あれから1年が経った。  
 今、古谷テツは帰国のため、飛行機に乗っている。  
 窓の外を眺めながら、テツはユカリと観覧車に乗ったときの景色を思い出していた。  
 それは忘れられない景色であり、思い出せばいつでもあの切なさが蘇ってくる。  
 ヨーロッパに行ったばかりの頃、何度もユカリの夢を見た。  
 空美からの手紙はユカリに繋がるものとして、ますますユカリを思い出させた。  
 けれど手紙は、やがてテツにユカリの恋が成就したことを知らせた。  
 とっくに振られていたのに、それは想像以上のショックで、テツはそのときはもう手紙など読みたく 
もないとさえ思った。  
 けれども、その傷を塞いでいったのもまた、彼女の手紙とヨーロッパまで訪ねてきた空美自身だった。  
 空美は側にいただけで、テツになにも望まなかった。それをテツは心地よいと感じた。  
 傷跡はまだ残っている。でも、もう血はにじまない。  
 自分の気持ちが変化しつつあることをテツは自覚してはいたが、確信はなかった。  
 遠くで思うことと、実際に会うことは違う。  
 ユカリを間近で見ないうちに、判断はできない。  
 テツは帰国の日時を誰にも知らせていなかった。  
 空美やレイジからの手紙には、決まったら連絡して欲しいと書かれてあった。  
 レイジはむろん無視したが、空美にはどうしようかと、直前までテツは悩んだ。  
 けれど結局。  
 やっぱり、空港には一人で降り立とうとテツは思ったのだ。  
 
 
 
数日後。  
ユカリの携帯が鳴った。  
「はい。麻生です」  
「オレ、慈光院彩斗だけど。麻生、テツが帰ってきてるの知ってたか」  
「へ?イヤ全然」  
「あいつ、誰にも知らせてなかったんだな。さっきヤツから連絡あって、オレも初めて知ったんだ。で、 
急だけど明日永禄の体育館で飲み会やることにしたから、おまえも来いよ。あ、雪野と井上にも声かけて」  
「明日ですか、オレバイトが…」  
「遅れてもいいから。来いよ」  
「ハイ…」  
ユカリは、言われたとおり雪野と空美に連絡した。どんな顔でテツに会えばいいのかと悩みながら。  
ユカリからの知らせで雪野は単純にテツの帰国を喜んだが、空美の場合は複雑だった。  
自分が帰国の日時を知らなかったことが、ずいぶんこたえた。  
所詮、自分はその程度の存在なんだと思い知らされたような気がした。  
それに今までは遠くにいたからこそ、手紙を出せた。  
でも、帰国してしまったら、彼女でもない立場の自分が、どうやってテツと接触したらいいのか。  
空美は電話を切った後もしばらくぼんやり立ちつくしていた。  
 
翌日。  
時間よりかなり遅れてテツが体育館にやってきた。  
テツは、以前より髪が伸び、少し痩せたように見えた。  
 
駆け寄ったレイジを邪険に振り払い、彩斗と少し話してから、テツは雪野たちのほうに歩いてきた。  
「てっちゃんお帰りなさい」雪野が声を掛けた。  
「ああ」  
テツの視線がユカリを探しているのに、空美はすぐ気づいた。  
「古谷さん、麻生は今日バイトで。後から来ます」  
テツが空美を見る。  
「そうか。…空美、手紙たくさんくれてありがとな。返事あんまり出せなくて悪かったな」  
空美は首を横に振った。久しぶりに見る実物のテツだった。  
自分の気持ちが通じてなくても、顔を見られてやっぱり嬉しかった。  
後輩たちが次々に、テツにお帰りなさいと声を掛けた。  
テツはあまり話さないが、もともとのキャラクターなので誰も気にしない。  
しばらくして、ユカリが来た。  
ユカリは少しおどおどしながらも、テツの前にやってきた。  
「雪野とうまくいって良かったな」テツは言った。  
ユカリはほっとしたように笑って頷いた。  
「あ、麻生くん」  
雪野がユカリの隣に来て並んだ。  
 
彩斗に連絡する前、テツはずいぶん考えた。  
でも結局、会ってみなければわからないと思ったのだ。  
実際に自分の目で見たとき、どう感じるのか、本当のところテツは畏れていた。  
今、二人は目の前にいる。  
全く平静というわけではなかった。でも、もう胸は痛まなかった。  
 
それがテツには意外なような当たり前のような気がした。  
あの頃の、あの激しく強い想いはどこへいったのだろう。  
テツはぼんやりと、楽しげに語らう二人を眺めていた。  
ふと横を見ると、心配そうな空美の視線にぶつかった。  
テツは空美の顔をまじまじと見た。  
テツと目が合うと、空美は顔を伏せた。  
 
オレはやっぱり…。  
考え込み、黙々と飲むテツに、あちこちから酒がつがれる。  
テツは、酒を飲みながらどんどん自分の中に入り込み、そして、潰れた。  
「あーあ、しょうがないなあ。ほら、古谷さん、起きて。送ってくから」  
空美が声を掛けたが起きない。  
「あれー、てっちゃん、もう寝ちゃったの?」  
「古谷さん、まだ旅の疲れが残ってるんじゃないかな」  
ユカリと雪野が寄ってきたので、空美は車の拾えるところまで、二人に手伝ってもらいながら抱えていった。  
タクシーを止めると、なんとかテツを押し込んで、空美は自分も乗った。  
「後は一人で大丈夫だから」空美は二人に手を振った。  
ユカリと雪野は、ちょっと顔を見合わせてから、手を振った。  
空美はタクシーの運転手に、自分の住所を告げた。  
別に意図はなく、ただ雪野とユカリの親密な様子を初めて見たテツを、一人の部屋に戻すのはかわいそ 
うだと思ったからだった。  
アパートに着くと、苦労してテツをベッドに寝かせた。  
無防備に眠るテツを見ていると、切なくなった。  
やっぱり、まだ麻生のことが忘れられないのかな…。  
 
古谷もかわいそうだが、自分もかわいそうだな、と空美は思った。  
誰が悪いわけでもないのに、やりきれない。  
落ち込みそうになって、空美は頭を振って立ち上がった。  
シャワーを浴びて出てくると、バスローブを羽織ってビールを飲んだ。  
考えてもしかたない。自分に言い聞かせた。  
すでにかなり飲んでいた上に何本かのビールのせいで、やがて空美も限界を超え、テーブルに突っ伏し 
て眠ってしまった。  
 
テツが目を覚ましたのはまだ夜明け前だった。  
見慣れない部屋に驚き、あたりを見回すと、空美が床に転がっているのが見えた。  
テツは、状況を理解した。  
多分以前のように、眠ってしまったテツを空美が連れて来てくれたのだろう、と。  
テツは帰ろうと思ったが、空美を床に放ったままではさすがに悪いと思った。  
ベッドから降りて、空美を抱きかかえ、今まで自分の寝ていたところにそっと寝かせた。バスローブの」胸元がすこしはだけて、深い谷間が見えた。  
テツは慌てて目を逸らした。  
「…古谷さん?」空美が目を覚ました。  
「ごめん、起こしちまったな。昨日悪かったな。オレ、帰るから」  
「古谷さん」  
「なんだ」  
「…大丈夫ですか」  
「酔いは醒めた」  
「そうじゃなくて…あの、麻生のこと。ショックだったんじゃ…」  
 
テツは首を横に振った。  
「わりと、平気だった。…おまえのおかげかもしれない」言葉が、するりとでた。  
空美の目が大きく見開く。  
「それ…どういう…」  
「なんていうか、いつの間にか麻生とおまえがすりかわってたっつうか…うまく言えないな、まだ」  
テツは、立ち上がり、ドアのほうに歩き出した。  
「待ってください。帰らないで!」  
テツが振り向いた。空美の大きな目が光っている。  
「今の話…あたしのこと、少しは好きになってもらえたってことですか」  
空美は必死だった。今聞かないと、もう聞けそうになかった。  
「そう…かもしれない」テツがまた向こうを向きながら言った。  
空美がテツの背中にしがみついた。  
空美の豊かな胸を背中に感じながら、テツが言った。  
「おまえ、まだ酔ってるだろ?やめとけよ。素面になったら後悔するから」  
「…あたし、ずっとがまんしてた。古谷さんは麻生が好きなんだから、って。拒否されるのが怖かったか 
ら。でも、もしもあたしのこと、受け入れてもいいって思ってくれてるんだったら、お願い、帰らないで」  
空美の身体が震えがテツにも伝わってきた。  
テツの中で今までもやもやとしていた感情が形をとりつつあった。  
それが同情なのか、愛情なのかの区別はまだつかなかったけれども。  
ただ、ここで空美を拒んではいけないということはわかった。  
そして、自分もそれを望んでいた。  
テツはゆっくりと空美に向き合った。  
 
泣きそうな空美の頬を両手で包んで、軽く触れるようなキスをした。  
空美は足の力が抜けて、ベッドの上に手をついた。  
「正直言って、オレは自分の気持ちがよくわからない。まだ、混乱してる。おまえはそれでもいいのか?」  
空美は黙ったまま、テツの目をまっすぐに見ながらウエストの紐をほどき、バスローブを落とした。  
中は、ショーツ一枚の姿だった。  
白く大きな、でも形の良い胸が露わになり、テツの目の前にあった。  
それは部屋の外からのかすかな明るさを受けて、複雑な陰影を浮かび上がらせ、空美の心臓の鼓動に合 
わせ、ゆっくりと上下していた。  
テツの理性は吹き飛んだ。  
テツは、服を脱ぎ捨て上半身裸になると、空美をベッドに押し倒した。  
身体にのし掛かり、細い肩を押さえながら、さっきと違う深いキスをした。空美は、入ってきたテツの 
舌に自分の舌をからませた。  
静かな部屋で、二人の吐息が互いの耳に大きく響く。  
キスしながらテツの手が、弾力のある豊かな胸を、その形をなぞるように触れた。  
空美の唇からあえぎ声が漏れる。  
そして両手に余る乳房を持ち上げるように揉みながら、そのはりつめた白い肌に何度も唇を落とす。  
やがて唇が首筋から鎖骨をとおり、ピンク色の小さな乳首にたどり着く。口に含んで舌の先で転がし、 
立ち上がった乳首を歯で軽く咬む。  
空美の息が荒くなる。身体がびくんと跳ね、息を吸い込む。  
唾液で濡れた乳首の表面を、親指の腹でそっと撫でると、空美が声を上げた。  
「ああっ!」  
 
テツの手がショーツに掛かると、空美は両手で自分の顔を隠した。  
テツはゆっくりとショーツを引き下ろし、足首を抜いた。  
膝を両手で開く。空美は顔を隠したまま、抵抗しなかった。  
下腹を撫でながら、徐々に手が下に下がっていく。空美の身体がまた震え出した。  
片手でくびれたウエストを押さえながら、テツの指は、中心に分け入っていく。  
空美の身体が反り返る。  
「濡れてる」テツが囁く。  
テツの指が熱いぬめりの中を探る。探索するように動き回る濡れた指先が、小さな突起を見つけて摘む。 
そしてやさしく擦る。  
「はああっ…あ…ああ…」空美の身体が弓のようにしなる。  
テツが中指を少しずつ差し込んでいく。狭い。柔らかなものが、指に熱く絡みついて圧迫してくる。  
指を入れたまま、さっきよりふくらんだ突起を擦る。空美の手がシーツを掴んで、身体を捩る。  
「あ…いやぁ…っ」  
空美は眉根を寄せて息を止めている。薄暗がりの中でも、白い肌がピンク色に染まっているのがわかる。  
「もう…やめ…」  
「やめない」テツの指は止まらずに執拗に動き続ける。  
「あ…あたし…あああっ!」テツの指がきゅうっと絞られ、空美の身体が痙攣した。  
空美は自分の胸を抱きながら、荒い息をついている。  
テツは自分のベルトを外し、下も全部脱いだ。  
テツの硬くなったモノが太股に当たって、空美はそれを見た。  
 
空美の顔が赤くなった。  
「ホントに、いいのか」テツが聞く。  
だめだと言われても、多分止まれそうにないと思いながら。  
空美がこっくりと頷く。  
テツは脱力した空美の足をもっと開くと、もう限界まで硬くなったモノに手を添えて、今指を抜いたと 
ころに押し当てた。  
空美の身体がびくんと堅くなる。  
「力、抜けよ。」  
空美が深く息を吸って、吐く。ずいぶん濡れているのに、かなりの抵抗を感じてなかなか入らない。  
テツの背中にまわされた指がくいこむ。空美はぎゅっと目を閉じ、苦しげな表情をしている。  
肩を抑えて片足を持ち上げ、やっと奥まで入れる。  
「…うっ…あ…ああ…」  
空美の閉じた瞼が震えている。目尻に涙がにじんでいる。  
もしかして、とテツは思う。  
「空美、おまえ、初めてなのか」  
空美がかすかに頷く。  
「…バカだな。どうして…」  
言いかけて、テツは気づく。最初からわかっていたら、今、こうしてはいないかもしれない。  
「空美…」  
空美を愛しいという気持ちがテツの中に沸き上がってきた。身体を繋げたまま、テツは空美を抱きしめ、 
何度も口づけた。  
「動いて平気か?」  
 
「…うん…」  
テツは空美を気遣いながらゆっくり動き始めた。それでも、空美の表情を見ると、かなり辛そうだった。  
空美自身は痛いだけなのかもしれない。でも、空美の内部はテツの動きに反応して熱く蠢き、締め付け 
てくる。動きに合わせ、上を向いた乳房が揺れる。優しくしたいという思いが、つきあげる衝動に消さ 
れそうになる。  
「あっ…あっ…はあっ…うっ……」空美が歯を食いしばる。  
早く終わらせないと。テツは思った。  
「もうすこしだから」  
空美の顔が苦痛にゆがむ。息が荒い。  
テツの動きが激しくなり、やがて空美の下腹の上に白いものが迸った。  
 
「大丈夫か?」しばらくして、テツが言った。  
「…うん」  
「おまえ、ホントにバカだよ」  
「でも、嬉しかった…」  
テツの胸がまた温かくなる。  
その気持ちをどう伝えればいいのかわからず、空美を抱き寄せてテツは言った。  
「いつか…遊園地に行って、観覧車に乗ろうな」  
空美は目にいっぱい涙をためて、大きく頷いた。  
 
(END)  

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