早まった。  
 夕暮れの教室で一人机を持ち上げて運びながら、佐藤リョータは今更ながらに己の迂闊さを呪って  
いた。  
「じゃんけんで負けた奴が一人で教室掃除ってことにしないか?」  
 言い出しっぺはリョータ。  
 ついでに負けたのもリョータだった。  
「まさか本当にみんな帰りやがるとは……」  
 笑顔で去っていったコウジ達の顔を思い浮かべ、思わず毒づく。とはいえ完全な自業自得なので、  
彼らを恨むのも筋違いというものだ。それはリョータ自身、よくわかっていた。  
 別段掃除が嫌だったわけではない。いつもと同じような流れに、ちょっとしたアクセントをつけて  
みようと思っただけなのだ。そんなほんの軽い気持ちで持ちかけた勝負だったが、いざ負けてみると  
自分がいかにとんでもない提案をしたのかよくわかった。掃除当番全員でやれば15分くらいで終わ  
る掃除が、それの倍の時間をかけてもまだ半分しか終わっていないのだ。恐らく帰ってしまったコウ  
ジ達も、こんなに時間がかかるとは思っていなかったろう。  
「仲間って偉大だな……」  
 やや現実逃避気味に窓の外の夕暮れを眺めていると、突然教室のドアが開いた。  
「いた」  
 短い声に振り向くと、そこには無表情なクラスメートが立っていた。黒いタートルネックのセータ  
ーに、ジーパン。背中には赤いランドセルを背負っている。  
「相原……まだ帰ってなかったのか?」  
 リョータは少し驚いた。まだ5の2の生徒が残っているとは思っていなかったのだ。相原カズミは  
今週掃除当番ではないし、ランドセルを背負ってるということは一度教室を出たのだろう。  
「図書室にいたの」  
 いつもと同じような淡々とした口調でカズミが答える。  
「へえ。でも、なんでわざわざ教室まで戻って……」  
「佐藤君を待ってたの」  
 
「は?」  
 リョータが最後まで言い切る前に、カズミが言葉をかぶせた。その目は真っ直ぐにリョータを見つ  
めている。リョータは思わずポカンとした表情を浮かべ、次の瞬間顔をボッと赤く染めた。  
「な、なな何言ってんだ……!?」  
 しかし慌てふためくリョータとは対照的に、カズミは無表情に自分の口を指差す。  
「そう、歯」  
「……へ?」  
 その意味を掴みかねて、リョータの口から間抜けな言葉が漏れる。  
「だから、歯」  
「……は?」  
「歯」  
「……」  
 リョータはしばらくの沈黙の後、ようやくカズミの言わんとしていることを理解した。  
「……つまり、またおまえの歯が抜けそうなんだな」  
 こくりとカズミは頷いた。  
「……それで、またオレの指をかみたいと」  
 こくり。  
「……そのためにわざわざ図書室で時間を潰しながらオレを待っていたと」  
 こくり。  
「断る」  
 男らしく有無を言わせぬ口調できっぱりと断言。  
「なぜ?」  
 ……したつもりだったが、カズミは小さく首を傾げて聞き返してきた。  
「い、いや、なぜって言われても……」  
 それはやっぱり恥ずかしいからなのだが、自分でもわからないうちになぜか語尾をにごらせてしま  
う。  
 
「佐藤君の指が一番落ち着くの。この前わかった」  
「だ、だからって……」  
 じっと自分を見つめてくるその視線にリョータが口篭もっていると、カズミは首だけ動かして教室  
を見渡した。  
「掃除、まだ終わってないんだね」  
「ん? あ、ああ……」  
「手伝ってあげようか」  
「え……!」  
 その言葉にリョータは一瞬喜びの表情を浮かべるが、しかしそれはすぐにしかめっ面へと変わった。  
 そしてしばらくしてから、大きくため息をつく。  
「……わかったよ。好きなだけかめ」  
 
 
 単純計算で労働力が倍になった為か、掃除はあっという間に終わった。  
 リョータとカズミは以前のように机に合い向かいになって座っている。  
「……ほら」  
 リョータは不機嫌そうな顔で、人差し指をカズミの前に差し出した。  
 カズミは何も言わずに、それを口にくわえる。  
「ん……」  
 カズミの舌の温かさと微妙な圧迫感、それから堅い歯の感触。リョータはドクンと自分の心臓が大  
きく脈打つのを感じた。  
「ほこ」  
 カズミがもごもごと口を動かす。  
「……なに?」  
「ははら、ほこ」  
「わからないって」  
 
 カズミが何かしゃべろうとする度に、指に違った感触が走る。それがまたリョータの中にある不可  
解な感情を昂ぶらせた。  
「そこ。さっき触ってたとこ」  
 一度指を離して、カズミは取れそうだという歯の場所を教えた。  
「これか」  
「ひがう。もうひっほほはり」  
「これ?」  
「ほう」  
 リョータはぐりぐりとその歯を弄ってみた。確かに少しグラついている。  
「んっ……」  
「あ、ご、ごめん。痛かったか?」  
「んーん……らいひょうぶ。ふふへて」  
 指をくわえたままでもなんとか意思の疎通ができるようになってきたらしい。リョータは言われる  
ままに、グラついている歯を弄り始めた。しばらくすると、カズミの方も顎に少し力を入れて、指を  
柔らかくかんでくる。  
「あぅ……ふぅ……」  
 鼻で息をするカズミの顔が思いのほか近くにあって、リョータは顔を赤らめた。夕日に照らされて  
いるせいだろうか、よく見ればカズミの頬も少し赤くなっているように見える。  
「ふぅ……ふぅ……ん……」  
 二人以外誰もいない教室に、カズミの息遣いだけが響いている。リョータは自分の中で膨らんでく  
る何ともいえないもやもやしたものを感じつつ、ゆっくりゆっくり指を動かす。いつのまにかカズミ  
は目を閉じていた。  
 
 指を動かす。  
「ん……んんん……んん……」  
 指を動かす。  
「んふぅ……んんんんっ……んく……」  
 指を動かす。  
「ふぅ……ぁぁ……んんっ……んぁ……んんんっ……ん……」  
 どれくらいの時間そうしていたのだろう。  
 ふと、リョータは机の下でカズミの片手が小さく動いているのに気が付いた。  
(何をしてるんだ……?)  
 指はそのままで少し身を乗り出し、様子を伺う。  
「なっ!?」  
 思わず声を上げてしまった。カズミの手はジーパンの中に差し込まれていて、しかも股間のあたり  
でもぞもぞと動いていたのた。  
「な、なにやってんだよ、相原!」  
「ん……ん……んんん……んあ……」  
 驚いて指を引いたリョータに、カズミは目を開いて上気した顔を向けた。  
「抜いたら……ダメ……」  
 そして空いてる方の手でリョータの腕を取ると、再びその一指しを口にくわえる。その顔はいつも  
の無表情さの名残を残してはいたが、浮かび上がる快楽の色は隠せなかった。  
「や、やめ……」  
「んっ、んんっ、ふぅん……っんん」  
 カズミはその指を歯にあてるのではなく、ゆっくりと丁寧に舐め始めた。  
「うあっ!」  
 その未知の感覚にリョータの口から声が漏れる。  
「んん……んんっ、んくっ、はぁ……ん、んんっ、んふぅ…………」  
 いつの間にか、くちり、くちりといういやらしい水音がカズミの股間から響きはじめていた。  
 
「うあ……あ、相原……」  
 カズミは一心にリョータの指を舐め上げ、股間の指を動かしている。  
 リョータはリョータで自分の股間がこれ以上ないくらいに熱く硬くなっているのを感じていた。た  
だ、リョータはそれをどうすればいいのかまではわからない。  
「はぁ……はぁはぁ……」  
 それでも次第にリョータの息遣いも荒くなる。  
「んっ、ふぁっ! んんっ、んっ、くぅん……っ!」  
 時折耐えられないほどの快感の波に襲われるのか、カズミはふるふると顔をふりながら小さな喘ぎ  
声を上げる。  
 リョータはそんなカズミの顔を見ながら、いつしか自分から指を動かしていた。頬の内側をなぞり、  
舌を押しのけ、口の中を優しく、それでいて強くかき回す。  
「はぁはぁ……相原……相原……!」  
「んっ! んぐぅっ、んんっ! んんんんっ……んくぅんっ!」  
 カズミの腰が股間を弄り回す指の動きに合わせるように、より大きな快感を得ようと少しずつ、そ  
れでいて淫らに動きはじめる。  
「あああっ! くふぅんんんっ、んぐぅんんっ、んんんんんっ! あうぅん……!」  
 リョータも人差し指の動きを早める。もう自分が今何をやっているのかもよくわからない。  
 ただひたすらに指を動かしてカズミの口内を陵辱する。  
「んっ! んんっ! ん、んん、ん、ふぅんんんっ! くぅんっ!」  
 カズミの息遣いが、だんだん荒くなる。   
 腰の動きが大きくなる。  
 指が動く。  
 指がかき回す。  
 そして。  
「んあっ! ふああああっ! んああああああああああああああああああああああっ!」  
 カズミはビクンビクンとニ、三度仰け反ると、力なく机の突っ伏した。  
 てらてらと濡れたその唇から、リョータはゆっくりと指を引き抜く。唾液がいやらしく糸を引いて、  
夕焼けを跳ねた。  
 
 
 それから二人は無言で後始末をすると、教室を出た。外にはもう夕闇が下りてきている。  
 カズミはもういつも通りの顔に戻り、リョータの前を歩いている。リョータは何度もそんなカズミの  
後姿に声を掛けようとしては、言葉を紡げずにうつむくという動作を繰り返していた。  
 すると、カズミが突然振り返る。  
「歯、取れなかった」  
「……え?」  
「歯」  
「あ、ああ……そうだな」  
 困ったような怒ったような、なんとも微妙な表情でリョータが答える。  
「また……お願いするから」  
 カズミはいつもと同じ無表情な顔で、真っ直ぐにリョータの目を見ながらそう言った。  
 
 

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