『ぅっ……ぁっ、ああっ!』  
湿気たボロ藁を敷き詰めた粗末な寝床に眠っていた少女は、いきなり泣きながら叫び、  
まるで飛び跳ねるようにして上半身を起こした。  
彼女は己の両腕で華奢な肩を抱きしめ大きな目から涙を溢れ出させ、  
「!………あ……あたし……こ、ここは?」  
今にも崩れそうな煤けた暗い納屋を見渡す。  
「あ、そうか……夕べ、ここに、と、泊まったんだった……け」  
そうして何度も深呼吸をして乱れた呼気を整えると溢れる涙を拭うのだった。  
 
また、あの沼地での出来事を夢に見たのだ。  
 
あの時の、心を掻きむしられるような恐怖と焦燥感が彼女の心に鮮明に蘇る。  
悪夢を振払うかのように身震いをする少女は身体に覚えのある違和感を感じて唇を強く噛み締めると、羽織っていた臙脂色の合羽を放り捨て、燻るように火照る自らの躯を見下ろす。  
「畜生! あたし、どうしちまったんだよ?」  
拳を床に叩き付けた少女は流れ落ちる汗に顔をしかめて俯いた。  
 
少女は肩で息をして着物の上からそっと胸に手を置き、  
目を閉じて幽かにうめき声をあげ、徐々に力を込めて乳房を握りしめる。  
そして、圧迫された乳房から生じる感覚に刺激された少女の脳裏には、あの沼地での己の痴態が呼び起こされてしまい、彼女の心は声にならない悲鳴をあげた。  
いつのまにか心の奥底に大きく口を開けた、あの黒く底無しの泥沼のような穴から、炎のように熱く煮えたぎる仄暗い快楽が触手のように手を伸ばしてきて、逃れようとする彼女の心と肉体に執拗に絡み付き蝕んでいく。  
 
「畜生っ、思い出したくないのに……また、あたし……」  
少女は全身汗まみれになりながらも、まるで凍えているように震え、すがるように申し訳程度の薄い板壁へと視線を走らせた。  
この壁の向こうでは、あの男が彼女に気を遣って野外で寝ている筈だ。  
彼女は、表情の読めない男の鉄仮面を思い浮かべホッと息をつく。  
そして手を、  
恐る恐ると下腹部に伸ばし、  
秘裂に細い指が触れた途端に彼女は敏感な躯をピクンと震わせた。  
「んんっ……」  
彼女は、甘い吐息を漏しながらも酷く悔しそうに顔を歪ませる。  
「くぅ、ぁ、ああ、あたしの馬鹿やろうっ!」  
あたしっ、  
あの男の事を夢に見て、涙を流し、こんなに濡れてしまう程、堕ちてしまたのか……  
 
彼女は頭を振ると壁に叩き付ける、  
それよりも今は、  
「や、やめなきゃ……」  
しかし指は彼女の意図に反して秘裂に沈み込んでいくのだ。  
彼女は、堪え難い肉欲への渇きに、  
「くぅ……んんっ」  
心を震わせた。  
 
――あぁ、指がとまらない……  
少女は身悶えしながら薄い壁に額をつけ、外へと呼び掛ける。  
「おい、お、起きているか?」  
だが男は眠っているのか返答がない。  
「ふっ、ん、ぁ……」  
己の指が生み出す快楽に喘ぎ、上を見上げれば、  
天井の壊れた隙間からは銀色に輝く満月が覗いて、彼女の躯に注いでいた。  
 
 
あの日の夜も、風の無い、こんな満月の夜だった。  
「くぅ、ああ、畜生っ!」  
彼女は快楽を断ち切ろうと、汗で濡れた服を脱ぎ捨て全裸となって立ち上がり、  
白い乳房を揺らして屈み込み、寝床の脇に立て掛けてあった脇差を手に持つと幽かな音をたてて白刀を抜き、そっと今夜の寝ぐらとしていた壊れかけた廃屋を抜け出して、熱く疼く躯を青白い月光に晒す。  
途端に少女の陰裂から一筋の粘液が滴り落ち、その感触に顔の表情が歪み、己の躯を見下ろした。  
美しい線を描く整った躯、すらりと伸びやかな両手足は長い旅の間に健康的に日焼けしており、月光が胴体の白さを強調して生々しく肉体を浮き立たせる。  
 
迅鉄は、鋼丸は、あの二人は、あたしを、この躯をどう思っているだろうか……  
少女は確かめるように上半身を捻って、円やかな美しい尻を目にすると厭わしい己の躯から目を逸らした。  
 
彼女は息を潜め足音を立てないように裏に回る、そこには擦り切れた合羽を身に巻いた男が刀を脇に立て掛け、彼女を守るように壁に寄り掛かり眠っていた。  
あの沼で死んだように横たわる男の姿を思いだし、少女の目から涙がボロボロとこぼれ出す。  
『い、生きているよな?』  
 
気配に敏感な鉄仮面を着けた男は、その心細さげに震える乳首が触れんばかりに接近して覗き込む彼女の体温に幽かに身じろぎをする。  
彼女はゴシゴシと涙を拭い、  
「こんなに泣くなんて、あたしの柄じゃないのに」  
と囁き、ホッ、と安堵の息を漏すが、  
震える手に持つ白刀を、ゆっくり男の首に当てた。  
 
今ここで、  
――この手に力を、ちょっと込めれば、鮮血が噴き出すだろう。  
力を込めようとした手が震えて刀が月の光りを反射し、眩しさに彼女は目を閉じた。  
この男を殺せば、心を引き裂いて今も躯を苛み続ける、この淫らな悪夢を消せるかもしれない。  
 
だが……  
閉じた目を開くと視線が彼の股間を彷徨う。  
あの夜、あの寂しい暗い沼のほとりで、  
『あたしは……コツツの……股間に顔をうずめて、くっ!』  
少女は脳裏に男の醜いモノが浮かべて、激しい喉の乾きを覚える、そして膨れ上がる肉欲の疼きに彼女は怯えて刀を持ち代えると、今度は男の股間に切っ先を向けた。  
いっそうの事、ここに、この刀を……  
 
―― で、出来るわけがないよ、あたし、あたし、迅鉄を殺るなんて、出来ないよっ!  
『ああ、あの夜以来、あたしは変わってしまったんだ。畜生っ、もう、ここには、あの紅雀の丹はいないんだ……』  
彼女はガクリと膝を付くと、彼の鉄に覆われた表情のない顔を見つめ、  
「…ぁ……」  
我知らずに熱い吐息を漏し、男の名を呼んだ。  
「迅鉄……」  
 
あたし……あたし……  
この男の身体を覆う硬く冷たい鋼に、この、しこる乳房を押し付けたい……  
あの堅く不器用な指で、この躯の全身をくまなく弄り回されたい。  
ああ……  
鉄仮面も、継ぎはぎだらけの身体も、なぜか癪に触る、あの性格も、言葉も……  
彼女は生唾を飲み込んだ。  
欲しいよ、迅鉄が欲しい…  
あの、逞しいモノを口に頬張って味わいたいなんて  
「……あたし、も、もう狂ってる?」  
 
ついに耐え切れなくなった少女は、触れただけでグジュグジュと粘液が溢れ出る秘裂に指を根元まで奥深く差し込み、いやらしい音を立てて喘ぎ声を漏しはじめる。  
「んんっ、あっ、迅鉄ぅ……はぁ、はぁ、ん、ん、んんっ……」  
でも……  
た、足りないよ、奥まで、と、届かない、こんなもんじゃ、あたし満足できない……  
「はぁ、はぁ、あたし……んん、あたし……迅鉄の……」  
モノが欲しい……よ、  
鋼のごとく硬く、あのゴツゴツした太く大きなモノが、肉筒の中を張り裂こうとばかりに充満して激しく暴れ回る、そして嫌らしい音を響かせて、何度も、何度も……出たり、入ったり……  
時には優しく、時には壊れてしまいそうなほどに激しく奥まで突かれ、快楽に乱れまくる。  
そして、あたしは、まるで餓えた雌犬のように……  
 
うっとりと惚けたような表情を浮べた少女は、刀をポトリと落とすと、  
ハッとしたように周囲を見回して震える自分の肩を抱く。  
「はぁはぁ……くぅ……もう、やだよ…この躯……このままじゃ、あたしの、あ…か…ぎ、はぁはぁ、一家の一人の、むす…め、としての誇り……が……」  
 
しかし、いつの間にか目を開いていた男と目が合い、  
「あ…っ!」  
慌てて大股を閉じて恥ずかしさの余り彼女の全身が紅く染まった。  
 
「ちっ、き、貴様、お、起き……やがった、の……か、って、見るなぁ!」  
かろうじて胸を張り虚勢を保とうするが、全裸であることを思い出し、剥き出しの乳房を慌てて隠す。  
「眠れねぇのか……」  
「ぇ、……う…うん……」  
彼女は、全裸で自慰をしていた自分を前にして平然としている男に、女としての矜持が刺激しされムッとしながらもコクリと頷く。  
 
男は、少女が廃屋から忍び出た時から気が付いていたのに違いない。  
その、申し訳なさそうな目に憐れみの色を感じ取り、彼女の心は張り裂けそうになり目を逸らした。  
「そ、そんな目で、あたしを見るなっっ、て言ってるだろっ!」  
「ぁ、わ、悪かった」  
「だから、謝るんじゃねー」  
屈辱に身体をぶるぶると振るわせ胸と股間を手で隠している少女は、恥辱に顔を歪ませた。  
 
「また、躯が疼いて、あ、すまん、悪い、あの悪夢を見て、眠れねぇーのか……」  
柄にある一つ目が動き、彼女に優しく問いかける。  
彼女は、男に染み一つない美しい背を向けると、恥じいるようにしゃがみ込み頷いて、目から涙を溢れ出させて幽かな嗚咽を漏した。  
 
「あ、謝る、必要なんて、グス、うう、ないよ、そうだよ、悪かったな、躯が熱くて、う、疼いて、ヒック、眠れねぇーんだよ、あたし、どうしちゃったんだよ、ぐす、ウワ〜ン」  
泣きながらも少女の心は怯える。  
毎夜、毎夜、悪夢にうなされ、男の躯を欲しがる淫乱な自分を、この男は、いや『男と刀』はどう思っているのだろうか?  
嫌われやしないだろうか……  
 
「オイ、オイ、恥ずかしくて、おっぱいとアソコを隠してぇーのは、分かるが、その後ろ姿、腰と、でかい尻が却って嫌らしいじゃねーか」  
「なっ!」  
くっ、あ、あたしが、こんなに苦しんでいるのに、  
「ふ、ふざけんじゃねー、あっぁ!」  
からかうような口調に怒った少女は、振り向くと同時に腕を掴まれ、  
「は、離しやがれっ」  
「ふざけて、なんかいねぇーよ!」  
「えっ、ぁ、ちょっと、迅鉄っ!」  
気が付いた時には、男の胸に抱きすくめられ擦り切れた彼の合羽に包まれていた。  
 
「怒ってるおめぇは、可愛いぜ?」  
「ば、馬鹿やろう!」  
少女は涙を拭いながら、さらに頬を脹らませ、  
躯をまさぐる男の手に、慌てて叫ぶ、  
「は、離しやがれ、あ、あたし、汗だらけ……だし…ぁ、やだよ……き、昨日、水浴、出来なかったし……」  
泣き腫らした目を赤くした少女は、驚き恥じらい焦ったように暴れるが、却って強く抱きすくめら、あやされるように頭を撫でられてしまい憮然とした表情を浮べた。  
「ば、馬鹿にするなっ、鋼丸っ、迅鉄になんか言ってよ」  
「あのなぁ、そんな嫌らしい格好で目の前に居られたら、いくら鈍感で気の利かねぇー 迅鉄だって、我慢の限界ってもんがあるぜ? なぁ、迅鉄」  
 
鋼丸の一つしかない目を睨みつけ少し肩を竦めながら、彼女に向ってコクリと頷く男に、少女は羞恥心に、はにかみ、真っ赤になって身悶えして俯く。  
「そ、そんな、ことっ、う、嘘いうな、こんな風になってしまった、あたしを、同情して憐れんでだけだろぉー」  
「丹、なに、訳の分からんこと、言ってやがんだ!」  
「だって、さっきだって、コイツ、ぁ、二人とも、あたしが抜身の長ドスを首に当てても、眠っている振りをしていただけじゃねぇか、ば、馬鹿にしやがって!」  
「ん、俺らが起きていたのに気がついていやがったのか、いや、憐れみなんかじゃねよ、なっ、迅鉄っ!」  
鉄仮面を被った男が、少女の弾ける乳房を片手で、そっと覆いながらコクコクと頷く。  
「あっ、ちょっと、コ、コラ……ぁ」  
彼女は敏感に反応しながらも男の胸から顔をあげ、潤んだ眼で、彼の一つしかない目を見つめる。  
 
「…ホント……か?」  
「ああ、第一、俺らの、命は、おめえの物だぜ? おめえの好きにしていいんだぜ」  
「…………」  
「それにな、俺らは、お前の望みだったら、なんでもしてやる、もちろん、丹、お前も俺らのもんだぜ? 他の男に、ちょっとても色目をつかってみろ、お仕置きだぜ」  
「!」  
何を言い出すんだとばかりに刀の目を睨み付ける男に、小さな小さな溜息をついた少女は、  
それでも頬を朱に染め、彼の胸に顔をうずめて囁く。  
「ば、馬鹿やろう……」  
そうして、照れながらも男の手が股間に伸びるのを感じて喘ぎ声をあげた。  
「あ、……やぁ、んんっ」  
「さっきの、自分で慰めていた、おめえ、すげぇ、可愛いかったぜ?」  
「あっ、…ば、馬鹿……んっ、んん、じ、迅鉄、鋼丸…んっぁ、んんっ、」  
「それに、どちらかって言うとだな、憐れみの目じゃなくてな、お前さんのような、上玉な女をモノした、チンケな男の優越感と満足感と、所有欲、あと、あれは発情した欲情の目だ、って、うっわぁー」  
鋼丸と呼ばれた刀は、男に板の割れ目から廃屋へと投げ込まれた。  
 
「迅鉄、なにしやがる!」  
板の向こうから喚く声が聞こえ、少女は顔をしかめて黒目がちの大きな瞳で男を見つめる。  
以前の自分だったら  
――あたしは、てめぇの物じゃねえー、  
と怒り心頭して長ドスを抜いて追っかけまわしただろうに……  
だが……今は……  
何故、こんなにも、腹立たしくも、こそばゆく嬉しいのだろう?  
 
「迅鉄、は、鋼丸の、い、言ったこと……」  
「本当に決まってるだろー 俺は元武士だぜ、嘘は言わねー 迅鉄のへそ曲がりと違って……、あ、おい!」  
男は、薄い壁を正拳でぶち抜き、腕を伸ばして喚いている刀を手に取る。  
「俺は、おめえの唯一無二の刀なんだぞ、大事に扱いやがれぇ、ってぇ、やめろぉー」  
さらに廃屋の奥に摘まれた藁山の上に放り投げて  
照れくさそうに視線を逸らし、ヤレヤレと肩をすぼめてから、少女に無言で少しだけ頷いた。  
 
少女は、丹と呼ばれた少女は、彼等と一緒に旅をするようになって数週間、初めて笑い、彼に聞こえない程に小さな声で囁いた。  
 
好き……だよ、あたし、お前ら、のこと、好き……なんだ……  
 
少女は、何処か儀式のように、剥き出しになった彼のモノに手を添える。  
あの最悪の夜、一晩中、彼を生き返ららそうとして、これを、この手で握り、この口で喰わえ、必死に何度も頬張り、そして……そして……  
 
『ぁ、あ、あたしは……』  
 
男の手が、強張る少女の繊細で美しい顎に触れ  
「!……じ、迅鉄?」  
男は、半ば照れて呆れながらも悪戯っぽく頷き……  
少女は、ホッと息を吐くと僅かに微笑んで、  
「馬鹿にしやがって……」  
と囁き、際限さなく沸き上る肉欲に抗うのを諦め、生意気そうな頬を可愛く朱に染めて下唇を舐めると、彼の股間に顔をうずめた。  
 
         おわり  
      

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