お父さんと先代が旅立って、そろそろ一ヶ月になりましょうか。  
真芝壊滅の影響で本業が激減して、経理部長としては少し頭の痛い日々ではありますが、  
それだけ平和な日々でもあるわけで、今は少ない仕事を確実にこなしていこう、を合言葉に、  
工具楽屋の皆は業務にあたっています。  
とは言え、辻原さんが無事に復帰されて私は営業から解放されたこともあり、  
最近は部活に割ける時間も随分増やすことができました。  
それにしても・・・  
 
「・・・ふぅ、やるなぁ國生さん・・・だが、まだまだだな!」  
「むぅ・・・こ、今度は負けませんからね! 社長のドライブにも反応できるようになりましたし!」  
「ふっふっふ、その意気や良し! いつでも挑んで来るがいい!」  
 
私と社長なのですが・・・相変わらず、こんな感じです。  
あの日・・・お父さんたちの旅立ちの日に、何気なく飛び出したお父さんの爆弾発言・・・  
あれ以来、果歩さん達や工具楽屋の皆さんにまで、  
私と社長がちょっと仲良くしてるとそれはもう容赦なくからかわれてしまいます・・・  
でも別に、それから二人に何かあったかというと、  
・・・実は、まだ別に、何も無いんです。  
まだ、と言いましたが、だからといってこれから何か予定があるわけでもありません。  
相変わらず、からかわれると二人で顔を真っ赤にして、  
ちょこっと顔を見合わせては照れ笑いを返す、とか、そんな感じです。  
だから、その・・・多分、社長も、私と同じ気持ちでいてくれるんじゃないかと思うのです・・・。  
 
その、ちょ、ちょっと・・・気になってるかもしれない、かな・・・とか・・・。  
 
ええと、まあ、その、で、ですね!  
先程、“まだ”という表現をした理由ですが、そろそろ、時期がやってくるのです。  
これまで、ほとんど意識したこともなかった行事なのですが・・・  
 
「お疲れ様、國生さんホント上達したね〜!」  
「あ、ありがとうございます!」  
「ところで、ちょっといいかな、あ、工具楽君も」  
「ん、なんだ?」  
「今度の土曜日なんだけど、なんの日だかわかる?」  
「土曜? うむ? 國生さん、わかるか?」  
「ええと・・・その・・・クリスマスイブ、ですよね?」  
「うーん、工具楽君は相変わらずだねぇ・・・でも、國生さんはちゃ〜んと、意識してるんだね〜♪」  
「え、べ、別に意識とか・・・わ、私は秘書ですから、カレンダーは確認してますので!」  
 
そう、それです。  
これまでは大して興味もありませんでしたが、それでもその日がどんな意味を持つかは知ってはいます。  
もちろん、本来の意味だけでなく、その・・・恋人たちの間での、という意味でも・・・。  
ですから、その、少しだけ期待してしまっているのですが・・・  
社長の今の反応からすると、期待するだけ悲しい思いをするだけ、かもしれませんね・・・はぁ。  
 
 
「あはは、そう、それでね、土曜日で休日だし、部室でクリスマスパーティーしようかって話があるんだけど、  
 二人とも予定が無かったら、どうかなって思って!」  
「あ、そ、そう言うことでしたか・・・でしたら、土曜なら基本的には仕事も休日ですし・・・」  
「お、それなら俺たちも参加できるかな?」  
「はい、これから予定が入らなければ、ですが」  
「よかった〜! じゃあ、プレゼント交換する予定だから、一人一つ、なにか適当なものを用意しといてね!」  
「はい、わかりました!」  
「おう、わかった!  
 と、すると・・・駅前にでも買いに行かねばなるまいが・・・時間あるかな?」  
「それでしたら前日も祝日で仕事はお休みですから、本業が入らない限りは平気かと思いますよ?」  
「そうか! じゃあ國生さんもその日に買いに?」  
「そうですね、そうしようかと」  
「なら、折角だし一緒に行こうか?」  
「・・・・・・え?」  
 
思わず、聞き返してしまいました。  
だって、それじゃあまるで・・・  
 
「む? あ、そうか、そうだったな・・・折角のプレゼント交換なのに、  
 一緒に行ったんじゃお互いのモノがわかっちゃって楽しくなかったな、すまん、気が回らなかっ・・・」  
「い、行きます!」  
「・・・へ?」  
「大丈夫です、お互いが品物を買うときだけ別々に行動すれば問題ないですし!」  
 
あ・・・・・・・・・  
我ながら、ちょっと軽率でした・・・住さんが、なんというか・・・凄く楽しそうな顔で私たちを・・・  
 
「む、そうか、まあそうだな、それじゃあそういうことで! ・・・って住、どうかしたか?」  
「ん? ん〜ん、なんでもないわよ〜? まあ、とりあえず・・・國生さん、頑張ってね!」  
「え、あ、す、住さん! な、何か勘違いされてませんか!?」  
「あれ、私は卓球のこと、言ったつもりなんだけど〜?」  
「えええ!?  あ、は、はい・・・頑張ります・・・」  
 
ああ、なんかもうもの凄くニヤニヤしてます・・・住さんって、大人しそうでいて・・・何気に策士かもしれません。  
 
「ふっ、確かにまだまだ頑張らないと、この俺を超えることは出来ないからな!」  
 
そしてこの方はこの方で・・・どこまでも相変わらずです。  
今のお誘いも、間違いなく下心とかないんでしょうね・・・  
何と言いますか、いろいろと前途多難です・・・はぁ・・・。  
 
 
「お、國生さん、おはよう! 早いね、待たせちゃったかな?」  
「社長、おはようございます! 大丈夫です、今来たばかりですから」  
 
なんだか、まるで恋人同士の待ち合わせです。  
まあ、恋人同士で社長、なんて呼び方は有り得ませんけどね・・・  
と、ともかく!  
今日は12月23日、無事に仕事が入ることもなく、  
先日の約束通りに私と社長は一緒にプレゼントを選ぶために、駅前で待ち合わせをしていました。  
 
「悪いね、時間ギリギリになっちゃって・・・  
 國生さんと買い物に―――つったら、果歩がその服じゃだめだ、とかなんか妙にうるさくてさ、  
 何度も着替えさせられて・・・一体なんだったんだか・・・」  
「ふふ、社長の家はいつも楽しそうです」  
「まあ、賑やかなのは認めるけどさ・・・一応は俺が家長のハズなんだけど、  
 時々、実権は果歩に握られてるんじゃないかと思っちゃうよ、あはは・・・」  
 
案外、的を得た意見かもしれませんが、まあ敢えて口にはしません。  
 
「ふふふ・・・でも、先代から家族を任されたのは社長ですよ? もっと頑張らないといけませんね?」  
「ううむ、おっしゃる通りで・・・ま、まあウチの話はいいから! じゃあ、早速買い物と行こうか!」  
「はい、社長!」  
 
取り留めのない話をしながら、私たちはデパートへ向かいます。  
休日の駅前ですので結構な人がいるわけですが、その方々から見て、私たちってどうなんでしょうね。  
高校生の男女が二人で一緒に買い物をしているって、ちょっと、なんていうか・・・  
・・・デートみたい、かな、とか・・・  
でも、同い年くらいの男の子と女の子が手を繋いで仲良さそうに連れ立って歩いてるのを見ると、  
やっぱり違うかなぁ、とも思うわけで・・・  
 
「さて、デパートへは来たけれど・・・何処から回ろうか?  
 そもそもプレゼントって言っても、なかなか浮かばないしなぁ・・・」  
「まあ、だからこそ、色々見て周りましょう、見ているうちに“これだ”っていうのが見つかるかもしれませんし」  
「そうだな、どうせ今日は一日使えるしな」  
「はい! じゃあ、まずは・・・そうですね、雑貨からでも見てみましょうか」  
「おう、そうしようか」  
 
こうして、私たちは雑貨に始まって、あっちからこっちから手当たり次第という感じで、  
様々な品物を見て回ります。  
まあ、中には “ここは流石に見ても仕方ないかな”という所もありますが・・・  
 
「・・・社長、その・・・流石にお鍋や包丁はプレゼントには適さないかと思いますが・・・」  
「そ、そうかな、ダメかな、鍋?」  
「まあ・・・社長がどうしてもと仰るなら止めはしませんが・・・  
 お鍋って、使いやすい重さがありますから、人が選んだものは貰っても使い難いかと・・・」  
「む、なるほど・・・流石は國生さんだ、鋭いな! やっぱり一緒に来てよかった!」  
「・・・ひょっとして私ってその為に誘われたんでしょうか」  
「い、いや違うぞ!? ほら、折角目的が一緒なんだし! 行くところも同じだろうから鉢合わせするかもだし!」  
「は、はぁ・・・」  
 
なんだか・・・よくわかりませんが・・・まあ、でも・・・正直なところ・・・楽しいです。  
一緒に来れてよかったって、素直に思っています。  
社長とは普段から一緒にいる時間こそ長いですが、話題はいつも仕事のこと、学校のこと、部活のこと。  
でも、今日はいろんなものを見ながら、そこから色々な話題が出てきます。  
二人だけで、こんなに延々とたくさんの話をするのは今日が初めてかもしれません。  
相変わらず、素でとぼけた発言も多くて、その度に突っ込んだり苦笑したりですが、  
今思うと、以前はそういうときはため息を吐いて、社長に冷たい視線を送っていたんですよね。  
それが今は、社長のそんな面を面白い、と思えるようになった訳ですから、  
人の印象って、本当に変わるものです。  
・・・いえ、変わったのは、私の心かもしれませんね。  
 
そうこうしているうちに、いつの間にか時間は過ぎ、  
気が付けばお昼近くになっていました。  
 
「む、だいぶ混んできたな」  
「そうですね、時期も時期ですし、そろそろお昼も近いですから・・・  
 どうでしょう、お昼になってしまうとどのお店も混雑しますし、少し早いですが食事にしませんか?」  
「おお、その方がいいかもね・・・やっぱり國生さんは気が回るなぁ」  
「い、いえ別にそんな・・・で、では少し離れたところですが、  
 お値段の割に味がいいところを知ってますので、そこへ行ってみませんか?」  
「むぅ・・・本当に流石だ、そんなとこまで調べているとは」  
「や、その、そういうのは優さんが詳しくて、よく一緒に買い物に来るものですから、  
 その時に教えて頂きまして・・・」  
「なるほどね・・・お、國生さん、そこは寄って行かなくていい?」  
 
と言って社長が指したのは、花屋さんでした。  
 
「あ! そうですね、では・・・少しだけよろしいですか?」  
「ああ、少しと言わず、心行くまで見ていけばいいよ」  
「はい、じゃあ、お言葉に甘えて!」  
 
社の鉢植えの世話をしているのを見て、  
私が観葉植物が好きだっていうこと、察してくれたのでしょうか・・・?  
ちゃんと見ていて貰えてたんだなと思うと・・・少し、嬉しいです。  
 
「しかしこうして見ると、観葉植物ってだけでも随分色々あるんだなぁ、こんな小さいのまであるとは・・・」  
「はい、こうやって眺めているだけでも楽しいですね、なんだか気分が和んでくるんです。  
 社長もお部屋にお一つ置いてみては?」  
「ううむ、食べられる物だったら尚良いのだが・・・」  
「いや、その・・・アロエなんかは食べられますけど・・・それはちょっと目的が違うというか・・・」  
「む、そうか。 でもまあ、形や色も様々で・・・確かに、育ててみるのも面白いかもしれないな」  
 
・・・よかった。  
社長は家庭菜園もなされているし、草花を育てるのは嫌いじゃないとは思っていましたけど、  
これならどうやら・・・。  
 
「ん? なんか面白い名前だね、これ」  
「幸福の木、ですね・・・どこかで幸福のシンボルにされているとかで、こう呼ばれているそうです」  
「へぇぇ、さすが詳しいな・・・それにしても大きさも随分いろいろ・・・」  
「ふふ、そうですね・・・同じ種類でも、育て方次第で色々な大きさや形に育っていきますから・・・  
 それも、育てる楽しさなんですよね」  
「なるほどなぁ、それにしても、國生さんは本当にこういうの好きなんだな」  
「え、まあ確かにそうですけど、どうしてまた?」  
「いや、本当に、すごく楽しそうに話してるからさ」  
「そ、そうでしたか・・・」  
 
確かに、好きなものの話題ですから、自然と楽しい気分になりますよね。  
でも多分、それだけが理由じゃないと思います。  
・・・気付いてはくれないでしょうけど、ね。  
 
なんて、物思いに耽っていた時でした。  
 
「あれ、もしかして工具楽屋の・・・」  
「「え?」」  
 
その名を出されては、私も社長も驚かずにはいられません。  
思わず振り返ると・・・  
 
「おお、やっぱり我聞と秘書さんか! よう、こんなところで二人して、もしかしてデートか?」  
「陽菜! おまえ、ついにセクハラ社長の毒牙に! ・・・可哀想に・・・」  
 
そこにいらしたのは、いつも解体の仕事でお世話になっている保科さんとヤスさんでした。  
 
「え、ちょ、ちょっと!? ヤスさん? 保科さんも、何言ってるんですか!」  
「そ、そ、そうですよ、そんなんじゃありませんっ!」  
 
社長が真っ赤になって、必死で否定しています。  
・・・もちろん、私も真っ赤でしょうけど。  
 
「えぇ、そうなのか? だって二人して花屋でぴったり並んで仲良さそうにしちゃって、なぁ?」  
「だ、だからこれはれっきとした用事があって・・・」  
「陽菜、そんなこと言いながら間違いなくこいつはお前のことを狙っているからな!  
 特に明日の夜は気をつけろよ!? いくらお前でも腕力じゃ敵わないんだから、いざとなったら大声を・・・」  
「だ、だ、だからそんなんじゃないんですっ! しゃ、社長、行きましょう! では失礼しますっ!」  
「え、あ、ああ、じゃあ保科さんヤスさんまたっ!」  
 
なんだかもう大混乱というか、不意打ちを受けて完全にペースを握られているので・・・  
こういう時は三十六計逃げるに如かず! ひたすらに早足です!  
 
「こら、まだ話は済んでないぞ! 逃げるな陽菜! エロ社長!」  
「まぁまぁほっちゃん、それくらいで」  
「ほっちゃんって言うな〜!」  
 
なんていつものやり取りが後ろか聞こえてきますが、その間に一気に離脱です。  
逃げるように(というか逃げてますが)足早に歩く私も社長も、お互いに真っ赤な顔で・・・  
ああ、本当に恥ずかしいです・・・。  
でも、私たち、そんなに仲良さそうに見えたんでしょうか?  
・・・社長は、保科さんとヤスさんの発言を聞いて、どう思われたのでしょうか。  
それに・・・明日の晩って・・・・・・  
社長と、私が・・・あ、ありえない・・・ですよね・・・?  
でも、もし・・・間違ってそういうことになったら・・・迫られたら・・・私、どうするんだろう・・・  
って! 何考えてるの!? とにかく今は逃げる!  
 
・・・逃げると言っても、どうやら相手は追って来はしないようなので、  
デパートを出たところでお互いに足を緩めて顔を見合わせます。  
やっぱり、まだ照れが残っていますね、私もそうでしょうけど。  
 
「やれやれ・・・まさかあそこで保科さんとヤスさんに出くわすとは・・・  
 いきなりあんなこと言われても、びっくりしちゃうよなぁ、あはは・・・」  
「で、ですよね・・・あんなこと、いきなり言われても・・・」  
 
まあ、その・・・確かに、自分でも思ったことは思いましたけど・・・  
人に言われると、恥ずかしさが全然違いますよ・・・  
 
「・・・でも、保科さんとヤスさんは、一体どうしてあそこに・・・」  
「む・・・そういえば・・・なんか一方的に言われて逃げて来ちゃったけど、  
 あの二人こそ・・・その、デート、とか・・・?」  
「ど、どうなんでしょう・・・でも確かに、なんていうか・・・普段から仲はよさげな気も・・・」  
「そうだよな、ヤスさんも付き合いは長いって言ってたし、何気に保科さんの扱いに慣れてる感じだしなぁ」  
 
結局、想像に頼るしかないわけですが、でもあのお二人は私たちより年上ですし、  
一緒に仕事してる時間も長い訳ですから・・・やっぱり、お付き合いされてるのかな、と思ってしまいます。  
私たちのことをからかっているときも、なんて言うか、普段の仕事のときよりも楽しそうでしたし、  
やっぱり、そうなのかも知れません。  
・・・ちょっと、羨ましいかな・・・。  
そう思いながらちらっと社長の方を見ると、社長は、何か上の方を見上げられていました。  
 
「この木、いつの間にか随分と飾りつけされてるな」  
「へ? あ、本当ですね・・・これ、もみの木ではありませんが、  
 クリスマスツリーに見立てて飾り立てているのでしょう。  
 そういえば夜になるとイルミネーションでキレイだって、天野さんや住さんが言ってました」  
「へぇぇ、確かに昼と夜じゃ全然景色が違いそうだな」  
「ですよね・・・私も・・・見てみたいです」  
 
できれば、一人で、ではなく。  
かといって、皆で、でもなく。  
 
「そうか・・・」  
 
ツリーを見上げている社長の横顔を、もう一度ちらっと覗いてみます。  
・・・ちらっと覗いただけなのに、何故か社長もこちらを見ていて・・・  
やっと落ち着いた顔がまた“かぁっ”と赤くなるのを感じながら、慌てて顔を背けてしまいました。  
それは社長も同じだったようで、  
今度はゆっくりとお互いに顔を見合わせると、どちらともなく・・・  
 
「・・・ぷっ、あははっ・・・なんかこんなことばっかりだな、どうも」  
「うふふふ・・・本当に、あの日からしょっちゅうこんな感じな気がしますね」  
「まったく・・・あの日の國生さんのおっちゃんの発言から、どうもおかしいんだよなぁ」  
 
そういって私を見る社長の顔が、照れは残っていますが、少し真剣味を帯びたように見えました。  
 
「俺たち、ちょっと人の言葉で踊らされ過ぎてるかもしれないな」  
 
踊らされてる、ですか・・・  
なんだろう・・・少し、嫌な響き。  
 
「ねぇ、國生さん」  
「・・・はい、なんでしょう?」  
「この前のおっちゃんの爆弾発言さ、なんか、どうも違和感があってさ・・・」  
「違和感・・・ですか」  
「うん、それでさ・・・俺たちの間だけでも、あれ、無かったことにしないか?」  
 
え・・・  
それは、どういうことでしょう・・・  
何を無かったことにするんでしょうか?  
お父さんは何も言わずに旅立ったことに?  
私たちがお互いに恥ずかしい思いをしたことも、無かったことに?  
恥ずかしがりながらも、お互いに思わず顔を見合わせてしまったことも、それも・・・無かったことに?  
 
「で、だ・・・その、改めて、なんだが・・・」  
 
ちゃららら―――♪ ちゃーちゃちゃちゃちゃらちゃららら―――♪  
 
なんだろう・・・どうしよう・・・なんか、凄く嫌な気分・・・何か・・・なんだろう、この気分・・・  
 
「國生さん? 電話、それ会社からじゃ!?」  
「・・・はっ、す、すいません、すぐ出ます!」  
 
ぱたんっ、ぴ。  
 
「は、はい、國生です!」  
『辻原ですが・・・休日のところ申し訳ないですが、本業です。  
 ちと急ぎなので内容は後で説明しますが、今は社長と駅前とのことですが、それでよろしいですか?』  
「はい、今、社長と一緒ですが、すぐに向かいます!」  
『いえ、急ぎの依頼なもので既に出てましてね・・・国道のところまで来てください、そこで拾います』  
「わかりました、すぐ向かいます!」  
 
ぴ、ぱたん。  
 
「仕事?」  
「はい、緊急のようで、国道のところまで来て頂けるとのことですから、急ぎましょう!」  
「おう、わかった! 行くぞ國生さん!」  
 
雰囲気から私も社長も急を要することを察知して、用事のことなど後回しでトラックまで駆けつけます。  
車内で説明を受けて私はバックアップの、社長は現場作業の準備に追われ、  
話の続きどころではありません。  
そのまま現場に到着して、あとはいつも通り、仕事に集中します。  
悩み事があっても心配事があっても、仕事は仕事・・・  
人命だってかかっている事態でしたので、集中しなくてはいけません。  
 
そんな甲斐もあって、今回の本業は無事に終了することができました。  
真芝の影もなく、急ぎの割には順調に事を運べましたので、無事に黒字で終えることもできましたし、  
事務所に戻って書類作成等の残務も片付けても、まだ夕方になったばかりの時間でした。  
ですが、改めて買い物、という気持ちにはなれません。  
 
私の胸の中では、さっきの社長の言葉がずーっと、ぐるぐると回っていました。  
 
無かったことに・・・無かったことに・・・無かったことに・・・  
 
「國生さんご苦労様・・・ちょっと顔色がよくないようだけど、大丈夫?」  
「はい・・・平気です、問題ありません」  
「そうか、ならいいんだが・・・買い物、結局出来なかったけど、どうしようか?」  
「そうですね・・・私は、部屋にあるもので見繕ってしまおうかと」  
「そ、そうか・・・俺は・・・どうしよう・・・」  
「社長、すみません・・・今日はこれで失礼致します」  
「え? お、ああ、じゃあまた明日!」  
 
・・・本当は、さっきのこと・・・ちゃんと聞かなきゃいけない気がします。  
聞いてみたら、本当に何でもないことなのかもしれません。  
けれど、もしも・・・取り返しのつかないことだったら・・・私一人が浮かれていただけだったら・・・  
そんな嫌な気持ちが・・・膨らんできます。  
だから私は、社長から逃げるようにして、部屋へ帰りました。  
 
部屋に入って灯りをつけると、テーブルの上に載せたままの鉢植えが目に飛び込んできます。  
卓上に置くにはやや大きめですが、すこし作業をしていて置きっぱなしにしておいたものです。  
数ヶ月前に購入して、今も元気に育ってくれているものなのですが、  
昨晩、鉢を新品の綺麗なものに植え替えて、葉の表面も拭いてあげました。  
それから派手になり過ぎないように気を使いながら、赤と緑のリボンで飾りつけました。  
クリスマスツリー、とはとても言えませんが、クリスマスを意識した装飾は、  
別に部屋を飾るためのものでは、ありません。  
 
プレゼントしようと思ったのです・・・あの人に。  
日頃の感謝の言葉と共に、もしかすると言外にもう一つの想いを隠して。  
ですが、今は・・・これを見ていると、不安ばかりが募る気がします。  
私はまだ自分の気持ちだって決めていないのに・・・それなのに、こんな不安になってる・・・  
その気持ちは、夕飯を食べてもお風呂に入っても消えませんでした。  
いくら気を紛らわそうとしても、鉢植えが視界に入るたびに意識はそっちへ引かれてしまいます。  
かといって視界に入らないベランダに出しては、この季節ではすぐに枯れてしまいます。  
悩んだ末、夜中になってから私は鉢を抱えて事務所に向かい、ロッカーの中にそれを押し込みました。  
この嫌な気持ちも、社長のあの言葉も、一緒に押し込んでしまいたい・・・そう思いながら。  
 
部屋に戻ると、そこには私の悩みをこれ以上掻き立てるようなものはありませんでした。  
ですが・・・様々な想いを抱きながら手入れをしたその鉢を失った空間は、  
・・・寂しくて、虚ろでした。  
想いを込めた鉢を失い、代わりに寂寥感で満たされた部屋で・・・私は、寂しい眠りにつきました。  
 
 

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