「む……むむぅ……」
木枯らしの吹く川原へと引き上げられたラ・セーヌの星は、半ば意識を失っていた。
体に絡んだ漁網が取り除かれ、大の字で仰向けに転がされる。
「どうした、いつもの元気は?」
ザラール隊長が満面の笑みを浮かべて彼女を見下ろす。
「ザ、ザラール……」
宿敵の声に反応し、ラ・セーヌの星が意識を取り戻す。
しかし凍えきった手足には力が戻っておらず、立ち上がることも出来ない。
ラ・セーヌの星は必死の努力で俯せになると、肘と膝を使って逃げようと足掻く。
指の一本でも動かせる限り、望みを失わないのが彼女のポリシーであった。
しかしそんな動きで逃げることなど出来るわけがなかった。
「んんっ? 体が冷えて動けないのか? それならば少し暖めてやれ」
ザラールの命令で、護送馬車の御者がムチを持って現れた。
「いいんですかい? こいつは馬用ですぜ」
御者が遠慮がちにザラールを窘める。
「構わぬ。これは命令だ」
鬼隊長に睨まれては逆らうことも出来ない。
元々サドッ気のある御者は、嬉々としてムチをしならせた。
ビシィィィーッという音が上がり、革製のムチがラ・セーヌの星の背中に食い込んだ。
「はぁうぅぅぅ〜うぅっ」
ラ・セーヌの星の背中が反り上がり、絶叫がこだました。
ムチに噛み付かれたマントが引きちぎられる。
続いて振り下ろされたムチが、中を切り裂きながら尻にヒットした。
「キャアァァァーッ」
たまらず仰向けになり、背中を庇う。
今度は胸元を狙ったムチが、巨大な二つの膨らみを同時にひっぱたく。
再び転がり背面を見せると、太腿の裏側を強打された。
「もっ……もうやめ……ひぃやぁぁぁぁーっ」
耐えきれない激痛に苛まれ、自然に涙が滲んでくる。
そんなもので御者が怯むはずもなく、更なるムチがラ・セーヌの星をしばき上げた。
尻の割れ目に沿ってムチが食い込み、慣性でしなった先端部が股間を強打する。
「ギャァァァァーッ」
人の口から出るとは思えないような悲鳴が上がり、ラ・セーヌの星が悶絶した。
散々に強打されるうちに、漏れだしたアドレナリンの作用で汗ばむほどになってくる。
「どうだ、ラ・セーヌの星。あったまったのなら、礼ぐらい言ったらどうだ」
ザラールは満足げにヒゲを扱く。
「そろそろ素顔を拝ませて貰おうか」
ザラールがしゃがみ込み、ラ・セーヌの星のマスクに手を掛けた。
「いやぁっ、それだけは許してぇっ」
ラ・セーヌの星はザラールの手を逃れようと顔を左右に振るが、あっさりと押さえ込まれてしまう。
「どれっ」
ザラールはニヤリと笑うと、無慈悲にマスクを剥ぎ取ってしまった。
「イヤァァァーッ」
遂に素顔を晒されたラ・セーヌの星。
「やっぱりお前か。シモーヌとか言ったな」
マスクを奪われたラ・セーヌの星は、ただの花売り娘に過ぎなかった。
素顔を隠し、人格を変えるマスクを着けているからこそ、恥ずかしい衣装も苦にならなかった。
彼女にとって素顔を晒すことは、ヌードを披露するより恥ずかしいことであったのだ。
敗北感に打ちひしがれたシモーヌに、荒縄を持った隊員が近づく。
そして彼女を後ろ手に縛ると、余った縄を使って亀甲縛りに固めてしまった。
胴を締め付けられてシモーヌは息をするのも辛くなる。
「うっ、うぅっ……少し緩めて……ヒィィッ」
股間に通された荒縄が引き絞られ、スリットが乱暴に擦られた。
「こっ、こんな……」
シモーヌは身悶えして苦痛に耐える。
東の空が白み始めていた。
※
バスティーユ牢獄へと続く道を人々が埋め尽くしていた。
群衆の視線の先に一人の少女の姿があった。
それは裸馬に跨らされた、シモーヌの惨めな姿であった。
ギリギリと音を立てるほど身に食い込んだ縄が痛々しい。
裸馬のゴツゴツした背中が股間を押し上げ、股縄が食い込んだスリットを圧迫している。
馬が歩を運ぶたび、シモーヌの股間に甘美な疼きが走るのであった。
何より人々を驚かせたのは、彼女が背中に背負った立て看板であった。
「このもの、ラ・セーヌの星なり。人心を惑わせた罪により処罰されるものなり」
看板には流れるような達筆でそう書かれていた。
「あれがラ・セーヌの星の正体か」
「まだ少女じゃないか」
噂でしか知らないラ・セーヌの星が初めて大勢の前に姿を現せた時、それは皮肉にも彼女の正体が暴かれた時でもあった。
「お前のせいで税金を二重に取られたんだぞ。お前が税務署を襲ったりしなきゃ……」
叫びと共にシモーヌの体に石が投げつけられた。
「むぅっ?」
肩先に鋭い痛みが走り、シモーヌが低い呻き声を上げた。
「アンタが食糧倉庫を襲ったりするから、市民のパンが取り上げられたのよ」
再びヒステリックな声がして、シモーヌの頭で生卵がひしゃげた。
「ふむぅぅぅっ」
腐敗臭がシモーヌの鼻先に漂う。
それらは市民とラ・セーヌの星を離反させ、奪還を予防しようとするザラールの工作であった。
「市民の敵、ラ・セーヌの星を殺せぇっ」
「殺せぇーっ」
群集心理に巻き込まれた市民が口々にラ・セーヌの星を罵り、石や腐った卵が飛び交う。
「むぐぅぅっ」
シモーヌの口には自殺防止の猿轡が硬く噛まされているため、弁解のしようがなかった。
アッという間にシモーヌの体はアザだらけになり、正義のレオタードは不潔な液体に汚された。
「市民共に投げ与えてやるのも面白いかもな」
ザラールはほくそ笑むが、そんなことをしたら収拾がつかなくなる。
ラ・セーヌの星など、アッと今に手足をもがれ、バラバラにされてしまうであろう。
ザラールは形だけシモーヌを庇い、部下の銃剣をもって群衆を下がらせる。
シモーヌは心中で焦っていた。
「バスティーユ牢獄に連れ込まれたらお終いだわ。それまでに何とかしないと」
シモーヌたち一行は、刻一刻とバスティーユ牢獄に近づいていた。
難攻不落の要塞に連れ込まれ、囚われの身となれば生きて脱出することなど不可能である。
逃げるなら牢獄までの道程で、一瞬のチャンスに懸けるしかない。
シモーヌの体力は戻っていたが、雁字搦めに縛られて身動き出来ない。
両足はあぶみにしっかりと結わえられ、飛び上がることも不可能である。
おまけに数十丁の銃剣に狙われていては自力での逃走は絶望的であった。
唯一の頼みの綱であった市民がこの調子では、危険を犯しての救出作戦などあろう筈もない。
シモーヌはコッソリと群衆を見回し、その中に仲間の顔を探した。
「ダメだわ。ロベールもダントンもいない……」
しかし彼らがここにいないことは、寧ろよかったのかもしれない。
この状況で彼女を救おうとすることは、自殺同然といえた。
「キョロキョロするなぁっ」
衛兵のムチがしなり、シモーヌの横腹を強かに打った。
「ムゥゥゥーッ」
背中を反らせたシモーヌが、苦痛に歪んだ顔で天を仰ぎ見る。
頭上に家畜小屋の屋根が見えた。
屋根の上で待機していた市民が、桶に入った畜糞をぶちまけた。
「うぐっ、ふぐぅむぅぅぅ〜っ」
頭から豚の排泄物を浴びせられ、シモーヌの体が悪臭に包まれた。
「臭ぇ〜っ」
「ブタ女にはお似合いだぁ」
笑いと怒号が巻き起こり、再び投石が始まった。
いよいよバスティーユ牢獄が近づく。
バスティーユ牢獄は牢獄とは言っても、その実、不良貴族を軟禁しておく施設に過ぎない。
暇を持て余した不良貴族が、閉鎖空間にウヨウヨしているのである。
一度入ってしまえば法の手も届かない、貴族たちのプレイゾーン。
それがバスティーユ牢獄の真実であった。
シモーヌが我に返ると、目の前にバスティーユ牢獄の深い堀が広がっていた。
噂によると、人肉を喰らう外国の魚が放たれているという。
堀の向こう側には、レンガ造りの塀が高くそびえている。
塀の高さは、シモーヌの背丈の4倍はある。
塀の上には金属製の槍が無数に埋め込まれ、鈍い光を放っている。
四隅には見張りの塔が建てられ、周囲を睥睨していた。
この分では、潜入することも脱出することも不可能に思えた。
ゴゴゴッという重々しい音と共に跳ね橋が下ろされ、正門の開く軋みが聞こえた。
「神様っ……」
最後の最後まで神の奇跡を信じるシモーヌ。
しかし奇跡は遂に起こらなかった。
怒号の渦巻く中、シモーヌを乗せた馬は跳ね橋を渡り始める。
「ふぐぅっ……ふぐぅむぅぅっ」
シモーヌは突然気が狂ったように暴れだし、馬の背中がお漏らしでグッショリになる。
「本性を顕せおって」
ザラールが嬉しそうに笑い、部下に合図を送った。
何本ものムチがしなり、シモーヌをしばき上げる。
「うぐぅっ……うぐぅむっ」
シモーヌの体がグッタリとなった。
「往生際の悪い奴め」
ザラールは立ち止まった馬の尻を平手で叩いた。
馬は何事もなかったかのように、歩みを再開する。
そして、とうとうバスティーユの高く固い門をくぐってしまった。
「あぁ……遂に連れ込まれてしまったわ……」
シモーヌの両肩がガックリと落ちた。
背後で跳ね橋が上がり、門扉の閉まる音がする。
それは絶望的な響きを伴って、シモーヌの耳に響いた。