絶頂の余韻が長く続いている。
痙攣した体は伸び上がり、男の体を浮かせるほどに背を反らし、息を吸うことも吐くこともできずにぷるぷると震えている。
男はそんな深閑の様子にも頓着した様子を見せず、いまだ精液のあふれるペニスを、深閑の胸をやわやわと揉みながらしごき、残った白濁を深閑の胸の奥へと擦り付けてくる。
そんな男の後始末が終わるのと同じころ、ようやく深閑も呼吸を取り戻し、背をベッドへと預けた。
どさり、と汗に湿ったシーツへと背中が落ちると、男は胸から手を離し、さらに深閑の体の上からどいた。
いまの射精で疲れたのだろうか。
深閑は頭の片隅で考えるが、いまだ大部分が朦朧としている思考は現状の認識以外のことに働かず、わずかに絶頂後の痙攣が残る体は思ったように動かすことすらできなかった。
顔と胸の谷間の奥に、熱くどろりと滴る精液の感触がある。
抵抗らしい抵抗もできず男の慰みものとなり、同時に自分もイカされてしまった。
自由を奪って乱暴を働くような狼藉者にいいように弄ばれ、秋晴への操を立てることすらかなわなかった。
その事実が胸に突き刺さり、ついに深閑の心が折れる。
「……うっ、ひっ……ぐすっ……ふ、ふぅえええええ」
人前では弱音すらほとんど吐いたこともない深閑が、泣いた。
深閑の眼帯の中にじわりと熱が染み出し、ふさがれた口からはくぐもった嗚咽があふれ出す。
それでも頭の中の冷静な部分は、自分を犯した男の精液にまみれたまま全裸でいるという状況を客観的に認識し、その情けなさにさらに涙がこぼれでる。
「うぅぅぅぅ、んぐっ、ひぅ……うぇぇぇぇ」
まるで幼い少女のように、深閑は泣き続けた。
すると。
男の気配に変化が起きた。
先ほどまでの、冷徹に深閑をむさぼっていた空気から一変し、深閑の横で急に忙しなく動き回り、どこかあたふたとしている気配が伺える。
未だ涙は止まらないものの、男の雰囲気のあまりの変化に深閑が注意を向けると、深閑の顔へ男の手が伸びてきた。
今度は何をされるのかと怯えて震える深閑。
しかし男は怯えさせたことを謝るかのように優しく頭をなでると、後頭部に手を回し、かちりという小さな音をさせて深閑の目隠しを、外した。
深閑は唖然として、涙も止まってしまった。
わけがわからない。
さっきまでは深閑がどれだけ苦悶の声を上げても、拒絶の意思を示しても一顧だにしなかったというのに、何故泣き出しただけで慌てて目隠しを外すのか。
なんにせよ、これで犯人の顔が見られる。
これから状況がどう動くかはわからないが、せめて相手に関する情報を少しでも多く得ようと、部屋の明かりにくらむ目を細めて相手の顔を見あげると……、
「よ、よお」
「…………」
そこには、先ほどまで深閑に付けられていた目隠しを持ち、困ったような表情でぎこちない笑みを浮かべる秋晴が、いた。
「……」
「……」
「……あ、あの、そろそろ何か言ってくれるとうれしいんだが……?」
深閑は呆然としたまま声も出ない。
状況の理解も追いつかず、涙に濡れた目を見開いて、目の前の秋晴の顔をまじまじと見つめ続ける。
秋晴は、苦笑いのまま丁寧に深閑の猿轡を外し、体を起こして手枷と足枷も外してくれたが、その間深閑はただされるがままになっているだけだった。
「えっと……ホント、すまん。大丈夫か?」
「あ、……は、はい……特に怪我などはありません……けど」
秋晴はベッドの脇にあったテーブルから取った深閑のメガネを丁寧に懸け、自由になった体の、拘束具が締め付けていた部分を優しく撫でてくれる。
そしてこれ以上なく申し訳なさそうな顔で謝る秋晴に、思わず返事を返しはしたが、未だ腑に落ちない。
おそらく、先ほどまで自分に狼藉を働いていた男の正体は秋晴で間違いないだろう。
だが、見た目に反して温厚で優しい性質の秋晴が、なぜこのような犯罪めいた真似を……?
ようやく回り始めた頭でそんなことをうっすらと考えていた深閑ではあったが、それらの疑問を口にするより前に、相手が秋晴だとわかった深閑に真っ先に湧き上がってきた感情は、安堵だった。
「……ふっ、くっ……ううぅぅぅ〜!」
「おわっ!?」
自由になった手足で秋晴の胸へと飛び込み、恥も外聞も無く顔を押し付けて涙をこぼす。
泣き声を上げることこそないものの、その様子に普段の冷静な姿の名残はまるでなく、秋晴も驚いた声を上げてなんとも反応をしかねているようだった。
「よ、よかった……です。ぐすっ、……だ、誰かにあんなこと……されたと思って、……でも、それが日野さんで……良かった」
「……深閑」
涙に滲んだ声と、脈絡のない言葉。
だが秋晴はそれでも深閑の言いたいことを察して、優しく彼女の頭を撫でる。
その感触に深閑はますます涙を零し、秋晴の体を強く抱きしめる。
秋晴に狼藉を働かれたことよりも、誰とも知れない卑劣漢に身体を汚されてしまったのではないというその事実が、何より深閑にとっては大切だった。
人生で初めて愛した秋晴以外の男に抱かれることなど、純情な深閑にとっては何よりも耐え難いことなのだ。
しばらく秋晴の腕の中で泣き続け、ようやく涙も収まり呼吸も落ち着いてきた。
それに伴って先ほどまでのみっともない姿が思い出されてさらに頬を赤く染めることとなるが、そろそろ秋晴に事情を説明して欲しい。
そう思って深閑は最後にもう一度だけ秋晴の胸板に顔を押し付けるふりをして涙をぬぐい、顔を上げようとし……
その瞬間、気付いた。
それまでは目隠しをされていた上に、悪意ある何者かに捕らえられていたのではないかという想像によって冷静さを失っていたから気付かなかった。
だが、いまならはっきりとわかる。
この部屋に、もう一人誰かがいる。
ちょうど深閑の背後。確かに誰かの気配を感じる。
いくら拘束されていたとはいえ、深閑の感覚をもってすれば、たとえ行為の最中であろうとも部屋を出入りする人間の存在を察するくらいのことはできる。
それなのに今の今まで気付かなかったということは、間違いなく深閑が目覚めるよりも前からこの部屋にいたはずだ。
一体何者……とわずかな時間でそこまで考えて、同時に気付く。
確かに自分はいまこの瞬間まで気付かなかったが、秋晴までもう一人の存在に気付かなかったはずはない。
彼には目隠しも拘束も一切されていなかったのだから当たり前だ。
つまり、秋晴をこんな荒唐無稽なことに巻き込み、自分をこんな目に合わせた人物が、この部屋の中にいるもう一人であろう。
よくよく考えてみれば、普段から基本的に隙のない自分の意識を奪うことが出来る機会のある人間など、そもそもほとんどいない。
もしいるとすれば、そうとうの手練か、あるいはそんなことをするとかけらも想像しないほどに近しい人物……。
「……日野さん?」
「……ッ! は、はい」
特に意識もしていないのに、深閑の口からは自分でも驚くほど平坦で低い声が出た。
その声が聞こえたからだろう、背後にいる何者か――そう、まだこの目で確かめていないのだから「何者か」だ――がびくりと怯えたのがわかる。
そして同様に深閑がしがみついたままの秋晴もわずかだがピクリと震える。
ああ、可哀相に。
あとでしっかりと慰めてあげますからね、と秋晴を気遣うと同時に、心の中の最も奥深く、冷たく静かな湖面のごとき底の底から湧き上がる激情に導かれ、深閑はゆっくりと後ろを振り向いた。
相手がいるのはちょうど深閑の真後ろ。
振り向くまでに見える部屋の内装と調度にはよくよく見覚えがある。
格式高い家具が部屋にいるものに落ち着きと安寧を与えるよう計算しつくされたデザインと配置で置かれているが、前面がガラス張りになっている戸棚の中に入っているのは、戸棚のシックな木目には似合わぬカラフルなマンガの背表紙がズラリ。
その隣にあるサイドチェストの上には、清涼飲料のおまけについてきたフィギュアが雑然と並べられ、無秩序に部屋と家具の調和を破壊しつくしている。
もちろん、深閑にとっては見慣れた部屋だ。
なぜならこの部屋の主は、いままさに後ろへ振り向いた深閑の視界の中心にいる人物、天壌慈楓なのだから。
楓は、ベッドとちょうど反対の部屋の隅でいっそ滑稽なほどに震えている。
おそらくそれまで深閑が秋晴に犯されているのを見て興奮していたのだろう。
頬に興奮の名残の朱が浮いているが、それもすぐに消えて、顔から血の気が失せていく。
見れば、片手には最新式のデジタルビデオカメラが握られている。
手ブレ補正と高倍率ズームを売りにした有名メーカーの新製品で、数日前に楓が購入し、浮かれてそこらじゅうにあるものを撮影してまわっていたのを覚えている。
録画中であることを示すランプが点灯していることから見て、楓がこれまでの一部始終をそのカメラに収めていたことは明らかである。
深閑は、楓と目を合わせる。
「ヒッ……!」
ビクリ、と身体が飛び上がるほどに震えた楓は自分が手に持っているカメラに今気付いた、とばかりに視線を向け、慌てて背中に隠して首を左右にブンブンと振りたくる。
「あ、あうぅ……み、深閑ちゃん、こ、ここここここれは違う、違うの……ッ!」
必死の表情で言い訳をしようとするものの、恐怖で引きつった喉ではマトモな言葉を返すことすら出来はしない。
それでもじりじりと扉へ向かう楓の賢明さに深閑は内心で敬意を表する想いだが、容赦はしない。
深閑の汗を吸い、しわくちゃになったシーツを掴んで身体にまとい、ゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。
楓までの距離はいまだ3メートルほど離れているが、深閑がベッドから降りたときにはもはや逃走を諦めたのかへたり込み、呆然とした目で深閑を見上げている。
その間、深閑の放つ怒りのオーラに当てられ、一人ベッドの上で身動きもできない秋晴がだらだらと体中から冷や汗を流しているのを見て、深閑は丁寧に彼の身体を拭いたい衝動に駆られるが、それも今は後回しだ。
一歩一歩優雅に。
それでいて、たとえ楓が瞬時に逃げ出そうとしてもすぐに追い詰められるよう隙のない歩法で楓の前へと近づいていく。
「……理事長代理」
「は、はひぃっ!?」
もはや、逃げられない。
誰もがそう確信するだろう距離まで近づいたところで、深閑は膝を折ってかがみ、楓と目線を合わせてまっすぐにその瞳を覗き込む。
返事なのか悲鳴なのか判別の付かない声を上げる楓の後ろから、かしゃりと音がする。
おそらくビデオカメラが落ちたのだろう。
それほど高くもない場所から落ちたのだから故障の心配はないはずだが、後で念のため確認しておこう。
楓と目線を合わせたまま、深閑はゆっくりと顔を近づけていく。
楓はその分頭を反らして離れようとするが、もとより部屋の隅にいたのですぐに後頭部が壁にぶつかり逃げ場はない。
しかし深閑はそれにもかまわず、一切ペースを乱さずに顔を近づけ、お互いの息が絡み合うほどの距離になったころ、ただ一言、告げる。
「お仕置きです」
「ヒィィィィィィィィッ!?」