いつまで経っても慣れねーな。  
 秋晴はぽつねんと誰も居ないテーブルを見つめる。  
 
 そこまで怖いのだろうか?   
 世間の冷たさに涙しながら、ぽそりと呟いてみる。  
「転校……しよっかなぁ……」  
 無理な話ではない。  
 世の中には奨学金と言うものも有るし、深閑先生あたりに相談したら……  
「なんですって?」  
 ……どうやら今のままでは、物思いにふける事も出来ないらしい。  
 
「――二名様ですね? こちらのテーブルでよろしいでしょうか?」  
 振り向くと、やはりいつもの二人組み。  
 セルニアと背高中華の鳳だ。  
   
 今日こそっ……せめて注文が取りたい。  
 そんな願いは通じることもなく、無残に散った。  
 
「そんな事よりっ、どういう事ですのっ? 白麗陵に不満でもあるんですのっ!」  
 通っている学校を馬鹿にされたとでも思ったのか?  
 相変わらずおろおろしている鳳さんの他所に、いつも通り怒り狂うセルニアの相手。  
 こうやって、嫌な意味で注目を集めれば集めるほど、誰も近寄ってこなくなるんだろうな。  
 
「授業料と寮費免除は美味しいけどな……正直そろそろ限界だろ?」  
 人気のないテーブルを指差すと、少しだけ納得したのかセルニアが黙り込んだ。  
「嫌になる位大量の噂が流れてるし、別の学校に言って仕切りなおせるのなら、それでもいいかなーってな……  
 ま、先立つものがないから……もうちょっと先の話だけどな」  
 無責任な噂の散布に、心当たりのあるセルニアが気まずげに黙りこんだ。  
 転校早々の痴漢扱いや、ロリコン疑惑は、こいつの責任が大きい。  
 
 自覚がある分まだましか。  
 これ以上の追求を避け、今度こそ……  
「で、ご注文は?」  
 
 さりげなーく、さりげなーく、待望の注文を……  
 何かを考えている様子のセルニアは、珍しい事に大人しく席についているし。  
 
「あの……」  
 鳳は……話しかけてくるし?  
「うおっ」  
 珍しい事に驚いていると鳳がいい事を教えてくれたが……  
 
 ……結局注文は取れなかった。  
 
 
 独特の匂いと静寂が張り詰める、  
「図書館か」  
 放課後になると、真っ直ぐにここに来た。  
「奨学金の関係資料がどこかに有るらしいな」  
 すぐに転校するつもりは無いにしろ、気休めに知っておきたい項目だ。  
 必要資格とかあるなら、早めに押さえておきたいしな。  
 
 逃げ道が有るだけで、多少の逆境になら耐えられることを経験的に知っている秋晴は、情報を切実に欲していた。  
 
 慣れない図書館の分類に悩みながら、多少時間は掛かったとはいえ目的の棚を見つけ出す。  
「これ……か?」  
 綺麗に並んだ資料の山に、軽い目眩。  
 しかもどれも人が読んだ後は無かった。  
 白麗陵のお嬢様方に、奨学金等無縁らしい。  
 
 それでも学校として保管しておかねば成らないのだろう。  
「助かったけどな」  
 無造作に一山掴むと、その辺の机に置いて上から順に読み始める。  
 
 が、視界の端をよぎる存在に、落ち着いて読めない。  
 入り口側の棚から、金のドリルがちらちらのぞいていた。  
 
 周りを見回す。幸いな事に、他には誰も居なかった。  
 さて、  
「何か用か?」  
「ひっ」  
 こちらから見えないことに自信があったようだが、特徴的な髪の事はまったく考えていなかったセルシアは相当驚いたようだ。  
 
「なんですの? 私は図書館に用事があっただけですわよ。貴方に用事等、自意識過剰も甚だしいわっ」  
「そっか」  
 
 それならば相手にすることもあるまい。  
 目の前の資料に集中することにする。  
 
 セルニアは一歩も動かずに、ずいぶん遠くからじっと俺を見ていた。  
「座らないのか?」  
 声を掛かられてやっと、気が付いたように少し離れた所に座る。  
 ……何か言いたそうな目が、凄く気になったけれど。  
 
 とりあえず、一つ目の資料を読み終える。  
 審査やなんやで、申請後すぐには無理のようだけど……  
「何とかなるかな?」  
 つい、声が出てしまう。  
 
「転校、するんですの?」  
 珍しく……いや、初めてか?  
 大人しくしていた為、セルニアの存在をすっかり忘れていた。  
   
 俺の所にようやく届く声は、ともすれば聞き漏らしそうに小さかった。  
「さあな」  
 次の資料に手を伸ばす。審査基準なんかは一つ一つ違うだろうし、出来るだけ沢山読みたい。  
 俺が資料を読んでいる間、セルニアは大人しく待っていた。  
   
 気にならないといえば嘘になる。  
 今まで見た事の無い様子のセルニアを、 気付かれないように目だけで追う。  
 
 ――心臓が止まるかと思った。  
 優しい静かな目。  
 いつもと違って穏やかな目のセルシアは、まるで名画の様だった。  
 
「なんですの?」  
 ……見ているのがばれたのか。  
「別に」  
 苦笑しながら、ページをめくる。  
 セルニアが美人なのなんで見惚れた、本人に聞かせると調子に乗りそうだ。  
   
 セルニアもあえて何も聞かずに、静かな時間が流れる。  
 敷地の広さのおかげか、図書館の造りの所為か自分の立てる音しか聞こえない。  
 まるで……  
「二人きりですわね」  
 同じことを考えていたらしいセルニアが慌てて口を塞ぐ。  
 
 さっきまでのお返しに、じっと見つめると面白いくらいに取り乱した。  
「別に意識したわけではありませんわっ、な、何を自信ありげに笑っているのですっ、ちょっとそんな気がしただけですわっ、気の迷いですわっ」  
 
 あー、まだなんか言ってるな……  
 セルニアの気が済むまで、俺は罵倒を聞き続けることにした。  
 
 図書館に荒い息が響く……って、誤解されたらどうするよ?  
「終わったか?」  
「まだっまだですわっ!!」  
 元気だなー。  
 まぁ、さっきまでの大人しいセルニアも良いけど、怒っているのもって……俺は何を。  
「で、続き読み始めていいか?」  
 手元の資料をぽんぽんと叩いてみせると、一瞬ひるんだセルニアだったが、  
「駄目ですわ、私の話以上に重要な用件しか許可しませんわ」  
 らしい。  
「俺の転校って、どーでもいいわけだな」  
「っ…………本気……ですの?」  
 見る間に暗くなる顔に、少しだけ胸が痛む。  
 
 仕方ない、ちょっとばかし茶化すか。  
 暗い顔似合わないしな。  
 
 重い溜息をついてから、薄く目を瞑りさも重大なことのように話し始めた。  
「ああ、転校したいのは本当だ、色々噂は有るし」  
 自分の責任を感じたのか、セルニアがうつむく。  
「今のままここに居ても、俺極悪人扱いのままで辛いし」  
 ますます小さくなるセルニアに、俺の今日までの苦しみを語り続けた。  
 
 ――セルニアの顔が、泣きそうに歪んだ辺りで、そろそろ怒らせることにする。  
「それに大地と同室だとなぁ……エロ本も読めんしな」  
 この間の拒絶反応からすると、へこんでる分を補って余りあるほど怒り狂ってくれるだろう。  
 ……まぁこの手の事に大地がやたらと反発するのは本当で、轟が貸してくれた写真集をにこやかに破棄してくれたのは記憶に新しい……  
 
 っと、  
「思春期の青少年としては、色々と興味津々でな、もうちょっと風通しのいい学校でもいいかなって」  
 
 こんな所でいいかな?  
 顔を真っ赤にして怒るセルニアを想像して、目を開ける。  
 あれ?  
 外したのか。  
 真っ赤には成っているが……一言も喋らずに俺の側まで歩いてくる。  
   
 嫌な予感に冷や汗が止まらない……  
 何も喋れないくらい怒っているのだとしたら、半殺しコースかもしれん。  
 
 慌てて立ち上がりかけるが、恐怖のあまり震える足の所為でその場に崩れ落ちる。  
「やばっ」  
 慌てて立ち上がろうにも、セルニアはすぐ横で俺を見下ろしていた。  
   
 こ、怖っ。  
「他の事は……私でも……どうしようもありませんわ」  
 あれ? 怒ってないのか?  
「でも……それ……だけでしたらっ」  
 
 それって何だ?  
 俺の疑問に答えるように、セルニアの足が露になっていった。  
 
 セルニアのエロ本のイメージって……  
「こ、これで……?」  
 真っ赤になって、目を潤ませながら俺を見下ろすセルニアの手には、自分のスカートが握られていた。  
 白い綺麗な足が、いつか見たアングルで目の前に有った。  
 
 ――あれしかエロ本を知らないんだな?  
 確認するまでも無さそうだ。  
 
 ただの冗談のつもりだったけど……これは……  
 この状況で引けるほど、俺は聖人君子じゃない。  
 
「見ても……良いのか?」  
 羞恥のあまり自由に喋ることも出来なくなったのか、セルニアはぎこちなく頷くだけだった。  
 
 生唾を飲み込んで、ゆっくりとスカートの下に潜り込む。  
 思わず荒くなった息がかかったのか、セルニアが小刻みに震えた。  
 多分触れたらセルニアは逃げ出すだろう。  
   
 そんなぎりぎりの緊張感の上で、お互い無言のままセルニアの大切な所を守る、やたらと高そうな布切れを見つめる。  
 
 スカートに煽られた風が、俺の頬をくすぐる。  
 香水か? ほのかに甘い香りがした。  
「良い匂いがする」  
 何の気なしに呟いた瞬間、スカートの中身を隠すようにセルニアがその場にしゃがみこんだ。  
「なっ、なあっっ、なんですのっ、こ、このっ……このっ……」  
 どうもよほど恥ずかしい台詞だったらしい、セルニアは怒りのあまり言葉が出てこない。  
 
 俺のほうは俺のほうで、それ所じゃなかった。  
 足元に座っていた俺の前にセルニアがしゃがみこんだ為……  
 セルニアは俺の膝の上にしゃがみこんでいた。  
 事故で何度か触れた柔らかい身体が、すっぽりと俺の腕の中に納まっている。  
 
 セルニアも落ち着くにつれて、その状況に狼狽する。  
 
 音の無い図書室で二人抱き合ったまま、お互いの出方を持っていた。  
 
 ――ずっと、このままでも……そうも思っていたけれど。  
 

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