駒音はもう自分の世界に帰ったかしら。アンジェラはふと思った。
アンジェラとヴィンセントの結婚式に、駒音は出席してくれた。
午後から始まった式とパーティーが終わった時、すでに夕暮れ近かった。
今、もう太陽は姿を隠し、月が輝き始めている。
多分、駒音は王子が送っていったのだろう。王子はずいぶん背が高くなった。前は駒音と同じくらいだ
ったのに、さっき見たときは、頭半分くらい王子の方が大きかった。
王子はまだ駒音のことを好きなのだろうか。アンジェラは思いを巡らせる。
アンジェラは、ヴィンセントが用意した二人のための新しい館にいた。彼は教会で残った用事を済ませ
てから来ることになっている。
館の中の広い寝室で鏡の前に座り、アンジェラはいつもはひとつにまとめている髪をほどき、櫛で梳か
していた。
明かりを付けていない部屋で、大きな窓のカーテン越しに差し込むかすかな月の光が、アンジェラの髪
を染めている。
白い光沢のある、柔らかな布で作られたナイトドレスを纏った身体に、長い髪がふわりと落ちかかり、
鏡の中のアンジェラは自分で見ても美しかった。
ヴィンセントは綺麗だと思ってくれるだろうか。
アンジェラは左手の指輪を見る。薬指にぴったり嵌った銀の指輪。
結婚式も終わったのに、全然実感が湧いてこない。親同士が決めた婚約者で、ずっと喧嘩ばかりしてきた。
結婚式も決められたことの延長にあって、互いの気持ちが高まって結婚に至ったというわけではない。
少なくとも嫌われてはいないことは、駒音の世界に行ったとき、わかったような気がしていたのだが…。
アンジェラはさっきから心臓がドキドキして、苦しいくらいになっている。
ヴィンセントが自分のことを本当はどう思っているのか、はっきり知りたい。決められたからではなく、ヴィンセントが自分を望んでくれたから結婚したのだと思いたい…。
でもそれをどうやって確認できるとうのだろう。あたしのことどう思ってるの?と素直に聞けるのなら、
普段から喧嘩なんかしていないはずなのだ。
それに、もしも自分が愛するほど、ヴィンセントが自分のことを思ってくれていなかったら…。
そう想像してしまうと、アンジェラの言葉は飲み込まれてしまう。
ふううっと深く息をついたとき、ドアが開いてヴィンセントが入ってきた。
いきなりだったので、アンジェラは心の準備ができていなかった。
「なななによ。ノックくらいしてよ」アンジェラが驚いて立ち上がる。
ヴィンセントの目が一瞬アンジェラを見つめ、すぐに逸らされた。
「ここはオレの部屋でもあるんだ。自分の部屋に入るのに、なんでノックをする必要があるんだ」
いつもは黒ずくめのヴィンセントは、今日はシャツだけは白い。上のボタン2つは外されている。
今度はアンジェラが目を逸らした。
「ええーと…教会での用事、済んだ?」
「ああ」
明かりを付けようと伸ばしかけた手を下ろし、ヴィンセントは今度はしっかりとアンジェラを見ながら、
彼女のすぐ前までやってきた。
ヴィンセントが右手の指先でアンジェラの顔にかかった髪を耳にかけた。彼の指がかすかに触れるのを
感じて、アンジェラの身体がびくっと堅くなる。
「こうやって髪を下ろしているのを見るのは久しぶりだな」
「そ・そう?」
「子どものとき以来だ。ずっと後ろで縛ってたじゃないか」
「だって、魔法を使うときにじゃまなんだもん。文句ある?」
「そうだな。…今日は、魔法を使う必要はないもんな」
「…ヴィンセント、なんか、いつもと、違うよ」
いつもだったら喧嘩になるはずなのに、なぜか喧嘩にならない。今はなにを言ってもさらりとかわされ
てしまいそうだ。
「そうか?違うのはおまえだろ。どうしてそんなにびくびくしてる?」
「びくびくなんて、してない」
「ほんとうに?」ヴィンセントの手が、不意にアンジェラの左胸の上に置かれた。
「…え…ヴィンセント…」
「ほら、すごく鼓動が早い。大丈夫か?」
アンジェラにはドレス越しのヴィンセントの手が、まるで直に触れているように感じられた。膝から力
が抜けて、立っていられない。このまま倒れてしまいそうだ。
そのときヴィンセントが胸から手を離し、アンジェラの腰を支えた。
「やっぱり、大丈夫じゃなさそうだな」
アンジェラは顔を上に向けさせられ、唇を唇でふさがれた。
ヴィンセントの両手がアンジェラの髪に差し込まれ、彼の唇が、額や頬にも柔らかく押しつけられる。
その度に身体の奥が熱くなっていく。
「ヴィ…ンセント…」もう、立っていられない。
「立ってるの、辛そうだ」ヴィンセントが言う。その冷静な声がすこし腹立たしい。
本当は彼も、冷静だったわけではないのだが。
不意に、膝の裏がヴィンセントの腕にすくわれ、あっというまにアンジェラは軽々と抱き上げられていた。
ヴィンセントの靴がこつこつと音を立てながら、ベッドに向かう。
天井から下がった白いレースに囲われた大きなベッド。今は二人が通れる分だけ、レースが持ち上げら
れている。
ヴィンセントは躊躇せずアンジェラをベッドに横たえると、レースを持ち上げている留め金を外した。
これでベッドは全体が半透明の膜に覆われたようになった。
ヴィンセントはアンジェラのほうに向き直ると、彼女が履いていた華奢なサンダルをゆっくりと片方ず
つ脱がせた。アンジェラは混乱してされるがままになっていた。
あたしたちは結婚したんだし、もちろんこういうふうになるのは当たり前なんだけど、でも、でも。あ
たしはまだ、肝心なことを聞いていない…。
ヴィンセントは自分の靴を脱ぎ、シャツのボタンを外している。アンジェラは半ば呆然としながらそれ
を見ていた。
上だけ脱いだヴィンセントが、アンジェラの隣に横になる。彼の手がアンジェラの髪を撫でる。それか
ら耳を撫で頬を撫で、腕を撫でる。
そしてアンジェラの手を取り、指一本ずつに口づけする。
「おまえの指は綺麗だな」
「…それしか取り柄がないって、前に言ったじゃない」アンジェラがやっとの思いで言うが、言葉はす
こし震えている。
「そんなこと、言ったか?」
「言ったわよ。ヴィンセントは、あたしのことなんて誉めてくれたことないじゃない」最後はなぜかす
こし涙の混じった声になる。
「さっきオレたち、教会で誓ったよな。いつまでも一緒だって。あれじゃ、不満だったのか?」
ヴィンセントが静かな声で聞く。
「だって…」
「なにを言って欲しい?」
「あたしは…」思い切って聞いてしまいたいのに、やっぱり聞けない。今更、結婚式が終わってしまっ
てからこんなこと。
「言いたいことがあるなら、言えよ。ここでこうしてるのが、いやなのか?」
「そうじゃなくて…あたしは、ただ…」
アンジェラの潤んだ瞳がすがるようにヴィンセントを見る。
「そんな顔、するなよ。…もう一度聞く。いやか?」
アンジェラは首を横に振った。
ヴィンセントが身体を起こし、アンジェラの頬を撫でると、彼女のドレスのボタンを外し始めた。急い
ではいないけれど、迷いのない手つきで。
肩ひもを肩から外し、ドレスをベッドの下に落とす。繊細な布とレースでできた下着だけになったアン
ジェラをヴィンセントが見下ろしている。
アンジェラは両腕で胸を抱くようにして、ヴィンセントの視線を避けようとする。白い顔が羞恥でほん
のり赤く染まっている。
ヴィンセントは無理にアンジェラの腕を外そうとはせず、彼女の頬を両手で包み、唇を重ねた。かすか
に開いた唇の間から舌がアンジェラの口の中に潜り込み、彼女の舌を捉える。
「…あ」舌と舌が絡み合い、アンジェラの腕から力が抜ける。ヴィンセントの手がブラジャーを外し、
彼女の白い胸が露わになる。
唇を離すと、ヴィンセントの指がアンジェラの胸の膨らみを辿り始める。頂上から離れたところを、指
先で触れるか触れないかのタッチで。
目を閉じたアンジェラの唇から声が漏れる。
「んっ…あ…」
指が螺旋を描きながらピンク色の頂上にたどり着く。そこをまた指先で軽く叩くように撫でる。
そして、指が辿ったところをヴィンセントの唇が追っていく。
そしてその頂上を唇に含み、吸い、舌で撫で、嬲る。もう片方も指先で擦られ、堅く立ち上がる。
「…ああっ…はあ…んん」
ヴィンセントがこんなことをするなんて。自分がこんな声を出すなんて。アンジェラは酔ったように頭
がぼうっとしてくる。
身体が熱い。内側から溶けてしまいそうに。
「アンジェラ」ヴィンセントの声がする。「オレを見ろよ」
目をうっすら開けると間近にヴィンセントの顔がある。唇が濡れて光っている。
「おまえは綺麗だ。指だけじゃない。胸も、身体も」
そう言いながら、アンジェラに一枚だけ残った小さな下着をするりと脱がしてしまう。
「あっ」
アンジェラは足に力を入れて閉じる。
身体を隠そうと横向きになったアンジェラの背中の方から、今度は髪を掻き上げ、うなじからしなやか
なラインの背中にかけて唇を落としていく。肩や脇腹も唇と指が跡を付ける。
ヴィンセントが触れるたび、アンジェラの身体がびくんと動き、押さえきれない声が漏れる。
閉じていた足から力が抜けていく。そこに指が入り込む。
「いやっ」
後ろから急に指を入れられ、アンジェラの背中が仰け反る。
柔らかな粘膜のそこは、もうすっかり濡れて、ぬるぬると指が滑る。
ヴィンセントはそのまま背後から、指先でアンジェラのその部分を確かめる。彼の指がそっと奥に忍び込む。
指はゆっくりと戻り、また奥に入り込む。その強烈な初めての感覚に、アンジェラはシーツを握りしめる。
彼女の中で濡らされた指が、今度は前の方を探り、堅くなった突起を見つける。
「ぁあっ!」
アンジェラの唇から悲鳴のような声が上がる。
指が強く弱く、その突起を嬲る。すでにすっかり濡れているのに、まだ溢れてくる。もう片方の手は、
白い胸を揉みしだく。
「…ヴィン…セント…いや…」かすれた声が言う。
「いやなのか?やめて欲しいのか」
言いながらも、指は動き続ける。
「そうじゃ…な…いの…あ・あたし…あぁ…」
アンジェラが首をかすかに横に振る。彼女の目尻が赤く染まっているのが見える。
逃げようとしても、ヴィンセントの足がアンジェラの足を押さえていて、逃げることができない。
「あっ…ああっ…」細い喉が反り返り、半開きの唇から吐息が漏れる。
ヴィンセントの目に映る彼女の姿。そして声。それはかつてはヴィンセントの想像の中だけにあった
ものだった。
ヴィンセントの腕の中でアンジェラが示す反応が、彼を素直にした。
彼はアンジェラの耳に、彼女がずっと望んでいた言葉を流し込む。
「愛してる。アンジェラ」
アンジェラの高まっていた感覚が、その言葉で一気に登り詰めた。
「あっ…ああっ…ぁあああっ!」
高いトーンの声が迸る。
アンジェラの背中は仰け反り、指が助けを求めるように伸ばされ、そして脱力する。
ぐったりして荒い息をつくアンジェラを、ヴィンセントは背中からそっと抱く。
彼女の耳元でヴィンセントはまた囁く。
「ずっと、おまえをこうして抱きたいと思ってた」
言いながら、ヴィンセントはアンジェラの頬に張り付いた髪をそっと寄せる。
「…どうして、今まで言ってくれなかったの…」
「言わなくも、わかってると思ってた」
「…わかるわけ、ないじゃない」
アンジェラの身体がヴィンセントの腕の中で回転し、彼の方を向く。
彼女の腕が伸びて、ヴィンセントの頬を撫でる。そして今度はアンジェラから口づけをする。
「…あたしもずっと言えなかった。愛してるって」
恥ずかしそうに目を伏せながら、アンジェラが小さな声で言う。
ヴィンセントの顔を見ないようにしながら、アンジェラの唇が、ヴィンセントの喉から胸へと降りていく。
さっき自分がされたように、アンジェラはヴィンセントの胸に口づけする。
アンジェラの手が、ヴィンセントがまだはいていたズボンのベルトにかかる。
「アンジェラ?」
アンジェラは答えない。
カチャカチャと音をさせながら、不慣れな手がベルトを外し、下着ごと下ろす。
と、勢いよく飛び出してきたものを見て、アンジェラの目が驚きで丸くなる。
一瞬の躊躇の後、おそるおそる手を伸ばしてそっと触れると、それはぴくんと動いた。
ヴィンセントはなにも言わず、アンジェラにされるがままになっていた。アンジェラは頭のなかの知識
を総動員する。
そっと握ると、軽くキスをして、舌で下から上に舐めていく。それから口にくわえる。苦しくて全部は
入らない。
歯を立てないようにしながら、唇を上下に滑らせる。アンジェラの口の中で、それはさっきよりすこし
大きく、堅くなったような気がする。
舌先をとがらせて、上の方を舐めると、不思議な味がする。そしてまた口に含む。
ヴィンセントがどうしたら気持ち良くなるのかわからないまま、アンジェラは一生懸命だった。
アンジェラの唇も指も、彼女の唾液で光り、彼女の舌が立てる音と、時折喉に当たって苦しげにむせる
音だけが、ベッドの上に聞こえる。
突然、ヴィンセントの腰が引かれ、アンジェラの口から外れる。
「ごめんね。へたで…」
ヴィンセントはアンジェラを仰向けに押し倒した。
「そうじゃない。オレはおまえの中で…」
ヴィンセントの膝が、アンジェラの足の間に割って入る。
そして、彼女のしっとりと汗ばんだ腿が左右に開かれ、さっきまで彼女の口にあったものが、すこしず
つ押し広げるように入ってくる。
「あっ…う…」アンジェラの手がシーツを握りしめる。
身体が割けていくような痛みで、息が止まりそうになり、ヴィンセントの肩をつかむ。
思わず腰を引きそうになるのを懸命にこらえ、彼の背中で足を交差させ、耐える。
これで、やっと彼とひとつになれるんだと自分に言い聞かせて。
「アンジェラ…」ヴィンセントが声をかける。
目を閉じていたアンジェラの瞼にヴィンセントがそっと口づける。
まるで心臓がそこに移動してしまったように、二人の繋がった部分がドキドキと脈打っているように感
じられる。
「アンジェラ…辛いか?」
「…平気…」
「…辛かったら、がまんするなよ」
アンジェラは頷く。
ヴィンセントの身体が、アンジェラの上でゆっくりとスライドし始める。
さっきとは違う痛みがやってきたが、それは熱のように感じられた。目を開けてヴィンセントの顔を見る。彼のほうが苦しそうな顔をしている。
熱が高まっていく。知らず知らずに、ヴィンセントの動きに合わせ、アンジェラの腰もうねるように動
いている。
もう痛みはほとんど感じなくなる。ただ熱い。
熱が、アンジェラを溶かしていく。身体の奥に、快楽の芯のようなものができつつあるのを感じる。
そこに辿りつきたくて、なかなか辿り着けない。
それを求めて、アンジェラはヴィンセントの背中に腕を回し、自らの身体を彼の身体に引きつけるよう
にしがみつく。
もうちょっと。あとちょっとで…。
二人とも、もうなにも言わない。ただ息づかいが荒い。
ヴィンセントの背中が緊張する。
白くなりそうな意識の中に、ヴィンセントの呼ぶ声が響く。
「アンジェラ…!」
最後にアンジェラの吐息が叫び声に変わる。
「…ぁあああああっ!」
ヴィンセントがアンジェラを抱きしめる。ぴったりと隙間なく。
やっと息が落ち着いたとき、アンジェラがぽつりと言う。
「ヴィンセント…ずいぶん、慣れてない?」
「えっ?」
ヴィンセントがぎくっとする。
「…どこで覚えたの?」
「…気のせいだよ。…おまえこそ、なんでそんなことわかるんだよ」
「え?だって…ただなんとなく…」
「考えすぎ。…オレ、眠いから寝る」ヴィンセントは横を向いて目を閉じる。
「ヴィンセント!ごまかさないでよ!もうっ」
のぞき込むと、ヴィンセントはもう寝息を立てている。
「狸寝入りしないで」
返事はない。
アンジェラはくすっと笑うと、ヴィンセントのこめかみに軽く口づけた。
「…いいわ。今回は見逃してあげる」
アンジェラもヴィンセントの背中に顔をつけて目を閉じた。
二人は同じ夢の中に入っていった。
FIN.