キーンコーンカーンコーンとお決まりの学校のチャイムが鳴り響く  
 「起立、礼」の号令と共に挨拶を終え、教室の皆がざわざわと帰り支度を始める  
 「帰りどこ寄る?」「掃除サボっちまえ」といつもと変わらないやりとりがあちこちから聞こえる  
 そんな中で一段とそわそわと慌ただしく帰り支度をする女の子がいた  
 「かぁーほっ、今日帰りミスド寄らない?」  
 「知り合いがバイトしてるから、奢ってもらえるんだって」  
 「・・・・・・。ごめんっ、先帰るから」  
 友達に肩を叩かれ振り向きながらそう言う果歩は鞄のふたをぱちんと止め、ばたばたと教室から出ていった  
 「・・・?」  
 「まー、元々付き合いの悪い子だけど・・・」  
 果歩は工具楽家の財政上、あまりこういう誘いには乗ってこない  
 それでも、途中まで一緒に帰るなどはするのだが・・・まさか奢りの誘いを断るとは・・・  
 「・・・さては・・・」  
 
 「あ? 何ガンくれてんだ、コラ」  
 校門に寄りかかりつつ、じろじろとこちらを見てくる下校中の生徒に睨みを利かせている男  
 いつの時代の不良だ、何でこんなヤツがここに、ガラ悪そう、などと見る者総てがそう思うだろう  
 そんな不良男がぴくりと寄りかかるのをやめ、身体を起こす  
 それだけで善良な生徒は殴りかかってくるんじゃないかとびくっと過剰な反応を示したり、そそくさと早足で逃げていく  
 不良男が身体を起こしたのと同時に、何か校門に向かってどどどどどっと物凄い勢いで走ってくるのが見えた  
 その姿を確認すると、不良男が「よぉ、早かっ」と手を挙げた  
 瞬間、バッシィィィンと不良男の顔面にもろに鞄が命中した  
 ズルッボトッと鞄が落ち、赤くなった鼻を押さえながら不良男がそれを投げた張本人に怒声を上げた  
 「ってーな、何しやがるっ!」  
 「うるさいパンツマン! その格好で学校に来るなっつったでしょ!」  
 鞄を投げたのは勿論果歩、不良男は番司だった  
 しかし不良男が「パンツマン」とは、周りが小さくプッと笑った  
 耳ざとく聞いた番司が周りを睨むと、果歩が周りに見えないように番司の腹に蹴りを入れる  
 それでまたぎゃあぎゃあと言い争う2人を前に、皆が訝しげ首を傾げた  
 学校で五指に入る程の才女とどこからどう見ても不良の青年、一見繋がりが無さそうなこの2人を繋ぐものは何だろうか  
 皆が妥当な線で考えをまとめようとした時、周囲の視線と考えに気づいたのか、果歩は番司の耳を思い切りつねり身体を引きずり走り去った  
 残された生徒はただぽかんとしていた  
 
 「ッたたた! 離せ、コラ!」  
 果歩はずるずると番司を引きずり、同校の生徒がいないことを確認するとその手を離した  
 引きずられちぎれてしまったのではないかと、番司は耳をさすった  
 「・・・お前なぁ、いきなり何しやがるんだよっ」  
 「うるさいパンツマン!」  
 「その呼び名はやめろっつってんだろ!」  
 2人は言い争いながらも、並んで歩き始めた  
 番司の方も学校帰りらしく、よく見ると鞄を肩に担いでいる  
 
 それにしても何故、この2人が一緒に下校しているのか  
 つきあい始めたのかと聞けば、2人は完全否定することだろうし、これには一応わけがあった  
 こわしや協会による真芝第一研壊滅、真芝会長の逮捕と工具楽屋(株)は連続して快挙を成し遂げた  
 しかし、世界有数でも真芝を潰したからといって、仙術使いを狙う組織や死の商人がなくなったわけではない  
 むしろ真芝が潰れたことにより、今までなりを潜めていた者達がこの機を逃すなと勢力を伸ばそうと動き始めた   
 その時に真っ先に狙われると判断されたのが、ご存じの通り社員数10名にも満たない零細企業・工具楽屋(株)だった  
 何しろ真芝壊滅時の主力ともなった我聞、反仙術の使い手である秘書の陽菜の両名が存在するのだ、脅威に思わないのがおかしい  
 そして、工具楽屋(株)を狙う組織達も直接その2人を襲う程間抜けでも馬鹿でもない  
 マガツのようなものがあれば別だが、真っ向から勝負するにはかなり不利だ  
 狙うとすれば、今はまだ仙術の使えない我聞の家族・・・人質と将来性を見越した上で浚う  
 それをエサに我聞達の身柄を拘束する  
 我聞と陽菜の性格上、決して見捨てたりすることは出来ない・・・いわゆる弱点だ  
 その考えを先読みしたこわしや協会会長であるかなえと工具楽屋(株)の営業部長である辻原は以下の対策を立てた  
 要するに、我聞と陽菜は常に2人で行動すること、果歩・珠・斗馬の3人には登下校中に護衛を付けること  
 同じ小学校に通う珠や斗馬の護衛は中之井や優さんが交代で車で送り迎えた、とりあえず2人じゃないのは社屋を空けておくわけにはいかないからだ  
 果歩の方は本来なら辻原がつくべきなのだが、あいにく彼は入院した後も通院し、怪我の治療に専念している  
 そういうわけで、代わりに果歩は登校の時は同じ道を通る我聞と陽菜と行動することとなった  
 下校の際は、我聞と陽菜は部活や仕事があるので一緒には帰れないことが多い  
 その時はどうするか、社に人がいなくなることを覚悟の上で中之井か優さんに来てもらうのか・・・  
 そこで白羽の矢が立ち、かなえから欽命同然の通告を出された番司が毎日ではないが果歩の下校に付き合うこととなったわけだ  
 勿論、番司は最初の内は反論したが、かなえの脅しに近い欽命と我聞と陽菜からもお願いされ、渋々従うことにした  
 とりあえず毎日ではないが、辻原が復帰し護衛が出来るようになるまで、または他の組織からの狙われなくなったとの判断が付くまでの間、番司は授業終了と同時に果歩の通う中学校へ行くこととなった  
 高校と中学では時間割が合わないところもあるので、日によっては番司は早退まで強いられるそうで・・・正直、かなり厳しいとか  
 その辺りは果歩も知っているので、実はこうして対等に口喧嘩出来る立場ではないことは自覚はしている  
 こうして無事に安心して工具楽家へ帰れるのは、番司や皆のおかげだと感謝している  
 だが、あんな格好で毎回学校に来られたら、それはそれで文句の1つや2つは言いたくはなる・・・  
   
 「・・・大体、その格好で寒くないの?」  
 「おう、鍛えてるからな」  
 ドンと胸を張る番司だが、見ているだけでその格好は色んな意味で寒かった  
 果歩ははぁと白いため息を吐いた   
 「今夜は雪が降るって言うのに、馬鹿じゃないの?」  
 「なっ・・・! 馬鹿じゃねぇ、俺は馬鹿じゃねぇぞ! 赤点は取ったことねぇし!!」  
 「そこが馬鹿だって言ってんのよ! 大体、赤点は平均点の半分未満のことでしょ。大方、どれも平均点の2/3ぐらいを取ってるんじゃないの」  
 果歩の鋭い指摘はドスッと番司の胸を貫いた、どうやら図星だったようだ  
 少し言い過ぎたかなと思ったが、実際上着やコートを着てくれれば少しは迎えとしては少々マシなのだ  
 「(んー、そう思うのは甘いかな)」  
 やはりハチマキを取り、胸のボタンを全部留めさせるまで徹底しなければ駄目だろうか ・・・いや、そもそもこうして下校を共にすること自体、周りからそういう誤解を招きやすい  
 先程の校門での騒動で、更にそれを強めてしまったかもしれない  
 しかし、その辺りは果歩はどうでもいいと思っている  
 周りがどう思おうが、本人が気にせず放っておけばいい  
 だけど、番司の方はどう思っているのだろうか  
 本来なら欽命も聞かなくても良く、断ることも出来たはずの期間限定の果歩の護衛のことを・・・・・・  
 「・・・あのさ」  
 果歩が何か言いかけた時、番司がピクッと歩くのを止めた  
 「? どうしたの?」  
 「いや・・・」  
 番司が「わりいわりい」とまた歩き始めるが、何かを聞きつけ再びその足が止まってしまう  
 「・・・やっぱ聞こえんな」  
 「え、何が?」  
 まさか敵方の襲来だろうか、果歩はぎゅっと両手を握りしめ、身を縮めた  
 番司の方は更にそれの確信を深め、「間違いねぇ・・・!」と呟いた  
 果歩の方は不安でしょうがない、もしかしたら我聞達も同じ様なことが起きているのかもしれない  
 「ちょっと持っててくんねぇか」  
 ぽいっと番司が自分の鞄を果歩に向け放ると、それを受け取った  
 それから「すぐ戻るから、動くんじゃねぇぞ」と言ってから、猛ダッシュしていった  
 「ちょっと・・・!?」  
 護衛がこんな勝手な行動して良いのか、あっという間に置いてきぼりにされる果歩  
 どんどん行ってしまう背に、果歩は堪らなく不安を覚えた  
 番司の鞄をぎゅっと抱き締め、ただこの持ち主と他の皆の無事を願った・・・・・・・  
 
 「・・・・・・は?」  
 番司が息を切らし、帰ってきた時、果歩は目を真ん丸にした  
 もし血まみれで帰ってきたらどうしよう、もしくは負けたらどうしようと不安と恐怖に押し潰されそうだった  
 それなのに、番司は・・・・・・  
 「やっぱ間違いなかった。ほらよ」  
 抱えた新聞紙の包みを取り出し果歩に差し出す、その手には大きな焼き芋が1つ握られていた  
 「・・・・・・は?」  
 「ん? どうした?」  
 「いや、え・・・刺客が襲ってきたとかじゃないの?」  
 番司が「は?」と素っ頓狂な声を出した、どちらかというとそんな声を出したいのは果歩の方だった  
 「何言ってんだ、お前。そんなことひと言も言ってねーだろ。『い〜しやぁ〜きいも〜』って聞こえたから買ってきたんだっつの」  
 ゆらりと闘気が昇りぷつんと果歩の頭の中で何かが切れた、が・・・番司は気づかず焼き芋を差し出している  
 客観的に見ればまたもや奥義炸裂かと思ったのだが、ここは抑えて果歩は番司からそれを受け取った  
 番司は焼き芋と引き替えに自分の鞄を果歩から受け取り、皮を剥かずにそのままかじりついた  
 「っちち・・・」  
 「・・・はぁ。どうでも良いけど皮ぐらい剥けば・・・?」  
 「あ? いちいち剥いてたらめんどくせーって」  
 すっかり毒気を抜かれてしまった果歩は、受け取った焼き芋をじっと見た  
 よりにもよって、焼き芋とは・・・・・・果歩はまた白いため息を吐いた  
 
 ここで勘違いしてはいけないのが、果歩は焼き芋が嫌いなのではない  
 焼き芋はビタミンCや食物繊維がたっぷり、熱くてほっくりと甘くて、こう寒い日にはたまらなく美味しい  
 しかし、皮を剥くと手が汚れるし、剥いた皮はゴミだが捨てる場所がない  
 更に焼き芋は異性の前では食べたくない、理由は言わずともわかるだろう  
 「ん? どした、焼き芋嫌いか?」  
 そんな人の気も知らない番司は果歩にそう言う、またかちんとくる  
 「(・・・せめて肉まんとか、熱いお茶とかならなぁ)」  
 せっかく買ってきてくれたのに、食べたくても食べられない  
 しかも横でもぐもぐと熱い湯気を出しながら食べる姿を見ていると、果歩は思わずごくっとつばを飲み込んだ  
 「・・・・・・」  
 「・・・ああ、皮を気にしてんのか?」  
 番司が眉をひそめながら聞くと、果歩の手から焼き芋を取り上げた  
 「あっ」と声を出すのも束の間、番司は手早く焼き芋の尻尾から乱雑に皮をむしり、持ち手に当たる部分の皮だけを残して果歩に返した  
 ちなみにむしった皮は自分の学ランのポケットへ突っ込み、汚れた手は果歩に皮を剥いた焼き芋を渡した後にごしごしと自分のズボンでぬぐった  
 「ほれ」  
 「・・・・・・あ、ありがと」  
 そう言うしか果歩には出来なかった、他にどう反応しろというのだ  
 これで皮は無くなった・・・わざわざ剥いてくれたのだから、食べる分には問題ない  
 だが、異性の前でこれを食べるとなると・・・・・・やはりまだ躊躇う気持ちがある  
 それ以上に薄汚れた皮の中から出てきた黄金色には、たまらない魅力と湯気で溢れていた  
 果歩は思い切ってぱくっと焼き芋の先を一口かじった、思ったより熱くて甘くて、目を白黒させた  
 「おいおい、そんなにがっつくなよ」  
 「ッ・・・がっついてない!」  
 焼き芋を呑み込んで果歩はそう反論しつつ、空いている手で口元を隠しながらまた一口かじった  
 番司は手に持っていた新聞紙の包みからもう1つ焼き芋を取り出し、また皮を剥かずに丸かじりした  
 もぐもぐもぐもぐ・・・としばし食べることに集中し、2人の間に沈黙が続いた  
 工具楽家まであと少し、そんな時、果歩が喋った  
 
 「・・・あのさ、別に無理して護衛しなくても良いから。わたしのことなら1人でも大丈夫だし、ほっほら、パンツマンにもきちんと学校があるし・・・さ」  
 果歩はぼそぼそとそう言うと、番司がごくん口の中に入っていた焼き芋を呑み込んだ  
 それから何かを言う前に、どさっと焼き芋の入った新聞紙の包みごと果歩に渡した 
 「・・・別に無理なんかしてねーよ。第一、そんなこと言ってお前の身に何かあったらどーすんだ」  
 「それは・・・で、でもパンツマンが付き合う必要は・・・」  
 「そのパンツマンはやめろ。・・・いいか? お前の身に何かあったら、皆が悲しむ。工具楽のヤローも陽菜さんも、皆だ」  
 ざっざっざっざと2人は話している間も歩き続け、やがて工具楽家が見えてきた  
 「忘れんなよ、お前は1人じゃねぇ。そんな抱え込まずに、もっと他のヤツに甘えたらどーなんだ。ま、その辺、工具楽のヤローとはそっくりだけどな」   
 「・・・・・・」  
 果歩は何か言いかけ、のどの辺りまで来た言葉を呑み込みうつむいた  
 番司は仏頂面だったが、内心では「ちっと言い過ぎたか?」と思ってはいる  
 また2人は沈黙し、何も喋らなかった  
 歩けばその分だけ家との距離が縮まる、気づいたらもう玄関の前まで来ていた  
 「んじゃな」  
 「・・・うん」  
 番司がくるりと向きを変え、すたすたと今度は自分の帰路についた  
 果歩も玄関のドアを開けようと手を伸ばそうとしたが、温かな新聞紙の包みと鞄で両手が塞がりいつものように開けられなかった  
 「・・・あんたは・・・?」  
 果歩が番司の背にそう問いかけた  
 「あんたはわたしに何かあったら悲しい・・・?」  
 一瞬、自分は何を訊いているのだろうと思った  
 番司は振り向かず、小さくそれでもはっきりと言った  
 「あたりめーだろ。こう口喧嘩出来るやつがいなくなったら、静かすぎて嫌ンなる」  
 「・・・・・・何よ、それ」  
 ひらひらと後ろ向きで手を振りつつ番司が角を曲がり、その姿が見えなくなった  
 「・・・・・・何よ、それ」  
 果歩はぶぅとむくれながら、もう一度そう呟いた  
 それから焼き芋の入った新聞紙の包みがやけに重いのに気づき、中を覗いてみた  
 そこには標準サイズから丸々太った芋など5,6個は入っていて、重量としては1kgはゆうにいっているだろう  
 「・・・幾ら買ったのよ、これ」  
 果歩はあきれながら、また白いため息を吐いた  
 それから意を決したように、果歩は声を上げた  
 「よしっ」  
 ・・・決めた、これからもずっとパンツマンって呼び続けてやる  
 お望み通り、口喧嘩の種をまき続けてやろうではないか  
 「ただいまーっ」  
 果歩は鞄を下に置き、玄関のドアを思い切り開けた  
 それから既に帰ってきている珠や斗馬を呼び、焼き芋の入った新聞紙の包みをかかげ、「お茶にしよ」と言った  
 
 今夜は雪が降るだろうか  
 

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