もう何度目になるだろうか。秋晴がこうしてピナの部屋へと来ることになったのは。  
 
 思い返せば数日前、怒涛の勢いで進行したピナの同人誌製作宣言及びそれに巻き込まれての桜沢みみな懐柔作戦。その最後に集まってコスプレ衣装の確認をして以来、こうして何度かそのときの三人で集まって同人誌の製作状況の確認や衣装の微調整に勤しんでいた。  
 正直、本題の同人誌のほうは主催者の筆力がいまだ前途洋々たる(婉曲表現)状態であるために遅々として進んでおらず、集まりは日々完成度を上げるコスプレ衣装の鑑賞会の様相を呈し始めている。  
 そのため、自分に出来る範囲で手伝うことを約束した秋晴ではあったが、よもや齢一桁(並みの容姿を誇る)の二人の着替えを手伝うわけにもいかない。  
 そもそも複雑な着付けに関してはドレスなどの華美な衣装を着ることも多くあったであろう今までの環境が影響してか、ピナが想像以上の器用さ・博識さを見せたため完全に手持ち無沙汰となっているのが現状である。  
 
「ふむぅ、やはり見れば見るほどミミナのコスプレは似合っておるのう。ふふふ、これはイベントに参加する日が楽しみじゃ!」  
「あ、ありがとう……えへへ。でも、ピナさんも良く似合ってるよ」  
 
 当然じゃっ! と腰に手を当てて堂々と答えるピナ。みみなもいい加減この状況に慣れてきたようで、もはや甘ロリの衣装を身にまとうのに一片の躊躇もない。  
 秋晴はその様に「人間の慣れって恐いなー」と完全に他人事な感想を抱きつつ、一向に自分の存在に慣れる気配のない白麗陵のお嬢様方に対する悔しさとかその他色々の感情を押し込める。  
 
「……ふむ、そろそろこの衣装も完成に近づいてきたが、あとはどうするべきかのう」  
 
 ネガティブな思索の淵から這い上がりふと気付けば、ひとしきり着替えたばかりの衣装を楽しんだピナとみみなはコスプレ衣装の更なる改良案について話し合っていた。  
 
「私はこれでもいいと思うんだけど」  
「確かに、妾もこの衣装の完成度には満足しておる。じゃがまだまだ時間はある以上、さらなる改良を期してこそ真なるコスプレイヤーというものじゃ」  
 
 自らをオタクにしてコスプレイヤーと名乗る王位継承権を持つ王女。存在自体稀少であろうが、話を聞く限り国民もそれを是としているらしい。恐ろしい国である。  
 この場においては保護者的な役割を担う秋晴としては、さすがにそろそろこの暴走を止めるべきだろうか。同人誌製作も忘れたわけではないだろうが、多少なりと主旨の変わってきた気がしないでもない。  
 
「そうじゃの、やはりココは色気か……」  
「へ、いろけ……?」  
 
 真剣な表情と、ファッションに対して厳しい少女の目線でみみなと共に衣装についての打ち合わせを重ねていたピナだったが、そう一人ごちるとおもむろにみみなへと近づき、淵をフリルで彩られたスカートを遠慮なく捲り上げた。  
 
「きっ、きゃああああああ!?」  
「おい、ピナ!?」  
「秋晴君っ、見ちゃダメ!」  
「うわぁ、すまん!」  
 
 本日始めて声を上げるも、即座にみみなに制される秋晴。憐れである。  
 しかし一瞬にしてこの騒動を引き起こした下手人はどこ吹く風。  
 「絶対領域が…・・・」だの「見えそで見えない、いやいっそはかないことで生まれるギリギリズム……」だのなんだのとぶつぶつ呟きながら、必死でスカートを下ろそうとするみみなを無視してスカートの長さを検討している。  
 
「ぴ、ピナさん!」  
「待っておれミミナ。今、妾が最高のスカート丈を決めてやるからの」  
「いい加減待てよそこの変態王女!?」  
 
 みみなの方を見ないよう必死に目を逸らしながら不敬極まりないセリフを口走りつつピナを制止する秋晴。  
 薄目を開けて視界の端にピナを捕らえると、真っ赤な顔をして体を小さくするみみなと、真剣な表情でニーソックスと太ももの境界線を見つめるピナと、その奥にある白いナニカ……  
 
「ッ!」  
 
 みみなのスカートの奥に隠された部分が目に入った瞬間、ピナがこちらを向いてきた。目が合ってしまい思わず再び顔を背けるが、ピナの視線が逸れた気配はない。  
 
「ふふふ、秋晴。どうしたのじゃ、そのように赤くなって」  
 
 そして、突如耳朶をなでるように響くピナの声。  
 焦っていた上に目を逸らしていたせいで、ピナの接近に一切気付けなかった。  
 驚いて振り向けば、顔を近づけたピナの唇は秋晴の頬に触れんばかりの距離にあった。  
 その表情は半スカートめくりをしていた時の真摯なものとは打って変わり、頬は上気し朱に染まり、目じりはトロンと下がり、瞳はうっすらと揺らめく涙の膜に覆われている。  
 秋晴は、その表情に覚えがある。  
 
「なっ、ピナお前まさ……ッ!?」  
 
 しかし、それを告げる前に彼の発言の自由は奪われた。  
 その唇を塞ぐ、ピナの唇によって。  
 
「んっ……ふっ、ふっ。……ふぅん」  
「ぅわ、……おいピナ、待へ」  
 
 秋晴はなんとか離そうと抵抗するが、ピナはその華奢な両腕を秋晴の首に巻きつけて離さない。いつのまにやらピナは完全に秋晴の上に腰を下ろし、両足で秋晴の腰を捕らえている。  
 無理に力を込めれば折れてしまいそうな細さの滑らかな腕をうなじに感じて秋晴がためらう間にも、小柄な王女の唇は秋晴のそれへとこすり付けられ、時折その隙間から飛び出てくる舌が『入れろ』とばかりに唇を小突いてくる。  
 
(あーっ、もう!)  
 
 秋晴は、このままでは埒が明かないと判断し、状況を打開するためにも急に発情したピナをひとまず満足させる作戦に切り替えた。  
 
「うんっ、ちゅぷっ……くちゅ、ちゅぱ」  
 
 執拗に迫る舌への抵抗を止めて、わずかに唇を開く。  
 ピナは重なった唇からそれを察して嬉々として秋晴の口内へと舌を差し込んでくる。ピナとの口付けは初めてではないが、いまだ幼い彼女の舌は短く、秋晴からも舌を差し伸べてやらなければお互いの舌を絡めることは出来ない。  
 今日は、それを逆手に取ることにした。  
 
「ちゅ、ずちゅるるる……はっ、ちゅぅぅ」  
「んむっ!? んーっ! んんーーーっ!?」  
 
 歯茎を舐め、頬の粘膜の上を踊っていたピナの舌を、さっきまでとは逆に飲み込むほどの勢いで吸い込んだ。  
 それまでとは打って変わった秋晴の態度と、突然の吸引に驚いてピナは反射的に顔を引こうとするが、そんなことは許さない。  
 後頭部を掌全体で掴んで引き寄せる。さらにもう片方の手で、水着のような伸縮性に富んだ生地で作られたレオタードに包まれる腰も自分の腰へと押し付ける。  
 体格と力の差で、ピナは自分が攻めていた時とは違い完全に体の前面を密着することを強いられる。  
 体を動かす自由を奪われて混乱したピナにもはやなす術はない。秋晴の口内に引きずり込まれた舌は表面の唾液をすべて舐め取られ、逆に秋晴の唾液をたっぷりと塗りつけられる。  
 時折ピナの口の中へも伸びる秋晴の舌は逆襲とばかりに暴れ回り、奥歯まで舐め上げられ体の内側を吸い取られるのではと錯覚するほどの深い口付けをされる。  
 
「んーーーっ! んーーーーーーっ! んんんんーーーーーーーーーーーっ!!!!?」  
「……ぷはぁっ!」  
 
 嵐のような口付けが終わり、互いの口を離したときは当然のようにお互いの口を銀色の糸が繋ぎ、絶頂寸前まで追い込まれたピナはその上体を秋晴の両腕に預けるしかなかった。  
 
「はぁっ、はっ、……はぁっ」  
「ふぅ……ふぅ、ピナ。お前一体どうしたんだ?」  
 
 秋晴はひとまず息を整えて問いかけるが、いまだぐったりとその上半身を預けるピナから返事はない。目を閉じて、半ば開いた口の端から滴るよだれもそのままに激しいキスの余韻から冷めないでいる。  
 自業自得とはいえ、少々やりすぎたかもしれない。  
 
「おい、ピナ?」  
 
 軽く揺さぶって声をかけ、ようやく腕の中の王女はうっすらと目を開ける。気だるげに眇められたその目には確かな意識の光と、いまだ消えずに揺らめく情欲の炎。  
 
「っ!?」  
「ふふふ、秋晴。よくもやってくれたの?」  
 
 突如下半身から発せられた快感に、秋晴の息が詰まる。  
 ようやくまともに話せるようになったばかりだというのに、ピナはすぐさま秋晴の股間へとその手を伸ばしていた。  
 たおやかな指はズボンの前を押し上げる怒張を包むように折り曲げられ、慈しむような優しい手つきで擦りあげてくる。  
 キスだけでピナを失神寸前まで追い込んだことに、秋晴とて無関心だったわけではない。突然の状況と、みみなに見られながらの行為に常になく興奮し、苦しいほどに股間を膨張させていた。  
 自らの手淫に顔をゆがめる秋晴を見上げるピナの表情は、一度高められたために先ほど以上に蕩け、思考は曇り、実際の年齢を忘れさせるほどの妖艶さを見せている。  
 
「まったく。劣情に任せて誘ってしまった妾にも落ち度があるとはいえ、よもやあれほど激しくされるとは思わなんだ。これは、やはりおしおきをせねばならんのう」  
 
 おしおき、という言葉に秋晴の逸物はピクリと反応する。かつて幼馴染に散々苛め抜かれた幼少期の体験が、被虐の予感に対して体を自然に動かしてしまう。  
 
「くぅ……、ピナ、止めろ……! 先輩だっているんだぞ!?」  
「ふ、ふぇっ!?」  
 
 それまでほとんど蚊帳の外に置かれていたみみなが、突如話の中心へと引き込まれたことに驚いた声を上げる。  
 ピナ自身周りのことなどそっちのけで行為に耽っていたため、そういえばいたなと失礼なことを考えながらみみなのほうを振り向いた。  
 いきなりのキスによほど驚いたのだろう。ピナのスカートめくりへ抵抗していた時のままスカートを下ろすことも忘れ、口元に上げた手にスカートの端を握り締めているみみなのスカートの丈はピナに弄られていたとき以上に持ち上げられて下着の下端がちらちらと見えている。  
 大きな目は丸く見開き、相貌は紅く染まり、まるで生娘のような様子である。  
 
 しかし、ピナは見逃さない。今まで自分がそうであったのと同じように、瞳に淫蕩な炎が輝いていること。両手で押さえた唇から興奮の熱を持った吐息が漏れていること。そして、わずかに見える下着にはっきりと濡れたしみのあること。  
 
「……ふむ」  
 
 ピナは、秋晴を緩く攻め立てる手を止めずに考える。この手の中で強く自己主張し加虐心をそそるモノと、それを独り占めしてしまったためにもはや戻れぬほどに火のついた小さな先輩。  
 結論は、一つしかなかった。  
 
「よし、決めたぞ」  
「いや、……くっ! だから決めるとか決めないとかじゃなくて離せって……あくぁっ!?」  
 
 文句を言ってきた秋晴の裏筋に爪をつきたてる。本来ならば痛みを伴うだろうその行為も、ズボン越しでは甘くもどかしい刺激となって秋晴の背筋を振るわせる。  
自分にはSっ気を見せることの多い秋晴であるが、朋美や深閑を前にしてはむしろいいようになじられているのを知っているピナは、秋晴を攻める時のアクセントとして時折こういったこともする。特に、黙らせたい時などに。  
 
「ミミナよ」  
「ひゃっ、ひゃい!」  
「今まで秋晴を独り占めしてすまなんだの。どうじゃ、これからこの者にさんざ妾を弄んだ罰を与えねばならんのじゃが、ミミナも一緒にせんか?」  
 
「「なぁっ!?」」  
 
 二人そろって声を上げる。声音には戸惑いが多く感じられたが、みみなの表情と、掌に納めた秋晴自身から感じられた期待の感情に、自らの提案の承諾されることを確信した。  
 
「いやだから待てよピナ!」  
「なぜじゃ?」  
「なぜも何も、別にこんなことに先輩を巻き込まなくても……」  
「……秋晴よ、それは妾がお主とミミナがスケッチのモデルと称して人目につかないところでしていることを知らないと思って言っておるのか?」  
「「!?」」  
 
 またもや見事なシンクロニシティを見せて驚く二人。  
 
「な、なんでそんなことまで……」  
「一国の王女の情報網をなめてもらっては困るの。他にトモミにセルニア、ミカンにカエデにサオリ。よもやカオルとまでシテいたのには驚いたがのう……」  
「……わかった。わかったから」  
 
 自分の女性関係がほぼ全て把握されていることに戦慄を覚えた秋晴は、呆然とした表情で降伏の意思を示した。  
 というよりも、今上げた者達+αの間で『秋晴共有乙女協定』が結ばれていたりするのだが、秋晴本人と、そのことを知ればうっかり回りにバラしかねないみみなと早苗は一切を知らされずにこの協定に組み込まれている。  
 もしも秋晴を巡って互いに争うような状況になった場合、日本はおろか全世界的な規模で混乱を起こしかねない各家の令嬢達が、秋晴の所有権を卒業後の進路という形で秋晴の自由意志に任せることで同意し、結ばれた相互監視条約である。  
 定期的に開かれる会議ではそれまで各自が秋晴と行った行為について報告しあうという、羞恥と優越と怨嗟の入り混じる恐ろしい異空間が展開され、秋晴との接触機会の均等化及び友好関係の突出を防いでいる。  
 
 閑話休題。  
 
「さて、というわけで秋晴の同意は得られたのじゃが。ミミナよ、どうする?」  
「……」  
 
 妖艶な流し目でみみなを見据えるピナ。微動だにせず秋晴とピナの二人を見つめるみみな。  
 もはや、結果は決まっていた。  
 

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