辻原は缶コーヒーを飲みながら、空を見上げていた
今にも降り出しそうな曇り空、冬の張り詰めた空気は心地よかった
「・・・いい夜ですねぇ」
その横を並んで歩くのは理来や勇次郎におぶされたかなえなどの、こわしや協会の面々だった
・・・・・・
今日は朝から工具楽屋(株)でクリスマスパーティをやり、面々はその招待客だ
それから夜も更け、お開きになったので、営業担当として辻原は招待客を送っているのだった
「いやぁ、楽しかったな〜、おい」
「そうですか。それは何よりです」
理来は上機嫌で鼻歌を歌っている、辻原は読めない表情でそう返した
それにしても、と理来はひょいっとかなえを見た
「あんまり飲んでないと思ったんだけどな、かなえちゃん」
「んー、お酒に弱いんじゃないですか?」
実際、かなえはワイングラス2杯ぐらいしか飲んでいない
しかし、まさか帰る間際に足下がおぼつかなくなっていようとは誰も思わなかった
仕方なしに、必然的に、誰かにおぶってもらうこととなった
「酔い潰れているかなえさんもかわいいのぅ」
勿論、その役を買って出たのは・・・密かかどうかはわからないが、かなえに想いを寄せている勇次郎だった
先程の言葉も本当は心の中で思っていたことなのかもしれないが、勇次郎の場合はしっかりと声に出ている
酔っているくせにぐちゃぐちゃ文句を言う番司を水糸で縛り上げるという行為が出来る厄介さ、扱いに困っていた辻原達は誰も反対しなかった
「ところで、皆さんはどちらにお泊まりになるんですか?」
「駅前のホテルに人数分の予約は取ってあるそうだ」
「俺ぁ旅館みてぇのが良かったんだがな」
雷の仙術使い・阿部雪見がそう教えてくれると炎の仙術使い・奥津太一はそう愚痴った
仙術の媒介ともなるきせるをふかす彼の、昔ながらの職人気質を思わせる格好は冬場でも健在だ
「駅前のですか。いやぁ、皆さん豪勢ですねぇ」
辻原は笑って言う、確かこの辺りで一番豪華で立派なホテルだった
「どうもかなえさんが予約してくれていたみたですよ。こうして遅くなることを見越して」
木の仙術使い・西園寺進が言うと、勇次郎は「さすがかなえさんじゃ」とえらく感心していた
辻原はそれを聞くと安心し、その豪華で立派なホテルが遠目でも見える位置まできたこともあった
「じゃあ、そろそろこの辺で・・・」
「おぅ! また何かイベントがあったら呼んでくれ!」
理来も子供じゃないから、もう送ってくれなくても大丈夫だと意思表示を見せてくれる
辻原はくるりとUターンして、工具楽屋(株)へ戻ろうとした
「・・・っと」
辻原の足が止まると同時に、「やれやれ」とため息を吐いた
またきびすを返し、理来達の方を向いた
「・・・やっぱり、もう少しだけ送らせてもらいますよ。この辺は入り組んでいますし」
「そうか? ま、いいけどよ」
辻原はははっと笑い、飲み終えた缶コーヒーを傍の自販機のゴミ箱に捨てた
その手には、その手の小指にはひゅるりと細い糸がからみついていた
・・・全く、何の冗談ですかねぇ
この糸は紛れもなく、水糸だ
そして、こんなことが出来るのはこの場にかなえしかいない
「・・・・・・」
辻原はついでに自販機でまた缶コーヒーを買った、飲まずとも持っているだけでも温かいからだ
思えば、かなえが酔い潰れた時から怪しいとは思っていた
仙術は究極の肉体コントロール、グラス2杯程度のアルコールならあっという間に分解して排出することぐらい出来るだろう
仙術使いは濃縮された催眠ガスさえ効かない身体を持っている時点で、「酔う」という行為自体がそもそも怪しい
となれば、わざと分解速度を遅らせて、酔いの状態を保ち続けているに違いない
「(あなたって人は・・・)」
呆れてものも言えない、かなえは此方を誘っているつもりだったのだ
しかし、その自尊心からそう自己主張するわけにもいかず、こうして勇次郎におぶされることとなった
多分、計算外だったに違いない・・・酔い潰れれば、辻原の方が動いてくれると思ったから
この水糸はかなえが意図的に出したのか、それとも思わず出してしまったのだろうか
辻原は小指に繋がっている水糸をたどってみると、それはやはりかなえの小指に繋がっていた
「(全く、子供みたいですね)」
しかし、こうでしか自己主張出来なかったのだろう
だから、辻原もとりあえずそれに応えてあげることにしたのだ
「(・・・それにしても・・・)」
辻原は皆の後をついて歩きながら、首を傾げ思った
この水糸はいつほどいてくれるんでしょう
ホテルの前まで彼女を送ったら? 部屋で彼女を寝かしつけるまで? それとも・・・・・・?
大人のクリスマスイヴはまだ続くようだ