車内にて〜中之井さん愛用トラック・男子編〜
中之井さんのトラックで運ばれる男子一同。
こちらの車内での会話は、卓球関係か、皇、佐々木、番司が、陽菜を賛美することの二つに、と言うより二組に絞られる。
我聞と次のインターハイについて普通に話していた中村。
そんな彼はふと我聞の後ろの机に目をやる。
するとその下には、小さな人影が二つ屈んでいる。
ぎょっとした中村は、一度眼鏡を取り、目を擦り、もう一度眼鏡をかけて、同じところを見てみる。
やっぱり居る。
そんな中村の挙動を不審に思った我聞が声をかける。
「どうした中村、何かあったか?」
「なあ我聞」
未だ声に困惑の色が混じっている中村。
「後ろの、誰だ?」
言われ、後ろを振り向く我聞。
そこに居たのは、
「なっ、珠!斗馬!何で!?」
「兄ちゃんの見送りに。珠姉ちゃん、見つかったよ、起きて」
斗馬が答え、隣で寝息をたてている珠を揺さぶる。
「まさか、果歩も来てるのか?」
「ううん、果歩姉ちゃんは陽菜姉ちゃんたちの車」
陽菜姉ちゃんと言う言葉に、ピクリと佐々木と皇が反応し、少し離れたところで『國生さんについて・何が可愛いか』の談義を放り出して我聞に問いつめる。
「おい我聞!!國生さんのことを」
「姉と呼ぶこいつ等は何者だ!?」
息ピッタリな二人を見て、自分もさっき似た質問をしたことを思い出す中村。
「そうだった、この子等誰だ?」
さっきの会話で大体の予想はつくのだが。
「あ、この二人は俺の兄弟。寝てるのが妹の珠。小四で、小さい方が弟の斗馬。小二」
と説明を終えた我聞を問い続ける佐々木、皇。
「そんなことはどうでもいい!」
「俺達が聞きたいのは、何故國生さんを姉と呼ぶかだ!」
「え、何でだろ・・・強いて言うなら、いつの間にか、だったような気が・・・」
自分も疑問符を浮かべながら答える我聞。
「いつの間にかだとぅ!!」
「つまり、自然に!?・・・ぁぁワシも國生さんを姉と呼び慕ってみたい・・・!!」
「俺もだ・・・」
最後には番司まで混じってテンションをあげる三人。
「佐々木と先輩は年下じゃないだろう」
そこに冷静に突っ込みを入れる中村。
男子の車はとても賑やかに進んでいくのだった。
午後5:30旅館に到着。
かなり長い距離だったので、初めは楽しくやっていた部員も運転手もGHKも皆、かなり消耗していた。
「よし、着いたっ!うおぉっ寒いっ!雪が積もってる・・・!」
「陽菜さーん!大丈夫ですかー!!」
「雪が沢山!!斗馬、雪合戦だー!」
「受けてたちましょう姉上!」
仙術使いと小学生は別だが。
「うう、何であいつ等あんな元気なんだ?」
「俺が、しるか・・・」
へろへろな佐々木が、中村に聞くが、勿論明確な答えは返ってこないのだった。
話し合いの結果、受付へは、体力のあり余っている我聞が行くことに。
しかし我聞一人だと心配なので、陽菜がついていくことになり、佐々木がついて行くと言いだし、更にお目付け役として天野の4名で行くことになった。
4人が受付に行くと、カウンターの反対側では受付らしい人物が本を読んでいた。
顔は本に隠れて見えないが、どうやら二十歳くらいの青年のようだ。
「すいません、予約を入れてた佐々木ですけど・・・」
佐々木が声をかけると受付の青年は、
「はい」
と返事をし、本を閉じ、顔を上げた。
「あっ!?」
陽菜、番司が声を上げる。
「お?」
カウンター越しに青年も目を丸くする。
「何?二人ともこの人と知り合い?」
「バカ!工具楽、忘れたのか!?」
「えっ!?俺の知ってる人!?」
「そうです!失礼ですよ!!」
ボケる我聞に叱る番司と陽菜、
「ま、俺って地味だしね〜」
などとにやつく青年、そして完全に蚊帳の外な佐々木と天野。
青年は、ボサボサな髪、どちらかと言うと柔和そうで綺麗な顔をしていた。
我聞は必死に自分の記憶をたどる。
番司と陽菜、そして自分の接点は高校と、壊し屋。
・・・おそらく後者だろう。
番司と陽菜と自分の、壊し屋関係での知り合いを思い出していく。
暴走してた船の人・・・違う。
では三研襲撃したときの・・・
「あっ!!」
記憶の中に青年の姿を見つけた我聞は声を上げる。
やっと思い出したのか、と言う表情の陽菜、番司。
にやけた顔のままの青年。
「西音寺進さん!!木の仙っっっ!!?」
仙術について口走りそうになり、ぎゅっと足を踏まれる。
「せいかーい。で、何で君らはここに?」
「高校の部活の合宿で・・・」
陽菜が簡潔に答える。
「で、くぐっちたちはこの人とどういう関係?」
会話からあぶれていた天野が尋ねる。
「ええと、仕事関係の知り合いです」
我聞ではなく陽菜が答える。
「ふーん、じゃあ静馬君だっけ?彼も工具楽屋の社員なの?」
「いえ寧ろ商売敵です」
脇で聞いていた番司の表情があからさまに暗くなる。
「そう言えば、西音寺さんは何で?」
「ここさ、俺の親戚がやってるからバイトに。最近めっきり仕事減ったしね〜」「そうですね。真芝が無くなったのは良かったんですが、仕事がないと辛いです」
陽菜が真顔でそう言う。
「はははそうだね。じゃあ部屋に案内するから、ついといで」
そう言われ、四人は後に従う。
それから数十分後。男子女子ともに部屋でくつろいでいた。
「よし、お風呂入ろう!」
女子部屋で天野が提案。
他のメンバーも賛成し、入浴と言うことに。
しかし、天野の提案が両隣の部屋の人物たちに聞かれていた事を彼女たちは知らない。
右隣、男子の部屋では。
佐々木が壁に耳をつけ、さっきの会話を盗み聞きしていた。
「佐々木、お前何やってんだ?」
「うるさい!今良いとこなんだ!」
(何?風呂?國生さんも入るのか?これは・・・)
「どうした?」
壁に顔を押しつけたまま、表情を変える佐々木を不審に思った中村が声をかける。
「何でもない。それより長旅でみんな疲れただろ、俺たちも風呂行かないか?」
「それは別に構わないが、俺たち『も』ってなんだ?」
訝しがる中村。
「い、いや、女子も疲れてるだろうから温泉に入るだろうな〜と」
「・・・それでか」
納得する中村。
「ま、まあとにかく行こうぜ、ここの温泉疲労回復に良いってチラシに書いてあったし、先輩はもう行っちゃってるし」
言われて部屋を見回すと確かに皇の姿がない。しかし、それより中村の目に付いたのは部屋の隅で顔を真っ赤にして腕相撲をしている、我聞と番司だった。
なぜそんなに元気なのだろう。
疑問に思いながらも佐々木に対しての返事を返す。
「まあ良いか。すぐ行くのか?」
「あたりまえだ!!」
「じゃ、行くか・・・我聞・・と静馬!温泉行ってるからな〜!」
膠着状態から一気に勝ちを収めたらしい我聞が返事をする。
「お〜行く行く!!」
「くそう・・・あ、俺も行きます!」
かなり悔しそうな番司も続く。
左隣、ちゃっかり泊まっているGHKの部屋では。
斗馬が、紙コップのような形のスピーカーに耳を当てていた。
それは、果歩が陽菜の荷物に仕込んだ盗聴機の受信機だった。
そこから、少しくぐもっているが、はっきりと『お風呂入ろう』と言う声が流れてくる。
「姉上、優さん!チャンスです!!・・・ってあれ?」
要であるデルタ1、2は、長旅の疲れからか寝込んでいる。
この二人が動かなければおもしろくならないので、斗馬も寝ることにしたのだった。
〜女風呂〜
「うわっ!広ーっ!!」
25メートルプールより、少し狭いくらいの誰もいない特大の浴槽を見て裸体の天野が声を上げる。
「ホントだ〜!」
鳩尾のあたりでタオルを垂らし持ち、軽く恥部を隠している住も驚く。
がらららら・・・
戸が開き、体にしっかりとタオルを巻き付けている鬼怒間と陽菜が入ってくる。
「これは・・・広すぎないか?」
「・・・維持費、高そうです・・・」
二人も口々にその広さに驚く。
そこに長部も入って来、「わ、広いっすね〜」と驚嘆の声を上げる。
何となく、皆暫し沈黙する。
そして再び口を開いたのは長部だった。「・・・あ、そーだ!先輩方〜ぁ背中の流しっこしません!?私、小学校の頃から友達とかと一緒にお風呂入る時いっつもやってたんですよ〜」
と、提案。
「あ、良いねぇ」とか、「私は小学校以来だな」など賛成の方向に。
ごしごしごしごし
5人は、輪を作るように並び互いの背中を流しあっていた。
「そういえば國生先輩は、卒業したらすぐ工具楽先輩との結婚なんですか〜?」
何気なくそんなことを訊く長部。
「な、なんでいきなりそんなことを!?」
「え?だって車の中でそんな話してたじゃないですか・・・違うんですか?」
「で、ですから私は社長にそう言う意識を持っていませんから・・・その・・・」
口ごもる陽菜。
そこに
「あーっもーっ!るなっち?いつまでもそんなこと言ってたら、くぐっちが誰か別の娘に取られちゃうよ?
いいの、それでも!?」
そんな陽菜の言葉にしびれを切らした天野がきつい口調で言う。
「え・・・?」
言葉に詰まる陽菜。
「くぐっち誰にでも優しくて、顔もそんなに悪くないから、今こうしてる間にもるなっちの知ってる娘がくぐっちのこと狙ってるかもしれないんだよ!?」
「恵、そんなきつく言わなくても・・・」
「ダメ!るなっちは側に居すぎて心のどこかで安心しきってる。
だから話が進みそうなところでも『秘書である自分』と『社長であるくぐっち』で考えてて、だから平然と違うっていえるんだよ。
今はそれで良いかもしれない。けど、『國生陽菜』と『工具楽我聞』で考えてないと、いつかほかの娘に奪われちゃうよ。
るなっちはそういう娘の心当たりないの?」
そう言われ陽菜は自分の記憶を振り返る
「あ・・・」
と、そう言えば桃子とそんな会話をした覚えがある。
「・・・あるでしょ?
その娘とくぐっちが付き合って、結婚して、幸せそうにしてるとこ、想像してみて?それでもるなっちは幸せ?寂しくない?」
想像してみる。
我聞が桃子と手を繋いで町を歩くところ、見つめ合うところ、口付けを交わすところ、我聞が自分を見なくなり、桃子だけを見ているところ・・・・
「それは・・・」
「・・・寂しかったでしょ、だったら認めて。るなっちは、くぐっちのことが、男性として好きだって」
自分は我聞が恋愛対象として好きなのか?
陽菜は自問自答する。
確かに、今、自分に一番近い男性で、優しいとか、頼りになるとかは何度か思った。桃子に、『我聞の嫁候補』と言われたり、父に結婚を勧められたときはとても焦ってしまったと自覚している。
しかし、何故今まで意識しなかったのか。
天野の言うように距離が近すぎた?
確かにそれもあるだろう。
しかしそれより、母が死に、父が飛行機事故に遭い、先代が行方不明になってしまい、自分が大切に思う人は皆居なくなってしまう。
ならばいっそのこと大切に思わなければいいと無意識に考え、我聞に客観的にあたっていた気もする。
つまり、やはり、自分は・・・
「・・・そう、みたいです・・・」
「そうってどう?はっきり言って!」
厳しく言う天野。
「わ、私は、社長が、いえ、工具楽我聞さんのことが、好きです」
自分でもその言葉の意味を確かめるように、ゆっくりと答えた陽菜に、天野は満足げに言う。
「よく言ったっ!うんうん。私も手伝ってあげるから頑張ろう!」
「あ、有り難うございます」
そんな所にに住が言う。
「・・ねぇ恵、」
「ん〜何?」
「そろそろ、体流さない?」
「あ・・・」
シャーッ
熱いシャワーが女子部員たちの体の泡を流していく。
と、
「うわっ!!」
「佐々木っ!」
バッシャーン!
佐々木の叫び声と、我聞の声。
そして水中に何かが落ちる音が浴室に響く。
「な、なんだ!?」
驚く鬼怒間。
ほかの皆も同様のようだ。
皆、音のしたほう、露天風呂へ向かう。
そして、露天風呂の、男子風呂との柵と思われるものを見て
「!!」
皆一瞬絶句する。
高さ五メートルほどの二本の木がある。
その二本の木は、互いに互いの方向へ隙間なく枝を伸ばしている。
それは、まるでお互いに愛し合ってるかの様だった。
そして、それがそのまま男子風呂との仕切になっている。
「すごいな・・・」
ぽつりと鬼怒間が感想を漏らす。
「・・自然にできたのかな、コレ・・・」
「おそらくは・・・」
「あ、ここに説明が・・・」
そういった長部に皆の視線が移る。
「読みますね、えーっと・・・
『この木の名前は、相愛の木。
その昔、それはそれは仲睦まじい夫婦がいたと言う。
ある冬の日、夫が、女房の病を治す薬草を採るため山ヘ登った。
しかし、男はいつまでたっても帰ってこない。
そんな夫を心配して、皆が止めるのも聞かず、女房も病の体をひきずって、山へ向かったという。
ところが、二晩たっても二人は帰ってこない。
そんな二人を心配した村の住民は、村で一番屈強な男に二人を探しに行かせたという。
男は、一晩中二人を捜した。
そして男は二人を見つける。
二人は抱き合っていた。
そして、とても幸せそうな顔をして息絶えていた・・・。
それを見た男は、その二人を抱き合っているまま運ぼうとした。
しかしいかんせん二人同時は重く、仕方なく一人づつ運ぼうとしたが、二人はしっかり抱き合って離れない。
仕方なく、男は一度村に戻り人を呼んでくることにした。
そして男が人を連れて戻ってきたとき、そこに二人の姿はなく、代わりに二本の木が生えていた。
村人たちはそれを二人の成れの果てと思い、大切に大切に育てた。
その後、その木の脇から二つの温泉が湧き、この旅館の元になったと言われている。』
・・・だそうです」
「・・へぇー」
「なんだか、悲しい、けど、どこか暖かいお話ですね・・・」
「そう、だな・・・」
「・・・」
天野は一人黙っている。
「どしたの恵?あ、ひょっとして今の話、『自分と佐々木君に置き換えて』なんて考えてた?」
「へ?!いやっ、そんなっ、てか私はささやんなんて・・・」
口ごもる天野。
そこに
「天野さん、ずるいです!!」
陽菜がきつい口調で言う。
「る、るなっち・・・?」
「さっきはあんな風に私に言ったのに、自分ではそうやって逃げるんですか!?」
「え!?あ、いやぁその・・・」
「天野さんも、佐々木さんのこと、ちゃんとはっきり言ってください!!」
じりじりと詰め寄る陽菜。
「さあ!!」
観念した天野は顔を染めながら言おうとする。
「わ、私は、ささやんが・・・」
その時、
「またかよっ!?」
「佐々木!?」
パーンッ!!
再び、佐々木、我聞の声が響き、今度は水面に何かを叩きつけるなんとも痛そうな音が、二本の木の反対側から聞こえてくる。
「・・・」
「・・何があったんだろ・・・」
「・・・ど、どーせささやんあたりが覗きしようとして、この木の枝登って、手ぇ滑らして落ちたんでしょ!!」
「何でそんな怒ってんの恵?」
意を決して
「別に!ただささやんがあまりにも不慨無いから、イライラしてるだけ!!」
意を決して、大切なことを言おうとしたとき、それを阻害されると、人は、たとえそれが自分にとって得になりえない発言でも、なんだかもやもやしてしまうのである。
〜男子風呂〜
所変わって男子露天風呂。
色素の薄い髪の毛をした人物が、浴槽の脇でピクピクと悶絶している。
何故こんなことになっているのか?
少し時を遡ってみる。
約三十分前。
佐々木の、どちらかと言えば不純な提案から、男子部員たちも浴室にやってきていた。
「・・・広いな」
「・・・ああ」
そして、女子浴室と同程度の広さの浴槽にとりあえずおどろいとく中村と佐々木。
バシャバシャバシャッ!!
そこに、二つの物が盛大に水飛沫を上げて二人の前を通り過ぎる。
「うわっ!」
「・・・我聞、静馬、広いからって浴槽で泳ぐなよ・・・てか、おい!我聞、静馬っ!体、ちゃんと洗ったのか!?」
水飛沫を上げていた二つの物が少し離れた所で止まり、それぞれから、
「おう!当然だ!!」
「洗いましたっ!!」
との声がする。
早いな・・・中村がそう感心していると、佐々木が何故かきょろきょろしている。
「どうした?」
「いや、なんとなく皇先輩の姿が見えないなと思って・・・」
そう言えば、浴槽はさっきの二人だけだし、体を洗っているようでもない。
ふとそこに、外につながっているらしい扉が目に付く。
「・・・たぶん、露天風呂だろ」
「なに?露天風呂?・・・はっ!そうだっ、こっくしょーぅさっはーん!!」
そう言うと、佐々木は目にも留まらぬ早さで体を洗い、露天風呂へと向かった。
「佐々木も早いな・・・」
そう言って中村は、佐々木に犯罪的行為をさせるわけにもいかないので、自分も少し急いで体を洗い、露天風呂に向かう。
カラカラカラ・・・
どこか乾いた音を立てる引き戸を開けると、佐々木、皇は青年と湯船の中でなにやら談笑している。
「佐々木、その人は?」
「ああ、なんでも我聞たちの仕事関係の知り合いで、西音寺さんだそうだ」
西音寺は人当たりのいい笑みを浮かべて、『どーも』と一言挨拶した。
「でさ、我聞と静馬呼んできてくれないか?」
「あ?ああ、別に構わないが・・・」
言われて中村は我聞番司を呼んでくる。
そして、中村も混じって5人で和む。
と、中村は佐々木の姿が見えないのが気になった。
そして見回すと、奥の方でなにやら妙な木の枝を登っている。
(いきなり覗きか・・・)
呆れていると、一番上の枝に手が届いているではないか。
さすがにこれ以上はまずいので、止めるために声を掛けようとしたとき、何やら西音寺の右手が佐々木のほうへ向けられた。