人の記憶って曖昧な物よね‥‥
彼女はふとテレビに映った景色に思いを馳せる。
なんて事無い田舎町にレポーターがやって来て、『こちらのおじいちゃんは99才でー』などと、職人
の紹介をしているあり触れたもの。
何気なく見た景色の中に塚のような物が映っていた。
(蛇神さま‥‥元気かな)
神様に向かって元気かもないのだが、あの神様だけは別だ。
3年ぐらい前まではしょっちゅう思い出していた。
2年ぐらい前まではたまに思い出していた。
去年当たりからほとんど思い出さなくなってしまった。
――今年に入ってからは初めてかも‥‥
「‥‥な‥‥ちーなっ――千菜っ!」
心が現実に戻ってくる。目の前に怒った顔の太一がいた。
「お前ってそう言うやつだよな、‥‥人が御奉仕してるってのに最中で寝こけやがって」
「あ、や‥‥ごめんごめん」
へへへっ――と笑う千菜に、クルリ背を向けると「寝る!」の一言。
テレビの映像に『蛇神さまを思い出した』なんていえない。あの頃はいろんな事が――恋愛面でも――
ありすぎた。いい思い出も、悪い思い出も。
「ごめんよぅ。式の準備で疲れてたのかも‥‥。おこんないで、続きしよ?」
「‥‥‥‥」
「それともやめとく?」
「‥‥‥‥しとく」
本当に怒ってない事などお見通しだ。長い付き合いなのだから。
それでもポーズで怒った顔をしている彼が、心底愛しかった。
身体を重ねる関係になってから、もう2年。半年前にプロポーズされてから、来週の結婚式までなんや
かんやと忙しい。それでも時間を作っては、こうやって二人の時を過ごすのである。
「っん‥‥」
乳房の先端に口付けされ、くぐもった声が出る。
太一は慈しむように千菜の体中を愛撫しはじめた。
「なぁ、千菜‥‥本当にいいのか?」
指の動きがふと止まる。快感の波に揺れていた千菜は、惚けたように太一を見た。
「えっ、えぇ〜?あの‥‥気持ち‥‥いいよ?」
「や、そう言う事じゃなくて――ほんとに俺でいいの?」
「はあ?」
またこいつは――いったい何がそんなに不安なのかと、小一時間問い詰めたい。千菜はぎゅっと太一の
首にすがりついた。
「太一はなんでそんな事言うかなぁ」
「ワリィ」
学生時代、二人と同じクラスだった『青木大将』のことが思い出される。彼は千菜の幼馴染みでもあり、
思い人でもあった。その事は太一も知っているし、当時は二人がどうなるかで賭けもしていた。
半ば公認のようなカップルではあったが、実際はただの幼馴染みで、野次馬根性のクラスメイトは二人
の行く末を楽しんでいたのだ。
『大穴であっさりフラれるに200円』そう言ったのは太一だった。
全くその通りで、ある日転校して来た少女とあっさりくっついてしまった。
「太一さぁ、あの頃のコト思い出す?」
「蛇神さま、たのしかったな‥‥」
あの、人間好きな可愛い(?)神様。千菜達のクラスにやって来ては騒動を巻き起こしていた――そう、
とても楽しい騒動を。
クスリ、と笑みがこぼれる。
「ね?どうせ昔のコト思い出すなら、楽しい事のほうがいいって」
「だよなー‥‥と、あともう1個聞きたい事あんだけど‥‥」
「なに?」
太一が照れた顔で口籠る。
「いや、お前ってさ‥‥喘ぎ声とかあんまださねーじゃん?――ちゃんと気持ちいいのかな〜なんて」
「――あんた変なビデオの見過ぎ!」
「あんま積極的じゃねーし‥‥」
「そう言う性格じゃない――し、けど拒んだ事無いでしょ?察してよ‥‥自分から言えないってコトぐらい」
「‥‥うん」
何となく納得したのか、太一は首にしがみついたままの千菜をぐっと抱き上げた。
そろりと目標を見定め、自分のモノのある位置にゆっくりおろしていく。
「まだはやいって!」
「大丈夫、すげぇ濡れてっから」
「‥‥っん‥‥」
すっかり根元まで収まると、太一はニッと笑う。
「千菜の中はあったかいな」
手のひら全体で乳房を撫で回し、耳たぶを甘噛みする。蘇って来た官能に千菜がうめいた。
「ほらとっとと腰動かせ。がんばれば痩せるぞ?」
「‥‥あんたやっぱりバカ」
まあ、そんなところも好きなんだけどね――という台詞を言うべきか、言わざるべきか。でも、言った
ら喜ぶんだろうなぁ‥‥と思いながら、千菜は快楽の中に落ちていった。
「太一!卵!卵忘れてる!」
「やべっ」
「もう、しっかりしてよね」
「人のせいにすんなよ」
式の前日、地元に帰って来た千菜と太一は慌ただしく家を出た。
今頃大将もあちらで待っているだろう。――恋人のあの子と一緒に。
さて、蛇神様に会ったらなんて言おうか?『ひさしぶり、元気だった?』かな、それとも『明日わたし
結婚するんだよ?』かな。あいてが新田茂一の孫だって知ったら、蛇神さま驚くだろうな――。
クルクル回る想像に、堪えきれず笑いがもれる。
「蛇神さま、ちゃんと起きてっかな?」
「さあ、でも寝てたらわたしが叩き起こすわよ!」
それが、ずっと、ずっと前にかわした約束だから――。