そのとき、深閑は自分が目覚めていることに気付くのに少しばかりの時間を要した。
生まれてこの方起床に手間取ることなどなく、毎日定刻どおりに目覚めることが半ば条件反射のように体に刷り込まれていた深閑は、自分のそんな反応を自覚して、まず真っ先に驚きを感じた。
しかし、自分も人間。体調によってはそういったこともあるだろうと、どこかぼんやりと定まらない思考でそんなことを考えていた。
自分の身に降りかかった異常に気がつくまでは。
深閑が最初に気付いた違和感は、視覚。
意識がはっきりと覚醒し、目を開いたはずなのに、何も見えないことにようやく気がついた。
室内の電灯が消えていても、たとえ外の天気が曇りであってもありえないほどの視界の無さ。
あるいは皆既日食か、などと突拍子のないことも一瞬考えたが、そんな予報は無かったとすぐに否定する。
せめてどこかに光は無いかと顔を動かしてみて、その瞬間、深閑は凍りつくこととなる。
何も見えないのは、部屋が暗いからではなかった。
目蓋と側頭部に感じる、締め付けるような感触に気付く。
慌ててベッドのシーツに顔を押し付けると、直接肌に触れる布の感触はなく、鈍い圧力だけが帰ってくる。
間違いない、目隠しをされている。
寝ている間に視界を奪われる。
紛れも無い緊急事態に、それまでどこか鈍っていた深閑の意識は完全に覚め、瞬時に状況の把握に努めた。
手。
動かない。
両腕とも背中に回され、ベルトのようなもので両の手首とひじを合わせるようにして厳重に拘束されている。
これではたとえ間接を外したとしても手を抜き出すことはかなわないだろう。
足。
こちらも同様。
膝は自由に動くので腕よりはましだが、足首に手と同じくベルトのような感触がある。
しかもそこから両足首ともに棒のようなもので固定されているらしく、大きく両足を開いたまま閉じることが出来ない。
声。
出せない。
口を動かそうにも、猿轡のようなものをかまされているらしくうなり声を出すのが精一杯。
その上部屋の反響の具合から考えるに、防音も万全だろう。
あるいは、白麗稜学院の校内の一室かもしれない。
そこまで一通りの現状を把握して、深閑はさらに気付いた。
いや、あえて気付かないふりをしていたのかもしれない。
さきほどから、身じろぎをするたびに体全体で感じる空気の流れ。
少し動くだけで肌理細やかな深閑の肌の上を、肌寒いと感じない程度の温度の風が流れていく。
そう。
深閑は、全裸で目隠しと拘束を施され、ベッドの上に仰向けに寝かされていた。
危険だ。
世界でも屈指の良家の子女達が通う白麗稜には、常にこのような誘拐などの危険が付きまとっていた。
そのために備えは万全となるよう努めていたが、この状況ではそれも無駄になっているに違いない。
現在の学院はどうなっているのか。
生徒達は無事なのか。
どれほど案じても、何も出来ない自分の今の状態に、深閑は猿轡を強くかみ締めた。
そのとき。
キィ……
「……ッ!」
部屋に深閑が起こす衣擦れ以外の音が響いた。
扉のたてつけは決して悪くないのだろうが、目を塞がれ、研ぎ澄まされた深閑の聴覚にはわずかに扉の軋む音が届いてきた。
深閑は、身を硬くして気配を探る。
扉を開けて入ってきた足音は、一つ。
床にはおそらく絨毯が敷き詰められているのだろう。
柔らかな毛織物を踏みしめる音が、ゆっくりと深閑のほうに近づいてきて、ベッドの傍らで止まる。
性別は……おそらく男。
専門の訓練を受けたわけではないのではっきりとは判別がつかないが、部屋に入ってきたのは男が一人だけのようである。
深閑は微動だにせず、ただひたすら相手の情報を得ることに集中する。
男の気配は動かない。
深閑の傍らに立ったまま、ただじっと深閑の体を見つめている気配がある。
どうやら深閑を助けに来た誰か、というわけではないようだ。
まず間違いなく、深閑を拘束した張本人だろう。
身じろぎをすれば目覚めていることに気付かれてしまうため、仰向けのまま隠しようもない巨乳と股間の茂みに男の視線が突き刺さるのがわかる。
自分の愛したただ一人、秋晴以外の男には触れることも見ることも許したことの無い聖域を汚される屈辱に、深閑は必死に堪えていた。
そんな時間がどれほど続いただろう。
男は深閑に手を出すでも呼吸を荒げるでもなく、動く気配すらない。
このままでは埒が明かない。
あるいは自分から動いて、相手の反応をうかがうべきか。
痺れを切らした深閑がそう考えだすようになったそのときを見計らったように、男が動いた。
ベッドに上り、深閑の上に体を乗り出し……、
「ッ!!! ……んふうぅぅぅぅぅぅ!?」
胸を、掴まれた。
根元から五本の指で、握力の限り物でも扱うかのように力いっぱい握り締められる。
深閑は激痛に耐え切れず声を上げ、男の手から逃れようと必死に体を屈めた。
しかし男はそんな反応にかまいもせず、深閑の腹の上に本格的に馬乗りになり、ますます強く深閑の胸を握りこんだ。
柔肉に指を食い込ませたまましごくように乳房を引き伸ばし、指を芯まで付きこむように抉り、散々に弄ぶ。
「……ッ!! っふぅ! ……ふーっ……ふーっ」
そして、始まりと同じ唐突さで、男の指が離れていった。
あまりの痛みに意識が無いふりをしていた演技など無意味になり、今は必死に乱れた息を整える。
同時に、深閑の胸のうちにはこの卑劣漢に対する怒りが渦を巻き、必ずや一矢報いるべしと決意する。
だが、深閑は気付いていた。
男の乱暴な、物扱い同然の行為を受けて、それでもわずかに快感を感じている自分に。
秋晴との情事の折、何度かこのようにひたすら強く胸を鷲掴みにすることをねだり、してもらったことがあった。
そのときに感じた快感は、愛しい男の手によるものだからだと思っていたのに、誰とも知れぬ卑劣な輩に同じことをされても感じている。
そんな自分がとても浅ましく思えて、深閑の心を苛む。
(ごめんなさい、日野さん……っ!)
胸中で、この身を許したただ一人の男に謝罪し、誓う。
たとえこれからこの男にどんなことをされようと、心は決して屈しないと。
だがそんな深閑の強い決意をあざ笑うように、男は次の行動に出る。
「ふぅ……ふぅ……んっ……ふぅ?」
最初は、男が再び触れてきたことに気付けなかった。
胸の感覚はいまだ痛みの残滓によって遮られ、ジンジンとした熱さしか感じられなかったのだ。
だから、深閑が男が次なる行動に移っていることを知ったのは、自分がはっきり喘ぎ声とわかる声を上げてしまった、そのときだった。
「んふっ、んっ、んんふぅぅぅぅんっ!?」
自分の意思では止まらない、男の劣情に応えるような甘い吐息。
どれほど息を詰めようとしても湧き出るそれは、男が胸に這わせた指のせいであった。
男の指は、さっきまでの力任せが嘘のような繊細な動きと力加減で、深閑の胸を蹂躙し始めた。
ゆっくりと指を柔肉に沈めて弾力を楽しみ、掌を使って胸全体をこねるように揉み回し、寄せ、離し、思うが侭に弄りつくす。
しかしそれは決して手前勝手な楽しみのためではない。
時に優しく、時に激しく与えられる刺激は、紛れもなく深閑に快感を与えようとしてのものであった。
「んむふぅぅ、んんっ、んーーーっ!」
深閑の反応に気を良くしたか、男の動きはますます大胆になる。
指を強く食い込ませたかと思えば、触れるか触れないかといった微妙な力加減で輪郭をなぞりあげ、わし掴みにした手の中でたぷたぷと深閑の巨乳を揺さぶってくる。
手による愛撫だけでなく、男は時に顔を寄せて深閑の胸に浮いた汗を舐めとり、強く吸い付いて痕を残す。
わずかに痛みを感じる程度に軽く噛み付き、逆にいたわるように息を吹きかけてくる。
抵抗しようにも、手足を拘束されている上に腹の上に馬乗りになられているので、満足に身を捩ることもできない。
男は体重を掛けてくることこそないものの、自由に動くことを許すつもりもないようだった。
そうして胸ばかりをなぶられるうちに、深閑の体にも変化が起こり始めた。
緊張と恐怖に強張っていた体から力が抜け、吐息は鼻から抜ける甘い響きを持ち出す。
じんわりと火照った胸は男の指が沈むのに合わせて卑猥に形を変え、汗ばみ始めた乳肌はむっちりと媚びるように男が動かす指に吸い付いた。
深閑の中を支配していた嫌悪感が、一秒ごとに快感で上塗りされていく。
「んーっ! んんーー!! んふぅぅぅーーーっ!」
そんな自分の反応を否定するように、深閑は必死で首を左右に振りたくる。
しかしそれでも男を振り払えることはなく、逆に男の手の中にある乳房を揺らし男を楽しませることになる。
もはや、どうしようもないのか。
脳裏をわずかに無力感が掠めたとき、男が胸を掴んで谷間を広げた。
男の手で弄ばれたことで汗まみれになった谷間に空気が流れ込み、ひやりとした感触が走る。
半ば朦朧とした意識の中、そのまま男が次の行動に出ないことに違和感を覚える深閑。
しかし、次の瞬間には男がしようとしていることに思い当たった。
「んんっ! んふっ、んーーー!」
今まで以上の必死さで身を捩ろうとしたが、既に遅い。
広げられた谷間へと、熱い何かが挿し入れられる。
男は、ついに自らのペニスで深閑を辱め始めたのだ。
火照り上がった胸の中に収められてなお燃えるほどに熱いと感じる剛直が、深閑の豊かな乳房の中へと押しこまれた。
そのまま男はすぐに腰を動かしだす。
両側から力任せに胸を押し付けて高まる乳圧も、深閑からにじみ出た汗と男の先走りにまみれたペニスを止められない。
男が突き上げるたびに下乳へと男の腰が当たり、甲高い音を立てて深閑の乳房を震わせる。
「んんっ、ふぅっ、んっ、んむふっ!?」
秋晴と交わり、奉仕するたび、深閑は必ず胸を使った。
秋晴を愛する女性は数多いるが、彼に尽くす気持ちとこの胸での愛撫は誰にも負けないという自負のもとにしてきた行為がいま、誰とも知れぬ男に無理矢理行われている。
時が経つごとに秋晴との情事の思い出を奪われていくようで、深閑の心はしだいに当初の抵抗心を削られていった。
しかし、男は深閑のそんな内心の考えなど知らぬとばかりに勝手に胸を扱ってくる。
自分の物を先端から根元まで余すところなく深閑の巨乳でしごきあげ、その間も深閑の胸に強弱をつけて弄るのをやめようとしない。
「んむ、ふっ、ふっ、んくぅ!」
次第に、胸の間で感じる男のペニスがびくびくと震え始めるのがわかる。
深閑の汗と男の先走りでなめらかになった乳肌に擦りあげられ、男も限界が近いのだろう。
同時に果ててなどやるものか、とわずかに残った精神力で再び決意を固める深閑。
だが、胸に食い込む男の指がだんだんと移動していくのを感じ取り、目隠しの下の表情が一変する。
男はゆっくりと、だが確実にその指を深閑の胸の頂へと進めていく。
これまで一度も触ってくることのなかった乳首。
だがそこが硬くなってしまっているのは、見るまでもなくわかっている。
もしも男の精液を浴びせられるのと同時に、そこを摘まれれば。
そんな最悪の想像に思い至り、何とかそれを避けようと考えるが、もはや体は言うことを聞かない。
深閑の全身は弛緩したように力が入らず、喘ぎ声を上げるのと猿轡の端から唾液をたらすこと以外は全て、男の自由にされるより他に、深閑に出来ることは何も無かった。
そして、ついにそのときが訪れる。
これまで以上に寄せ上げられた胸の谷間に根元まで男のペニスが強く押し込まれ、震えながらさらに膨らみ……
どぷっ、びゅるる、びゅくっ!
「んーーーーー! んんーーーーー! んふうぅぅぅぅぅぅーーーーー!?」
顔に男の飛沫の熱を感じた瞬間、乳首を力いっぱい抓り上げられ、深閑は同時に絶頂した。