「お父さん・・・」  
「なんだ、陽菜・・・まだ起きていたのか?」  
「・・・ごめんなさい、真っ暗になると、今日のことが、夢だったんじゃないかって、思って・・・  
 目が覚めたら、お父さん・・・いなくなってたらどうしようって・・・」  
「・・・済まなかったな・・・5年もお前を一人にして・・・あまつさえ、真芝に・・・」  
「それは言っちゃだめ、だって、お父さんの方が辛かっただろうから・・・  
 私は・・・社長が、みんなが・・・いてくれたから・・・」  
 
真芝第一研から帰還して、長かった今日が終わりました。  
あの夜・・・たった一晩の出来事でしたが、あまりにもいろいろなことがありました。  
厳しい戦いでしたが、嬉しかったことは、沢山ありました。  
 
先代が戻ってきてくれました。  
先代が家に戻ったときの、果歩さん達の喜ぶ顔は・・・一生、忘れないと思います。  
辻原さんも無事でいてくれました。  
あのときの社長・・・本当に、嬉しそうでした。  
何より、お父さんが生きていてくれたこと・・・一緒に、ここに帰ってきてくれたこと。  
消息不明だった先代と違い、事故で亡くなったと・・・もしかすると、は無いと思っていました。  
でも今、ここで・・・私の隣で横になって、私とお話ししてくれているのです・・・!  
 
「そうか・・・我聞くん達は、お前に良くしてくれたようだな」  
「うん、お父さんがいなくなった後、先代が私を工具楽屋に迎えてくれて、  
 工具楽屋のみんなが仕事を教えてくれたの・・・でも、先代も出張先で行方不明になっちゃって・・・」  
「誰にも言わずに出て行ったそうだな、全く我也は・・・だがまあ、それも私のせいか」  
「・・・お父さん」  
 
辛いことも、怖いことも、ありました。  
お父さんに言葉が届かなかったとき、全てを諦めそうになりました。  
社長が倒れ、意識を失ったとき・・・大切な人を失う怖さに、心が折れかけました。  
でも、私たちは誰一人欠けることなく、工具楽屋へ帰ってきました。  
 
「・・・それでね、先代の長男だった今の社長が、代理という形で入社、就任ってなったんだけど・・・」  
「我聞くんか」  
「うん・・・でも、最初は・・・未熟だし、余計なことはするしで・・・ついつい先代と比べてしまって・・・」  
「ふむ、まあ我也とてはじめは似たようなものだったがな」  
「でも、本当に酷くて、今にして思うと、あの頃は皮肉ばっかり言っていた気がする・・・」  
「はは・・・それにしては、今は随分信頼しているようだが?」  
「えっ・・・あ、その・・・うん・・・社長は、未熟だったけど・・・  
 私たちを・・・社員や家族を守ろうっていう気持ちは本当に強かったし・・・」  
「ふむ」  
「・・・私のことを、家族と言ってくれて・・・お父さんも先代もいなくなって、  
 仕事しかないって思い込んでいた私に、いろんなことを見せて、教えてくれたの・・・」  
「なるほど」  
「相変わらずヘンに思い込みが激しかったり、何でも一人で抱え込んじゃうところはあるけど、  
 そこはお互いにカバーして・・・」  
「お互いに?」  
「え・・・あ、うん! わ、私も秘書として未熟だし、社長と、上手くやっていければなあって!  
 あ、あくまで社長と秘書として、だから!」  
「む・・・? うむ、確かに第一研で見せた態度は社長として十分、立派なものだったな・・・  
 私が自分を取り戻せたのも、我聞くんのお陰とも言えるしな」  
「うん・・・社長が諦めないで約束を守ろうとしてくれたから」  
「最後に見せた二人の合体技も見事だった。  
 初めての試みだったそうだが、我聞くんの気の容量を見極め出力を絞り過ぎることなく制御するとはな・・・  
 余程息が合ってなくては出来るものではないぞ」  
「そ、そうかな・・・ほら、社長とは仕事でも部活でも一緒だし、お互いのこと、よくわかるから・・・」  
「・・・なるほど」  
 
お父さんにはいろんなことを話したいのですが・・・やっぱり、社長とのことは、ちょっと・・・  
・・・お付き合いしてる、って言ったら、なんて言うでしょう・・・許して、くれるでしょうか?  
社長としては認めてくれているようなのですが・・・  
 
「しかし、我也とそっくりだな、彼は」  
「ふふふ、本当に・・・さっきも・・・」  
 
私たちが帰還して果歩さん達に迎えられてすぐ、  
社長の家で“お父さんお帰りなさい”ということで、工具楽屋の面々に番司さん、桃子さんも加えて、  
恒例のすきやきパーティーが開かれたのですが・・・  
 
「・・・と言うより、我也の子はみんな、奴の血を引いているだけのことはある、と言うべきか・・・」  
「あ、あはは・・・」  
 
例によって、社長と珠さん、斗馬さん、それに優さんが入り乱れたお肉の奪い合いになるのですが、  
今日はそこに先代まで加わった訳ですから、それはもう凄まじく・・・  
 
『お前ら! 折角帰ってきた父親に少しは遠慮しねーか!』  
『ボクは育ち盛りです故!』  
『ですゆえ!』  
『ええい! ならば我聞、おめーは長男なんだからちっとは自重しろ!』  
『俺は第一研で流した血の分だけ肉を補給せねばならんのだ!  
 例え親父の言うことでもそれは聞けん!』  
『ぬうう、いいだろう! ならば俺も本気を出させて貰うからな!』  
『望むところだ! かかってこい!』  
『リミッター解除!』『バーサーク!』『二刀流!』  
 
・・・・・・・・・  
とまあ、そんな感じでして・・・  
 
「ま、まあ・・・私は、賑やかで好きだけど・・・大分慣れてきたし」  
「そういえば、よくご一緒させて貰っていたそうだな」  
「うん、社長が、私がいつも一人で食事しているのは寂しいだろうって声をかけてくれて・・・  
 嬉しかったな・・・最初は面食らったけど、本当に楽しい食事で」  
「・・・そうだな、私もだ・・・あんなに楽しい食事は何年ぶりだったろう・・・」  
「お父さん・・・」  
 
感情をロックされていたお父さんが食事に喜びを、いえ、あらゆることに対して、喜びを感じることなど、  
この5年の間、無かったのでしょうね・・・  
社長たちの家族が繰り広げる壮絶な争いに番司さんや桃子さんは半ば唖然としていましたが、  
お父さんはその様子を本当に楽しそうに眺めていました。  
 
「しかし、毎晩あんななのか?」  
「そ、そうかな、大体あんなかな・・・いつも最後は果歩さんが治めてくれて・・・」  
「あの子は少し冷静かと思っていたが、最後に手が出る辺り、やはり我也の子だな、ははは」  
「そ、そうだね・・・」  
 
工具楽一家によって、すっかりお鍋の周囲には触れるだけで弾かれる制空圏が造られてしまい、  
他の人が手出しできない状況に業を煮やしたのか、  
 
『あんたたちいい加減にしときなさい! お父さんも!』  
 
と、やはりいつものように手、とついでに脚も出て、  
瞬く間に社長をはじめ先代、珠さん、斗馬さんを薙ぎ倒してしまいまして・・・  
 
「あの子には仙術の素養はない、と我也から聞いてはいたが、やはり我也の娘であることには変わりないな」  
「うん・・・多分、先代よりも、というか、社長の一家の中で一番良識のある方ではあるんだけど・・・」  
「むしろ我也に良識など期待するほうが間違っているからな」  
「あ、やっぱり・・・」  
 
それは社長も同じ・・・と言いますか、やはり社長は先代そっくり、なのでしょうね。  
社長も先代くらいの歳になったら、子供たちに囲まれてやっぱりお肉の奪い合いなどしているのでしょうか・・・  
もしそうだとしたら、私は・・・ええと、その子供たちの・・・お母さん、とかになってて、  
果歩さんが徒手でやったことを、私の場合はバインダー、じゃなくて、  
この場合はお盆でも使って、社長をひっくり返したりして・・・・・・  
って! 折角お父さんと水入らずなのに、何妄想してるの私!  
 
「・・・どうした陽菜、平気か?」  
「あ、うん! なんでもないから!」  
「そ、そうか・・・?」  
 
慌てて妄想をかき消すように頭をぶんぶんと振っていたところを、思い切り目撃されてしまいました・・・  
 
「下が眠り難いようなら代わるぞ?」  
「ううん、平気、社長のところでは普通のお布団も使わせてもらってたし・・・」  
「そうか、ならいいのだが」  
 
食事が終わると(果歩さんのお陰で皆さん無事に食べ終えることができました)、  
皆さん、長旅や戦闘の疲労が出たようで、すぐにそれぞれの家へ、部屋へと帰ってゆくのですが、  
お父さんは当然ながら宿がありませんので、  
 
『陽菜さんも、陽菜さんのお父さんもウチに泊っていってはどうですか?  
 ウチなら布団も部屋もありますし』  
『ん・・・お言葉はありがたいのですが、一応私の部屋でも二人分のスペースはありますから』  
『えー、でも折角ですし・・・』  
『果歩、まあいいだろ、折角5年ぶりに再開した父娘なんだぜ、  
 一晩くらい水入らずと行きたいところなんだろう、なぁ、陽菜、タケ』  
『は、はい・・・』  
『気遣いすまんな、我也。 また後日、改めて世話になるとしよう』  
『あぁ、いつでも来な、なにせ陽菜は俺の娘でもあるんだからな!』  
『だったら、布団とかは大丈夫かな? 足りなかったらウチの予備を國生さんの部屋まで運ぶけど?』  
『あ、はい、ちゃんとお客様用のお布団がありますから・・・』  
『・・・あれ?』  
『む、どうした、果歩?』  
『いや・・・なんでお兄ちゃんが、それを知らないのかな〜? って・・・』  
『・・・あ』  
 
まず、私の顔が引き攣って・・・  
 
『ん? どういうことだ、果歩?』  
『いや〜、お兄ちゃん、たまに陽菜さんのところに泊りに行ってたはずなのに、ね〜? ど〜してかな〜?』  
『・・・う!』  
 
ここでやっと社長も失言に気が付いたようで・・・  
 
『・・・ほう』  
『あ、お、お父さん!? あのね、社長が料理をおしえてくれたり、味見してくれたりで、その、ね!  
 あくまでついでなの! ついで! だからね、別にヘンな意味じゃないから!』  
『・・・なァ我聞よ、そこんとこ、あとで詳しく、俺に聞かせてくれるよ・・・な?』  
『だ、だから、國生さんが言ったまんまで! 別にやましい事は何も!』  
『そ、そうですよ! 社長は暑がりでいつも布団ほとんどかけないから、  
 それでウチにあるかどうか心配してくれたんですよ! ね? 社長!?』  
『そ、そうそう、あははははっ、さすが國生さん、よくわかってる!』  
『ほう・・・』  
『で、では、今日はこれで失礼しますね! 皆さん、今日はごちそうさまでしたっ!』  
『では私も失礼する、我也、我聞くん、疲れているところに済まなかったな。 果歩君も、ご馳走になった』  
『いいえ、お粗末様でした! またいつでもいらしてくださいね!』  
『あ、ああ、じゃあ國生さん、また明日学校で・・・』  
『おーう、陽菜、タケ、またな! ・・・さて、我聞・・・・・・・・・』  
 
そんな感じで、私は半ば逃げるように社長の家を後にしてきまして・・・  
明日、社長が学校に出て来られるとよいのですが、ちょっと・・・心配です。  
私の方はと言いますと、特に追及らしい追及はありませんでしたが、  
 
『あ、お父さん、パジャマはこれ使って』  
『おお、すまない・・・これは我聞くんが使っているのか?』  
『え!? あ、う、うん・・・そ、そのつもりで買ったんだけど・・・』  
『ふむ、それにしては新品同様だな』  
『あ、ほ、ほら、そんなにいつも泊りに来てる訳じゃないし、社長も着替えもってきてくれてるから!』  
『ふむ・・・』  
 
言えません・・・毎回、パジャマも、ついでに客用の布団も必要ないような夜を過ごしてるなんて・・・  
とても言えません・・・  
と、とにかく、そんな訳でお父さんにベッドに寝てもらって、  
私は客用の布団で床に寝ています。  
 
「それより・・・お父さん、肩は痛まない?」  
「ああ、帰りのヘリで応急処置はしたしな、痛み止めも貰ったから問題ない。すぐに回復しよう」  
「そう・・・よかった」  
「こういう時、気の操作で簡単に傷の治癒が出来る仙術使いは羨ましいがな、はは・・・」  
「本当に・・・」  
 
50人分もの氣を抜かれたという先代も、銃で撃たれ、出血で倒れてしまった社長も、  
マガツの停止と共に、当然のように復活されてしまいました。  
仙術使いは体力が尽きても、氣が残っていれば精神力で身体を動かせるとのことですが、  
目の当たりにして、改めて驚愕したものです・・・本当に、心の底から嬉しい驚き、でしたが。  
特に社長は、最後の暴走時にほとんどの傷を治癒させてしまったようでして、  
撃たれた傷も、“傷跡はまだ残っているが、再び開くことはまずないだろう”、  
と、駆けつけていた医療チームの方に保証される程でした。  
まだ若いから傷跡もすぐに消える、とのことです。  
もっとも、先代が失った氣や、社長が流した血そのものを補うことが出来るわけではなく、  
先代も社長も帰途のヘリの中では、それぞれ点滴と輸血を受けながら、ずっと眠っていましたが。  
 
「まあ、しばらく左腕は不自由だろうが、利き腕ではないからな、多少行儀は悪いが食事も問題ない」  
「うん・・・そうだ、お父さん、明日は私がご飯つくってあげるね」  
「おお、そうか・・・陽菜の作る食事も本当に久々だな、楽しみにしてるぞ」  
「うん! 果歩さんに教えて貰ったお陰で、かなり上達したからね、楽しみにしてて」  
「あと、我聞くんにも、か?」  
「え! ・・・う、うん・・・社長も、美味しいって・・・言ってくれてるから・・・」  
 
や、やっぱり・・・気にしますよね・・・一応、私も年頃の女の子で、  
そんな年頃の娘が、同い年の男の子を部屋に招いて、泊らせていたなんて知ったら・・・  
お父さん、ベッドの上で表情は見えないけど、社長の氣を吸い取るようなことが無ければいいのですが・・・  
 
「そうか・・・・・・我聞くんには本当に感謝しないとな」  
「・・・え?」  
「第一研でのこともだが、陽菜を家族のように、大事にしてくれていたのだな・・・」  
「あ、うん・・・本当に・・・」  
 
お父さん・・・怒っていないの、かな?  
 
「ふ・・・これなら、将来のことも安心か・・・」  
「将来・・・? うん、工具楽屋はきっと、ううん、必ず、社長が黒字にしてくれるから・・・」  
「む・・・? んむ、まあいい。 では、そろそろ休むとしようか・・・疲れただろう」  
「うん・・・」  
 
・・・・・・  
 
静かになると、急に寂しくなります。  
少しだけ、怖くなります。  
さっきと同じ・・・目が覚めたら、夢だったら、どうしようって・・・  
 
「ねぇ、お父さん・・・」  
「む、寝付けないのか?」  
「ううん・・・あの・・・」  
「どうした?」  
「今日だけでいいから・・・一緒に、寝てもいいかな・・・?」  
「・・・では、こっちに来るか?」  
「・・・・・・うん」  
 
私は枕だけ持って、いつも使っているベッドの、父の隣に並んで横になりました。  
もう、すっかり忘れてしまっていた、お父さんの感覚・・・  
社長とはまた違う温かさと、安らぎ・・・  
 
「陽菜・・・大きくなったな」  
「うん・・・」  
 
お父さんの手が、私の頭を撫でてくれます。  
本当に小さな頃のように。  
 
「お父・・・さん・・・」  
「陽菜・・・」  
 
本当に小さな頃に戻ってしまったみたいに・・・涙が出てきてしまいました。  
お父さんは厳しい人だったから、小さい頃だってこんな風にいつも撫でてくれた訳ではないのですが・・・  
でも、ちゃんと私の記憶の中にある感触の通り・・・  
間違いない、本当に私の・・・お父さん。  
 
そうして、お父さんの感触に包まれて、懐かしい夢を見ながら、とても安らかな眠りにつきました。  
 
 
 
そして、翌朝。  
 
私は父と連れ立って、社長といつも待ち合わせるところへ行きますと・・・  
 
「おはよう、國生さん! それにおっちゃんも!」  
「おはようございます! 社長! ・・・昨日は大丈夫でした?」  
「ま、まぁなんとか・・・」  
 
ちょっと微妙な表情をされています・・・  
とりあえず大事には至らなかったようですが・・・お疲れ様です。  
 
「それよりおっちゃんはどうしてここに?」  
「おはよう、我聞くん。 うむ、真芝の件で正式に報告せねばならんのでな、  
 我也と内調に行く約束なのだが・・・もしや奴はまだ寝ているのか?」  
「あー、果歩に起こされてはいたけど、のんびりしてたなぁ・・・忘れてるのかも、それ」  
「全く、仕方のない・・・では、私は我也の家へ行って来るので、また後で」  
「うん、お父さんも気をつけて」  
「ああ、それと我聞くん」  
 
一度は振り返って別方向に歩き始めたかと思ったら、急に声をかけてきました。  
表情がちょっと真剣っぽくて・・・  
 
「は、はい?」  
「・・・陽菜のこと、宜しく頼む」  
「へ? あ、ああ、任せてください! 何せ社長ですから!」  
「ふむ・・・ありがとう、では」  
「あ、はい・・・」  
 
なにやら満足げにうなずいて、お父さんは社長の家へと歩いてゆきました。  
 
「・・・なんだったんだ?」  
「さ、さあ・・・とりあえず、社長が私の部屋で泊ったこととか、怒ってはいないようなのですが・・・」  
「そ、そうか・・・よくわからないけど、それは一安心、かな、ははは・・・」  
「そ、そうですね・・・では、行きましょうか!」  
「ああ、久しぶりの学校だ!」  
 
こうして、再び日常が始まります。  
社長と私は、いつものように並んで、周りを、今日は特に後ろを注意深く確認すると、手を繋いで・・・  
短時間ではありますが、久しぶりに二人の時間を過ごせます。  
お父さんと朝を共にして、社長と手を繋いで学校へ行って・・・  
今日は、いい日になりそうです。  
 
 
 

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