。  
芹香の料理も楽しみだ。もちろん。でも、その後…なんて考えて、どきどきしてるなんて、芹香に知られたら、すけべだって思われるかな?  
 
おしゃれな芹香だけど、華奢な指にのった小さな爪には、女の子がしてるの、よく見かけるみたいな、派手な色や飾りはついてない。  
きっと、家事をするとき、邪魔にならないようになのだろう。  
それでも、手入れを怠ってるわけではなくて、丁寧に形を整えられたそこは、どの女の子より女の子らしく見えた。  
…でも、それってただ、おれが芹香の事を、大好きでたまらないからそう思う、だけなのかもしれないけど…  
 
「雅也さん、えっと、なに?」  
「…え?」  
「え?じゃないよ。何か、言おうとしてたんじゃないの?私の事呼んだから」  
 
今までずっと手元に目をやっていた芹香が、おれを見上げて、それからぱっと明るい表情を浮かべる。  
面白いこと思いついた、って表情が既に言ってしまっているみたいな、芹香の笑い方だ。おれの、すごく好きな。  
 
「あ!あ〜、私のあまりの手際のよさに見惚れたんだ!なんて…」  
「うん。」  
「えっ?!」  
 
おれが素直に頷いたら、今度は芹香、見るからにびっくりしたっ!って顔して、おれを真っ直ぐ見つめていた目が、おろおろと泳ぎだすから。  
可笑しくて、笑っちゃいそうになった。お玉を持って、…また、持ってるものが、ちょっと面白いんだなぁ。  
そんな面白いもの持ったまま固まってる芹香の腰に、そっと手を触れさせたら、ぴくりと芹香が震えて、ぎゅっと体を強張らせる。  
それで、おれのことを、じーっと見てるんだ。目をそらせたり、またちらっておれを見上げたり、すごく困った、みたいな顔して。  
当然みたいに頬も赤らんでいて、おれの映ってる芹香の瞳はしっとりと潤んでいて、口の中に唾液が溜まった。  
…おれ、へんたい、みたいだな。  
 
芹香の腰に当てた手で、服の上からでもなめらかな気のするそこをそっと擦ったら、芹香はようやく気がついたみたいに、おれから顔を背けた。  
あんなに手際がよくて、プロのコックさんみたいだった芹香の手も、すっかり止まってしまって、火にかけたままの鍋の中で何かがくつくつ言っている。  
 
「…もしかして芹香、今も緊張してる…?」  
「だ、だってこんな…見てるし、あ、雅也さんが、海で、つづき、とか言ったから…」  
 
小さな声でぼそぼそと言う。  
 
「せいいっぱい、ちゃ、ちゃかそうとしたら、雅也さん、うん、とかいうし、わたしの気も知らないで」  
 
芹香は、そんな風に言うけど、芹香だっておれがどんな気持ちか、知らないでしょう?  
そのまま抱き締めたい、ってすごく思ったけど、芹香がぷいとそっぽを向いてしまったから、抱き締めること、は、しないで、芹香の後姿にそっと身を寄せる。  
肩を掴んで、芹香の髪の毛に唇を当てたら、僅かに覗いていた芹香の耳がぽっと赤らんだ。おれは、これで我慢してるおれ、偉いな、と、正直思ってる。  
 
その耳にも口付けた。小さな声で、「そんなに固くならなくても」と囁く。  
言ってるのに、その傍から芹香の動きはますますぎくしゃくして、お鍋が吹き零れてしまいそうで心配だ。  
 
おれのせいで、折角の芹香の手料理がめちゃくちゃになってしまったら、申し訳ないな。  
 
おれは、名残惜しかったけど芹香の耳からは口を離して、出来るだけ真面目に、はっきりと、「今は、何にも、しないし」と伝える。  
芹香は黙ってる。あれ…?今のも、何か違ったのかな。足りなかったかな?おれは首を捻って、あ、と思い当たった。  
そうだね、今のじゃおれのほんとの気持ちに言葉が足りてないし。おれは、芹香を台所との間に閉じ込めたまま、宣言するみたいに言う。  
 
「したいよ?したいけど。おれ、芹香の料理、楽しみにしてるから…あ、もちろん、芹香も、楽しみ、だけど…」  
「…っ!もう、雅也さんっ、いいっ、わかったからやめて!料理に、集中、できませんから!座ってて!」  
 
芹香がひぃひぃと面白い声をあげながら、すごい剣幕で振り返って、おれのことをリビングのほうへ押し返す。  
わかってたけど、おれを押す芹香の顔はまっかかで、少しふざけすぎたかな、なんて思った。…ううん、でも、ほんとのことだし。  
 
「みてるのも、だめ?」  
「だめじゃない、…けど、今日はだめっ。意識しちゃって、だめだから…」  
「芹香?」  
「え!な、なに、雅也さん?」  
「おれ、今日初めて見たけど、料理してる芹香も、好き。慣れてるのに、せかせかしてて、何だかハムスターみたいで、かわいい…」  
 
芹香が、押していたおれの胸をぽすんと叩いた。それから、泣きそう、に見えるくらい、困り果てた顔で、  
 
「雅也さん、もしかして、わたしを緊張させて楽しんでる…?」  
 
なんていう、けど、おれは逆に、芹香に訊きたいくらい。  
そんな可愛いこと、ばっかりして。ほんとは、芹香のほうが、おれのこと、おかしくしたいんじゃないか?って。  
 
*  
 
最後の一口を丁寧にスプーンですくって、口に運んでからも意識を集中させて、丁寧に味わった。  
あんなに空腹だったのに、今は満たされている腹に意識を異動されると満足感で思わず溜息が零れて、  
おれよりも少し遅れてシチューを食べ終えた芹香と目が合う。  
 
少し照れたけど、子供みたいに「ごちそうさまでした」と呟いたら、芹香の方も照れたみたいに笑って、「おそまつさまでした」と言ってくれる。  
芹香の料理、ほんとにおいしかった…あんなに少しの時間しかなくて、材料だって有り合わせだったのに。  
店で出されるような格式高い味では決して無いんだけど、芹香のお母さんも、おばあちゃんも、こういうご飯を作るのかな、と想像できて、  
また、芹香がお母さんになっても、こんな風なご飯を子供に食べさせてあげるんだろうな、なんて羨ましくなるくらいに、家庭的で、心の篭った味だ。  
好きな人の作る食事が、こんなにも素敵なものだった、というだけで十分胸は苦しくなるくらいなのに、おれは特に、そういうものに縁が無かったから。  
余計に感じ入ってしまって、ほんとのところを言うと、感動、した。  
 
実は、芹香の事が気になって、味が、よくわからなかったらどうしよう、と心配してたくらいだったんだけど。  
杞憂だったな。確かに、芹香のことはずっと気になってた、けど。おいしいものは、おいしかった。  
あれの味がわからなかったら、とても勿体無かったから。ちゃんと、味わって食べられて、よかったと思う。  
 
食後の紅茶を入れようとしてくれている芹香の顔を覗き込んで、本当に本当に心から、「おいしかった。ありがとう」とお礼を言ったら、  
芹香がくすぐったそうに笑う。目を細めて、くすくす、っていう可愛い笑い声を漏らしながら、「はい、何回もいってもらいました」と  
美味しいものが食べれたおれだけじゃなくて、芹香も嬉しそうに言ってくれるから、おれまでもっと嬉しくなって、  
言わなくても、砂糖を二つ、紅茶の中に落としてくれる芹香と二人、話らしい話はなにもしないで、ただにこにこしていた。  
紅茶もおいしくて、あったかくて、おれか芹香が泣き虫だったら、どっちかが嬉しくって泣き出すんじゃないかと思うくらい、幸せだった。  
 
「あ、そうだ。お皿、洗わないといけないよね」  
「…いいよ。あとで、おれがやる。それくらいさせて?」  
「え?でも、台所貸してもらったのわたしだし…」  
 
話し続けようとする芹香の唇に、そっと指で触れる。きざだったかな。照れて笑ってしまう。そしたら、芹香も笑った。  
二人して持ったままだったティーカップを置いたのと同時に、芹香の頬に触れて、実はまだたった、一度しか触れていない唇を塞いだら、そこからとろけそうになった。  
 
 

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