『Her wherever you like』  
 
 時間は過ぎ、時刻は夕暮れ。  
 夜の帳が下りてきてどんどんと暗くなっていく。そして季節は冬、気温はどんどん下がっていく。  
 みみなは一人、お気に入りの場所である石碑を背に空を見上げていた。  
 この石碑の場所は自室よりもどこよりも落ち着ける場所である。が、それでもみみなの胸のもやもやしたものは無くならず、ずっとイライラしたままだった。  
いつもならばこの場所に来ただけで心が落ち着き、頭は澄んでいき透明になれる。嫌なことを全部忘れられる。そのはずだった。  
 原因は分かっている。もやもやしたものが何かも、その原因も全てを理解している。  
 ただしそれは認めたくない。認めたくないと言うのは少し違う。自分はどうすればいいのか分からないのだ。ずっと知識でしか知らなかった経験、ただ知っていただけの感情が自分に芽生えている。それを自覚してしまった時からずっとその扱いに困っていた。  
 考えるのを止めればいい、そう思ってこの場所に来たのだが――それは失敗だった。ここはみみなの秘密の場所であるが、みみなだけの秘密の場所では無い。全ての元凶とも言えるみみなと彼の秘密の場所なのだ。  
 ずっとそんなことを考えながら悶々と思考をループさせていた。  
「……寒い……」  
 思わず呟いてしまう。  
 石碑にしゃがみ込んでどれくらい時間がたっただろうか、最初は恥ずかしさや怒りや緊張や焦りや様々なものから熱くなっていた体温も今ではすっかり冷え切ってしまっている。寒いからと秋晴に貰ったカイロもすっかり冷たくなってしまった。  
 なぜだろうか、悲しくなって涙が出そうになる。何がきっかけだったのだろうか、何が悪かったのだろうか、どうすればよかったのだろうか、どうしかったのだろうか。いくら自問自答を繰り返しても今のみみなに答えが出るはずはなかった。  
「…………え?」  
 ふと背中に重みを感じる。最初は何か分からなかった。人の体温を感じる布。  
 触れて分かる。これは従育科の外套だ。そしてこれは――  
「この寒いのに……やっぱりここだったか」  
 その振り向いた先にいたのは外套の持ち主である秋晴だった。  
「…………な、何でここにいるのっ!?」  
 必死に潤んだ涙目を隠しながら平静を装って声に出す。その努力も空しくみみなの声は震えていて今にも零れそうな声だった。  
 その顔を見ないようになのか秋晴はみみなと違う石碑の面に寄り掛かり空を見上げながら答えた。  
「あの後画材を先輩の部屋に返しに行ったんだけどいなかったろ? 待ったんだけど帰って来なかったし、あの時すっげー機嫌悪かったみたいだし、それに……」  
「……それに……?」  
 秋晴は慎重に言葉を選びながらゆっくりとみみなに話を続ける。  
「元気なさそうだったから心配になってな。俺が原因かなっとも思ってたし」  
 その話し方は心の底からみみなを大切に思っている、みみなの力になりたいと訴えるようで何の打算もない、純粋な想いだった。  
「……キミは……」  
 いつからだろう、他人の親切を素直に受け取れずに自分がまるで腫れ物を触るように接されていると思うようになったのは。  
 いつからだろう、自分の価値は絵にしかないと、この手は誰かを喜ばす為の絵を描く為にあるのだと考えるようになったのは。  
 いつからだろう、秋晴の純粋な想いが自分が求めていたものだと気付いたのは。  
「…………なんでもない」  
「いや、言いかけたのなら言ってくれよ」  
「なんでもないのっ!」  
 みみなの感情が全く読めない秋晴は戸惑う。引くべきか押すべきか。みみなの顔はかつてないほど思いつめていてその顔はいつになく真剣だ。  
 自分で力になれるのか、何も知らない自分がこの先輩の為にしてやれることはあるのかと考えて――秋晴は腹を括った。それは力に慣れると思ったからではない。みみなが助けを求めていると思ったからだった。  
「…………隣、いいか?」  
「…………ダメ……」  
 秋晴はみみなの否定を無視して彼女と同じ石碑の面、つまり真横に座る。  
 
 一瞬だけビクッとして驚いたみみなであったがそこを動く様子はなかった。  
「………………みみなはダメって言ったのに……」  
 子供のように膨れて文句を言うみみなの体温は外套越しでも分かるくらいに低かった。かなり長い時間この場所にいたんだろう。その体温が低くなるのも構わずにこの場所に縋っていたんだろう。  
「どうしてみみながここにいるって分かったの?」  
「あの後画材を先輩の部屋に返しに行ってさ、鍵自体は何とか説明して開けて貰ったんだ。んで、その後に先輩が全然帰って来なくてどこにいるんだろうなーって考えたらさ。一番に思い浮かんだんだのがここだったんだ。先輩のお気に入りの場所だったなって」  
「…………うん」  
 その言葉はみみなのことを誰よりも理解している人間にしか言えない言葉で、少なくとも白麗陵において誰よりもみみなを理解しているのが秋晴であることを証明する言葉だった。  
 その言葉を聞いてみみなは自分が喜んでいるのを自覚する。秋晴が誰よりも自分を理解していくれるのが嬉しい。  
「あのさ、先輩。俺に非があるなら直すし、原因があるなら努力する。だからその怒ってる理由話してくれないか?」  
 横並びで座っている為に互いの顔は見えない。もちろん少し横を向けば相手の表情を見ることなどすぐできるのだが、互いにそれができないでいた。  
「……みみなは、怒ってなんか、怒ってなんかないもん……」  
 互いの表情が分からなくても声だけで伝わるものはある。みみなの声は明らかに不機嫌で、空を睨みつけていた。  
「明らかに怒ってるし、元気ないぞ」  
 みみなには秋晴の気持ちが分からなかった。心配してくれているのは分かる、ただそれがどこから来るのかが分からなかった。自分だからと思いたかった。でもその確証はない。だからこそ焦り、戸惑い、心にもないことを言ってしまう。  
「キ、キミにみみなの何が分かるのっ」  
 欠片も思っていない言葉。  
 秋晴は自分の気持ちを汲んでくれているとずっとみみなは思っていた。それはみみな以外に対してもそうだ。お節介でお人好しで、見た目と違って誰よりも優しい。  
相手の気持ちが分からないのは自分の方で口にした言葉を撤回したくなる。秋晴のことを分かっていないのは自分の方だと。  
「…………分かるつもりなんだけどな」  
「え?」  
 秋晴の言葉はみみなの予想したものではなかった。てっきり「勝手にしろ!」とか「ふざけるな!」とかそんな言葉が返ってくると思っていたからだ。  
「もちろん全部じゃないし分かる範囲になるけど……少なくとも先輩が絵を本気で好きだとか、今度の個展やパーティを本気で成功させたいんだとか分かる。だってここ数日間ずっと一緒にいるんだぜ? 分からない訳ねーじゃねーか」  
 不安そうに語る秋晴の言葉にみみなは涙が出そうになる。自分を見ていてくれたことに。誰でもない桜沢みみなを知っていてくれることに。  
「勘違いしないで聞いて欲しいんだけど。描いて欲しいんだ、絵」  
 声にならないみみなの感動を知ってか知らずか秋晴はその思いの丈を続けた。  
「無理に描かせたいって訳じゃないんだ。まあ、先輩の絵に期待してるってのは俺の本当の気持ちでもあるんだけどさ。見たいって以上に先輩に描いて欲しいんだよ」  
 それは秋晴のみみなを思っての言葉であり、同時にそれは何の打算もないみみなへの気持ちで合った。  
「…みみなに、描いて欲しい…?」  
 
「ああ、最初の日に先輩が言ってたろ? 『私の絵を好きって言ってくれる人のために描きたい』ってさ。それってさ、すっげー大切な気持ちだと思うんだよ。何がきっかけかは知らないけどさ、先輩にとって期待とかって重荷にしかなってなかったみたいだったろ?  
 その重荷だったことが先輩にとっての後押しになったみたいだったから」  
 いつの間にか互いに向き合っていた。暗がりで互いの顔は見えない。  
「前に先輩の絵を見て感動したって言ったろ? だから正直俺も期待しちゃってるんだ。どうしたって先輩に勝手な期待をしちゃうんだ。でもその期待が先輩のやる気の元になってくれるなら嬉しいって思ったんだよ」  
 みみなにとって期待とはずっと重りだった。絵を描くという自分の好きなことを暗くさせる足枷でしかなかった。  
「これからも先輩の絵に期待をしてくるヤツは大勢いると思う。だから先輩に自分からその期待に答えたいって聞いた時、本当に良かったなって思ったんだ」  
 だからあの日、秋晴と二度目にあったあの日。彼に言われた言葉はみみなを助ける一筋の光だった。  
「だからさ、俺も力になりたいんだよ。先輩の力になりたいんだ。今回俺を指名してくれて嬉しかったんだぜ? 荷物持ちでも頼ってくれて、先輩の力になれて嬉しかったんだ」  
 その笑顔はあの日と変わらなかった。みみなの手助けをしてくれるとこの石碑の前で約束してくれたあの日と。  
 ずっと見つめあっていたことに気付き秋晴は顔を恥ずかしそうに背け、「俺じゃあ役者不足だったのかもしれないんだけどな」と小さく呟いた。  
「そんなっ」  
 上手く言葉にならない。   
「そんなことないよっ」  
 言いたい言葉が出てこない。秋晴がこんなにも自分のことを考えていてくれて、自分の為にしてくれた想いに答えたいのにも関わらず言葉が出てこない。  
「あの、あのねっ……みみなは、みみなはっ……、」  
「ゆっくりでいい。俺はここにいるから。先輩が嫌って言っても側にいるから」  
 今にも泣きそうに動揺したみみなを見て秋晴は不安になる。  
 勝手なことを言い過ぎたか?全然違ったか?よく鈍感とか唐変木と呼ばれる秋晴である、正直思い込みが激しかったり的を外した言葉でなかったとは言い切れない。  
 どうしたものかと思い、そのままみみなの頭を撫でていた。  
「落ち着いたか?」  
「ありがと」  
「どういたしまして」  
 落ち着いたみみなの頭から手をどかす。小さな声で「あっ」と残念そうな声が聞こえたのは気のせいだろう。  
 少しの沈黙の後、みみなはその身を少しだけ秋晴に寄せてその口を開いた。  
「あのねっ、うまく言えないかもだけど……聞いてくれる?」  
「当然だ、ゆっくりでいいから話してくれ」  
「キミは女の子と仲がいいよね」  
「…………へ?」  
 秋晴は予想外の言葉に思わず目を丸くする。みみなが不安定になっていた原因が自分だとは思っていたし、その理由はイマイチ良く分かっていなかったのだがそれは明らかに予想外の言葉だった。  
 みみなはそんな秋晴の混乱を気にせず続けた。  
「ピナちゃんにもそうだし、さっきだって……」  
「いや、え? あ、と……そんなつもりは……」  
「無いの? まったく無いって言える?」  
 明らかにうろたえる秋晴を責め立てるようなみみなは先程までとは違い元気いっぱいで少し怒っており、その頬は子供のように膨れていた。  
 思い当たる節が全くないとは言い切れない秋晴はそのまま黙ってみみなの言葉に耳を傾ける。  
 
「だから、みみなもその中のひとりなのかなって。ただキミの周りにいる人のひとりでしかないのかなって」  
 見て欲しいとなんて思っていなかった。むしろずっと目立ちたくないとさえ思っていた。  
 自分の絵が評価され、初めこそ嬉しかったがそれはみみなを苦しめる重圧となり何よりも大好きな絵を描くことが苦痛となった。  
 だから見られたいと、誰かに見て欲しいと心の中で思っていてもそれをずっと隠してきた。  
「特別扱いして欲しいわけじゃないんだよ? ただ、みみなだって、みみなだって…ううん、みみなは特別扱いして欲しいの」  
 でもずっとみみなは見て欲しかった。絵を描かなくても。絵を描いていても。病気が原因で小さな体になっていても。病気が原因で小さな体になっていなくても。  
 どんな自分でも見てくれる人を求めていた。そしてそれ以上に今の自分を見てくれる人を求めていた。  
「みみなは、みみなはキミが好きなんだよっ」  
 みみなの言葉が静かに紡がれる。  
 みみなと秋晴の二人しかいない場所。二人しか知らない秘密の場所。  
 堰を切ったように溢れたみみなの言葉が感情がずっと溜めこんでいたものが広がっていき――闇夜に消える。  
 どれくらい時間がったったのか、数秒もたっていないが二人の間に訪れた沈黙はみみなにとって耐えがたい悠久の時間にすら思えた。  
 言ってしまった、ずっとずっと隠してきた隠すつもりだったその言葉を胸に秘めたままにするはずの想いを。  
 できるだけ冷静に笑顔を取り繕い、当然顔は秋晴から逸らしてみみなは口を開いた。  
「ゴ、ゴメンっ。嫌だよねっ……みみなじゃ嫌だよねっ。わ、忘れてね……それに明日からは手伝いもいいから。みみなひとりで、きゃあっ!」  
 本人も気付かずに濡れた頬で作られた無理矢理の笑顔、取り繕うことなんてできていない震えた声、それを止めたのは秋晴の優しい抱擁だった。  
「えっ? 何っ? 何でっ?」  
 何をされたかは分かっていても頭が追い付かずにみみなは戸惑う。顔は見えなくても誰かなんて分かっている。それでも誰か分からないと言う矛盾。自分が混乱してしまっていることすら気付けない。  
「先輩」  
「…………は、はいっ」  
 秋晴の声でようやく平常心を取り戻す。と言っても秋晴に抱きしめられているという事実で再び動悸は加速する。  
 おそらく顔は真っ赤だろう。恥ずかしい。実際はいつも見られているのだがみみなはいつもは隠せていると思っているし、例えいつも見られていたとしても恥ずかしいものは恥ずかしい。  
 恥ずかしくて離れたいけどこの手の中から離れたくないと揺れ動いていると――みみなは秋晴の自分を抱きしめている腕が震えていることに気付く。消して寒い訳ではない、現に今みみなは熱いくらいだ。ではなぜ彼は震えているのだろうか。  
 思い当たる答えは一つだった。  
「ゆっくりでいいよ。俺みみなは、みみなはここにいるから」  
 答えようとしてくれるているのだ。それがみみなにとってどんな結果になるかは分からない。それでも自分の思いに精一杯答えようとしてくれているのだ。  
 秋晴がその口を開くのと腕の震えが止まったのは同時だった。  
「先輩はさ、勘違いしてると思うんだ」  
 
「…………勘違い……?」  
 秋晴の言葉はどこか探るようで、何かを求めているような言い回しだった。  
「たまたま先輩の側にいたのが俺だったってだけで、偶然なんだよ。多分俺じゃなくて大地でも三家でも……もしかしたら男じゃなくたって先輩の支えには慣れてたと思うんだ」  
「そ、そんなっ」  
 有り体に言ってみみなが人に飢えていたのは事実だった。人の温もり、支えになってくれる人、一緒に笑い合う友達、なんでもいい。とにかく人に免疫がないのは事実だった。  
 それは内容は違えど先程責められた秋晴と同じようにいくらみみなが否定しようと事実だった。  
「でもさ。いや、だからさ。俺でいいのか? 俺なんかでいいのか? ただたまたま側にいただけの俺なんかを選んでいいのか?」  
 最初に会ったのは偶然だ。不審者に間違われ、暴漢に仕立て上げられ、逃げた先にたまたまみみながいただけだった。  
 次に会ったのは策略だった。秋晴の幼馴染の計算によって引き合わされただけで、むしろそれは彼女の功績と言ってもいい。  
 誰でもよかったのだ、秋晴でなくても。  
「俺は今回先輩に選ばれて、ずっと先輩といて思ったんだ。この人を支えたいって思ったんだ。体が小さいからとか、絵が上手いからとか、そういうのじゃなくて……違うな。  
そういうのも全部ひっくるめて先輩を支えられる存在になりたいって思った」  
 それは秋晴のみみなに対する答えではない純粋な自分の気持ちだった。素直に嬉しいと言う気持ち。  
「正直ずっとそういう風に先輩を見てなかったし、それ以前に自分に手一杯で誰ともそういう風になるつもりはなかった。ずっとそう言い聞かせてたんだ。そんな資格は無いって。  
俺はまだまだ自分に手一杯で、執事としても男としても全然未熟で一人前じゃないんだ。そんな言葉で逃げてきた」  
 それは自分の思いであり、懺悔のような告白。気付いていない訳ではない。いろんな人からそういう好意を寄せられてきた。自意識過剰だって言われてもいい。  
 でもずっと逃げてきた。言い訳をして。目を背けて。嘘をついて。自分を偽って。  
 それでも――  
「それでも大切だって思える相手に、守りたいって思える相手にその気持ちを向けられて」  
 ――ずっと嘘をつき続けられるほど秋晴は強くも弱くもなかった。  
「そんな俺でいいのか?」  
 それは秋晴の答えだった。みみなに対する。自分からの精一杯の答え。何よりも強い覚悟。  
 傍から聞けばその言葉は優柔不断で頼りないのかもしれない。答えと言うには言葉が足らない不正解なのかもしれない。  
 それでも、だからこそみみなには痛いくらいにその想いが伝わった。だからもう一度秋晴に伝える。自分の大切な大切な想いを。  
「キミが、いいんだよっ。秋晴君がいいんだよっ」  
 みみなの顔から静かに滴が零れ落ち、秋晴のコートを濡らす。それはみみなの喜び、そして秋晴に対する期待。  
「先輩」  
「みみなって呼んで」  
「みみな」  
 その言葉とともに腕の力を緩め、少しだけ本当に少しだけ体を離し互いの顔が見えるようにする。  
 互いに向き合って、互いに今初めてその顔を見たような錯覚に陥る。幾度となく互いの顔を見ていているのに。それでも二人は今日初めて互いの顔を見た気がした。  
「何?」  
「大好きだ」  
 そして互いに目を閉じ、どちらからともなく唇を重ねた。  
 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 日はすっかりと落ち、夜の長い冬とはいえ遅い時間になっていた。時計を確認してはいないがもうすぐ夕食の時間かもしれない。  
 当然すっかりと冷え込んで野外であるここは寒い。しかし寄り添っていた二人は互いに心地よい温かさに包まれていた。  
 
 秋晴が石碑を背に座り、みみなは秋晴に座り、毛布のように外套をかけていた。  
「まさかの展開だよな」  
「……キミは、後悔してるの?」  
「いや、そういう訳じゃないんだけどさ。全く予想してなかったからな……」  
 勢いで告白してしまったと思っているのは秋晴だけではくみみなも同じだったが照れ隠しなのかとにかく気恥ずかしさも相まってギクシャクした会話になる。  
「それはみみなをそういう対象として見てなかったってことなのかなっ?」  
  気持ちが落ち着いたみみなは頬を膨らまし不機嫌そうに言った。しかし秋晴は答えに困る、みみなに限らず誰も対象として見てはいなかったのだから。  
「いや、まあ……先輩に限ってじゃないけどな。まだまだ自分のことで手一杯だからってのもあるし…でもこれで納得した」  
 ただ、中でも一番容姿の幼いみみなをその対象とは思っていなかったのだが、それを知られると本格的に怒られるのは目に見えている。だから話を逸らした。  
「…………何のこと?」  
 何が分かったのだろうか?あまりにも唐突なことでみみなは何のことかが分からなかった。  
 きょとんとするみみなに秋晴は追い打ちをかけるように呟いた。  
「テラスでのこと。あれは先輩のヤキモチだったんだなぁって思ってさ」  
「なっ! えっと……」  
「だってそうだった訳だろ?」  
「……うぅ〜………………」  
 みみなが真っ赤になって黙ってしまい、秋晴も何も言えずに黙ってしまう。いつもの二人と言える光景。ただ今日からはそれも心地よい時間になる。  
 秋晴は一度腹を括るとこんなもんか、と我ながら身の軽いことだと軽い自己嫌悪に陥っていた。だからみみなの様子が変わったことに気がつかなかった。  
「キミはさ、やっぱり……」  
「ん?」  
 俯いたみみなの顔は秋晴からは見えない。しかし秋晴がその表情を見ていたならば明らかに変な様子で何かを決意していると感じただろう。みみなの顔はそれこそ告白の言葉を口にするかのように深刻な表情だった。  
 恥ずかしそうに躊躇い何度もその言葉を飲み込むみみなを見て秋晴も少し変だと思う。痺れを切らし秋晴がどうしたのかと口を開きかけた時――  
 
「やっぱりキミは、大きい方がいいの?」  
 
 ――みみなは衝撃の言葉を口にした。   
 その言葉の意味を秋晴はすぐに理解できなかった。直結しなかったのだ。  
 秋晴は考える。大きい? 何かのサイズだ。何が? 会話の流れからすると……そして思い至ったのはみみなの一つのコンプレックス。  
「…………………………はいぃ!!? せ、先輩!?」  
 それはおそらく正解だったのだろう。余りの唐突な言葉に、そして唐突な内容に動揺してしまう。  
「だって、今日だってあの二人にベタベタてたし、普段だって……」  
「えっと、いや、その……」  
 ずっと俯いていたみみなは振り返り秋晴の胸の中から見上げていた。やはりコンプレックスなのだろう、どうしたって逃れられない現実。  
 他人にしたらどうでもいいことなのだろう。些細な悩みなのだろう。だからといってそれが自分にとって些細なことだとは限らない。  
「キミはみみなのことを……その、す……好きって、言ってくれたけどっ。不安なの。だってみみなは、みみなは」  
「えーと……先輩?」  
 少なくともみみなには大切なことだった。あまりの真剣さに秋晴は気押されてしまう。  
「本当はみみなだって分かってるんだよ。病気が原因とはいえみみなは多分、ずっと小さいままだし、それは多分、」  
「先輩聞いてくれ」  
 秋晴は口調を強くしてみみなの言葉を遮る。それ以上の言葉は聞きたくなかったから。  
 雰囲気の変わった秋晴にみみなは驚いてしまう。  
 
「な、何っ……?」  
「あのさ、大事なのは気持ちだと思うんだ。先輩が俺を好きでいてくれて、俺が先輩を……好きなんだからそれでよくないか? 確かに先輩はその、体は小さいけど……俺が先輩を思う気持ちは本当だし…その、なんだ。別にすぐにそういう、」  
「証明してくれる?」  
「ことをしなくて…………は?」  
 途切れ途切れの恥ずかしいセリフを恥ずかしいと思いながら続ける秋晴はいっぱいいっぱいで最初みみなの言葉に気付かなかった。  
 みみなはその顔を秋晴の胸に押しつけていてその顔は見えない。ただ、今度はその表情が手に取るように分かった。  
「みみなでもいいって、証明してくれる?」  
 秋晴を襲う本日二度目の衝撃。二度目だったからか心のどこかで身構えていたのか、今度はすぐにその言葉の意味を理解できた。  
「…………えっと、それは」  
 理解できたとはいえ、その言葉に動揺しないという意味では無い。  
 そして意識してしまった瞬間今自分の胸の中にいる小さな存在に、愛おしい大切な存在を、その対象として見てしまう。  
「ちょ、ちょっと、待ってくれ! 待ってくれ先輩!」  
「さっきからずっと先輩って呼んでる」  
「ちょ、ちょっと待ってくれ」  
 今日だけで何度目かの沈黙。いつもなら黙ってしまったみみなにかける言葉が見つからずに秋晴も何も言えない。しかし今日はみみなに押されてしまい秋晴が沈黙してしまっている。  
 これは秋晴が男として情けないのか、それともみみなが年上であることが影響しているのか。問いかけたところで誰も秋晴に答えてくれるものはいない。しかし、秋晴は両方が正しいのだと思った。  
 秋晴は知っている。みみなの精神はその見た目以上に大人だし、周りのことを考えている。そして秋晴は自分が思っているよりも子供だ。  
 いや、子供とか大人とかどうでもいいのかもしれない。どんな大人だって子供みたいに振る舞う時はあるし、どんな子供だって大人みたいなことを言う。  
 必要なのは気持ち、そして覚悟だ。  
「みみな」  
「何…?」  
「できる限り優しくはする。痛かったら言ってくれ」  
「……うんっ」  
 みみなの顔は恥ずかしそうな、それでいて嬉しくてたまらないという笑顔だった。秋晴は漫画かドラマみたいなだな、なんてことを思った。  
 秋晴がもう一度みみなの唇に自らの唇を重ねる。それは先程と同じ行為であり、そこから先へと進む開始の合図だった。  
 
 
「…んっ……」  
「……はぁ…」  
 最初は秋晴からであった。しかしそれは幾度となく繰り返されどちらからかなんて分からなくなるくらいに繰り返される。  
 ただ唇を重ねるだけの行為。児戯にも等しいのだが、今の二人には大切で互いの心を直接触っているようだった。  
「……ぅん…」  
「……んぁ…」  
 秋晴は次第に意識が虚ろになっていく。ただ先程のキスとは明らかに違う。やっていることは同じでも頭に響く。心が痺れる。  
 だから油断していたのだろう。秋晴はそれ以上のことなど考えてもいなかった。  
「……あ、え……」  
 驚いて声が漏れる。正確には漏れそうになった声さえ飲み込まれる。秋晴の口内に入って来た柔らかい、それでいて芯のあるザラザラとしてヌルヌルとしたモノ。  
 口の中を探るように暴れ、秋晴の舌を見つけると抱き合うように絡みつく。そこでこれがみみなの舌だと気がついた。  
「……んんっ……ぅん……」  
「……ん……」  
 音が変わる。  
 
 重ねた互いの口から漏れる声だけではなく、繋がった口から響く音が変わる。  
 心に、頭に、そして互いの体に響くクチュクチュとした湿った音。  
 積極的なみみなに対して秋晴は戸惑っていた。普段は落ち着いた大人しい引っ込み思案のみみなとのギャップに、そして自分の押され弱さに。  
「……ぅんっ…」  
「……んっ……んっ…」  
 積極的なみみなに対してみみなは秋晴以上に戸惑っていた。自然と体が動く、意識よりも先に求めている。全てが初めてなのにまるで自分が知っているかのように勝手に動く体に頭が追い付いていない。それでも体は動き続けていた。  
 互いに戸惑いながらもその唇を貪っていた。  
 苦しくなったのかみみながその顔を離す。音もなく、静かに離れる。熱く交わっていたことを証明するかのように透明な糸がキラキラと光りながら互いを繋いでいた。  
 その滴が落ちた先は秋晴の腕だった。みみなの手に導かれ、その小さな双丘に重ねられた秋晴の腕だった。  
「!? えっと……」  
 みみなの上着とブラウスは既に託し上げられていて、白く綺麗な肌が露出している。服の上からでは分からないほどだったが明らかに膨らんでいるそれを見て秋晴は素直に綺麗だと思った。  
「…触って……」  
 美しさに目を奪われていた耳に小さく優しく囁かれるのたの要求だった。  
 本当に触っていいものかと、壊れないのだろうかと一瞬躊躇し、触れるか触れないかまで導かれていたその手を伸ばす。  
 見た目では小さいと思っていた。現にみみなのそれは同年代と比べれば小さいのだろう。しかし秋晴の掌には確かな柔らかい感触があった。  
 考えられる限り優しく、思うがままにその手を動かし始める。  
「……ぅん……そんな…感じ……」  
 みみなの口から漏れる声はどんどんとその質が変わっていく。徐々に苦しそうに艶っぽく、それ以上に嬉しそうに。  
 その声はどんどん秋晴の奥にあるものを刺激していってその手に少しずつ強い力が込められていく。  
 掌から感じられる柔らかさ、そしてその奥から感じられる早鐘のように激しい鼓動は秋晴の感情を高ぶらせる。  
「小さく、て…ゴメンね……」  
「そんなこと……柔らかくて……なんていうか……」  
 申し訳なさそうに言うみみなにどう言えばこの気持ちは伝わるのだろうか。どれだけ考えてもそれを表す言葉は見つからない。代わりにその手に力を込める。  
 ずっとその外周を揉んでいるだけの秋晴の指が中心に触れた。柔らかい部分に囲まれた硬くなった一部分に。  
「んっ!」  
「スマンっ! 痛かったか?」  
 みみなは仰け反り、秋晴も驚いてその手を引っ込める。  
「違う……あの……もっとして欲しい、かも……」  
 みみなは電気が走ったのかと思った。秋晴に触れられるたびになぞられるたびに感じていた刺激、それだけでかつてないほどだったのにそれ以上の快楽だった。  
「わ、分かった」  
 みみなの反応を見ながら時にその外を時に中心をなぞるように、時に力を込めてその指を動かす。どうしたらいいか分からないながらもみみなを悦ばせる為に動かした。  
「これでいいか?」  
「……気持ち……いい……よ…」  
 自信なさそうに訊ねる秋晴への答え、みみなの途切れ途切れ告げられる声は全てを物語っていた。  
「これじゃ、みみなばっかり……してもらってるね」  
「え? あ、ああ、でも、」  
 秋晴は満足だった。みみなの声を聞くだけで。彼女の体に触れるだけでいっぱいいっぱいだったのだ。  
「みみなだってしたいんだよ……」  
 
 秋晴は気付いていなかった。彼が彼女を想っているということはみみなも秋晴を想っているのだと。  
 何をしようというのだろうか? 秋晴がそんなことを考えている隙にみみなの手がズボンに伸びる。  
 自然な無駄のない動きで秋晴のそれは解放された。限界まで膨らんでいたせいもあるのだろう。チャックを下ろしただけでそれは外に出てきた。  
「えっ」  
 秋晴が驚いたのはみみなの動きが自然だったから、ではない。自らのものがかつてないほどに大きくなっていたことを今になって自覚したからでもない。服から解放されたその先で温かい水と柔らかい壁に触れたからだ。  
 当然水などでは無い。それはドロりと滑っていて、秋晴に滴り纏わりつく。それは今も触れているみみなの体温と同じで――そこまで考えて自分が触れいてるものが何かに気付く。  
「…………」「…………」  
 行為を始めてからずっと座った秋晴の上にみみなは乗るようにしていた。つまり互いの隔たりである服がなければ互いの体は常に重なっているのだ。  
 互いに互いの一番敏感な部分に触れている事実に気付きそのまま見つめあってしまう。  
「……いつの間に……?」  
「……さっきの間に」  
 秋晴は何をとは言わないし、みみなも何をとは聞かない。それは重要なことではない。重要なのはその先だ。  
 手で触らなくても分かる。みみなは充分に準備ができていた。触れた先からみみなの雫がトロトロと溢れ伝ってくる。  
「………いい、よね?」  
「…………えっと…無理はしなくていいんだぞ?先輩」  
「ま、また子供扱いをするんだねっ、キミは。みみなはもう大人だから、平気なんだからっ! それに……」  
 それはいつも通りのみみなの言葉で説得力のない言葉であるかのようだった。秋晴にはそう感じた。ただ、それは勘違いだった。  
 何かが変わった訳ではない。みみなの目はずっと真剣で自分だけを見ていてくれた。体勢が変わった訳ではない。触れ合った体もそのままだった。  
 色白の透き通った肌が高揚しているのを証明するように朱が入っている。大きな瞳は感情に耐えきれず艶やかに水気を帯びて秋晴の顔を映し出している。  
 今まで見た何よりも愛おしく美しかった。  
 それでも――  
 
 
「それに、ここまで来て止めれるの?」  
 
 
 ――秋晴は奪われたと感じた。  
 
 潤んだその瞳に吸い込まれるかと思った。  
 呟かれたその言葉に神経を直に触れられたかと錯覚した。  
 脳が揺れ、心臓が破裂し、四肢の感覚が消失した。  
 目が離せなかった、全てが奪われてみみなだけしか感じれなかった。  
 
 何とか秋晴は自分を取り戻し、爆発しそうな心臓を繋ぎ止め答える。  
「いや、まあ……けどさ」  
「けど…何?」  
「無理はよくないと思うんだ」  
 秋晴は口に出してからしまったと気付く。言葉が足りなかった。確実に誤解を招いている。  
 案の定みみなはその頬を膨らませ、先程までとは違った意味で顔を真っ赤にしていた。  
「無理じゃないのっ!」   
「いや、そうじゃなくて…」  
 みみなと秋晴の体勢はずっと変わっていない。だからみみなが暴れると秋晴は何もできない。なんとか弁解しようにも体勢を維持するだけで限界だった。  
「無理なんかじゃないのっ!」  
「お願いだから聞いてくれ。先輩が好きだか、!」  
 ブチッ、と何かが切れるような音が聞こえて、秋晴の体にみみなの体重がかかる。  
 
 今までと違う衝撃。圧迫される体。包まれているのは秋晴の一部だけなのだが全身を絞めつけられているように苦しかった。  
「…………ほら、大丈……夫……」  
 苦しそうなみみなの言葉で何が起こったのかを理解する。みみなが体重をかけたのだ。秋晴の全身にでは無い。想いを遂げる為に貫かせたのだ。  
「先…輩……」  
 互いの体が繋がるにはみみなの小さな軽い体でも充分だった。  
 おそらく半分程度、秋晴はみみなの中に入っていた。互いの体勢のせいだろう、根元までは至っていなかった。それでもみみなの破瓜には充分で秋晴は今までとは明らかに違う水気を感じる。  
 ドロリとした粘着質な液体ではなく、もっと水のようにさらさらとした、赤い液体。  
「また、先輩って…言って…」  
 みみなの笑顔はどう見ても苦しそうで、それは快楽に耐えているのではなく苦痛に耐えている表情で、取り繕った笑顔が秋晴の心を抉る。  
 繋がった部分は秋晴ですら苦しいくらいで、ならばみみなの苦しみはそれの比較にならないだろう。  
 だからこそ、だからこそ許せなかった。  
「先に言っとくな、みみなが好きだから言うんだ」  
 こんなこと言うべきではないかもしれない。実際に言うべきではないんだろう。それでも相手が大切だから、相手を傷つける形になっても守る為に言うべきだと思った。  
「馬鹿野郎!」  
 秋晴は怒鳴った。  
 心の底から叫んだ。  
「言ったろ? 支えたいって、大切にしたいって。もう俺はみみなのことを子供扱いしたりしない。大切な人として扱うつもりだ。だけど……だけどみみなの体は小さいんだ。俺の体なんかよりずっと、ずっと……」  
 最初こそ強い口調だったがその怒気はどんどん薄れていき、その声は震え今にも涙が溢れそうになっていく。  
「だから、だから無理はしないでくれ」  
 強く、抱きしめる。相手を信頼しているから、壊れないと知っているから強く抱きしめた。  
 そしてみみなは自分がしたことに気付く。自分が秋晴を信用していなかったのだと。  
「…………ゴメン……」  
「いや、いいんだ。怒鳴って悪かった」  
「みみなこそ…」  
 どちらも悪い、そしてどちらも悪くないことは秋晴もみみなも分かっていた。相手が自分を思ってくれているのが痛いほどよく分かる。  
 互いに抱き合ったまま唇を重ねる。舌を絡めるような濃厚な深い口付けではなく、唇を触れ合わせるだけの優しいキスでもない。心と心が繋がっていることを確認する大切な儀式。  
「ん……」  
「みみな? ……あ」  
 しばらくしてみみなの様子が少し変わり始めた。秋晴は疑問を口にしてからすぐに原因に気付く。  
 
 抱き合ってキスを交わしている最中、ずっとと繋がったままだったのだ。それも互いに抱きあっていたので先程よりもみみなの奥深くまで繋がっていた。  
「痛かったか?」  
「大丈夫、まだちょっと痛いけど……それよりも…」  
「それよりも?」  
「……聞かないのっ!」  
「わ、悪い」  
 思わず顔を上に背ける秋晴。同時にみみなから「んっ」と艶のある声が聞こえる。みみなは次第に秋晴の小さな動きにも反応し、その体が締まる。  
「……動いて…」  
 みみなは小さな声でそう呟いた。その声は明らかに痛みとは違う感情を孕んでいて、秋晴の心を揺さぶる。秋晴にとって願っても無い誘惑だったが、なけなしの理性を総動員して動きそうになった体を止める。  
「…………いいのか?」  
 意識しないようにしていたが、苦しいほどにみみなの体に締め付けられるのを感じていた。秋晴のが大きいかどうかは分からない。しかしみみなの体は確実に小さいはずなのだ。初めてならそれは尚更である。  
 みみなに入った瞬間、秋晴が痛いほどに締め付けられたせいもあるのだろう。みみなをなるべく傷つけたくない秋晴は慎重になっていた。  
「みみなのせいなのは分かるけど……心配し過ぎも失礼だよ?」  
「スマン」  
 慣れていないからだろうか。そういう行為だと言うのに互いに色気が無いのは。ただそれを判断する材料はみみなにも秋晴にもなく、比較対象がないのだからどうしようもない。みみなに怒られ秋晴は情けないと思いながらも自分らしいのかと考えていた。  
「ゆっくり動くな、ただ」  
 秋晴は決意する。今までは自分の意志だったがそれ以上に全てをみみなに任せてきてたようなものだったから。今からは自分の意志で彼女と愛し合うと。  
「……ただ…?」  
 秋晴の言葉にみみなは少しだけ戸惑う。期待の中に若干の不安を感じる。秋晴の様子が少しだけ変わったからだ。  
 気恥ずかしさからか、ずっと上を向いていた秋晴がみみなに視線を向ける。  
「我慢できなかったら、ゴメン」  
 その言葉と同時に秋晴の体が動く。  
「……あっ!」  
 みみなの体が力強く抱きしめられ、繋がっている部分に震動が伝わる。  
 それだけでみみなは今まで以上の強い波が押し寄せる。  
 みみなを抱きしめゆっくりと動き始める。  
 軽いみみなの体を上下に揺さぶる。秋晴に抱きしめられている安心感と秋晴と繋がっていると言う喜び、そして体中に響く快感にこれ以上のない幸せを感じていた。  
「……くっ…は…」  
 対して秋晴も同じで肺の奥から絞り出されたような苦しい声が出る。  
「………キミが痛そうだけど……?」  
 もはやほとんど苦痛はない恍惚とした笑顔でみみなが聞く。その顔にあるのは若干の余裕だった。だいぶ慣れてきたのかもしれない。だからこそ秋晴がどう感じているかが気になっていた。  
「いや、痛いと言うか……」  
 秋晴は余裕のない笑みで返す。その顔に張り付いているのは苦痛とも快楽を感じている顔とも違う。  
「あ、ん……痛くないなら?」  
 みみなは少し身勝手だなと思いつつ、自分が聞くなと言った質問をする。秋晴が何を思っているかが分からなかったからだ。  
 秋晴の顔を見て、彼が痛いと感じているのではないかと思い始めていた。自らの小さな体の中は秋晴で満たされている。今でこそ慣れてきたがその力は息苦しいほどだった。逆に考えれば秋晴は苦しいほどに締め付けられているのだ。  
 みみながそんな心配をしていると、秋晴は小さな声で  
「………我慢が、難しい」  
 とだけ言った。  
 
 実は秋晴はずっと我慢をしていた。みみなの体を思ってという以上に自身の箍が外れてしまうのを恐れてた。  
 みみなが秋晴に快楽を感じ始める前から秋晴の体はみみなに反応していた。男の体は存外痛みよりも快楽を感じるようにできているからだ。みみなが痛みにこらえていた時既に秋晴の体は痛みではないものを感じており我慢せざる得なかった。  
 そして最初に我慢してしまった秋晴はその我慢の止めどころを逃してしまっていたのだった。  
 秋晴の目を見て、なんとなく理解したみみなは少し呆れる。自分の好きな彼はどこまで人がいいのだろうと。  
「ありがとう」  
 私を好きになってくれてありがとう。  
 私を好きでいさせてくれてありがとう。  
「キミがみみなを大切にしてくれるように、みみなはキミが大切なんだよ?」  
 少しだけ怒ったように意地悪に言う。秋晴の優しさを通り越した人の良さを感じながらもて遊ぶように。  
 そして自分自身の今の望みを告げる。  
   
「だから――みみなを愛して」  
   
 その言葉とともにみみなの腕に力が入り、同時に秋晴の全てが締め付けられる。  
 秋晴の箍を外すのには充分だった。  
「あ、急にっ!」  
 秋晴の体が動き出す。腰上げ、そして抱きしめたみみなを強く腰へと導く。  
「あ…奥に……」  
 その度にみみなの最奥と秋晴の先端がキスをする。  
 最初は微かに触れる程度だったのが互いの動きが大きくなるにつれて打ちつけられるほどになっていく。  
 繰り返されるたびに音が響く。水気のある粘着質な音が。  
「気持ち、よかったん、だね……」  
 目も口も半開きで虚ろになったみみなは嬉しそうに呟く。  
 自分で、自分の体で愛する相手を悦ばせれていることが嬉しいのだ。  
「当然だ」  
 余裕の無い秋晴は短く返した。  
 秋晴は自分のものがかつてないほどに大きくなっているのが分かる。もっとみみなを感じさせたいと気持ちが高ぶっていくのが分かる。  
 止まらない。止められない。止めたくない。  
 ずっと繋がっていたい。ずっとみみなを感じていたい。  
「良かっ、たっ」  
 みみなの声はもう言葉になっていない。もはや喉を通っているだけで全身が快楽で痺れていた。  
 押し寄せるその波に全身が喜んでいるのを感じる。何よりも秋晴と繋がっているそこが歓喜の悲鳴を上げるように秋晴を抱きしめているのを感じる。  
 互いの声、指の動き、視線、何もかもが自分の刺激へと変わり、全てが愛おしかった。  
「ぐ……もう駄目だっ。出るっ」  
「みみなもっ、みみなもっ」  
 限界を感じ互いに強く抱きしめ、みみなの最奥で秋晴はその全てを出しつくした。  
 愛する者の中で果てるというのがこんなにも気持ちいいものだとは思っていなかった。  
 愛した者が体の中に染み込んでくるのがこんなにも気持ちいいものだとは思っていなかった。  
 互いに荒い息を整えて見つめ合う。  
 まだ全身が熱い。果てたとはいえ秋晴の大きさはそのままであり、みみなの体はまだ痛いに秋晴を求めていた。  
 そして幾度目かの口付けを交わした。  
 
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  
 
 互いに落ち着いた後、気付けば空は真っ暗で、時刻も夕食間近であり、時間的にはかなり危険な時間だった。  
 まだ立つことができなかったみみなを座らせたまま、秋晴は深閑に電話をして「みみなが夜空をモチーフにした絵を描きたいと言ったのでまだ寮に帰れない」とだけ告げたのだった。  
「はい…うん、それは事後連絡になって悪いと思って……ゴメンナサイ。はい、次からは気をつけます」  
「……大丈夫だった?」  
「何とかなった。とりあえずあと三十分は大丈夫そうだ」  
「…………ありがと。……いろいろ……」  
 秋晴は電話が終わるとみみなの横に座り、石碑に寄り掛かる。  
 
 お互いの顔を正面から見ることはできずに会話もぎこちない。それでもお互いに真っ赤な顔をしているのだけは分かった。  
「俺にも責任はあるし、気にすんなって。それとも後悔してるのか?」  
「ううんっ、後悔だなんてそんな……」  
「ならいいだろ?俺も、その……嬉しいし」  
「……………………うんっ」  
 確かに互いに一時の感情に流されてしまった結果だった。それでもそれは二人が望んだことであり、これからは一人じゃなくて二人だという幸せの方が大きかった。  
 秋晴は手を伸ばし、みみなの頭を撫でる。みみなは一瞬だけビクッと体を震わせて、そのまま秋晴に体を寄せる。  
「あー……そういえば」  
「そういえば?」  
 秋晴は思いだしたように呟いた。  
「ただ、次は…もっと落ち着いた場所でしような」  
「ふぇ!? つ、次って……キミは、もう次のことを考えてるんだねっ」  
「………誤解だ。次が待ち遠しいとかもっとしたいとかそういう意味じゃなくて。いや、待ち遠しくはあるしもっとしたいんだけど何と言うか……とりあえず外は止めた方がいいと思うんだ」  
 一瞬で激昂したみみなは秋晴が何を言わんとしたかを理解して落ち着く。正確には落ち着いた訳でなく気持ちが怒りから恥ずかしさに向いてしまう。  
「それはっ…………そうだね……」  
 勢いとは言え、互いの最初を外でしてしまった結果になるのだ。みみなは秋晴の意図を理解した。ただ、その上で自分の本心を呟いた。それは秋晴と同様に恥ずかしい気持ちもあったが、それでもみみな自身の心からの気持ち。  
「でもここでよかった、かな」  
「…………ここで?」  
「あー…………納得した」  
 この石碑の場所は秋晴とみみなにとって特別な場所だ。二人が初めて出会った場所、仲良くなった場所。そして今日また大切な場所となったのだ。  
 幸せそうなみみなに対して秋晴は少しだけ複雑な顔をする。思い出と言うには出会いは最低すぎる気がしたからだ。  
 秋晴が静かに百面相をしている横でみみながポツリと呟いた。  
「絵、完成させたくないな……」  
「……急になんだよ」  
 みみなの声は小さな声でつい先ほどの幸せそうな空気を欠片も感じさせない声だった。  
「もっと二人でいたい」  
 幸せだからこそ感じてしまう不安。  
 知ってしまったからこそ失う事に対する恐怖。  
「絵を完成させたらっ。完成させちゃったらもう、」  
「俺は見たい」  
 遮ったのは秋晴の言葉だった。  
「モチロン無理にとは言わないし、プレッシャーをかけるつもりはないんだけどさ。前にも言ったろ? 俺も先輩の絵のファンの一人なんだよ」  
 その言葉は後輩としてであり。  
 その言葉はファンとしてであり。  
 その言葉は恋人としての言葉だった。  
「それに絵を完成させたらもっと他の遊んだりもできるぜ? 先輩ともっといろんな話もしたいしな」  
 みみなは思わず涙が出そうになる。  
 いつも私の不安を理解してくれてそれを優しく溶かしてくれる。私の迷いを断ち切ってくれる。彼を好きになってよかった。  
「ありがとう」  
 
 元の笑顔に戻ったみみなを見て秋晴は安心する。しかし安心し過ぎて隠していた言葉が漏れてしまう。  
「…どういたしまして。……俺が周りにいるようになって先輩の絵が…とか言われるのも嫌だしな」  
 言ってからしまったと言う顔をした。みみなの方を見るとその言葉はちゃんと聞こえてしまっていたようだ。  
 秋晴の顔を見てみみなは気付く。秋晴だって――不安なのだ。  
 みみなは秋晴からいろいろなものを貰っている。今まで多くのものを、そしてこれからも多くのものを貰うだろう。それはみみなに力を与えてくれる。迷いを断ち切ってくれる。不安を吹き飛ばしてくれる。  
 ただ、それは秋晴が悩んだり迷ったりしないという訳では無い。秋晴だって不安なのだ。  
 自分と同じなのだ。  
 だったら私は――私のする事は一つだ。  
「そ、そんなこと言わせないっ!」  
 いつもとは違うみみな雰囲気に秋晴は戸惑った。  
 今まで見たことが無い、一瞬みみなだと思えないほどだった。  
 力強い、誰かを励ます為の口調。  
「そんなこと言わせないもんっ。もし言われたって『期待するなら黙ってろ、気が向いたら見せてやる』って言っちゃうんだからっ」  
 その言葉は彼女の気持ちである。ただ、その言葉は彼女の言葉では無い。彼女にとって大切な彼からの言葉。  
「それって…」  
「き、気にしちゃダメ。好きでやってることに口出しされるの、えっと……」  
 最後の一言で一瞬詰まる。  
 笑うのは失礼だと思いながらも実にみみならしいと秋晴は少し笑ってしまう。  
「むかつくからね」「むかつくからな」  
 互いの声が重なった。  
 
 
「みみな」  
「何?」  
「一年間、待ってくれるか?」  
「………え……………?」  
 
「そ、それって……どういう………」  
「あー誤解だ誤解。言葉が足りなかった」  
 
「俺達はさ、一年違うだろ。みみなは高二だし俺はまだ高一だ」  
 
「だから俺が執事として、本当の意味でみみなの支えとなれるのはどうしたって卒業して一年後になるんだ」  
 
「だから……待っててくれるか?」  
「それって……」  
「あ………ス、スマン! 気が早かったよな? 忘れてくれ!」  
「…………忘れていいの?」  
「……………………忘れないで欲しい」  
「…………考えとく…」  
 
 パーティは無事成功し、その後に行われた個展もかつてない盛況を見せた。  
 ただし、後に秋晴の奉仕活動の際、テーブルには時間いっぱいみみながいることが多くなり、秋晴は幼馴染をはじめとする同級生達に口々に  
「ロリコン」「ロリコンですわ」「ロリコンじゃな。まさか妾も狙って…!!」「最低だな」「まさか日野さんがロリコンだなんて」「アッキーにそんな趣味が…」と口ぐち言われた。  
 他にもセルニアや朋美に貰ったパートナーカードをみみなに見られて大ゲンカしたり、同人誌制作のメンバーにセルニアや朋美が増えずっと監視されたりと様々な事件起こるのはまた別の話である。  
 
Next?  
 
 

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