「・・・あいつら、もう寝たかな?」  
 「多分、平気だと思いますけど・・・」  
暗がりの中、ぼそぼそと会話する怪しげな人影が2つ  
 よく見ればそれは赤いサンタ服を着て、白い袋をかついだ我聞と陽菜だった  
   
 ・・・・・・  
 
 工具楽屋(株)の今年のクリスマスイヴは、本当に社や関係者を挙げての盛大なパーティが行われた  
 真芝の壊滅、我也も、死んでいたと思っていた陽菜の父の生還と喜ばしいことが多かったこともあるだろう  
 今日に限っては誰もが仕事を休み、社屋で朝から晩まで無礼講と言わんばかりに盛り上がった  
 本来なら忙しい年末年始にそんなことはやってられないのだが、結構皆乗り気で楽しそうに参加してくれた  
 招待したのはかなえを始めとしたこわしや協会の面々、内閣調査室の西さんや真芝から転身した十曲や桃子達だ  
 このパーティの発案者は優さんだが、主催者は現社長の我聞で、なんか頼りないという理由でそのサポート役として陽菜があてがわれた  
 勿論、そう仕向けたのはGHKや優さんだが、適材適所なのは否めない  
 この2人は明日のクリスマス当日に行われるという卓球部のパーティにも誘われており、冬休みに入ってからは学校と社屋と現場の間を忙しそうに駆け回っていた  
 
 ・・・・・・  
 
 そして夜中の11時を回る頃、そろそろお開きにしようかと1人ずつ工具楽屋(株)の事務所、パーティ会場を出ていった  
 優さんは「まだ飲み足りないぞー!」と酔っぱらい叫んでいたが、中之井に引っ張られ寮へと退場させられた  
 辻原は素面だが、招待客であるかなえや理来達を送ることを申し出、会場を後にした  
 桃子は優さんに無理矢理飲まされたワインで顔を赤くし「ここに残りたい、ガモンの家に泊まりたい」とごねたが、キノピーに説得され、引きずられるように退場していた  
 番司も似たようなものだったが、ワインに酔ったのか目が据わっているかなえに水糸でふんじばられたのは言うまでもない  
 十曲は千紘に「飲みすぎです、若様」と背を押されながら、「大丈夫! 僕は天才だからね」とわけのわからないことを言いつつ帰っていった  
 そして、一番最後に我聞は果歩やもう眠そうな珠、斗馬に一足先に自宅の方へと帰って寝ているように言った  
 「お兄ちゃんや陽菜さんは?」  
 「オレは主催者として、一通り片付けをしてからな」  
 「私はそのお手伝いです。そう時間はかからないと思いますので」  
 「・・・ふーん、じゃあよろしくお願いします」  
 果歩は眠たげな珠や斗馬の背中を押してから、ぺこりとお辞儀した  
 2人がそう言うのなら別に構わないしと、果歩はそれぞれの耳元でこっそり囁いた  
 「お兄ちゃん、頑張りなさいよ!」  
 「陽菜さん、お兄ちゃんのことよろしくお願いします!」  
 2人は「えっ!?」と果歩の顔を凝視すると、その本人は笑って珠と斗馬の後を追いかけていった  
 「・・・・・・」  
 お互いが何と言ったらいいのか判らず、とりあえず2人は会場の後片付けに取りかかることにした  
 机の上に散乱した空のワイン瓶や料理の乗っていた皿、床にはケーキの生クリームのようなものがこびりついている  
 それらを1つ1つ拾い上げ、丁寧にぞうきんで拭いていく  
 2人だけしか残っていないがらんとした静かな事務所で、本当に黙々と作業をこなしていく  
 
 「あ、あのさ、國生さん」  
 「・・・え、あ、はい。何でしょうか?」  
 突然声をかけられ、声が思わずうわずってしまった  
 「あ、うん、ごめんな、こんな時間まで付き合わせちゃって」  
 「い、いえ、別に・・・楽しかったですし」  
 「明日は卓球部のパーティもあるし、早めに帰っても良かったんだよ?」  
 「そんな、社長を置いて帰るわけにはいきません!」  
 と言ったところで陽菜は我に返った、こんな事を言ったら・・・  
 そう思ったのだが、朴念仁というか鈍い我聞は気づかず、「気遣ってくれてありがとう」と言った  
 ほっとするやら悲しいやら、ちょっと複雑な気持ちだ  
   
 ・・・・・・  
 
 片付けを一通り終えると、もう時刻は0時をとっくに過ぎていた  
 陽菜は我聞に「帰りましょうか」と言おうとした時、その当の本人が部屋の隅でガサガサとやっている  
 「何をやっているんですか?」  
 と覗き込むと、我聞はわっと慌てた  
 見れば白い袋の中に、赤いサンタの衣装や何かの包みが詰められていた  
 「・・・これは、もしかすると・・・」  
 「う、うん。果歩達のクリスマスプレゼント」  
 何でも、プレゼントの方はこっそりと貯めてきたなけなしの貯金で買ったものだという  
 加えて、サンタの衣装があるとなると、変装した上でこっそり枕元に置いてくるつもりなのだろう  
 「・・・なるほど。それで果歩さん達を先に帰したんですね?」  
 「やっぱりさ、こういうのってそういう風に渡された方が嬉しいのかなって」  
 我聞が言うに、これを思いついたのは我也が行方不明になってからだという  
 もう悲しませたくない、笑ってほしいという想いから、内緒で進めてきた計画だという  
 今では我也は見つかったし、もうそういうこともないだろうとは思ったが、折角準備してきたのだから決行するべきだろうと思ったのだ  
 「どうかな? サンタからのプレゼントなんて今時、あいつら、喜んでくれるかな?」  
 「はい。きっと喜ぶと思いますよ」  
 陽菜にそう言われたのが後押しとなったか、「よしっ」と我聞は気合いを入れた  
 「・・・社長、これもう一着余ってませんか?」  
 「え?」  
 白い袋から赤いサンタ服を引っ張り出しつつ、陽菜が訊いた  
 「・・・い、いや、確かこれとは別に優さんが借りてきたのがあったと思うけど。まさか國生さん・・・」  
 「はい。是非参加させてください」  
 いきなりの申し出だったが、我聞は断らなかった  
 早速、陽菜は部屋で我聞は外で着替えた  
 着替え終わり、陽菜が外で待っている我聞の所へ行くと、我聞は目を剥いた  
 何故か、優さんが借りてきたのはミニスカのサンタ衣装だったのだ  
 サイズも陽菜に合わせたかのようで、まるでこういうことを予測していたかのようだ  
 「・・・短すぎませんか?」   
 「大丈夫だと思うけど・・・」  
 返答になっていないと思うが、陽菜は「そうですか」と返した  
 我聞はあまりじろじろ見てはいけないと顔を逸らした、それにしてもその格好は寒そうだ  
 白い袋をかつぎ、我聞と陽菜は忍び足で工具楽家を目指した  
 
 ・・・・・・  
 
 そこまでの道のりは暗く、何も見えなかった  
 シンと静まりかえり、頼りになるのは細々とした電灯の明かりだけ  
 無意識に、陽菜は我聞の服のすそをつかんで歩いていた  
 それに我聞は気づいたのか気づいていないのかはわからなかった  
 「・・・うん、電気は消えてるな」  
 「社長の言いつけ通り、寝ていてくれてると良いんですが・・・」  
 玄関の前で、一旦我聞と陽菜は止まった  
 もしかしたら、珠や斗馬を寝かしつけたら、果歩は我聞が帰ってくるまで起きているかもしれない  
 それが一番ありえそうで、この計画の一番の不安所だった  
 ちなみにパーティが無ければ、その不安も無かったと思うのだが・・・それは無粋というものだ  
 「仕方ない。玄関以外の所から突撃するぞ」  
 「え、大丈夫なんですか?」  
 我聞が「大丈夫」と言うが、陽菜はどうにも不安を隠しきれない  
 第一、あのしっかり者の果歩が窓も含めた戸締まりを忘れるなどは考えられない  
 それに、もし誰かに見られたら強盗と取られてしまう  
 陽菜は我聞を説得し、こっそり音も無く玄関から入ることにさせた  
 「・・・よし、いくぞ」  
 「はい」  
 すっと鍵を差し込み、ゆっくりと回した  
 ほんの少しかちゃんと音が鳴り、2人は飛び上がりそうだったが、それからゆっくりとドアを開けた  
 「・・・・・・」  
 「・・・・・・大丈夫みたいですね」  
 玄関から居間まで、総ての明かりが消えている  
 細く開けたドアの隙間からそれを確認すると、素速く我聞と陽菜は家の中に入り込んだ  
 「・・・よし、作戦決行だ」  
 「はい」  
 こそこそとゴキブリのように這って進み、2人は3人の寝ている所へ向かった  
 
 ・・・・・・  
 
 「・・・うん、よく眠ってる」  
 流石に12時間以上もパーティに出席していたので疲れたのだろう、果歩もぐっすりと眠っている  
 3人の寝顔は穏やかで、家長として思わず頬が緩んだ  
 「社長、そろそろ」  
 「お、おう」  
 我聞はごそごそと袋から、それぞれの枕元へプレゼントを置いた  
 果歩へのプレゼントは「服」だ  
 家計を気にし、欲しかったが買う気になれなかった服があるというのを優さんから聞き、我聞はそれを買い求めた  
 優さんは「それ着て誰かとデートに行きたかったのかもね〜」と言っていたのが兄として気になるが、とにかく欲しいものがみつかって良かった  
 普段から果歩はそういうことで遠慮しがちだから、我聞はほっとしていた  
 珠へのプレゼントは「新品の野球グローブ」だ  
 もう少し女の子らしいのが良かったかなと思ったのだが、今持っている奴は大分古く、もうボロボロだったのでこれにした  
 いつも元気に遊び回る珠だが、案外もの持ちが良い  
 それだけものを大切に扱ってくれるのは、実に嬉しいことだった  
 斗馬へのプレゼントは「工具楽屋の株券1枚」だ  
 おおよそ子供らしくないプレゼント内容だが、本人が欲しがっているものをあげるのが一番だろう  
 ちなみに本当ならヤフー株を買ってやろうとしたが、株券の買い方もわからず値段も高いので断念した  
 枚数が1枚なのは、斗馬の歳的な問題もあるし、そう多くはあげられないのが現実だ  
 
 「・・・うん、よし撤退するぞ、國生さん」  
 「了解です」  
 小声でそう言い合うと、またこそこそと玄関の方へ戻っていった  
 
 ・・・2人が去っていくのを感じると、果歩は片目を開けた  
 「(んもぅ、何やってんのよ、お兄ちゃんたら)」  
 しかも、何故か陽菜さんまで一緒になって・・・  
 「(・・・ま、嬉しかったけどさ)」  
 プレゼントの中は今は見ない、そして明日の朝に思い切り喜ぶ姿を見せてあげよう  
 きっと、それが良いに違いない・・・だから黙って寝ていたのだ  
 「(それに、形はともかく、2人っきりてのは変わらないし)」  
 まだ2人やGHKにとってはチャンスはある、今日はクリスマスなのだから  
 「おやすみなさい、2人共」  
 そう小声で言って、果歩は目を閉じた  
 
 ・・・・・・  
 
 「ふー、終わったぁ」  
 「お疲れ様でした」  
 玄関へ到達し、またそっとドアを開け、寒く暗い外へと出た  
 我聞は無事終えたことに安堵のため息を吐くと、陽菜が言った  
 「では、私も帰らせてもらいます。この衣装は洗って返しますので」  
 それだけきびきび言い帰ろうとするのを、我聞は慌てて止めた  
 「ちょ、ちょっと待って!」  
 「? 何か?」  
 陽菜は少しドキッとした、今日という日もあって心が躍るようだ  
 「こ、國生さんは何か欲しいものはある?」  
 「・・・いえ、そのお気持ちだけで充分です」  
 陽菜はその言葉が本当に嬉しくもあり、まだ用意していないと言うことなのかちょっと残念に思った  
 それは空になった白い袋からもわかることだが、やはりどことなく寂しい気持ちはあった  
 我聞は「んー」と悩んでいる様子を見せ、それからサンタ服のポケットに手を入れた  
 「・・・えっと、喜んで貰えるかはわかんないけど・・・」  
 我聞はかじかみつつある陽菜の手を取り、そっとそれを落とした  
 「これは・・・」  
 それは、真珠のような白色の指輪だった  
 「果歩達のプレゼントであんまりお金が残ってなかったから、こんな安物しか買えなかったけど・・・どうかな?」  
 「え、えと・・・これはどういう・・・」  
 陽菜は激しく動揺したが、我聞はきょとんとしている  
 恐らく、この男は指輪=女性の装飾品程度しか頭にないのだろう  
 つまり、こちらが動揺するだけ無駄なのだ  
 自分を落ち着かせるように陽菜がこほんと言うと、素直に「ありがとうございます。大事にします」と言った   
 「良かった。・・・あのさ、付けてみてくれる?」  
 「あ、あぁ、はいっ」  
 贈った側としては、やはり見てみたいものだからだろう  
 陽菜はそれを自分の右手の中指にあてがってみるが・・・・・・  
 「・・・入りませんね」  
 「あ、あれ? む、むぅ、やはり怪しげな露天商から買ったからか?」  
 「え? い、いえ、多分、他の指なら・・・」   
 陽菜は指を変えて試みるが、どれも第一関節のところで止まってしまう  
 入りそうな指を総て試してみても駄目で、諦めかけた時、我聞がその指輪を取って陽菜の左腕を小脇に挟んだ  
 「! あ、あのっ!?」  
 「いや、まだ両手の親指以外ではめてないところがあるでしょ?」  
 陽菜はかっと赤くなった、そこはあえて避けていたのに  
 しかも左腕を小脇に挟まれているので、止めようにも体勢的にも無理だった  
 
 我聞は左手の、薬指に指輪をはめこんだ   
 ものの見事に、その指輪はぴったり入ってくれた  
 
 満足そうに我聞がそれを見るが、陽菜の顔は真っ赤だった  
 「?」  
 「え、その・・・ですから・・・」  
 ごにょごにょと言葉にならない言葉を言いつつ、今度はぐいぐいと指輪を外そうと試みた  
 しかし、我聞の力で入れた所為もあるのか、それは全く抜ける気配はしなかった  
 決して血行が悪くなりそうなぐらいきついわけではないのに、どうしても抜けないのだ  
 流石に外れなくなるとは予想もしていなかったので、我聞も慌てだした  
 「ご、ごめん、國生さん! た、多分、石鹸で滑りを良くすれば抜けるから!」  
 「・・・・・・」  
 陽菜はため息を吐き、確か消防署に行けば取ってくれるとか聞いたことがあるなと脳裏をよぎった  
 でも、多分、そんなことはしない  
 きらきらとその指で輝く白い指輪を見て、陽菜はそう思った  
 しかし、当面の問題は、これをどこまでごまかし、隠し通せるかなのだが・・・・・・  
 卓球部のパーティもあるし、会社の方にも出なくてはいけないのだ  
 「社長」  
 「は、はい」  
 思わずビシッと背筋を伸ばし気をつけ、敬礼のポースを我聞は取ってしまった  
 まるでさなえに怯える中之井のようで、陽菜はくすりと笑った  
 「・・・私からもクリスマスプレゼントがあるのですが、よろしいでしょうか?」  
 「え? あ、うん・・・」  
 我聞はなんだと言ったような、ほっとした様子だ  
 だが、陽菜の顔は相変わらず厳しい  
 「では、目をつむってください」  
 「?」  
 首を傾げ、それでも我聞は陽菜の言うことを聞き、両眼をギュッとつむった  
 それを陽菜は確認すると、ほんの少しだけ背伸びをした  
 
 我聞の頬に、何か柔らかい感触がした  
 
 「? あ、あれ? こ、國生さん!?」  
 「では、おやすみなさい。社長」  
 目を開けた我聞は呆然と、走り去るサンタ服の陽菜を見つめていた  
 それから、ゆっくりと空から白い結晶が舞い降りてきた  
 しんしんと積もりゆくそれを払うことなく、我聞は明け方までその体勢で固まっていた  
 
 ・・・いくら意図的ではないからとはいえ、私だけ、今度顔を合わせる時、恥ずかしい思いをするのはずるいですよ、社長  
   
 だから、お返しです  
 
 メリークリスマス  
 

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