「えっ?……… 」
突然沙和子に言われた言葉を私は理解できないでいた。
「…坂崎の子供を妊娠したの…」
それは中学生にはおよそ有り得ない筈の言葉であった。
坂崎と沙和子が仲がいいのは何と無くはわかっていた。国語のテストの
採点の時、坂崎が佐和子に向けていた視線は恋をしている目線だった。
「…で、あたしはこの子を生もうとおもってるんだけど…、って柚香ぁー聞いてる?」
「あ、ごめーん。で、何?」
「だからー、この子を生もうと思うんだけど、柚香はどう思う?」
「どう思うって、あなた、私たち中学生よ、生める訳無いでしょ!」
「…そうよね…普通そう思うわよね…」
「当たり前でしょ、どうして生もうなんて……!」
そう言葉に出して私は沙和子の真意に気づいた。
佐和子はかなり体の弱い子だ。しょっちゅう入退院を繰り返している。
堕ろしてしまうと二度と妊娠できないかもしれないのだ。
「………生んでみなよ………」
「えっ…」
「…佐和子は体が弱いからね。もしかしたら…」
「私もわかっている。もう二度とこんなチャンスは無いかも知れないもの」
「そういえば坂崎には言ったの?」
「言ったわ。考えさせてくれって。そりゃ中学生でパパになるなんて思わないものね」
「だから柚香に相談したの。柚香と一緒なら坂崎も解ってくれるかなって」
そう言われたものの私の心中は複雑だった。私も坂崎に好意は寄せている。
沙和子の手前、表だっては出せないが、彼女に負けないくらい好きだって自負はある
でも…
「…わかったわ。今から坂崎の家にいきましょう」
「ありがとう! 柚香に相談して良かった!」
それからの事は良くは覚えていない。沙和子は入退院を繰り返していたおかげで
違和感無く長期欠席出来たし、坂崎の両親もいろいろ協力してくれた
でも体のよわかった彼女が妊娠するのはやはり無理があった…
難産の末和が生まれたが、沙和子はすぐに集中治療室に入ることになった。
そして…
「柚香、ごめん。私…もう駄目みたい…」
「何言ってるの! 和のママになるんでしょ! しっかりしてよ!」
「ううん、解っていたもの。和を生んだら私はもう持たないって」
「柚香、最期にお願いしていい…」
「何言ってるの! 」
「和と渉をおねがい……」
「さっ、沙和子っ、起きてよ、起きてよっ!!」
こう言い残して私は看護婦から部屋を出された。この2時間後、沙和子は息を引き取った。
お葬式の事は良く覚えていない。お彼岸のお墓参りの坂崎の背中が寂しそうだったのだけ覚えている…
その背中を見て天国に行った沙和子に誓った
「わたしね、沙和子以外にあの二人を渡す気なんて無いからね」
(一陽来福、そのまえの話 了)