憎らしいはずの顔が、直ぐ側で朱に染まっている。 
『私も……多分……』 
 セルニアも自分が赤く成っているであろう事を自覚する。 
 お互いの息だけが聞こえる。 
 暫くそうしていると、少しだけ冷静になった。 
 
『……顔……見られたくありませんわ』 
 ……多分見苦しいくらい赤く染まっている筈の顔を隠すために、秋晴の肩の上に頭を持ってくる。 
 
 ――結果として、セルニアの胸が強く押し付けられることになった秋晴は、哀れなくらいうろたえた。 
「……っ、お、お前っ……」 
  
 秋晴がうろたえたことで、やっと自分の行動の結果を悟ったセルニアも、声には何も出さないながらも、激しく動揺していた。 
『こ、こんなっ、これでは私が、押し付けている様では有りませんのっ』 
 羞恥で頬を染めながら、パクパクと口が声にならない声を発しているが、 
 声が出てない上に、秋晴からはセルニアの口が見えないため、喋ろうとしている事すら伝わっていない。 
 
「ちょっ……な……離れないのか?」 
 おろおろと取り乱す秋晴を見て、セルニアは少しだけ冷静になる。 
 いつも憎らしいくらい冷静な相手が、自分の行動一つで自由に操れる。 
 ――そう、思った。 
 
『……こう……ですの?』 
 秋晴との間で潰れている胸を、ゆっくりと擦り付ける様に動かしながら、徐々に密着させる。 
「……っ! ……ま、まてっ……ちょ……まてっ」 
 ますます赤くなった秋晴が、バタバタと手を振り回して逃れようとするが、膝の上に人が一人乗った状態ではどうしようもなかった。 
 
 秋晴の様子を見て調子に乗ったセルニアは、ますます胸を強く押し当てた。 
『面白いですわね』 
 自分の頭も熱に浮かされたように成っていることを自覚せぬまま、セルニアは秋晴の輪郭を、自分の胸と腕でそっと確かめていく。 
  
 秋晴の熱い息が首筋に掛かるたび、セルニアの身体が小さく震えていた。 
 自分が今何をしているのか、自覚の無いままセルニアの身体の奥で灯った、小さな火が段々と大きさを増していく。 
 
「……セ……ルニ……ア?」 
 一言も喋らないまま、身体を押し付けてくるセルニアに、秋晴は戸惑いを隠せないまま……それでも、そっと背中を抱いた。 
 
『……っ……な、なんですの?』 
 そっと背中に回された秋晴の手がセルニアの背中に触れた瞬間、セルニアの意識が小さく飛ぶ。 
 優しく返された抱擁を感じた瞬間、動揺の余り軽いパニックになったからだった。 
『え? ちょっ……ど、どうしてですの?』 
 秋晴が背中に触れるだけで、セルニアの身体はセルニアの制御から離れていく。 
 夢中で押し付けていた胸から伝わる甘い刺激は、セルニアに身体を止めることを許さなかったし、 
 背中が伝えてくる秋晴の指先は、セルニアの理性を溶かした。 
『……ひ……ぅ?』 
 
 自覚の無いまま、昂った身体をセルニアは持て余し始めた。  
 
 秋晴の腕から逃れようとすると、胸を強く押し付けることになり、 
 痺れるような感覚に、セルニアは何も出来なくなった。 
「………………あ、……」 
 無言を通していたセルニアから、小さな声が漏れ始める。 
 
 セルニアの声を聞いた秋晴が一気に緊張を増し、石の様に全身を硬直させた。 
『……腕……止まりました……わ?』 
 どこか霞んだような頭で、刺激が弱くなったことを感じたセルニアが、 
 ソレを補うように、今度は全身を秋晴に押し付ける。 
「……ッ…………ふ、ぅ……」 
 甘い喘ぎが秋晴をますます追い込む。 
 このまま溺れたらどれだけ心地良いのか想像も付かないが、目の前のセルニアが魅力的であれば魅力的なほど、 
 どこかでセルニアを恐れる秋晴は、却って何も出来なくなった。 
 
『……もっと……もっとですの』 
 自分の手でじっくりと理性を溶かしているセルニアは、自分でしている時の何倍もの快感に狂いながら、 
 それでも更なる快感を求めていた。 
『……ど、して? こんなに?』 
 真っ赤に成った秋晴に触れているだけで、他に何も要らない位気持ち良かった。 
 時折漏れる秋晴の甘い声を聞くことが、不思議なくらい幸せだった。 
 
 興奮の余り喉が干上がったセルニアが、喉を鳴らして自分の唾を飲み込む。 
 コクリという音にふと、お互いの目が合った。 
 
「セ……ルニ……ア?」 
 焦がれる様な、訴える様な秋晴の目に、セルニアはゆっくりと頷く。 
 
 ――それが何を意味するのか理解していなかったが。 
『……もぅ……なんでも…………』 
 秋晴が何をしようとセルニアに抵抗するつもりは無かった。 
『こうすれば気持ち良いのかしら?』 
 と、声が漏れた時の事を思い出し、甘える様に秋晴にすがり付く。 
 
 先の事など何も考えられなくなった秋晴が、セルニアの身体を強く抱き寄せる。 
「きゃっ……」 
 驚いたようなセルニアの声も、秋晴には心地良かった。 
 熱い目で自分を見つめるセルニアの艶やかな唇に目を奪われ、衝動のままにキスをする。 
 
「あ…………」 
 セルニアは唇が離れた瞬間に漏れた、自分のねだる様な声に戸惑いながらも、今度は自分から唇を寄せる。 
 
 離れているのが切ない位情熱的に、お互いの唇を貪る。 
 キスする事しか考えられないほど、頭の中がソレだけになる。 
 
 身体を摺り寄せながら、呼吸がまま成らぬ程長く唇を重ねる。 
 そんな時廊下の方から、小さな足音が聞こえて来る。 
 
「――――-っ!!」 
 
 ――官能に酔っていた二人が、辛うじて理性をかき集める。 
 
 そう、ここは図書館。 
 いつ誰が入って来てもおかしくなかった。 
 
 それに気付いたセルニアが身体を火照らせたまま、秋晴を押しのけて、よろよろと走り出す。 
 
 とても急いでいたから……後に残された秋晴の表情を確かめる暇も無かった。  
 
「っ……はっ……はっ……はぁ……」 
 すれ違った生徒が何事かと振り返る中、セルニアは脇目も振らずに自分の部屋に駆け込んだ。 
 
「なっ、なんでしたのっ? さっきのはっ!」 
 上育科生徒の防音の行き届いた部屋に戻ったセルニアは、思わず叫んでいた。 
「あっ、あれではっ、あれではっ」 
 図書館での出来事を思い出したセルニアは、続きを叫ぶ所ではなくなった。 
 
 転校すると言った秋晴を思い留まらせる為に下着まで晒したり、 
 甘えるように擦り寄ったり…… 
 
 あまつさえ…… 
「キ、キスまでっっ」 
 思わず口に出してから、慌てて自分の口を塞ぐ。 
 聞いている者など居ないのに、辺りを窺ってからその場にへたり込む。 
 
「……あ、あれではっ」 
 まるで自分が秋晴の事を好きで、身体を使ってまで引き止めているようで、 
 それより何より、 
「……は、はしたない……と……」 
 自分がどう思われたか、それが泣きたくなる程に気に掛かった。 
「そ……そんなの……どうでも……」 
 自分には関係の無いことだ、どうしてもそう口に出すことが出来なかった。 
  
 考えることを恐れて、どこか痺れたような頭でベットの中に倒れこむ。 
「……どうして……です……の?」 
 ただの生意気な従育科の転入生。 
 それだけの筈だったのに、どうしても遠くに行って欲しくなかった。 
 
 ……それに…… 
「濡れ……て?」 
 自覚は有ったが、ショーツに滑り込ませた指先に感じる湿り気に、否応無く記憶を掘り返される。 
「お、おかしいですわっ」 
 あんなに気持ち良くなった事は無かった。 
 何度か自分で触れた時とまったく違う感覚に戸惑っていた。 
 
 ついさっきまで秋晴の身体を抱きしめていた自分の腕を暫し眺める。 
 思い出すだけで胸が甘く痺れる。 
 秋晴の焦れた顔を思い出すだけで、笑みがこぼれる。 
 そうしている内に、さっきまでの快感を思い出したセルニアが、 
「……こう……でしたわね?」 
 秋晴との記憶をなぞる様に、胸に掌を押し付ける。 
「っっ! ……な? っ……うそっ……」 
 熱くなったままの身体は、素直にセルニアに快感をかえす。 
「ひっ……ぅっ……やっ……と、とまらなっ……」 
 言い訳を口にしながらセルニアの手は、ぐねぐねと胸を苛める。 
「……あ……あっ……ひぁっ……やっ……だ……め、だめっ……」 
 更なる刺激を求めて、セルニアの手が制服の裾から潜り込み、邪魔な下着をずらして直接触れた。 
 すっかり硬くなった乳首が指先に触れるた時、セルニアはまたおかしくなった。 
「あっ……あぁぁぁっ……あっ……あ、ああああ」 
 完全防音でなければ、間違いなく何事かと人が集まり始めたであろう声が漏れる。 
 広いベットの上で転がり、胸を自分の体重で押しつぶす。 
「ふ……っ、あ、あぅ……き……もち……いっ……」 
 気持ち良いことを認め、声を出すことで、セルニアの性感はさらに昂っていった。 
 脳裏に浮かぶ秋晴に近づくように、 
 自分の乱れる様を見せ付けるように、 
 箍の外れた痴態を晒した。 
「……っ、くっ……貴方に……貴方なんかにっ」 
 蔑むような内容とは裏腹に、甘えるような響きが部屋に響き渡る。 
 胸をベットに押し付けることで快感を得ているため、自由になった両手がじわじわとスカートを目指していた。  
 
「……ひっ……だめっ、だめぇぇぇっ」 
 ショーツの上からそっとなぞるだけで、セルニアは今まで感じたこと無いほどの快感に晒されていた。 
 
「いっ……やっ……こ、こわいっ、こわいですわっっ……」 
 湿り気でぴったりと張り付いた所から、怯えるように指を遠ざけるが、 
 快感にガクガクと震える身体は、焦れたように先の刺激を求めた。 
 
「だ、だめっ……だめですわっ、も、戻れなくっっ」 
 僅かに残った理性で、指先がそれ以上動かないように身体で固定する。 
  
 コレはイケナイコト、ハシタナイコト。 
 セルニアのプライドと意思が、欲求を押さえ込む。 
 
 荒い息を吐きながら、じっくりと快感を宥める。 
 うつ伏せのまま、胸を支点にお尻を上げた姿勢のまま深呼吸。 
「……が……まん……です……わ」 
 
 押さえ込んだ。 
 そう判断したセルニアが身体の力を抜いて崩れた時、 
 
「っ、きゃぁっ……だっ……やぁっ……」 
 自分の手の上に倒れ込んだ為、セルニアの一番敏感な所がすっぽりと手の中に納まり、 
 結果的に焦らされていたセルニアの手が止まらなくなった。 
 
「ひっ……あ、だ……やっ……うそっ……だめっ……」 
 やわやわと優しく揉み解すような刺激でセルニアは自分を追い込んでいく。 
 イケナイコトも、ハシタナイコトも、こうなっては快感の起爆剤にしかならない。 
「お、おかしくっ……おかしく……な……ります……わ……」 
 快感で爛れた頭が、微かな警鐘を鳴らす。 
 
『こんなハシタナイコト、止めないと嫌われるかもしれない』 
 
 身体が昂ったまま、残った理性が掻き集められた。 
「そ、そぅです……わ……こ、こんな事ッ」 
 限界の手前で、セルニアの理性は辛うじて繋ぎとめられる。 
「こ、こんなこと……で……は……」 
 
 ――無様な所を見せたくない大切な相手を思い出す。 
 
「っっっ……なっ……」 
 セルニアの中で快感が爆ぜた。 
 
「ひっ? なっ……やあっ……ひ……ぁ……」 
 秋晴の声。 
 秋晴の仕草。 
 秋晴の身体。 
 ほんな小さな事を、一つ一つ思い出すたびにセルニアの身体が燃え上がる。 
 
「やあぁぁぁあっ……だ、だめっ……わ、私をっ…… 
 弄ぶだ……なんてぇぇぇぇ」 
 
 繰り返し思い出される記憶のため、自分に触れている手が全て秋晴のものだと誤認された瞬間、 
「ひっっ? な、に? な……やぁぁぁぁぁっ」 
  
 セルニアは始めての絶頂を迎えた。  
 
 
 
「く、屈辱ですわっ」 
 セルニアは顔を火照らせたまま、部屋の中をうろうろと歩き回っていた。 
 激しい快感に溺れたまま寝入ったため、かなり早い時間に目が覚めたセルニアはついさっきまで寝惚けていた。 
 
『行かないで』 
 
 そう呟きながら目覚めたセルニアは、自分がなにを言っているのか理解した瞬間飛び起きて、 
 全力を持って自分の無意識を否定していた。 
 
「そ、そんな筈ありませんわっ。 
 有りえませんわっ」 
 
 確かに夢で誰かと別れた様な気もする。 
 頬に涙の跡が有る。 
 胸が切なくて苦しかった。 
 
「べ、別にっ、関係有るとは限りませんわぁぁぁ」 
 
 早朝。 
 上育科が完全防音でなかったら、昨日も含め騒ぎに成っているのは間違いなかったが、 
「認めませんわぁぁぁぁぁ」 
 
 セルニアはダンダンと床を踏みしめながら暴れ続けていた。 
 
 
 ――教室  
「あ……」 
 秋晴と目が合ったセルニアは、思わず目を逸らす。 
 傷ついた表情にセルニアの胸は痛むが、どんな顔をしたら良いのか分からなかった。 
 
「なあ、そこのドリル」 
 秋晴が声を掛けてくれることが震えるほど嬉しいのに…… 
「っ……」 
 後ろも見ずに走って逃げてしまう。 
  
『な、なんでですの? どーしてですのっ?』 
  
 セルニアは図書館の一件以来、毎日秋晴を避け続けていた。 
 
 ぎりぎりに教室に来て、休み時間も逃げ続ける。 
 授業が終わると真っ直ぐに寮に走った。 
 
 声を聞くのすら数日ぶりで、周りに誰も居なかったら泣いてしまったかも知れない。 
 
『……こ、こんなのっ……私らしくありませんわ』 
  
 部屋に戻ってからなら毎日声も姿も思い返しているのに。 
 もう一度……触れて欲しいと思っているのに。 
 
『は、恥ずかしくてっ』 
 
 歯止めの利かなくなった、毎日の『行為』が、更に秋晴と顔を会わせ辛くしていた。 
 
 それでも時間が解決してくれると思っていた。 
 もう少しすれば声を掛けられると、そう思っていた。 
 
「秋晴が転校手続き始めたらしい」 
 そう彩京朋美の話を聞くまでは。  
 

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