タタンタタン……タタンタタン……  
 
 鋼鉄の車輪がレールを噛んで走る音に混じって、規則正しいリズムでレールの継ぎ目を渡る音が響く電車の車内。  
 足の踏み場もない、という言葉を体現するかのように人が詰め込まれ、事実体勢を立て直そうと動くことすらままならない。  
 現在絶賛満員乗車中。  
 
 不意に浮かんだそんな九文字熟語を思い浮かべ、秋晴はそっと溜息をついた。  
 
 時は週の真ん中の平日の朝、首都圏の交通網の一翼を担う電車の一車両に、秋晴は乗っていた。  
 白麗稜に入学して以降、学外に出かける事すら稀な秋晴にとって、電車に乗るのもましてや常時全方位から圧力を受けるような満員電車に乗るのも、かなり久しぶりのことだった。  
 以前に数度出くわしたことこそあったものの、それでもやはり何度経験しても慣れるものではない。  
 
 服越しに見知らぬ他人に触れられるのもあまり気分の良いものではないし、ましてや妙に熱いと思って振り向いてみればそこにいるのが脂ぎった中年サラリーマンだった日には軽く泣きたくなってくる。  
 
 白麗稜の生徒でこんな経験をしたことがある人間は、従育科の元一般人を除いてほとんどいないだろうと、内心で強く思う。  
 だが今確実に、高度経済成長期以来、日本の伝統となった満員電車を経験した白麗稜上育科生徒が一人増えている。  
 
「まあ、すごいですわね……」  
「……そっスね」  
 
 それが、超満員の圧力に負けず、秋晴が作り出した腕の中の空間に身をゆだねる四季鏡沙織である。  
 
 
 低所得層の日常の具現のようなこの場に、いかに実家が落ちぶれているとはいえ白麗稜の上育科に通うお嬢様がいるという、掃き溜めに鶴そのままの状況に、秋晴はめまいを覚えるような気分だった。  
 
 状況だけを見ればありえないことではあるが、こうなるにあたって特別の事情があったわけではない。  
 従育科の試験が日曜に開催され、その代休扱いで降って沸いた平日の中の休み。  
 特にやることもなく寮で時間を潰すか、と考えていた秋晴の元へ、試験のパートナーを務めてくれた沙織が訪ねてきて買い物の付き添いに誘われ、特に断る理由もなく付いてきただけのことである。  
 
 ……さすがに、自家用車の類を一切使わず公共交通機関のみを頼りに目的地へ向かう、と聞いたときは驚いたが。  
 
 しかしそれも四季鏡家の現状を考えればありえない話ではない。  
 そのため、数百を越えると思われる数の人でごった返すホームの中でもどこか浮世離れした空気を発散し、満員電車の中にふらふらと漂うように乗り込んでいく沙織を必死に追いかけ、周りの乗客に押しつぶされないように自分の腕の中に抱え込んで、今に至る。  
 
 電車がカーブに差し掛かる。  
 カーブの外側である秋晴の背中には、遠心力に押された人の圧力がかかり、ドアについた腕に人一人分の体重ではきかないような力がかかる。  
 正直言ってかなりきついが、腕の中の沙織に負担をかけるわけにもいかない。  
 四季鏡早苗の姉である沙織であれば多少の人ごみ程度は気にしないかもしれないが、だからといって従育科の生徒としては白麗稜のお嬢様をこんな悪環境の中に放り出すわけにもいかない。  
 
 男としても執事の卵としても、ここが踏ん張りどころである。  
 
 そのとき、電車が急に大きく揺れた。  
 原因はわからないが、車内のそこかしこで乗客達がたたらを踏む気配がする。既に限界か、と思っていた圧力がさらに高まり、支えにしていた腕に痛みが走る。  
 特に腰の辺りに予期せぬ力がかかり、それまでなんとか一定の容積を確保していた沙織のための空間が潰され、自分の体で沙織を扉に押し付けるような形になってしまう。  
 
「あっ……」  
「うわ、す、スマン!」  
 
 他の乗客の迷惑にならないよう、小声で謝罪する秋晴。  
 しかし沙織は気にしなくて良いとでも言うように、振り向いて微笑を浮かべてうなずいてくる。  
 
 その笑顔に、秋晴は一瞬息を詰まらせる。  
 
 空調が聞いているにもかかわらず、人いきれと体温で蒸し暑いとすら思える電車の中、自分の目と鼻の先で絶世の美女が優しく微笑んでいる。  
 沙織と浅からぬ縁を持ち、笑顔も見慣れているはずの秋晴であったが、周囲にたくさんの人がいる中で体を密着させて微笑まれるという特殊極まりない状況に、我を忘れて見入ってしまった。  
 
「……あら?」  
「ん、どうかしたか?」  
 
 しばらく沙織の笑顔に見とれていた秋晴だったが、沙織が不思議そうな表情を浮かべたことにより、意識を取り戻す。  
 カーブは既に終わっているが、電車内の人の波は未だ秋晴を沙織ごと扉に押し付けたままで、沙織はドアを向いて両手をつき、後ろから秋晴に抱きすくめられるようにも見える形でドアに押し付けられている。  
 
 しかし何か違和感を感じたのか、急にむずむずと動き出す。  
 そのたびに秋晴の胸板や足に沙織の体が擦りつけられ、服越しでもやわらかい沙織の感触に秋晴の心拍数は上昇し始めた。  
 
「あー、すまん。そろそろ離れられると思うんで、もう少しだけ我慢してくれ」  
 
 きっと、ドアに押し付けられるのが苦しくなってきたのだろう。  
 そう思った秋晴は、腕に力を入れてなんとか後ろの乗客を押し返そうとする。  
 岩でも押しているようなその感覚に日本の満員電車の恐ろしさを感じるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。  
 
「……ふふ、違いますよ、日野さん」  
「へ?」  
 
 しかし、そんな秋晴を見て沙織は一層笑みを深くする。  
 目尻がとろりと垂れ下がり、紅い舌が姿を見せ、唇をぬぐうとそれだけで口紅を差したと錯覚するほど艶やかに染まる。  
 頬は上気したように赤くなり、秋晴の腕に触れている二の腕が一秒ごとに熱くなる。  
 
 沙織は、発情していた。  
 
「えいっ」  
「んおっ!?」  
 
 そんな沙織の姿に、素直に混乱していられたのも一瞬のこと。  
 沙織が急に腰を押し付けてきたことにより、秋晴もなぜ沙織が妙な態度を見せ始めたのかを理解した。  
 
 ぐりぐりと押し付けられている沙織の尻房の極上の柔らかさに、秋晴自身が埋もれることによって。  
 
 自分でも、まったく気付かないうちに勃っていた。  
 
 当たり前といえば、当たり前のことである。  
 秋晴が関係を持つ少女達の中でも抜きん出た容姿と女らしさを持つ四季鏡沙織。  
 彼女と衆人環視の中で合法的に、服越しとはいえ肌を擦り合わせていれば、興奮しないわけがない。  
 
 ただ、そのことに自分より先に沙織に気付かれたというのはかなり恥ずかしい。  
 沸騰するように体温が上がり、沙織以上に顔が赤くなっていくのが手に取るようにわかった。  
 
 沙織は、そんな秋晴の反応を面白そうに見ながら尻を押し付けるのをやめようとしない。  
 腰を左右に振って当たる場所を変え、上下に擦るように動かす。  
 秋晴は溜まらず腰を引こうとするが、そこには先ほどまで全力で押しのけようとしていたがびくともしなかった人の壁。  
 抵抗空しく、秋晴は沙織の望むがままに尻で完全に立ち上がったペニスを擦られるだけだった。  
 
「ちょ、先輩、くぅっ、まずいって!」  
 
 今はまだ周囲の乗客も気付いていないようだが、これだけの人の目があるところでこんなことをしていては、それも時間の問題だろう。  
 なんとか沙織を止めようと耳元に口を寄せ小声で言い募るが、沙織は未だ腰を押し付けるのを止めようとしない。  
 
 機嫌良さそうに目を細め、なんとか体を離そうと沙織の肩に触れた手へと指を這わせ、スリスリと頬摺りをしてくる。  
 
「大丈夫ですよ、日野さん。こっちの扉は、目的地まで開きませんから」  
「いやそういう問題じゃ……って、なんでそんなことを!?」  
 
 まるで、こうなると最初からわかっていた、とでも言うように無言で笑みを深める沙織。  
 ひょっとすると、今日の行動全て沙織の掌の上だったんじゃないか。  
 吐息の掛かる距離にある美女の極上の微笑みに、どこか空恐ろしいものを感じて背筋の冷える秋晴であった。  
 
「ねえ、日野さん?」  
「うひっ! な、なんスか?」  
 
 一体どうしたものか、と秋晴が考える間もあればこそ、今度は沙織が顔を反らせて秋晴に耳打ちをしてきた。  
 背中を秋晴に預け、耳孔に吐息を吹き込むようにしてそっと鼓膜を振るわせた声は、決して大きくもない声量なのに秋晴の頭の中に響いて、他の全ての音が聞こえなくなるような錯覚を抱かせた。  
 
「私からするのもいいんですけど、ちょっとは秋晴さんからもして欲しいです」  
「お、俺から……?」  
 
 そう言うと、沙織はわずかに秋晴から体を離す。  
 ようやく沙織の尻の谷間から開放されたペニスは隠しようもなく反り返り、ズボンの中で激しく自己主張をしている。  
 
 沙織はそんな秋晴の様子も気にせず、もはやただ肩に添えているだけとなっていた秋晴の右手を取ると、ゆっくりと下ろしていく。  
 秋晴は抵抗することも忘れ、手の甲に吸い付く沙織の指の滑らかな感触に惚けてしまう。  
 
 沙織に導かれた秋晴の手は、ゆっくりと二人の体の隙間を下っていく。  
 
 肩を撫で、脇をくすぐり、腹を滑り、腰を這う。  
 そして、むっちりと張り詰めた沙織の尻房に届くと、そっと秋晴の手を押し付ける。  
 
「んっ」  
「ぅわっ……」  
 
 押されるままに、指がどこまでも沈み込むのではないかと思った。  
 それほどに沙織の尻肉は柔らかく、秋晴の手を受け入れた。  
 
 車内の熱気と沙織自身の興奮で服越しでもわかるほど火照ったその魅惑の白桃は、沙織自身の手によって押し付けられた秋晴の掌でふにふにと形を歪め、そのたびに秋晴の理性をこそげ落とすような極上の感触を伝えてくる。  
 
「んん、ふぅぅぅぅ……」  
 
 沙織もまた待ち望んでいた感触が得られたからだろう。  
 目を閉じて喉を反らし、甘い匂いさえ漂ってきそうな溜息をついて体を震わせる。  
 
 同時、頭を動かすのに合わせてさらりと流れた髪の中から漏れ出てくる匂いは一体どんな作用を持っているのか。  
 その香りを吸い込んだ秋晴は、頭にぼうっと霞みが掛かったのを自覚した。  
 
 いつの間にか沙織の手はただ秋晴の手に添えられているだけとなり、秋晴の手は彼自身の意思から離れたかのように沙織の尻の上で踊っていた。  
 掌を強く押し付けて尻肉全体をこねるように回し、指先だけを強く押し込み、谷間に指を押し付けて沙織に鼻から抜けるような声を上げさせる。  
 
 秋晴自身もまた沙織に負けず劣らず興奮し、思う様その尻房を弄り尽くしていった。  
 
 
 しかし。  
 
ギキィィィィィ  
 
 その時、再び列車がカーブに差し掛かった。  
 
 またしても先ほどと同じように秋晴たちのいる扉の方向へと遠心力がかかり、背中にかかる圧力が増した。  
 ただ、さきほどと異なるのは、今度は秋晴が体を支える腕が一本しかなく、しかも沙織の体との間に秋晴と沙織の手が差し込まれているということである。  
 
「んふぅっ!?」  
「うぁっ、す、スマン!」  
 
 急にそれまで以上の力で尻の掌を押し付けられた沙織が声を上げる。  
 それまでの囁きや、溜息のような声とは違うはっきりと喘ぎ声とわかる声だった。  
 
 しかし、突然の列車の動きに戸惑ったのは周りも同じ。  
 車内のあちこちから驚きの声が上がり、沙織の声が聞きとがめられることはなかった。  
 
 そのことにほっと安堵する秋晴だったが、すぐにある事実に気が付いて血の気が引いた。  
 否、「とある事実」などというまでもない。  
 ただ、今自分達がいる場所が満員電車の中だと思い出しただけである。  
 
 沙織に誘われ、それに夢中になっていたせいですっかり忘れていたが、ここは右を見ても左を見ても人だらけの電車の車内であった。  
 
「な、なあ、そろそろやめないか? ヤバイってさすがに」  
「ふぅ……はぁ……んふふ、大丈夫ですよ、日野さん」  
「いや、大丈夫ってそんな……うぁっ!?」  
 
 顔を青くして沙織を止めようとする秋晴。  
 
 しかし沙織は取り合わない。  
 
 それどころか、いつの間にやら秋晴の側に掌を向けていた沙織の指が秋晴のペニスに絡みついてきた。  
 指の腹に竿の側面を撫で上げられ、人差し指の爪を痛みを感じないギリギリの強さで押し付ける。  
 気を抜けばそれだけで射精しかねないほどの刺激に、秋晴の体はビクリと震えた。  
 
 バレた!?  
 
 あらゆる方向から人に押される車内でこんな動きをしていれば気付かれないはずはない。  
 秋晴は内心で盛大に動揺しながらそっとあたりを見渡すが、周囲の乗客は特に気にした風もない。  
 どうやら、電車の動きに紛れることが出来たようだ。  
 
 なんとか今回はバレることがなかったが、こんなことを続けていればそれこそ見つかるのは時間の問題だろう。  
 秋晴はなんとか沙織を止めようと、未だ秋晴の股間に差し入れられたままの沙織の手を引き離そうとする。  
 しかし、沙織の手は二人の体の間にぴっちりと挟まれていて動かすことができない。  
 その上、沙織はあたりのことなどお構いなしで刺激を続けているので、体が震えようとするのを抑えながらでは集中することも出来ず、結果としてされるがままになってしまっている。  
 
「ちょっ、く、いい加減に……ッ、くぁ!?」  
「んん、ふふふ……日野さん、そろそろ、私にも……」  
 
 秋晴の語気を少しだけ強めた制止の声もまるで聞こえていないかのように、沙織は手を止めようとしない。  
 
 根元から先端まで、そろえた指先でなぞり上げ、頂点で正確に尿道へと指を突き刺される。  
 ズボンと下着という二枚の布を隔てていることを忘れさせるほどの強い刺激を受け、秋晴はまず快感に耐えることからはじめなければならなかった。  
 
 しかも、沙織はさらに動いた。  
 秋晴を攻め立てる右手はそのままに、左手も後に回して秋晴の左手を取った。  
 沙織も扉に押し付けられているのに、どうしてこうも自由に動けるのか。  
 
 原理はさっぱりわからないが、手を取られてしまえばもはや抗いようもない。  
 四季鏡姉妹ご自慢の怪力で、わずかな抵抗も空しく左手が沙織の体の前へと引き込まれる。  
 
「ね、日野さん……こっちも、してくださいぃ……」  
「……ッ!」  
 
 秋晴の左手は、そのまま沙織の胸へと導かれた。  
 
 手を離そう、などと考えることすら出来なかった。  
 
 肩越しにこちらを振り向く沙織の期待に満ちた流し目に見つめられながら掌が乳房へと触れた瞬間、何よりも先にその手の中に握り締めていた。  
 
「あんっ」  
 
 沙織の唇から小さく漏れたのは、紛れもない歓喜の吐息。  
 耳をくすぐる軽やかで澄んだその声に、秋晴の思考は冷静さを失った。  
 
「先輩……ッ」  
「きゃっ、あ、秋晴さ……んんっ!」  
 
 それまでなんとか潰さないようにと腐心していた沙織を、今度は秋晴自身の意思で扉に押し付ける。  
 身を捩ることも出来ないように扉と自分の体の間で押さえつけて、思う様に左手の中の胸を弄り回した。  
 
 やわやわと指を動かしてその極上の弾力を楽しみ、時折沙織が痛みを感じるほどに強く握り締める。  
 服越しに乳首があるだろう場所を探り当て、指を押し込むと沙織の顔が跳ね上がる。  
 どうやらここで正解らしい。  
 突き刺したままの指をぐりぐりと動かすと、それにあわせるように沙織の背筋がゾクゾクと震え、秋晴の中の支配欲が急速に満たされる。  
 
 じきに右手を遊ばせておくことと、布越しの感触に耐えられなくなり、両手ともども上着の下から差し込んで、直接沙織の素肌に触れることにした。  
 
 沙織自身それを待ち望んでいたようで、嫌がるそぶりも見せず、こちらを振り向いてウィンクをして見せた。  
 無駄なく引き締まっているようでありながら、同時に女性らしい丸みとやわらかさを備えた腹部。  
 
 きめ細かい肌触りを楽しみながらゆっくりと指を這い上がらせる。  
 絶えず沙織の口からこぼれる喘ぎ声はいよいよ熱を帯び、髪の間から立ち上る香りはまるでそれ自体が媚薬のように秋晴の頭をしびれさせる。  
 
 だんだんと沙織の体を上っていく指が胸に届くと同時、さすがに外すことはできないので、下着を無理矢理めくり上げる。  
 
 そしてついに、沙織の生の乳房に、触れる。  
 
 それまでの服越しの感触とは比較にならないほどのやわらかさと滑らかさ。  
 指先から掌まで余すところなく沙織の肉に埋まり、激しい心臓の鼓動と熱い体温が感じられる。  
 
 指を押し込めば指の側面まで胸肉が包み込み、ブラジャーの束縛から解き放たれた沙織の巨乳は秋晴の手の動きに合わせて上下左右に跳ね回る。  
 扉とのわずかな隙間。  
 その空間に見える服の中で激しく好き放題に動き回る胸の様子は、それだけで秋晴を更なる興奮へと誘っていく。  
 
 沙織の誘惑に乗せられ、彼女の体に耽溺していく秋晴。  
 いつ誰に気付かれるかもわからない満員電車の中でありながら、いやむしろそうであるからこそ、より一層の熱狂を持って、秋晴は腕の中の女性に心奪われていった。  
 
「ん、ふっ、……はっ、はぁ、んんっ」  
「はぁ……はぁ……、くっ……くぁ!?」  
 
 そうして、しばらくの間沙織の体に没頭していた秋晴。  
 ひたすらに彼女の胸を蹂躙していた秋晴だったが、突然下半身から湧き上がった感覚に手を止めた。  
 
 それまで沙織の胸に夢中で自分のことには一切注意を払っていなかったが、手を止め、沙織から体を離して自分の体を見下ろした。  
 
 先ほどまで沙織を本当に押しつぶしてしまわない程度に密着していた秋晴。  
 行為の最中体を離すことはなかったはずなのだが、そこには少々信じがたい光景が広がっていた。  
 
 まず真っ先に目に付いたのは、沙織の腰元にたくし上げられた布。  
 沙織のスカートである。  
 
 今日の沙織はそこそこ丈の長いスカートを履いてきていたが、その背中側が盛大にたくし上げられ、下着に包まれた形よい尻が晒されている。  
 しかも、いつの間にやら格好が変わっていたのは沙織だけではない。  
 先ほど気付いてから絶えず感じる刺激の出所。  
 沙織の尻を見ると同時に視界に入ってきたそれは、激しく反り返った自分のペニスだった。  
 
 つまり、何か。  
 沙織はこの満員電車で、秋晴に体を押さえつけられていながら自分のスカートをたくし上げ、さらに秋晴のズボンの中からペニスを引きずり出したのか。  
 未だ興奮冷めやらぬ秋晴であったが、それでも理解できる沙織の妙な器用さに、わずかだが冷静さを取り戻した。  
 
 ひとまず、このままではまずい。  
 今まで散々痴漢じみたことをしていたが、こんな姿を他人に見られればそれこそ言い訳の仕様もない。  
 そんなことを考える間もあればこそ、秋晴はひとまず周囲の人の目から自分達の姿を隠すため、再び沙織に体を密着させた。  
 
「んぁっ……! ふふふふ、秋晴さんも、その気になってきましたか……?」  
「くぅ……! い、いやいやいや、何言ってんだ! さすがにコレはまずいだろ!?」  
 
 しかし相変わらず、沙織は秋晴の努力を裏切るかのように妖艶な笑みを浮かべて秋晴のさらなる劣情を煽ってくる。  
 しかも、今度はお互いのむき出しの肌同士がこすれあうことになったため、それまでの興奮のせいもあって気を抜いたら射精してしまいそうなほどの快感が秋晴の背筋を走り抜けた。  
 
「いいじゃないですか、秋晴さん。ここまできたら……ね?」  
「ね? じゃなくて! 今ならまだ何とか誤魔化せるから、ほら服直して!」  
 
 必死に事態の収拾を図る秋晴。  
 これ以上沙織の体に触れていれば、それこそ理性を完全に失って沙織に誘われるがままに貪ってしまう。  
 
 確かに秋晴自身、ここでやめてしまって耐えられるとは思っていないが、それにしても電車内はさすがに色々とまずすぎる。  
 
「んー!」  
「ちょ、先輩!」  
 
 ひとまず捲り上げられたスカートを何とかしようとするが、沙織の動きのほうが一瞬速かった。  
 するりと二人の体の間に滑り込んだ手が、秋晴の怒張を直接握りこむ。  
 
「あぁ!?」  
「はあぁあ……秋晴さんの……熱ぅい……」  
 
 沙織の手が、指が、先走りに塗れた秋晴のペニスに触れている。  
 上流階級の生まれであるということを差し引いても余りあるほどに滑らかすぎる細い指が、秋晴に絡みついて、しごき上げてくる。  
 
 こうされてしまっては、秋晴にできることはもはやない。  
 だが、こんな場所では万が一にも射精などすることは出来ようはずもまたない。  
 沙織の手から与えられる快感に対して、秋晴は必死に耐えてやり過ごす以外のことは、もはやできなくなっていた。  
 
「秋晴さん、もう射精ちゃいそうなんでしょう?」  
「そんな……こと、聞くまでも……ないだろっ!」  
 
 この期に及んでそんなことを聞いてくる沙織の表情はまさに淫魔のよう。  
 囁く言葉は甘い誘惑の響きを含み、秋晴を快感への道に進ませる。  
 
 沙織の指先は手加減を知らず、カリを弾き、亀頭を抉り、裏筋を揉み潰す。  
 そのたびに秋晴の射精感は高まり、もはやいつ暴発してしまってもおかしくない。  
 
 満員電車の中、もしも射精してしまえばもはや言い逃れることはできないだろう。  
 いくら沙織の手によることであるとは言っても、痴漢まがいのことをしていたのも確かに事実なのだから。  
 
 秋晴がそんな想像に絶望を感じている一方で、沙織は表情をますます蕩けさせていく。  
 
「いいんですよ、秋晴さん。射精してください」  
「い、いいわけないだろ……っ、こんな、ところで!」  
「……あ、そういえばそうでしたね。それじゃあ……」  
 
 秋晴の反論に、沙織は始めて気付いたとでもいうように呟いて、秋晴に這わせていた手を緩めた。  
 場をわきまえているとも思えない沙織の行動の数々は、どうやらここが電車の車内だということを割りと本気で忘れていたことによるものらしい。  
 
 ともあれ、秋晴は内心希望の光が差したような気持ちだった。  
 ひょっとしたら、沙織もこのまま行為をやめてくれるかもしれない。  
 この状態で放置されることは辛いが、それでも公共の場で射精するよりははるかにマシである。  
 
 秋晴は、ほっと胸をなでおろした。  
 
 まるで、その瞬間を狙っていたようだった。  
 
 
 にゅるり  
 
 
「……ッ!?」  
「あんっ」  
 
 秋晴のペニスに、これまでされたどんなことよりも強い快感が走った。  
 
「ぐ……ぁ?」  
「んん、んっ……すごい……秋晴さんの、本当に熱いです……」  
 
 気が緩んだ瞬間に襲い掛かる強烈な快感。  
 射精感が一気に高まり、今にも白濁を吐き出したいという欲求が急速に高まるのを、強く歯を食いしばることで何とか耐える。  
 
 ギリギリ射精の衝動をやり過ごした秋晴は、すぐに自分が何をされたのかに気付く。  
 ペニス全体にとろとろとした熱い粘液がまとわりつき、左右はむっちりと張り詰めた肉に押さえ込まれている。  
 
 秋晴は今、沙織に素股をされていた。  
 
 ただそれだけのことではあるが、沙織の秘唇から滴る愛液に浸され、さらに両側から沙織の太ももを押し付けられれば、実際に挿入しているのと変わらないほどの快感になる。  
 
「せ、先輩……」  
「ふふ、失敗しちゃいました……」  
 
 振り向いた沙織は頬を赤く火照らせ、イタズラが失敗した、とでも言うように小さく舌を出していた。  
 理性の箍が外れかけている秋晴は、その唇を奪って舌をすすり上げたりたいという欲求が湧き上がるのを必死に自制した。  
 
「し、失敗……?」  
「はい。外に射精したらバレちゃうかもですけど……」  
 
――膣内に射精せば、わかりませんよ  
 
 沙織は、秋晴の目をじっと見据えて、そう言った。  
 
 秋晴は魅入られてしまったように目を反らすことができない。  
 ゆっくりと目尻を引き下げ、顔を笑みの形に崩す沙織に、ゆっくりと体が引き寄せられるようだ。  
 
 秋晴の両手は沙織の二の腕を掴み、扉に押し付ける。  
 
 腰を動かせば、沙織も言葉を交わすことなく応え、ペニスの切っ先の位置を合わせる。  
 
 沙織がわずかに身を捩り、顔を寄せてくる。  
 
 愛液をあふれさす沙織の秘所と、秋晴の亀頭が接する。  
 
 秋晴の視界が、多少無理をしてこちらを向いた沙織で一杯になる。  
 
 そして  
 
 
 ちゅ  
 
 
 秋晴と沙織の唇が、一瞬だけ重なった。  
 
「……ッ!!」  
「んんっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」  
 
 そんな、触れるだけの軽いキスでも、秋晴の背を押すのには十分すぎるほどだった。  
 場所も時間も状況も、全てを忘れた秋晴は、沙織の中に分け入っていく。  
 
 即座に上り詰めた秋晴は、全ての方向から締め付ける沙織の柔肉の中、沙織の子宮へと直接、白濁の全てを吐き出した。  
 
 
 
「んっ、あ……はぁっ……あんっ」  
 
 目を回すほどの数の人が行き交う大都会の中でも、人通りが途切れる瞬間というものは存在する。  
 たとえば、昼間は多くの自動車がひしめき合っていた大通りでも、夜になると一台の車も通らない時間があったりするように。  
 
 それと同じことが、改装間もないこの駅でも起きていた。  
 
「ちゅ……んぷっ……んちゅうぅぅぅ……」  
 
 駅のホームから改札までの人の流れから外れ、ラッシュ時の混雑の中では顧みられることすらないような、駅の片隅にあるトイレ。  
 清掃は欠かさず行われているらしく、清潔で落ち着いて用を足せるその空間に今、かすかなあえぎ声と淫臭が漂っていた。  
 
「あは……秋晴さんっ、いいです……っ、もっと……もっと突いてぇ……っ!」  
「わ、わかったから……四季鏡っ、先輩……声、抑えてっ」  
 
 その正体は、秋晴と沙織。  
 二人は今、人の寄り付かない駅のトイレの個室の一つで、体を重ねていた。  
 
 秋晴が沙織の膣内に射精したすぐ後に着いた駅が、二人の目的地だった。  
 
 幸い、後始末をする時間はなんとか確保できたので、主に秋晴があわてて沙織の下着を直し、自分に着いた精液や愛液を拭って一応の体裁は整えた。  
 しかしその間も沙織は忘我の境地に旅立って陶然としており、余韻に浸ったままでいた。  
 秋晴も後始末こそ冷静にしたものの、いまだ満足しているとは言い難く、腹の奥に抑えがたい熱を抱えたまま、当初の予定通り買い物に付き合うことができるとは到底思えなかった。  
 
 だから、そこから先のことはごくごく自然な流れだったのだろう。  
 
 駅に降りる乗客の流れに押されるままにホームへと放り出され、一目散に改札へと向かう人の流れからも外れてホームに二人揃って呆然と佇み、電車が駅を離れたころになって二人目を合わせ、お互いにその瞳の奥にいまだ消えない情欲の炎を見つけた。  
 そのあとは沙織に手を引かれるまま、人気のない駅の奥まったところにあるトイレの個室へと入りこみ、愛し合った。  
 
「んふふふふ、秋晴さんは心配性ですね……んっ、ここはほとんど人が来ないから……あんっ、大丈夫ですよ」  
「そ、そりゃ確かに今までは誰も来なかったけど……くぅぅぅっ」  
 
 そして、沙織の言葉通りこのトイレに人が寄り付くことはなかった。  
 沙織は、まるでそれが最初からわかっていたかのように、個室に入ってすぐに服を脱いで全裸になり、秋晴にしなだれかかってきた。  
 
 事実、最初にパイズリをされた時も、その後にフェラチオで掃除をされた時も、こうして対面座位でつながりあっている今も、何度か電車が発着した気配こそあるものの人が寄ってくる様子は一度もなかった。  
 このトイレは最近この駅が改装されたときに新しく作られたもので、昔から使っている人間は見向きもせず、初めて使う客ではすぐに気付けないような位置にあるらしい。  
 秋晴の耳を舐め回しながら、吹き込むように沙織がそう言った。  
 
 仮にそうであったとしても、小心者な秋晴はすぐには納得できない。  
 しかしそれでも、電車の中で散々に焦らされ、誘われ、そして今目の前で長い髪と豊かな胸を存分に揺らせながら踊る沙織の肉体を前にしては、そんなものは些細なことに過ぎない。  
 片手を沙織の胸に伸ばして鷲掴みにし、飛び出た乳首に強く吸いついた。  
 
「っ! あぁぁぁぁっ!? ……あぁんっ、秋晴さんっ……ようやく、その気になったんですね……っ?」  
「ああ、こうなったらとことんまでやってやる」  
「うふ、その意気です」  
 
 そう言って、さっきまでよりさらに強く腰を打ちつける秋晴に、沙織は蕩けるような笑みで返した。  
 秋晴は沙織の腰を掴んで揺さぶり、自分も突き上げて沙織の最奥をえぐる。  
 ただでさえ滑らかな沙織の肌は、うっすらと汗を帯びてますます艶めかしく秋晴の手に吸いつき、胸板でこねまわされる柔乳からはどこかミルクを思わせる香りが立ち上ってくる。  
 
「んぁっ、……はんっ……あ、あぁぁ……いいです、秋晴さんっ、私……もうっ……!」  
「ああ、……俺も、もう限界……くっ」  
 
 見つめあう視線に映るのはお互いの姿のみ。  
 吸いこむ息吹には相手の吐息が混じって脳髄を溶かし、触れ合う肌から熱が行き交う激しい情交。  
 寝台どころかそのような行為を行う場ですらない駅のトイレの中でありながら、二人の中の情欲の炎は陰りも見せず、終わりの時へと止まることなく向かっていく。  
 
「あああああっ! 出して、中、一杯にしてくださいっ……秋晴さんっ!!」  
「うぅ……くうあぁあぁあああ!!」  
 
 びゅっ、びゅく、びゅるるるるっ…………  
 
 行為後、お互いの体を清めて沙織は服を着直して、何とか体裁を整えて外に出た二人は、そのまま当初の予定通りの買い物へと向かった。  
 
「なあ、どうしてあんなことしたんだ? その……電車の中で」  
「あんなこと? ……ああ、あれですか。いえ、満員電車には痴漢さんが出ると聞いたので」  
「……は?」  
「見ず知らずの人に体を触られるのは、さすがに少し嫌です。でも秋晴さんにされるのなら嬉しいですから、いっそそうしてもらおうと思って」  
「……」  
 
 名案でしょう? と本気で思っている顔で微笑まれ、秋晴は何も言えなくなったという。  
 また、沙織以下秋晴と関係を持つ女性のうち数名の猛者が同様の痴漢プレイに及ぼうとしたが、秋晴必死の説得により全て未遂に終わったことを、彼の名誉のためここに記しておこう。  
 

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