「・・・そうか。  
ところで、お前や静馬の知り合いだって言うあの・・・」  
「?。西遠寺さんか?いい人だろーあの人」  
我聞は、中村が何について話そうとしているか全く気付いていない様子だった。  
「佐々木がさ」  
「?」  
「佐々木が・・・今日風呂で二回、木から手滑らせて落ちただろ?」  
「あーそうだったな〜。  
佐々木も不注意だよな、二回も手滑らせるなんて」  
――コイツは本当に知っているのだろうか?――  
そんな疑問が頭をよぎる。  
「・・・お前、気付かなかったのか?」  
「何が?」  
「俺は、見たんだよ」  
「だから何を?」  
「――あの人・・・西遠寺って人が、佐々木の掴んでいた枝を、手を触れずに動かすのを」  
「なっ!?西遠寺さんがせんっっ」  
そこで我聞は何かを言いかけ、慌てて口を噤む。  
中村は確信する。  
――我聞は、アレが何かを知っている――  
「『せん』?  
お前、アレが何か知ってるんだな?  
教えてくれ、アレは何なんだ?あの人はどうやって木を動かしたんだ?」  
厳しい追及に、我聞はたじろぎながらも、  
「わ、悪いが、企業秘密だ・・・」  
と、言葉を濁す。  
しかし、その返答を受けても尚中村の問いは続く。  
いや、むしろその言葉少ない返答の中から手がかりを見つけ、厳しくなる。  
「企業秘密?企業秘密って事はおまえの仕事に関係あるんだな?  
解体業とあの奇妙なことと。  
・・・ひょっとして、お前もああ言うことが出来るのか?」  
我聞は、どう答えるべきか解らず沈黙するのみだ。  
「・・・だいたい、おかしいとは思っていたんだ。  
お前は皇先輩ほど筋肉は付いていないのに下手すればあの人より筋力が高い。  
それにこれは静馬もだが、お前等の体力も高すぎる。  
・・・いくら働いてると言っても常軌を逸脱しているとしか思えない。  
・・・なあ我聞、お前何を隠してるんだ?  
お前は、いったい何者なんだ?」  
今にも掴みかからん勢いで問い詰める。  
しかし・・・  
「・・・悪い。どうしても、言えないんだ」  
苦虫を潰したような顔で断られる。  
「・・・俺たちは、親友なんだろ?それでも教えられないって言うのか?」  
「それはっ・・・」  
その時、中村には我聞の答えまいと言う決意が揺らぐのが解った。  
 
――もう一押しだな――  
中村が内心そう思ったその瞬間、自分でも我聞でもない第三者の声が発せられた。  
「申し訳有りませんが、その問いにはお答えできません、させることも出来ません」  
「あんたは・・・」  
「國生、さん・・・?」  
國生陽菜だった。  
 
 
國生陽菜は多大に混乱する。  
何せ中村と我聞の会話は、一般人には存在すら知り得るはずのない仙術についてだったのだ。  
どうやら、男子浴室でトラブルがありその際に西遠寺が使ったのを目撃した。  
西遠寺とて仙術の機密の重要性を十分理解しているだろうに、ミスを犯してしまったらしい。  
しかし、問題は我聞が問い詰められている現状の方だ。  
今のところは、何とか沈黙を保っている我聞。  
正直、我聞がいつ喋ってしまうのか気が気でなかった。  
そこに中村が『親友』と言う言葉を使って尋ねた時、陽菜にも我聞が逡巡するのが見えた。  
そして、もう彼一人では隠し通せないだろうと判断し、身を現したのだった。  
 
 
「・・・あんた、何でここにいる?  
いや、そんな事よりなんであんたが止める?」  
いきなり現れた陽菜にも質問をぶつける中村。  
彼はこの状況を良く思っていない。  
相手が我聞一人なら、容易に聞き出すことも可能だっただろう。実際さっきの反応は、もう少しで聞き出せそうなソレだった。  
しかし予期せぬ第三者の乱入。これで聞き出すことはより困難になっただろうからだ。  
対して陽菜も的確に大勢を見る。  
・・・この状況なら、中村が何を訊いてきても自分が答えさえしなければいいだろう。  
しかし、一つだけどうしても言わなくてはならないことがあった。  
「社長、申し訳ありませんが中村さんにお話したいことがありますので、先に部屋に戻っていていただけませんか?」  
「え?別にいいけど、中村に話しって・・・?」  
「すいませんが・・・」  
「そっか、じゃあ俺は先に戻ってるよ・・・」  
陽菜が言えないと言うのだから大事なことなんだろう、そう思い我聞はあっさりとロビーを後にした。  
我聞が見えなくなったのを確認すると、陽菜は話し出した。  
「・・・中村さん、他のことは口外できませんが、一つだけ。  
あなたは先ほど、社長の身体能力について仰いましたね、人間離れしている、と」  
中村は少しばつの悪そうな顔で「ああ」とだけ答える。  
 
「・・・確かに、社長の身体能力はとても高いです。  
一般の方からご覧になれば、少し異常に見えるのも仕方ないのかもしれません」  
中村は、黙って陽菜の話を聞いている。  
「ですが、それは全て社長のそれこそ血の滲むような努力の結果なのです。  
・・・社長は、とても責任感が強い方です。  
ですが、とても不器用な方でもあります」  
陽菜は一度、天を仰ぐような仕草をしてから再び言葉を紡ぐ。  
「社長は、幼い頃にお母さまを亡くされました。  
そして、我が社の先代の社長、社長のお父さまにもあたる我也社長の負担をへらし、妹さんたちを守るためと、体を鍛え始めたそうです。  
それが7年前の事です」  
中村ははっとする。  
我聞が小さな頃に母親を亡くしたのは聞いていた。  
そのときは、そんな辛いことがあったにも関わらず明るい我聞を見て『強い奴なんだな』、と軽く思った程度だった。  
しかし、そんなものではなかったのだ。我聞の責任感の強さは中村自身もよく知っている。  
あれは天性のものだろう。  
しかし、あんなに責任感の強い奴が、七年前――まだ年が二桁になるかならないかの頃――にそんな重い決意をしていたのならばどうなるのか、想像もできなかった。  
陽菜は続ける。  
「更に半年前、先代が行方不明になられ、社長になられてからは、ご家族だけでなく私たち社員も守るため、と元々無茶な量だったトレーニング量を増やして・・・  
正直に言って、いつ体を壊してもおかしくなかったんです。  
現在、社長が健康な体であられるのは、奇跡にも近い幸運なんです。  
 
確かに、私たちには人には言えない秘密があります。  
ですが、社長について特別な何かのように言うのは、やめて下さい・・・  
学校での社長は、特別なことは何もない普通の、一般の方変わりはないんです。だから・・・」  
本当は、我聞について言いたいことはまだ沢山あった。  
けれど、沢山ありすぎて言葉にすることができなかった。  
ふーっと中村が一つ溜息をつく。  
「わかった。アイツのことを人間離れしているって言ったことを謝る」  
 
「 ! ありがとうございます!」  
まるで自分のことのように反応する陽菜を見ながら、中村は続ける。  
「俺が見た物についての質問についても、もうしない。  
見なかったことにして口外しない。  
・・・これでいいだろ?」  
え、と陽菜は驚きの声を上げる。  
我聞に対する誤解、偏見を解くことは出来ても、肝心の質問の方は先延ばしにすることしかできないだろうと思っていたのだ。  
「よろしいんですか!?」  
「ああ。なんだか込み入った事情があるみたいだし、これ以上問い詰めても俺が悪者になるだけだしな」  
「ありがとうございます!」  
礼を言った陽菜だったが、中村が  
「その代わり、」  
と続けたので身構える。  
「その代わり一つ、別の質問をさせてくれ」  
質問  
その言葉を聞いて、陽菜は心の準備をする。  
我聞のこと、工具楽屋のこと、仙術のこと、etc.etc.・・・  
何を問われてもいいように。  
何しろ相手は極秘である仙術の存在に気付きかけたのだ。  
用心に越したことはない。  
「・・・何でしょう?」  
「なあ」  
陽菜は覚悟を決める。  
はたして、鬼が出るか蛇が出るか・・・  
「・・・あんたと我聞って、付き合ってんのか?」  
「は?」  
完全に予想外の問いに、間抜けな声が出てしまう。  
それを見て中村は聞こえなかったのかと思い、もう一度繰り返す。  
「だから、あんたと我聞は「い、いえっ結構ですっ。聞こえました、理解しましたからっ!」  
しかし、顔を真っ赤にした陽菜に遮られてしまう。  
その様子を見て中村はぽつりと漏らす。  
「やっぱり、付き合ってなかったんだな」  
それを聞いて、陽菜は顔を朱に染めながら、言う。  
「そ、それ以前に何故そのようなことを尋ねるのですか!?」  
「いや、端から見ていてそう言うようにしか見えなかったからな」  
陽菜を完全に信用し、あっさりと従った我聞。  
我聞が言われた暴言を撤回させる為、熱弁を振るった陽菜。  
或いは、我聞は素だったのかも知れないが、あんなに饒舌な陽菜の言葉を聞いたのは、文化祭の時以来・・・いや、あの時は『冷静に自分の側の主張を述べていた』という感じだったが、今回は『自分がどうしても許せなくて』、という感じ。  
どちらにせよ、ここまで感情的な陽菜を中村は初めて見たのだ。  
 
「私と、社長が・・・?  
い、いえっ、兎に角っ私たちはそう言う関係ではありません!誤解をしないでください!」  
陽菜にしてみれば、好いている男性とその様に見られるのは嬉しい。  
だが、肝心の我聞が自分をどう思っているのかが分からず、素直に喜ぶことができなかったのだ。  
「そうか・・・なら、構わないんだが」  
どこか腑に落ちないような表情の中村。  
「質問というのは、その事ですか?  
でしたら私はこれで失礼させていただきます」  
そんな中村を後目に話を切り上げきびすを返す陽菜。  
 
 
一人残された中村は思う。  
人と人との関係は実に不思議で複雑だと。  
我聞と陽菜はあそこまで信頼関係を持ちながらも付き合ってはいない。  
それがあくまで『信頼』であり、恋愛感情ではないと言われればそこまでだが、さっきのやり取りで陽菜の方は満更でもないようだった。  
我聞の方は・・・解らない。  
しかし、信頼の陰に隠れてしまっているものが少なからずあるような気はする。  
一方で、自分と住はもう文化祭の頃から付き合っているのに、誰も気付いている様子はない。  
勿論、自分たちが誰にも言わないからと言うのもあるだろう。  
が、客観的に見て自分たちは『仲はいいが、そう言う関係になっているとは思えない』と思われているのだろう。  
そんな事を考え中村は、ふと自分がもうロビーにいる必要がないことに気付き、ふらりと立ち去った。  
 
 
陽菜はロビーから帰る途中喉の渇きを感じ、元々自分はジュースを買いに出たことを思い出した。  
このまま部屋に戻るべきか、買ってから戻るべきか。  
仮に買うとしても、ロビー以外で。  
今中村に再び会うのは、気まずかったし、ロビーに戻ればまた顔を合わせることになるかも知れないから。  
色々考え、結局更に別の自販機を探すことに。  
 
自販機は案外簡単に見つかった。  
何のことはない、部屋のすぐ側にあったのだ。  
何で気付かなかったのかと僅かに後悔するが、結果として仙術が明るみにでることを防げたので、まあいいかと思い直す。  
そして、同時にロビーで最後に問われたことを思い出してしまった。  
『あんたと我聞って、付き合ってんのか?』  
 
自分と我聞の交際について。  
それについて問われ、混乱してしまった。  
自分と我聞が、間違われるほど中が良く見られていたのは、正直とても嬉しいし、いずれはそうなりたいとも思う。  
しかし、我聞の心情が解らない今それを望むのは早いと思うし、今は『社長』と『秘書』或いは、『仲の良い異性の友人』で自分は十分満足している。  
・・・実際は、相手の気持ちが解らない上で付き合いたいと思うのは普通だし、陽菜自身も本当は出来るならばそうしたい。  
しかし、このままだと思考が止まらなくなってしまうので、そう結論付けたのである。  
そう、今は互いに信頼し合っている関係で満足なのだ。  
もう一度だけ自分にそう言い聞かせ、自販機にコインを数枚入れる。  
 
ふと、『信頼』と言う言葉が頭をよぎる。  
 
青いパッケージの清涼飲料水のボタンを押す。  
 
ふと、さっきのやり取りの情景を思い出す。  
 
ガコンッと落ちてきた缶に手を伸ばす。  
 
ふと、自分が割り込んで行った所が頭に浮かぶ。  
 
 
自分は、何故割って入っていった?  
 
それは、仙術という機密が世間に広がるのを防ぐため。  
 
何故、広がる恐れがあった?  
 
それは、我聞が中村に問い詰められていたから。  
 
何故、我聞が中村に問い詰められている所に、自分は、割って入っていった?  
 
それは・・・  
 
 
陽菜が手にしたアルミニウム製の缶は、僅かな痛みを感じるほどに、冷たかった。  
 
 
 
 
一日目、了  
 

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