シモーヌを乗せた馬は、バスティーユ牢獄の中庭へと引き立てられた。  
 鐙に結わえられた足のロープが切断される。  
「いつまでお姫様気分でいるんだぁ」  
 兵士の一人が、銃剣の台尻でシモーヌの横腹を突き上げる。  
 大きくバランスを崩され、シモーヌはもんどりうって落馬する。  
「むぐっ……むむぅぅっ」  
 肩口を強打し、猿轡の間からシモーヌの呻き声が漏れた。  
 
「臭ぇっ」  
 レオタードに付着した汚物がもの凄い臭気を放ち、ハエの群が彼女の周囲を飛び交う。  
「臭くてかなわん。誰か綺麗にしてやれ」  
 ザラールに命じられ、兵士達が銃剣の先でレオタードを切り刻む。  
 正義のレオタードが、見る間に無惨なボロ布へと化していく。  
 アッという間に全裸に剥かれるシモーヌ。  
 巨大なバストに荒縄が食い込み、歪に変形していた。  
 それを見た兵士達がゴクリと生唾を飲み込む。  
 好奇の目に晒されたシモーヌが、心細げに身を屈して小さくなる。  
 
「ほらよっ」  
 兵士が汲み置きの井戸水をシモーヌの全身にぶちまけた。  
「ふぅぅぅ〜むっ」  
 身を切るような冷たい水を浴びせられ、シモーヌは目を剥いて声にならない声を上げる。  
 兵士は凍りつく寸前の冷水を次から次へと浴びせる。  
 そこへ木枯らしが吹き付け、シモーヌは心臓麻痺を起こしかける。  
 全身から白い湯気がモウモウと立ち上がった。  
 
「起きろ、ラ・セーヌの星。またムチをご馳走されたいのか」  
 ザラールの後ろでサドッ気のある御者がムチをピシリと鳴らす。  
 ムチでしばかれてはたまらないので、シモーヌは仕方なく立ち上がろうとする。  
 しかし全身が凍えていたこともあり、後ろ手に縛られたシモーヌは思うように体を動かせない。  
 
「さっさと立てって言ってんだよ」  
 御者のムチがしなり、シモーヌの背中を強打した。  
「ふぐぅぅ〜っ」  
 膝をついて中腰になりかけていたシモーヌが、再び地面に転がされる。  
 そこへムチが何度も振り下ろされ、その度シモーヌが悲鳴を上げて転げ回る。  
 
 実は地面を転がり、体を固く締め付けている荒縄を緩めるのが彼女の狙いであった。  
 しかし水を吸った縄は乾燥時より固くなり、なかなか緩まない。  
「まだそんな元気があったのかよ」  
 サドッ気を刺激された御者が、狂ったようにムチをしならせる。  
「ふむっ……ふむぅぅぅっ……」  
 耐えきれない痛みにシモーヌが涙を流して苦しむ。  
 横腹を打たれたシモーヌは、たまらず肛門から軟便をひり出してしまった。  
 
 ブリブリッという珍妙な音と共に生々しい悪臭が漂い、周りを取り囲んだ兵士から失笑が漏れる。  
「糞を漏らせと誰が言ったぁっ」  
 弱々しく見上げてくるシモーヌの、涙に濡れた瞳が御者の炎に油を注ぐ結果を呼んだ。  
 怒り狂った御者のムチがシモーヌの全身に襲いかかる。  
 余りに強い打撃を繰り返し浴びたため、とうとう荒縄の一部が千切れ飛んでしまった。  
 待っていたチャンスが遂に訪れた瞬間であった。  
 
 シモーヌは全身の力を込めて、残った縄を引きちぎる。  
 そして呆気にとられた兵士を残し、脱兎の如く走り出した。  
「追えっ」  
「逃がすな」  
 怒号が渦巻く中、シモーヌは立ち塞がる兵士を蹴り飛ばして逃げる。  
「このチャンスを逃がしたら、二度とここから出られなくなる」  
 シモーヌは「窮鼠猫を噛む」の例えを、地でいくような暴れっぷりを見せる。  
 
 走るシモーヌの前に長槍を構えた兵士が立ち塞がる。  
「ハァァァッ」  
 高々と飛び上がったシモーヌが、空中で大股開きに両足を開く。  
 兵士の目が、剥き出しになった秘密の部分に釘付けになる。  
 兵士の犯したミスはやむを得ないものであった。  
 これだけの超美少女の性器を拝める機会など、この次いつあるか分からない。  
 強かに顔面を蹴られた兵士は、にやついた顔のままでその場に崩れ落ちた。  
 
 シモーヌは拾った長槍を小脇に挟むと、再び駆け始める。  
 先を急ぐシモーヌの眼前に高い城壁が現れた。  
 絶望的な高さを誇るバスティーユの壁である。  
 それでも躊躇している暇はなかった。  
 シモーヌの周囲に着弾の砂煙が上がり始めたのである。  
 
 シモーヌは長槍を両手で握り直すと、城壁目掛けて全力疾走を開始した。  
「馬鹿めが。幾ら身が軽くとも、その高さは越せまい」  
 ザラールの口元が、憎々しげに歪む。  
 その笑いが途中で凍りついた。  
 シモーヌは構えた槍を地面に突き刺すと、それを支点にして宙へと舞い上がったのである。  
 槍の柄がしなり、その反発力を利用したシモーヌの体が更なる高みへと駆け上がる。  
 槍から手を放したシモーヌが城壁の上に降り立った。  
「ばっ、馬鹿な……」  
 ザラールは狼狽えつつも、部下にハシゴの準備を命じる。  
 
 シモーヌは城壁の上端に植え込まれた無数の槍と有刺鉄線を相手に苦戦していた。  
 足元に埋め込まれているガラスの破片を踏み、白い素足が鮮血に染まる。  
 それでもシモーヌは何とか槍の穂先を乗り越え、遂に外界を臨む位置に達した。  
 後は眼下に広がる堀を渡るだけである。  
 
 その時、シモーヌの足先から一筋の鮮血が滴り、堀の水に小さな波紋を作った。  
 その途端、水面に激しい飛沫が上がり、辺り一面が波立った。  
「はっ……」  
 シモーヌはバスティーユ牢獄の堀に棲むという、人肉を喰らう魚の噂を思い出した。  
 鱗をきらめかせて踊り狂っている大魚は、確かに彼女の血に反応しているのだ。  
「食べられる前に渡れるの?」  
 シモーヌは真っ青になりながら自問してみる。  
 
 我に返ると、城壁にハシゴが掛けられ、兵士達が追ってくるところであった。  
「どうせ死ぬのなら、方法は自分で選ぶわ」  
 一瞬の躊躇の後、シモーヌは虚空に身を躍らせた。  
 しかし、その一瞬が仇となった。  
 
 シモーヌは指先から爪先まで真一文字の姿勢をとって落下していく。  
 そのシモーヌを追うように、一本のヘビがシュルシュルと伸びていった。  
 ヘビはシモーヌに追いつくと、狙い違わず彼女の体に絡み付いた。  
「あぁっ?」  
 そのヘビは、御者が振るったムチであった。  
 御者はシモーヌを絡め取ると、全力で上へと引き上げた。  
 強制的に後戻りさせられたシモーヌは、城壁を飛び越えてバスティーユ牢獄の内部へ落下した。  
 
「あぐぅぅっ」  
 シモーヌは全身を地面に打ちつけ、苦痛の余りのたうち回った。  
「流石はドルチェフ。お前のムチさばきは天下一品よの」  
 ザラールは満足げに人相の悪い御者を褒める。  
「これでこの女を倒したのは2度目なんだぜ」  
 御者は面白くも何ともないといった風情でムチをしならせる。  
 
 ドルチェフは悪の聖職者タンタルスの配下だった男で、ムチの名手である。  
 タンタルスがラ・セーヌの星の手により失脚した折り、ザラールはドルチェフと彼の配下を自分の手駒として迎え入れたのである。  
 彼はかつてラ・セーヌの星を窮地に陥れたほどの実力者で、数ある強敵の中でもナイフ使いのニコラや殺し屋デーモンと並び立つ猛者である。  
 事実、ラ・セーヌの星は彼と部下によるムチ地獄の前には手も足も出なかった。  
 ラ・セーヌの星は無数にムチで打たれた上、マントも剣も奪われ絶体絶命の危機に追い込まれたのである。  
 あの時、黒いチューリップの助けがなければ、シモーヌに今日の日は無かったであろう。  
 
 ようやく一息ついたシモーヌに、鎖を持った兵士が近づく。  
 両足に枷が掛けられ、金属音を上げてロックされた。  
 枷を繋ぐ鎖の間には、一抱えもある鉄の玉が取り付けられていた。  
 これで彼女はジャンプすることは勿論、走ることさえ不可能になってしまった。  
 ジャラジャラという音と共にシモーヌの上半身に鎖が巻き付けられ、後ろ手に手錠が掛けられた。  
「ふざけた真似しおって。しかし今はお前の取り調べが優先する。今のは見なかったことにしておこう」  
 ザラールは忌々しげにシモーヌを見下ろした。  
 
                                 ※  
 
 取調室はバスティーユ牢獄本館の1階にあった。  
 扉は頑丈な樫材で出来ており、鉄製のたがと鋲で強化されていた。  
 石積みの壁には、窓として握り拳大の穴が開いているだけで、それにすら鉄製の柵が十字に入っている。  
 その上、扉の内と外には武装兵士が1個分隊づつ配置されており、逃げ出す隙はどこにもなかった。  
 
 シモーヌは冷たい鉄製の椅子に座らされた。  
 勿論一糸まとわぬ全裸のままである。  
 椅子の腰掛け部と背中にビッシリ生えた鉄の棘が身に食い込み、シモーヌの口から呻き声が漏れる。  
 棘の先端は丸みを帯びているため皮膚を突き破ることはないが、骨身に食い込むことにより激痛をもたらす。  
 
 手首と足首に新たな手錠が掛けられ、重い椅子と連結された。  
「どうだ、ラ・セーヌの星。その椅子の座り心地は?」  
 ザラールが苦しそうな表情のシモーヌに問い掛けた。  
「それでは裁判に向けて、お前の尋問を開始する。まずは名前と職業からだ」  
 ザラールがテーブル越しに質問し、横に座った書記官が速記を始める。  
 無論シモーヌに答えるつもりなど無く、貝のように口を閉じていた。  
 ザラールとて以前より目を付けていた花売り娘シモーヌのことは知っている。  
 しかし相手の供述を調書として証拠化するのが取り調べなのである。  
 
 ザラールが立ち上がり、シモーヌの横に移動する。  
「なぁに。最初から素直に喋って貰えるなどとは思っておらんよ」  
 ザラールが親しげにシモーヌの肩に手を置く。  
 シモーヌが汚らわしそうに身を捩り、ザラールを睨み付けた。  
「思えば我々も長い付き合いだ。嫌い嫌いも好きの内って言ってな、旧い馴染みのお前に直接手を掛けることはしたくないのだ。早く吐いてスッキリしたらどうだ」  
 ザラールはシモーヌの肩に置いた手に力を込める。  
 
「うぅっ……うわぁぁぁっ」  
 尻と背中に棘が食い込み、激痛が走った。  
「私とて紳士の積もりなんだ。女子供に手荒なことはしたくない」  
 ザラールの手に力が増す。  
「しかし同時にフランス王室を守るパリ警備隊の隊長でもあるのだ。任務のためになら鬼にでも悪魔にでもなれる。鬼と呼ばれ蔑まれても、これは私の任務なんだよ」  
 それでもシモーヌは歯を食いしばり、激痛に耐え抜いた。  
「強情な娘だ」  
 ザラールは忌々しげに眉間の皺を深めた。  
 
 ドスドスという複数の足音が部屋の前で止まったのは、ちょうどその時であった。  
「ザラール君。約束の時間だよ」  
 部屋に入ってきたのはガルニー男爵をはじめとする不良貴族たちである。  
 
 彼らは婦女暴行を繰り返した挙げ句、動かぬ証拠を掴まれ逮捕された。  
 平民なら当然死刑となるところだが、貴族の彼らに死刑は宣告されなかった。  
 といって放置すれば市民の不満が爆発する恐れもある。  
 そこで表向きは恐怖の象徴であるバスティーユへ投獄、ということになったのである。  
 しかしその実、彼らは自由奔放な生活を許され、軟禁されているに過ぎなかった。  
 金さえあれば外出すること以外、何でも許される自由な生活が約束されているのだ。  
 バスティーユ牢獄とは本来そういう場所であったのだ。  
 
「午後からの拷問の部は、僕たちに任せるって約束じゃないの」  
 ガルニー男爵は肥え太った顔に嫌らしい笑いを浮かべてにやついた。  
 気付けばもう昼を過ぎていた。  
「ちぃっ、くだらん脱走騒ぎなんか起こすからこのざまだ。どうなっても私は知らんぞ」  
 ザラールは悔しそうに吐き捨てて部屋を出ていった。  
 
「ボンジュール、ラ・セーヌの星。僕はガルニー男爵だよ」  
 男爵は優雅に身を屈めて一礼した。  
「午後からは拷問の部になっていて、僕らが担当することになっているんだ。よろしく頼むよん」  
 シモーヌは驚きのあまり口もきけないでいた。  
 
「どうも椅子の座り心地が悪いらしいな。誰かマドモアゼルに椅子を替えて差し上げろ」  
 男爵の命令で部屋の隅に置かれていた物が中央に移動される。  
 カバーの下から現れたのは子供が遊ぶ木馬であった。  
 ただ子供用の玩具とは違うのは、鞍の部分が直角に近い三角形をしていることであった。  
「乗馬は君の十八番だったな。どれ、気分転換でもすればいいよ」  
 シモーヌは枷を外され、強引に椅子から立ち上がらされる。  
 おもりの付いた足枷は右側だけ外され、後ろ手の手錠はそのままである。  
 兵士達は左右からシモーヌを抱え込み、木馬の上に持ち上げた。  
「いやっ、いやぁっ」  
 シモーヌは悲鳴を上げて身悶えしたが、遂に木馬に跨らされてしまった。  
 三角形の頂点が股間に食い込む。  
「イヤァァァーッ」  
 取調室にシモーヌの悲鳴がこだました。  
 
「そんなに楽しいのかい。気に入っていただけたようで嬉しいよ」  
 シモーヌは少しでも痛みを和らげようと、膝で木馬を挟み込んで必死で締め付ける。  
 男爵がアゴ先で合図をし、兵士がおもりの付いた枷を再びシモーヌの右足首にはめる。  
 カチャリという音と共に、おもりの重みがシモーヌの体を下へと引っ張った。  
 スリットの間に先端が沈み込み、血が滲んでくる。  
「ギャァァァーッ」  
 シモーヌの口から絶叫がほとばしる。  
「キャハハハッ。それっ、全力疾走だぁ」  
 男爵は笑いながら木馬の尻を思い切り蹴った。  
 木馬がギコギコと前後に大きく揺れる。  
 その度、全体重が股間に掛かり、シモーヌは激痛に苛まれた。  
「どうした、どうしたぁ? ゴールはまだ先だよ」  
 男爵は乗馬ムチを手にすると、シモーヌの尻をピシャピシャと叩き始めた。  
「あうっ……あぐぅぅっ」  
 シモーヌは下唇を噛みしめ、鋭い痛みに耐えた。  
 

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