「國生さんが、その手鏡をもらってくれてて、何とか間に合ってよかった・・・。  
もし、どこかに連れ去られて二度と会えなくなったら、ずっと工具楽屋にいてくれ  
なかったら、オレ・・・・」  
「社長・・・・」  
 いつにない雰囲気で、我聞に見つめられた陽菜は、吸い込まれるように正面から我聞の腕に抱かれた。  
 
 それは激しい抱擁ではなく、ごく自然に身体を寄せ合ったという感覚だ。  
(ああ・・社長・・・こんな道ばたで・・・でも・・・・・何も考えられない・・)  
 陽菜は抵抗もできず、する気もなく、声を出すことも、名前を呼ぶことも、  
思考すらも頭のどこかが霞がかかったように機能しない。  
 
 だから、陽菜はほとんど流れに身を任すまま目を閉じた。  
 
 ごくわずかな逡巡による間。陽菜の中にじれったさと、ほんの少しの不安。  
 
 でも、その感情の動きの直後、陽菜の唇に柔らかい感触。  
 彼女はその感触に安心し、そして、彼女はまるでそれが当然であるかのように、  
侵入してきた我聞の舌を受け入れて、自らも積極的に舌を絡める。  
 
 普通ならあまり気持ちがいいとは思えない、生暖かい、ぬるぬるした感触であるのに、  
陽菜は、背筋にぞくぞくした感触を覚え、自らの「女」としての欲望が持ち上がるのを  
感じた。  
(社長・・・私を・・・・)  
 
 次の瞬間、陽菜は自らが、自分の部屋の自分のベッドの上にいることに気がついた。  
 そして、たった今まで見ていた夢に思わず真っ赤になった。  
(わ、私、いったい何をしようと???!!・・・・しゃ、社長と!! 社長と!!)  
 
 夢の中とはいえ、陽菜は自分の行動が信じられなかった。  
(あ、あんなに私、社長と、キ、キ、キ、キスを・・・・・?!)  
 陽菜は軽くパニックに陥った。確かに、昨日は、大変なことがあって、監禁されたところを我聞に間一髪で助けてもらったのだ。  
 
 それで、遅くなったので、あまり寝ていない。それにしても、あんな夢を見るとは・・・。  
 
 陽菜は寝不足の頭のまま、呆然とした。  
 そして、だんだん、目が覚めてきて、頭がはっきりしてくると、彼女の両手は・・・・。  
 
 左の掌で、自らの右の胸を揉みしだいており、右手の指はあろうことか、茂みをかき分けて、まだ未熟な陽菜の女の穴を慰めていたのだ。  
(な、何をやっているの?! 私・・・・!! こ、こんな・・・はしたない・・・!!)  
 そう、気がつけば、陽菜のヒダはまるで、漏らしたように下着はおろか、その上の寝間着にまで恥ずかしい液を染み出させていた。  
 
(こ、こ、こんな・・・。シャワーを浴びて、着替えないと。。。。)  
 今日の陽菜は、こうして一日が始まった。  
 
 
 
「社長・・・・」  
(こ、國生さん! な、なんて姿に・・・・!!)  
 我聞は、目の前の陽菜の一糸まとわぬ姿に、声をかけることも、目を逸らすこともできなかった。  
 いや、正確に言えば、見てはならないものであるのだが、全裸の美少女を前にして、  
特に他から邪魔も入らないうちに自分からそれを棒に振るのは、思春期の男の性として  
不可能であった。  
(い、いかんいかん!! っこ、國生さんは社員。社長たるもの社員に淫らな気持ちを抱いては・・・・)  
 きまじめな我聞は、しかし、社長としての自覚から、驚異的な自制心で、  
彼女への視線を引きはがそうとした。  
 
 ところが・・・・・  
 
「社長・・・・」  
 陽菜の、その、我聞を呼ぶ声は、しっとりとした色気を醸しだし、いつもの清純で、  
透明感のある、有り体に言えばあまり色気のない口調とは打って変わっていた。  
「い、いかんぞ、國生さん!! っこれは・・・」  
 などと、慌てる我聞だが・・・・  
 
 ぴと。  
 
 気がつくと、陽菜は裸のまま、我聞に正面から抱きついていた。  
 いつの間に、そんなに近づいていたのか、なんと、仙術使いの我聞が全く反応できない。  
 
 そこで、張りつめた我聞の理性の糸は限界であった。  
 
 我聞は、陽菜の裸の背中を強く引き寄せると、目を閉じて、むしゃぶりつくように彼女の唇を奪った。  
 こんなことを許す陽菜ではないはずなのだが、彼女は何の抵抗もなくその行為を受け入れている。  
 嫌がったり、抵抗するそぶりのない陽菜に、我聞はもう、たまらずに、正面からだと、  
辛うじてふくらみの陰影が確認できる程度の彼女の小さな乳房をもみしだく。  
 
 さすがに、これは、ひっくり返されることも覚悟したが、陽菜の吐息が荒くなるだけで、何事も起こらない。  
 
 そうなると、もう、我聞も止まらない。小さくて清楚な蕾の頂点をつまみまわし、それが固く、しこってくるまで責め続ける。  
 そして、我聞は陽菜を押し倒し、半ば強引に両脚を割る。  
 すると、繁みのなかには、まだ、誰にも荒らされていないはずの割れ目が・・・・・・。  
 
 我聞は自らを取り出すと、前戯も何もなく、いきなり陽菜のそこを奪った。  
 そして、間髪入れずに夢中で腰を振る。  
 
 なにか、感触はわからないが、とにかく興奮した我聞はその行為に夢中になって、  
陽菜が、何を言っているのか、何を言っていないのかも全くわからなかった。  
 
(陽菜さん、陽菜さん!!)  
 
 我聞はもう、陽菜を抱いているという事実だけで、頭の中は一杯になっていた。  
 
 
 次の瞬間、目覚めると、我聞はいつもの自分の布団の上であった。昨日は、陽菜があわや、というところで、助け出して、その後も事後処理で遅くなったので、あまり寝ていない。  
(おおお、オレはいったい何をしていたんだ!! 社長ともあろうものが、こ、國生さんを、ご、強姦・・・・・!!)  
 夢の中とはいえ、理性は負けて、欲望のままに振る舞ってしまったことに深い自己嫌悪に陥った。  
 
 別に、寝ぼけ頭の夢の中の出来事で、普段の彼の行動とは一切関係がないものであるし、  
誰に迷惑をかけるわけでもないのに、きまじめな我聞は実際にやってしまったかのような  
気持ちになった。  
 
(まずい、まずいぞ。國生さんと顔を合わせたら、どんな風に話をしたらいいんだ・・・)  
 
 混乱したままの我聞は、そんな夢を見ていたことを自分から言わなければ、  
他人に知られるはずもないことにも気づかなかった。  
 
 だが、やはり、下着に残った我聞の欲望のなれの果ては、自分で洗って始末した。  
 
 その日の我聞の一日はこうして始まった。  
 
 
 
 陽菜は、シャワーを浴びて、身支度を調えると少しは気分が落ち着いてきた。  
 しかし、ふと、開いた手鏡をのぞき込むと、そこには、不安げで、自信のなさそうな女の顔が映っていた。  
(どうしちゃったの? 私・・・・)  
 まるで、自分の居場所を探して焦っていた工具楽屋に働き始めた頃に戻ってしまったような、はかなげで頼りない表情をしていた。  
(しっかりしなくちゃ・・・。でも・・・)  
 
 我聞に会ったら、どんな顔をすればいいのだろうか?  
 
 今更ながら、自分が彼に全部見られてしまったことを思い出して赤くなった。  
 そして、今朝の夢・・・。  
 もし二人きりになったりしたら、夢の中の自分と同じように、彼と抱擁を交わし、唇を重ねようとするのだろうか?  
 
(いけない! そんなことをしたら・・・・)  
 
 いやらしい娘だと思われてしまうかもしれない。軽蔑されてしまう、嫌われてしまうかもしれない。  
 たとえ、我聞が他の女の子のものになっても、それだけは避けたかった。  
 
(と、とにかく、今日はあまり社長とは会わないように、会っても他に誰かいるところで・・・)  
 
 だが、それは、想像しただけでも、何とも言えない寂しさを感じてしまうものだった。  
 とはいっても、陽菜は他に何もいい方法を考えもつかなかったので、気持ちを押し殺して学校に出かけた。  
 
 
 
 一方、我聞は、日課の早朝トレーニングで汗を流していた。  
 とにかく、煩悩を追い払わなければならなかった。  
 それには、頭が空っぽになるまで身体を動かすことしか考えつかなかった。  
 
「くーー!!! 今日は全然だったーーー!!」  
 珠が悔しがる。ハンデがついた我聞にマラソンで完敗したのだ。  
「はっはっは。まだまだだな」  
 我聞は余裕のある態度を見せたが、実のところ、珠のことなど眼中になかった。  
 
(とにかく、一応、落ち着いたぞ。後は國生さんに会ったとき、別に普通に接すれば・・・)  
 そこで、はた、と気がつく。  
 
 普通に接するって、どういう態度だったっけ?  
 
 もともと、あまり考えるのが得意でないので、感じるままに自然に振る舞えば良いのであるが、  
一度意識して、考え込んでしまうと、どういう態度が正解なのか、全くわからなくなってしまった。  
 
 しかも、昨日は裸の陽菜を思わず抱きしめてもいたのだ。そのときは、決してやましい気持ちではなかったのだが。  
 思い返してみると、あれはかなりまずかったのではないかと思えてきた。  
(い、いかん! これでは、エロ社長と言われても仕方がない!)  
 
 と、とにかく、もう二人きりにでもなったら、自分の行動に自信が持てなくなってきてしまった。  
(今日は、國生さんとはあまり顔を合わせないようにした方がいいか。もう少し、おちついてから・・・)  
 我聞は、一応、そう決意して、学校に向かった。  
 
 
(すこし、間をおいてから)  
 決してお互いを嫌い合っているわけでもないのだが、我聞も陽菜も期せずして二人揃って  
そう思っていたそのそばから・・・・  
 
「お、おはようございます」  
「う、うん、おはよう」  
 
 通学路の真ん中でばったり出会ってしまった。  
 
 もちろん、登校の前には、本日のスケジュールの確認を校門の前で行うのだが、今日は、  
まだ心の準備が必要なところなのに、予定より早く顔を合わせることになった。  
 
「その、き、昨日はよく眠れた?」  
「いえ、寝たのは三時過ぎになってしまいましたし・・・・」  
「そ、そうだったね、あははは・・・オレ、何をいってるんだか・・」  
 
 思いっきり不自然・・・・・。  
 
 どうにか、普通に接しようとすればするほどお互いにぎこちない。  
「聞き捨てなりませんな」  
 ぬっ、と、どこから現れたのか、天野が口を挟む。  
「わあっ!!」  
「きゃ!」  
「そんな夜遅くまで、るなっち、何を・・・? そして寝るのが遅くなったことを知っているくぐっち・・・・怪しい」  
 まるで、難事件を真剣に推理する名探偵のような口調で天野がからかう。  
「よしなよ〜、恵〜」  
「な、なにも怪しくなんかないぞ!」  
「そうです! 昨日はたまたま、残業で遅くなっただけです! 会社の人たちに聞いてもらえれば・・・」  
 二人して慌てて弁解する。  
 本当のことなのに、まるで、「何かあった」ことをごまかしているような様子に見えてしまう。  
「うんうん。そういうことにしておこうか」  
 にやにやと笑う天野。  
 
 冷やかすだけ冷やかしたら、二人の弁解を聞こうともせずに天野は走り去ってしまった。  
「ご、ごめんね、二人とも。後で恵には謝るように言っておくから」  
 そう言うと、住も天野を追いかけて行ってしまった。  
 
 ポツンとその場に残される二人。  
 
「あっ、そ、それで、本日の予定ですが・・・・」  
「おおっ、うん! 聞きたい、聞きたい」  
 いつもスケジュール確認を始めると、ようやく、二人ともいつもの自然な状態に戻った。  
 ただ、この状態が、いつまで続けられるかは、甚だ心許なかった。  
 
 学校に着いて、授業が始まると、クラスの違う二人は当然別れ別れとなる。  
 陽菜は、昨夜からのドタバタで、少し我聞と離れていた方がいいと考えていたから、  
彼の顔を見なくなれば少しは落ち着けるだろうと思っていた。  
 
 ところが、一時間目の間中、彼女は我聞に注意をし忘れたこと、なにか彼に会いに  
行かなければならない用事がなかったかと絶えず心の中を捜していた。  
(今日の予定は確認したし、テスト範囲はまだ発表になってない。  
体育の授業も今日はないから、仙術がばれないように注意しなくてもいいし・・・・  
授業の予習しなければならない範囲は・・・・今言ってもおそいし・・・・)  
「國生」  
(昨日のことを気にしないでくださいとわざわざ言いに行くのもおかしいし・・・・)  
「國生、123ページの二段落から読んでみろ」  
(お礼はもう言ったからもう一度言うのも変だし・・・)  
「國生、きこえんのか?」  
「は、はい! 本日の予定は・・・・」  
「違うだろ、今は授業中。仕事も大事だろうが、今は授業に集中するように」  
 普段クラスではクールな優等生の陽菜の珍しい失敗に周囲から意外そうなざわめきが起こる。  
 陽菜は、とんちんかんな答えをしてしまったことに赤くなってしまった。  
 
 一時間目と二時間目の間の休み時間は、なんとか我慢できた。しかし、二時間目も  
終わりに近づくと、陽菜のモヤモヤした気分も最高に達し、急な仕事の連絡がないことに  
理不尽な焦りさえ覚えるようになっていた。  
(いけない・・・こんなことじゃ・・・・でも・・・・)  
 
 しかし、彼女は、その焦りや動揺が、元気な我聞の姿を見たい、彼に会いたい、  
その欲望がかなえられないことに起因しているということが自覚できていなかった。  
 だから、彼女は、自覚のないまま、我聞のクラスに行く口実を無理矢理作ってしまった。  
(そうだ。今日の部活の予定を佐々木さんか天野さんに確認しておかないと)  
 そんなことは、別に今すぐ確認しなければならないことでもなかったし、  
どうせ授業が終わる時間は決まっているのだ。  
 放課後になってからでも十分間に合うことだったが、二時間目が終わると陽菜は  
いそいそと自分の教室を後にした。  
 
 行動に移すと、心なしか気分も明るく、足取りも軽い。  
(今日は特に仕事の予定がないからちょっと長く部活をやってもいいかな・・・)  
 
 しかし、そんな気分に水を差すように携帯に連絡が入る。  
(緊急の本業。至急社長を寄越されたし。中之井)  
 そのメールに陽菜は我知れず呻いた。よりによってこんなタイミングで・・・・。  
 
 
 一方の我聞。  
 陽菜と別のクラスなので、授業中は彼女の目を気にしなくてよくなった我聞の方は、  
むしろホッとして一息ついていた。  
 もちろん、別に陽菜が嫌いなのではない。だが、彼女の前に出ると緊張して、  
バカな真似をしてしまいそうで、軽蔑されるのが怖かったのである。  
 以前なら、冷たい視線を浴びても、それほど長く引きずることはなかったのだが、今、  
あのときのような視線にさらされたら、かなり堪えそうな気がした。  
 そんな風に妙にくつろいでいた我聞だが・・・・  
「失礼します・・・・2年6組國生ですが・・・工具楽はいますか?」  
 
 今日の予定は聞き終えていたので、一瞬、何か自分がへまをやったかと、  
我聞は心配になってしまったが、陽菜は特に怒っている様子はないようだ。  
 しかし、それにしては表情が暗い。  
「なんと國生さん! ようこそ。どうぞどうぞ、我聞ならここです」  
「どうどう!」  
 佐々木がすぐに反応するのを馬でも抑えるように天野が後ろ襟を引っ張って止める。  
「えっと、どうしたのかな?」  
「ここではちょっと・・・」  
 そのやりとりに、何を想像したのか、横の方で天野が興奮する。  
(きゃー、きゃー! もしかして、告白?!)  
(なにー!! あのクールなオレ達の國生さんが自分から告白など、  
そんなことがあってたまるかああぁぁぁ!!)  
(やめなよー、普通に仕事の用事かも知れないのに・・・)  
 
 陽菜は普段は使われていない資料室へと我聞を連れ出した。  
 住の言うとおり、本業の話をするのに、他人がいるところがまずいだけなのだ。  
 陽菜は近くに誰もいないことを確認すると、扉を閉めてそれでも声をひそめてささやいた。  
「本業です」  
「こんなに急に?」  
「今回は特別だそうです。奥津さんが同行するそうですので彼の指示に従ってください」  
 
 奥津太一・・・既に初老にかかった人物であるが、真芝壊滅作戦にも参加しているように、  
炎の仙術使いとしての実力は折り紙付きである。  
「奥津さんの指示って・・・國生さんや工具楽屋のみんなは?」  
「中之井さんからのメールに寄れば、今回は、社長と、奥津さんの二人だけでの仕事、  
ということです。詳しいことは、現地に飛ぶ間に説明があるとのことですが、  
とにかく、早退の届けを出してください」  
その、陽菜の表情は、いつになく冴えない。なにやら不安そうな、心配そうな顔をしている。  
「あ、はい」  
 我聞は陽菜の態度が、いつもの彼女らしくないのを不審に思ったが、とにかく仕事なので担任に連絡して下校した。  
 
 我聞を送り出すと、陽菜は中之井からのメールに対して工具楽屋に確認の電話を入れた。  
「どうして、今回に限って、社長一人で行かせなければならないんですか?!」  
 仕事のメールが入ったとき、部活がお流れになったことに、陽菜はいったんは気落ちした。  
 しかし、どのみち我聞に会いに行けることに変わりはなかったから、すぐに  
仕事に向かって気を取り直した。  
 それなのに、メールを読み進むと、「今回は社長だけが奥津さんと某国での仕事」との一文を見たとき、  
陽菜は理不尽な怒りを感じずにはいられなかった。  
 だから、工具楽屋への電話にも、勢い、くってかかるような口調になってしまう。  
 そんな陽菜に、電話に対応した優は当惑気味に答えた。  
「だからね、今回は、陽菜ちゃんだけでなくて、あたし達も行かずに、  
我聞君と奥津さんの二人だけ、ってのが向こうの依頼なんだけど・・・」  
「どうしてですか?! 真芝壊滅作戦の時だって、社長について行ったじゃないですか。  
危険だというのでは理由になりませんよ?!」  
「そうじゃなくて、今回は純粋に、火力勝負なのよ」  
 
 依頼内容は、某国に広がるケシ畑である。政府が率先してケシから麻薬を製造し、  
それが日本でやくざを通じて売られて貧しい某国政府の重要な資金源になっている  
のである。  
 某国政府が関与しているだけに、ケシ畑は広大だ。全てを焼き払うには、  
某国の領空に飛行機を侵入させて、ナパーム弾でも使用することが考えられるが、  
国際問題になるので、日本政府も、さすがにそこまではできない。  
 となると、少人数でこっそりと忍び込み、しかも、不意をついて相手が対応する前に  
全てを焼き払わなければならない。少人数となると、持って行ける装備も限られる。  
我聞と奥津なら、装備など必要とせずに広大なケシ畑を焼き払う力がある。  
 
 優の説明に、陽菜の理性は納得したが、感情的にはやはり割り切れないものを感じた。  
 
「あれ? 工具楽くんは仕事に行ったのに、國生さんはいいの?」  
 住が陽菜は冴えない表情のまま自分の教室に戻る陽菜を見つけて声をかけた。  
「え、ええ・・・」  
 曖昧に返事をして、そそくさと陽菜は住達の視界から逃げるように歩み去った。  
 
 教室に戻ると、陽菜はしょんぼりと自分の席に着いた。  
 仕事が入れば、いつもなら我聞と一緒に早退するのに、彼と離れて自分だけが  
まだ学校で授業を受けることになんだか落ち着かず、憂鬱な気分であった。  
 
 その後の授業はつつがなく終わった。特に問題となるような難しい内容でもなかったし、  
事故や事件もない、ごくごく普通の、いつも通りの時間が流れているだけのようであった。  
 いつもと何も変わらない、それなのに、陽菜には、いつも通りには感じられない。  
いつもの学校、いつもの教室が、無味乾燥なものに感じてしまう。  
 
(社長が仕事に行ったからって、授業中は関係ないはずなのに・・・・)  
 
 陽菜は胸のモヤモヤが朝よりも大きくなったような気がした。  
 今日はもう仕事もないし、こんな時はせめて部活に出て気分を高めよう。  
 軽く拳を握り、そう決意すると、陽菜は卓球室に向かった。  
 
「こっくしょーさーん!!」  
「はいどー、どー!」  
「懲りないやつだな」  
 部活に出ると、佐々木と天野のいつもの掛け合い、中村の冷静なつっこみ、  
いつも通りの和やかで楽しいひととき・・・・・の筈である。  
 実際、陽菜も、部活前よりよりは笑ったし、体を動かして、鬱屈とした気分も  
多少良くなった。だが、何かが足りない、満たされない。  
(楽しいのに、楽しいはずなのに・・・・)  
「ところでさ、くぐっち、今日はほんとにどうしたの? 仕事にしたって、いつも一緒に行くるなっちはいるじゃん」  
 天野が脳天気に陽菜に聞いてきたが、それに対して陽菜は曖昧に答えておいた。  
 そういえば、陽菜が部活に参加するときは必ず我聞がいた。逆はあっても、陽菜が一人で部活に参加したのはこれが初めてだった。  
(そうか、社長が仕事しているのに私だけ部活していることが後ろめたかったんだ)  
 部活に今ひとつ乗り切れない理由をそう解釈した陽菜は、ようやく少し得心が  
いったような気がした。実は、その解釈にも欺瞞があるのだが、陽菜自身はまだ  
気がつかない。  
 陽菜の、我聞がいない、初めての部活は、そのままなにやらすっきりしないまま終わった。  
 
 下校すると、いつもの通り工具楽屋へ出勤する。  
 しかし、今日は足取りが重い。  
「遅くなりました」  
 事務所にはいると、そこには桃子が来ていて、我聞がいないことにむくれていた。  
「なーによー、せっかく来たのに、ガモンが出張なんてー!!」  
「電話で確認もせずに来たんだから、こんなことだってあり得るだろうが」  
 キノピーがなだめる。相変わらず制作者の桃子に対して、それ以上にもっともな発言をする。  
「そうじゃないのよ! また、ガモンといる時間が陽菜よりも少なくなっちゃうじゃない!」  
「いや、今回はそうじゃなくてね・・・」  
 優が相手をしているが、聞いちゃいない。  
「桃子さん、来ていたんですか」  
 陽菜が声をかけると、桃子は驚いたような顔をした。  
「あれ? 陽菜、帰ってきたんだ? ガモンはどこ?」  
「社長は今日はお一人で出張ですが・・・・」  
 「一人で」というところに微妙に声のトーンが弱くなる。それを聞いて、桃子はたちまち機嫌を直す。  
「なーんだ、よかったー」  
「なにがですか?」  
「あ、こっちのこと。それじゃ、ガモンは、出張から戻るのにどのくらいかかるの?」  
「さあ、はっきりとしたことはいえませんが、三日から四日くらいかかるのではないかと思います」  
「えー、三日も出張? つまんない」  
 その後ひとしきり、つまんないつまんないを連発して、桃子は帰って行った。  
 
 彼女が帰ると、我知れずホッとして、陽菜は事務仕事にかかった。  
 しかし、いつもは、陽菜にとっては、それ自身がやりがい、生きているための存在意義  
と言っても良いほどのウェイトを占めていた、工具楽屋の仕事に対しても、気分が乗らない。  
 先代に対して恩義を感じたり、失敗を恐れたりすることに対して、ナーバスに  
なったことはあったが、仕事に集中できない、やる気が出ないことは今までなかった。  
(いくら家族と同様にといっても、こんな調子が続いたら・・・)  
 書類仕事を片付けるのに普段の倍の時間をかけてしまい、陽菜の心は動揺する。  
 ただ、幸か不幸か仕事は押していなかったので、いつも以上に丁寧に、  
そして時間をかけることで、何とかその日の仕事を終えることができたが、すっかり遅くなってしまっていた。  
「お疲れ様です」  
「おつかれー。陽菜ちゃん、こんな遅くまで大変だねー、それほど仕事押してないから、  
そんなに無理しなくてもいいのに」  
 また、怪しげな設計図とにらめっこしながら優が返事をする。  
「そのことなんですが、実は・・・・」  
「んー? なに?」  
 優は図面に気を取られて生返事だ。  
「いえ、何でもありません。おやすみなさい」  
 
 社員寮の自分の部屋に帰ると、当たり前のことだが陽菜は一人となった。秋も大分  
深まっていたこともあるが、夜遅く戻ると部屋は気温以上に寒々としているように思えた。  
 陽菜はまずバスルームで湯沸かし器から湯船にお湯を出した。お湯が張るまでの時間で  
着替えてスーツと学校の制服をハンガーに掛けて、ほっと一息つく。  
 
 聞こえるのは秋の虫の音色と湯船に落ちるお湯の音だけ。陽菜の部屋は、高校生の少女  
らしい持ち物どころか、テレビも、CDラジカセも、およそ若者らしい持ち物すら  
なんにもない部屋である。  
 だから、風呂の支度がすむまでの手持ち無沙汰の時間、陽菜はベッドのヘッドボードの上に  
置いてあるフォトスタンドの集合写真を飽きもせずに眺めていた。  
 その写真は、父の武文が帰還した時に撮ったもので、武文、番司、桃子、工具楽屋一同  
と工具楽姉弟、そして中央には我聞、その隣には珍しく陽菜が笑顔で写っていた。  
 以前は、まだ髪をお下げにした中学生の陽菜と、我也、中之井、優、辻原が写った  
写真が飾られていが、今は、写真を新しいものに換えてあった。  
(この写真の私と社長・・・・なんだか隣にいるのが嬉しいみたい・・・・こんな顔して  
たんだ・・・・・私・・・)  
 
 そうこうするうちに風呂ができる。陽菜は脱いだ服を洗濯機に入れると、まず、  
湯船につかる前に頭を洗い、顔を洗い、上から下へと順繰りに体を洗う。  
(今日は一日中、なんだかすっきりしなかったな・・・)  
 そう思うと、また、思い出したように胸のモヤモヤが大きくなっていく。  
 
(んっ・・・ああ、・・・)  
 
 陽菜はモヤモヤを紛らわすために、自らの二つの小さな胸をおそるおそる揉みしだく。  
最初はゆっくりと、そしてだんだんと強く・・・・。  
 すると、陽菜の敏感になってきた蕾のような胸の先端が固く勃っていく。陽菜は  
我慢できずに、自分の乳首を指先で強く摘んでこりこりと転がす。  
 
 元々、陽菜は性についての目覚めは遅い方だった。生理が始まってからも、ずいぶん  
長い間、体調が悪くなる日があるのは困ると考えていた。  
 その後は、安定してきたが、性欲そのものはあまり感じたことがなかった。ごくたまに、  
いらいらして、人知れず乳首や性器をいじったりした程度だった。  
 もちろん、男性を欲しがったりとか、自慰で絶頂までいったことはない。だが、今日は・・・・・。  
 
(ああ、社長・・・・・・)  
 
 陽菜は脳裏に我聞を思い浮かべる。  
 
 化学兵器をこわしに行った先で、我聞に抱え上げられて閉まるシャッターをくぐり  
抜けた時のこと。  
 その後、我也の手がかりと、青いスーツの男を追って、無謀な追跡をしようとした自分  
を抱えて脱出したときのこと。  
 新幹線ジャックの時に、倒れた自分を運んで看病してくれたこと。  
 肝試しで、自分を軽々と抱えたまま、よくわからないとラップから助けてくれたこと。  
 そして、ヤクザに捕まって、売り飛ばされそうな自分を助けに来てくれて、おぶって連れ帰ってくれたこと・・・。  
 
 それらを想いながら、彼女は、なおいっそうの自慰にふける。脚を拡げ、  
汚されていないきれいなピンク色のヒダヒダをかき分け、肉芽を剥いてしごく。  
(ああっ・・・ああん・・だめ・・・指が・・・・止まらない・・・・)  
 そのまま限界まで強く、速く指を動かし続けた陽菜は・・・・  
 
 ビク! ビクビクッ!!  
 
 彼女は初めての絶頂を体験した。  
 
(これが、イクってこと・・・。私・・・・・・いっちゃった。社長のこと想いながら、  
いっちゃった・・・)  
 陽菜は絶頂の後の気だるい中、言いしれぬ罪悪感を感じていた。いつも一生懸命で、  
優しい我聞が、異国での仕事だというのに、自らは彼をダシにして性欲にふけって  
しまったのだ。  
 陽菜はそそくさと体を洗う作業を終わらせ、頭まで湯船に浸かった。  
 
 風呂から上がると、タオルを一枚巻いたままで鏡の前で髪を乾かす。  
鏡の中の自分の顔を眺めながら、陽菜は考える。  
(社長は私のこと、どう思っているんだろう?)  
 
 信頼できる役に立つ秘書? 家族同然は妹と同じってこと? ただの友達?  
 
 短い髪、化粧気のない顔、小さい胸。女らしい柔らかさ、美しさ、かわいげ、色っぽさ・・・。  
鏡を見ていると、自分にはそういうものが欠けていると、陽菜は思った。  
 これまで、ほとんど気にすることはなかったのは、父や母、我也に対しては  
「いい子」であれば良かったからだ。  
 
 自分は我聞に「女として」どう思われているのだろう?  
 
 優のような大人の色気、果歩や桃子のような可愛らしさ、彼女は初めてそういうものを  
うらやましいと感じた。  
 
「髪・・・伸ばしてみようかな・・・・」  
 ふと、そんなことをつぶやく。だが、元々三つ編みできるほど長かった髪を  
今のようにしたのは、体術を覚えるときに邪魔になったためだ。こわしやをやる以上、  
格闘しなければならない時のことを考えると、伸ばすわけにはいかない。  
 陽菜は力なく頭を振ると、そのままベッドに倒れ込んだ。  
 
 
 それからの三日間、國生陽菜の憂鬱は続いた。  
 仕事でのミスこそ犯さなかったが、それだけだった。普段の彼女の仕事ぶりからすれば  
大分見劣りした。  
 だが、三日目の夕方学校から陽菜が出社すると、  
「お疲れ様です」  
「あ、はるるん。今、奥津さんから連絡が入ったんだけど・・・」  
 優が、奥津から仕事は成功した旨、明後日に戻る旨の連絡があったと教えてくれた。  
(社長が帰ってくる)  
 そう思っただけで、陽菜はそわそわと落ち着かなかった。  
 
 帰って来たらどんな顔で、どんなことを話そう?  
 
 陽菜は気分がぱあっと明るくなった。しかし、そこで窓に映った自分の姿を見て、  
ふと考える。  
 
(いつものスーツ、いつものネクタイ、いつもの髪型、いつもの・・・・私の顔・・・)  
 
「ガモンが帰ってくるって!!」  
 我聞が留守の間も、毎日毎日、工具楽屋に顔を出していた桃子が歓声を上げた。  
「そうと決まったら、うんとおめかしして、ガモンに・・・・」  
 桃子は、ドレスアップした自分が、我聞を虜にすることを想像して、  
口元がだらしなくゆるむ。が、  
「めかし込んだって、控えめ胸は変わらないわよ」  
 優に差し入れを届けに来た果歩が茶々を入れる。  
「あんたなんて、見せる相手もいないくせに、この薄胸!」  
「言ったわね! このクソガキ!」  
 そのまま、いつもの罵り合いになる。  
 
 その様子を横目で見ながら、  
(おめかし・・・か)  
 陽菜は誰にも聞かれないように密かにつぶやいた。  
 
 その夜、陽菜は、それほど多くもない自分の服を全部出して、部屋中に並べ立てた。  
(スカートは制服しかないし、メイド喫茶をやったときのメイド服はレンタルだし、  
他に何かかわいい服は・・・)  
 普段着ですら、スカートが一着もないことに愕然としながら、陽菜はああでもない、  
こうでもないと、スラックスとブラウスの組み合わせに悩んだ。  
 
 ようやく選んだのは、明るい茶色のスラックスに、シンプルなクリーム色のブラウス、  
フリルのついたカーディガンだった。  
(まだやっぱり、地味かな・・・でも、社長・・・気がついてくれるといいな)  
 それでも、我聞のために、精一杯おしゃれをして、彼が驚くところを想像すると、  
陽菜はこころ楽しくなった。  
 そして、次の日を心待ちにして眠りに就いた。  
 
 明くる日、学校を終えると、陽菜は大急ぎで寮に戻った。  
 そして、念入りに身支度をととのえて、工具楽屋に向かった。今日は、本業成功と、  
我聞帰還のお祝いを工具楽家でするので、業務はお休みである。  
「きゃー、かわいい! 陽菜さん、今日は普段着なんですね。お兄ちゃん、喜びますよ〜」  
 果歩が、めざとく陽菜を見て褒めてくれる。それに対して、また、桃子がなにやら  
突っかかっているが、陽菜の関心はもう、我聞の帰還にのみ向けられていた。  
 
 そこに・・・  
「おう、じゃまするよ」  
 キセルを咥え、鉢巻きを巻いた、絵に描いたような江戸っ子の風貌、  
炎の仙術使い・奥津太一が工具楽屋に現れた。  
「今回は、遠いところ、お疲れ様です」  
「ああ、まあな」  
 しかし、我聞の姿が見えない。  
「あの、うちの社長は?」  
 陽菜がおそるおそる訊いた。  
「あいつは帰らない。社長も辞めて、退社するそうだ」  
 

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