とある水曜日の朝  
 
 陽菜はパタンと折り畳み式携帯電話を閉じた  
 「・・・以上が本日の仕事の日程です」  
 「うん、わかった。ありがとう、國生さん」  
 我聞が礼を言うと、「いえ、これも仕事ですから」と返ってきた  
 それから陽菜は我聞と中村達に一礼し、すたすたと教室を出ていってしまった  
 「・・・なぁ、お前らまた何かあったのか?」  
 やけに重苦しい雰囲気の中で中村がぼそりと言うと、佐々木が憤った  
 「そうだ、我らが國生さんに何をした! 言え!」  
 「ここ10日の内は、むしろ機嫌良かったのにな。昨日辺りから、急にまたよそよそしくなった」  
 「むぅ、やっぱりわかるか・・・」  
 我聞が神妙そうな顔つきで言うと、更に佐々木がヒートアップした  
 「貴様ァ、あれか、嬉し恥ずかしセクハラか! セクハラなのか!」  
 「な、馬鹿言うな、社長たる者そんなことは絶対にせん!」  
 「じゃあ、何なんだ?」  
 中村は臆せずに聞くと、我聞は返事せず、ぼーっと窓の外を眺めた  
 元気が取り柄とも言えるこの男の反応に、2人は顔を見合わせそれ以上は何も聞けなかった  
 
 ・・・・・・  
 
 「(いけなかったな、さっきの社長への態度・・・)」  
 陽菜はふぅとため息をひとつ吐いた  
 自分でもわかっていることなのに、どうしても態度で表れてしまう  
 「・・・私は社長秘書なんだから、しっかりしなきゃ・・・」  
 ぽつりとそう言うと、廊下の窓から青空を眺めた  
   
 事の発端は一昨日の夜のことだった  
 
 ・・・・・・  
 
 先代社長こと我也とその秘書だった陽菜の父・武文が旅立ってから10日程経ったある月曜日の夜  
 実はまだ未決算という書類が今頃見つかり、その処理に大分時間がかかってしまった  
 終業時刻はとっくに3時間も前に過ぎ、今社に残っているのは手伝ってくれている中之井さんだけだ  
 我聞は別の仕事で現場に赴き、今日は直帰すると言っていたし、優さんはいつのまにかいなくなっていた  
 「・・・よし、こちらは終わりました」  
 「ウム、こっちもじゃ」  
 トントンと書類の束を揃え、今度は無くさないように決算済みの棚にしっかりと入れたことを確認する  
 それから、ひと仕事を終えた陽菜が帰ろうとするのを、中之井さんが「ちょっといいかね」止めた  
 「何でしょうか?」  
 中之井さんの眉間にはシワが寄せられ、明らかに渋っている表情だ  
 「実はの、國生君に縁談が来ていての」  
 「・・・」  
 「要するに見合いの話が持ち上がっているんじゃよ」  
 陽菜は一瞬だけ唖然としたが、すぐにきびきびとした声で応対した  
 「でしたら、お断り願いますか。そもそも私はまだ高校生で・・・」  
 「出来ることなら、もうやっておる」  
 中之井の表情は曇っており、陽菜は「どういうことでしょうか」と聞いた  
 「この見合いは辻原君が持ってきたもの、と言ってくれればわかるかの」  
 陽菜ははっとした  
 あの工具楽の営業部長が断り切れず、持ってきてしまう程の相手と言うことか  
 工具楽は解体業としては零細企業であり、その上をいくような企業は沢山ある  
 また本業との関わりで国や政府との繋がりもあり、辻原は主にそこを中心に営業をしている  
 おそらくはその筋からの話・・・ということだ  
 「先方はあの辻原君を押し切る程、えらく國生君のことを気に入っているという話じゃ。  
 なんでも、高校卒業まで、いや大学に行きたいのならその援助をし、その上で卒業まで待つとまで言ってきているらしい。  
 更に、この見合いは決して工具楽の損にはならない、むしろ得・・・発展に繋がるもの、じゃと」  
 「そんな・・・」  
 勿論、陽菜はこの見合いを受ける気はさらさら無い  
 しかし、最後の言葉は明らかに脅しが入っているではないか  
 中之井は陽菜に頭を下げた  
 「頼む。見合いは今度の日曜日。無理を承知で、会うだけ会って、それから國生君の方から断りの旨を伝えてはくれんか」  
 陽菜は動揺を隠しきれない、総てが急すぎる  
 そんな陽菜の口から出た言葉は  
 「あ、あの・・・社長はこのことをご存じで?」  
 中之井は顔を上げた  
 「・・・辻原君が伝えておく、とは言っておったが・・・やはり気になるか」  
 「い、いえ! 私は秘書ですから!」  
 陽菜がそう言うと、はっと我に返った  
「(そうだ、私は工具楽の社長秘書なんだ)」  
 ここで下手に話をこじらせ、ただでさえ赤字経営の会社に波風を立てるわけにもいかない  
 やがて意を決し言った  
 「・・・・・・わかりました。この見合い、お受けします」  
「おぉ・・・すまん、すまん國生君!」  
 中之井は涙を流し、ぎゅっと震える陽菜の手を握りしめた  
 「ただし、お断りを前提に・・・ということになりそうですが」  
 「構わん! 儂とて、こんな見合い望んではおらぬからな!」  
 孫同然に想う陽菜の手を握りしめ、うっうっうっと泣き続けた  
 しかし、陽菜の胸中は違ったものだった  
   
 「(社長。もしかしたら、これが私に出来る最後のお仕事かもしれません・・・)」  
 
 静かに夜は更けていったが、誰も気づかなかった  
 優の机の盗聴器に、中之井の机の上の盗聴器に  
 
 ・・・・・・  
 
 「・・・と、言うわけです」  
まるで悪の秘密結社のような雰囲気の中、優さんが口を開いた  
 「デルタ1、首尾は上々のようですね」  
 ふっと工具楽家の長女・果歩(デルタ2)がにやりと笑った  
 「見合いだー!」  
 無邪気に珠(デルタ3)が言うのを、斗馬(デルタ4)が抑えるように言った  
 「しかし、辻原さんや中之井さんまで巻き込むとは思いもしませんでした」  
 「ん、あ・・・あははー、その辺は流してくれちゃっていいから」  
 優さんが手をヒラヒラさせながら言った  
 「これで『ラブラブ・愛と嫉妬の兄嫁奪還作戦』の成功に一歩近づいたわけですね」  
   
 ここで『ラブラブ・愛と嫉妬の兄嫁奪還作戦』の概要を説明しよう  
 と言ったものの、話は単純だ  
 要するに陽菜に見合い話を持ちかけ、我聞にそれを『こわして』貰うのだ  
 そうして、2人は互いの愛に気づき・・・といったものだ  
 勿論、見合い話はでっち上げであり、優さんが適当に見つくろった工具楽屋(株)とは縁もゆかりもない相手である  
 
 「流石にこれなら、我聞君も動くでしょー」  
 「ええ、あとはお兄ちゃんにそれとなく知らせ、そそのかすはずだったのですが・・・辻原さんがやってくれるようなので、私達の役目は『家族』としてそそのかすだけとなりました」  
 ここでのキーワードはずばり『家族』だ  
 そもそもGHK(我聞と陽菜をくっつけよう委員会)は、我聞が陽菜のことを家族同然扱いしたことから立ち上がった組織  
 果歩の方はもう陽菜以外、兄嫁には考えられないこともあり、今現在も活動は続いている  
 そして、10日前の陽菜の父親の爆弾発言  
 もはや親公認となったこの組織は留まることなく躍進を続けている  
・・・が、肝心の2人はどうにもこうにもない  
 確かにあの発言以来から、より親密になったものの、なかなかお付き合いなどの発展に至らない  
 「まーまー、少なくとも高校を卒業するまで待つしかないんじゃない」  
 と言う優さんののんびり発言に果歩はとうとうぶち切れ、このような無茶苦茶な作戦の決行に踏み切った次第である  
 
 「いざ、2人を大人の世界へ!!」  
 「「「おーーー!」」」  
 
 ・・・・・・  
 
 一方、此方はとあるプレハブ小屋・・・失礼、薄汚い部屋  
 ここで人知れず、謎の組織が立ち上がっていた  
 「聞いた?」  
 「おう」  
 そこまで言ったところで、男は立ち上がり、うおおおおおと悶絶した  
 「陽菜さんが見合いだとおぉぉおおお! 許せん!」  
 「うっさい!」  
 ガンと鍋で男の頭を叩いて、その叫びを止めさせる  
 「これは私達GHWにとって、2人共チャンスなのよ」  
 「・・・チャンス・・・」  
 部屋の中にいたのは天才少女・桃子と水の仙術使い・番司、そしてキノピーだった  
 がばっと起き上がり、番司は「どういうことだ?」と聞いた  
 「確かにお前にとっちゃ都合の良い展開だが、俺には最悪の展開でしかねーぞ?」   
 「やっぱド低脳ね、アンタ」  
 桃子はふっと笑い、ぐるりと番司の狭い部屋の中を一周した  
 「この組織の目的は何?」  
 「GHW(我聞と陽菜を別れさせよう委員会)のか?  
 そりゃ勿論、もはや親公認の仲になりつつある2人を引き離して、お互いがGETしようと目論む共同戦線じゃねーかよ」  
 「そう。今の2人を見て、まだつけいるスキはあると、私がアンタに持ちかけたのよね」  
 番司が「で、それが?」と聞くと、桃子はハァと大きくため息を吐いた  
 「アンタね、あの盗聴聞いて何にも思わなかったわけ?」  
 「ん?」  
 「不自然でしょ、幾ら何でも! あのアゴヒゲメガネが断り切れない縁談って何よ!  
 あの真芝の第一研に単身で乗り込んで、生還した男よ!? そんなもん、相手企業を壊滅させて無かったことにしそうなものじゃない!」  
 酷い言われようではあるが、番司も「な、成る程、確かに・・・」と納得してしまっている  
 「し、しかしだな、それが何の関係が・・・」  
 「大アリよ! ド低脳!  
 そもそも工具楽屋(株)の『本業』を知った上で、提携出来る企業じゃなきゃお話しにならないでしょ。  
 でも、そんな企業が他にあるとは思えない。従って、この話はこの国や政府が関わっているとみたわ」  
 「じゃ、じゃあ益々俺の立場が・・・」  
 桃子がぎらりと目を光らせ、もう一度鍋で番司の頭を叩いた  
 「ッ! 痛ぇッ!」  
 「まだわかんないの? アゴヒゲメガネが断り切れず、かつ国や政府が関わっているところと言えば、答えは一つよ!」  
 桃子は堂々と宣言した  
 
 「この縁談の大元はこわしや協会よ!」  
 
 番司が「まさか姉貴が!?」と唖然とするのを後目に、桃子が続けた  
 「いい? アゴヒゲメガネはガナリに恩があったって話だし、必然的にこわしや協会には頭が上がらないはずよ。  
 断りを入れようにも、相手がこわしや協会では壊滅させようにも出来るはずがない。  
 縁談がうまくいけば、こわしや協会から仕事をまわしてもらえるし、工具楽屋(株)の赤字経営も無くなるわ」  
 「となると、相手は・・・」  
 
 光の仙術使い・帖佐理玖は・・・・・・真っ先に候補から外した  
 鉄の仙術使い・如月勇次郎は番司の姉であるかなえにぞっこんだ  
木の仙術使い・西園寺進はよくわからない上、もしかしたらもう相手がいるのかもしれない  
 炎の仙術使い・奥津太一は歳が離れすぎている上、確か結婚していたはず・・・  
 
 「こんのド低脳! まだわかんないの!?」  
 「うっせぇ! 黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって! 仙術使いにはあんまり知り合いがいねーんだよ!」  
 桃子がガンと番司の頭を思い切り叩き、どんと言った  
 
 「アンタしかいないでしょ!」  
 
 はっと番司の目が覚めた  
 「ハルナと歳もつり合うし、こわしや協会の弟となれば申し分なし! アゴヒゲメガネも断れない!  
 で、聞きたいんだけど、そういう話はあれ・・・本人の意向を無視するわけにもいかないでしょうし、なんか打診はなかった?」  
 「お、俺が陽菜さんの婿候補・・・」  
 もはや番司は桃子の話を聞いていない  
 それから、部屋のドアをバンと開け、一気に駆け出し・・・飛び出していった  
 「・・・ちょ、ちょっとアンタ・・・!」  
 「九州行って、礼服取りに行くついでに、直接姉貴に聞いてくるッ!!」  
 仙術は究極の肉体コントロール、物凄いスピードで走って行ってしまう  
 この興奮度や調子から、もしかしたらこのまま走って向かうつもりかもしれない  
 「このド低脳! 電話ってモンがあるでしょうが!」  
 桃子の肩の上に乗ったキノピーは「やれやれだぜ」と呟き、そして「追いかけていった方が良いんじゃねぇか?」と言った   
 「・・・いいわ。こっちはこっちでガモンを何があっても動かさないようにしないといけないし、先に場所なんかも調べておかないとね」  
 どうせ盗るものもないだろうと思い、桃子は鍵を開け放しにしたまま番司の部屋を後にした  
   
 勿論、この2人(+1体?)はこの見合い自体がGHKの策略とは知らない  
 GHWの迷走は続く  
 
 ・・・・・・  
 
 そして、話は水曜日に戻る  
 
 こういった次第のことがあり、陽菜は我聞にあのような態度を取っているのだった  
 何しろ、火曜日はまだ辻原から聞いていないものだと思い、何気ともなかったように勤めた  
 が、あの辻原が我聞に伝えそびれるわけもないと、陽菜は考えてしまったのだ  
 要するに、我聞は知った上で、こうして自分と接しているのだ、と  
 「(・・・何を期待していたんでしょうか、私は)」  
 そもそもこの見合いは、半ば脅されてとはいえ、自分から受けたものであり、我聞には全く関係のない話だ  
 社員が寿退社しようが、社長は構わないのだから  
 「(それでも、秘書として・・・どうとも思われていなかったのか)」   
 いや、自分の代わりはもう決まっているのかもしれない  
 そう社長と秘書の関係を考えていくたびに、どんどん深みにはまっていくことに陽菜は気づかない  
 
 陽菜は1時間目のチャイムが鳴ったことにさえ、気づかなかった  
 
 ・・・・・・  
 
 その日の夜、我聞はまた会社には寄らず、直帰という形を取った  
 出迎えてくれたのは夕飯の支度が出来ていると言う果歩や、おみやげはあるかと聞いてくる珠や斗馬だ  
 「おう、ただいま!」  
 「ねーねー、お兄ちゃん! 知ってた、はるなさんが見合いするって話!」  
 機を見計らい、果歩が珠と斗馬に目配せしてから、我聞に言った  
 作戦決行である  
 「うん」  
 と、ここで拍子抜けするような我聞の声がした  
 確かにぴくりと靴を脱ぐのが止まるなど、反応は見せてくれたのだが・・・どうもとっつきにくい雰囲気が漂っている  
 「このままでいいの、お兄ちゃんは? はるなさんは『家族』も同然なんだし、色々と話が・・・」  
 「・・・果歩。『家族』同然だからこそ、口出しちゃいけない時だってあるんだ」  
 3人は唖然とした、これはどういう心境の変化か  
 「ともかく、飯にしてくれないか? お腹空いているんだ」  
 「あ、うん」  
 我聞は鞄を置きに部屋に戻るのを見届けてから、3人はガシッと肩を組み円陣を組んだ  
 「どう思う? さっきの反応」  
 「なんか変!」  
 「おかしいということは確かですな」  
 「・・・ということは、やはり・・・」  
 果歩は円陣から離れ、コブシを握ってガッツポーズを取った  
 「お兄ちゃんはもう動揺しまくり! 陽菜さんへの想いに気づいたってことですな!」 「「お〜〜〜!」」   
 作戦の成功を祝い、3人が手と手を取り合い、喜びを分かち合った  
 すると、我聞がひょこっと顔を出し、「何やってるんだ?」と聞いた  
 3人は驚きつつも満面の笑顔で、食卓へと案内した  
 この朴念仁をどうにか出来たあかつきには、奮発して夕飯をすきやきにするという約束を珠達にしていたのだった  
 急いで今日作ったものを明日のお弁当や夕飯に回し、ぱっとすきやきの準備を整えた辺りは流石である  
 ・・・が、あのすきやきを目の当たりにしても、我聞は口を付けようともしない  
 おかしい、おかしすぎる  
 「果歩。珠。斗馬。話があるんだ」  
 「な、何よ、急に改まって・・・」  
 思わずすきやきを食べていた珠と斗馬のハシも止まる、我聞は寂しげな表情で言った  
 
 「俺、今度の日曜に見合いすることになったから」  
 
 ぽろっと3人のハシが落ちた  
 
 ・・・・・・  
 
 「緊急事態発生です」  
 寝ていた優さんを叩き起こし、我聞が風呂に入っている間にGHK緊急会議は開かれた  
 「先ずは優さん、説明願えますか?」  
 「んー、何のことかなー?」  
 「とぼけないでください。あの見合いの話もとい作戦は、はるなさんだけでなく、お兄ちゃんまで対象に入れたんですか?」  
 優さんは呆けた顔だ  
 「どうなんですか?」  
 「・・・フッ、バレちゃしょうがないか」  
 急に優さんの顔が引き締まり、言った  
 「最初ははるるんだけのつもりだったんだけど、それだけじゃ足りないかもって・・・独断で入れてみました。  
 あははー、なーんて・・・どう、で、しょー・・・か・・・?」  
 果歩はぷるぷると震え、そして優さんの方に歩み寄った  
 「・・・グッジョブです! 優さん!」  
 「わ、は? ・・・え? あ、ああ・・・いやいやそれほどでも」  
 えへへと照れる優さんに、果歩は目を輝かせている  
 「ただ、当日の動きが厳しくなりますね。はるなさんとお兄ちゃん、それぞれの見合いの場所はどこですか?」  
 「んーとね、それが・・・」  
 優さんはごにょごにょと言葉を濁し、それから思いついたように「2人のあとをつければいいんじゃないかなっ!?」と言った  
 「・・・わかりました。では、当日は優さんと斗馬がお兄ちゃんのあとをつけ、はるなさんのあとを私と珠がつけさせてもらいます」  
 果歩は「それでよろしいですね?」と言うと、珠は「びこうだー!」と嬉しそうに同意した  
 「大姉上、ひとつ質問があります」  
 斗馬がそう言うと、果歩は発言許可を与えた  
 「どうも、何かおかしい気がします。見合いで嫉妬させ、破談に持ち込むはずが・・・いつの間にかその前提は失われ、当日が勝負になっています。  
 そもそも見合いの前にやめさせるように兄上を動かすなど、そういった肝心の詰めが決まっていなかったのです」  
 優さんは不自然な汗をだらだらと流している  
 「・・・何が言いたいの?」  
 「つまり、もうこの作戦は我々の手の内にあるとは思えないのです」  
 「た、確かに・・・」  
 果歩はうんうんと考え込んでしまった  
 「でも、偽の見合いの話は優さんが作ってくれたんですよね?」  
 「それは当然! 適当な人を指定した場所に呼びつける算段は勿論のこと、我聞君のこわしが当日になっても大丈夫なような、いかにもな舞台手筈は整えてあるよっ!  
 た、ただ、ちょっと、向こうに言ってある場所をど忘れしちゃって、もうこうなったら2人のあとをつけるしかないなーって!」  
 「そうだったんですか。なら、何の問題はないはずです。  
 では、お兄ちゃんが風呂から出てくる前に解散します」  
 そそくさと優さんが立ち上がり、こっそりと裏口から出ていった  
 果歩はGHKの垂れ幕を片づけている中、いまだに首を傾げている斗馬がいた  
 
 ・・・・・・  
 
 翌朝の木曜日、我聞と陽菜は人気のない通学路を一緒に歩いていた  
 
 陽菜は相変わらず、我聞とは距離を置いた・・・どこか割り切った話し方をしていた  
 そして、我聞もそれを不自然とは思いつつも、何も口には出さなかった  
 「「(・・・・・・)」」  
 それはGHKをはらはらさせる程、GHWが諸手をあげて喜びそうな雰囲気だった  
 もうすぐ卓球部の人達や学校の人達が合流する大通りに達し、2人でいられるのは今しかない  
 「あ、あの・・・社長・・・」  
 思い切って口火を切ったのは陽菜の方だった  
 「何、國生さん?」  
 「そ、その・・・・・・」  
 陽菜は言葉を濁した、何と言えばいいのだろうか・・・それがもやもやと頭の中で形になってくれない  
 ぼそぼそと何か言いたげな陽菜に対し、我聞はぽつりと言った  
 「・・・國生さんの好きにすると良いよ。俺は社長だけど、プライベートなことまで口出せないから」  
 ふっと2人の間に風が流れた  
 ぴたりと足を止めた陽菜に、我聞は「どうしたの?」と聞いた  
 途端、陽菜は走り出し、我聞は唖然と・・・呆然と立ち尽くした  
 「・・・・・・」  
 走り去っていく陽菜の姿を、ただ見送るしか我聞には出来なかった  
 
 ・・・・・・  
 
 「優さん、お願いがあるんですけど」  
 金曜日の夜、陽菜は思い詰めたような顔で寮にいた優さんを訪ね、言った  
 「おや、はーるるん、何か用?」  
 「明日、デパートか何かで一緒に着物を見繕って欲しいんですけど」  
 優さんはピンときた、これは見合いに行くための準備だろう  
 「良いけど、何で?」  
 知ってはいるが、意地悪くそう訊くと、陽菜はキッと本気の目で言った  
 「少々、入り用なので」  
 「・・・そう。わかった。はるるんに似合った、良い着物選んであげる」  
 「ありがとうございます」  
 ぺこりとお辞儀し、陽菜は隣の部屋に帰っていった  
 ぽりぽりと頭をかき、優さんは眉をひそめつつ困ったような顔で言った  
 「ありゃりゃ、大分思い詰めちゃってるよ」       
 何か我聞君とあったのだろうか、それともこの見合いを本気で受ける気になったのだろうか・・・  
 「(あるいはその両方か。全く、我聞君、いい加減にしないとお姉さんは怒りますよー?)」  
 とは思いつつも、段々面白くなってきたぞ、とも思ったのはGHKには内緒だ  
 「(・・・んー、別に報告するようなことでもないかな?)」  
 いや、一応はしておこうか  
 優さんが電話を手に取り、工具楽家にかけてみると出たのは我聞だった  
 『もしもし、工具楽ですが』  
 「あ、優さんです。果歩ちゃんいますか?」  
 『あ、こんばんは。っと、今、お風呂に入っちゃっているんですよ』  
 「ありゃりゃ、またタイミングの悪い・・・」  
 『何か伝言でも?』  
 「あ、ううん! こっちの話。それよりさ、我聞君、はるるんと何かあった?」  
 『・・・・・・』  
 「なんかすごい不機嫌だったよ?」  
 『すみませんが、優さんには関係ありません』  
 「にゃっ!?」  
 『・・・えっと、果歩の方には電話があったことを伝えておきますので』  
 「ちょ、ちょっと我聞君!?」  
 ツーツーと電話が切れる音がし、ついでに優さんも切れた  
 「あー! もうお姉さんは知らないからねっ!!」  
 今、ここにMDN(もうどうにでもなれ委員会)が無断で立ち上がった  
 
 ・・・・・・  
 
 そして、運命の日曜日が訪れた  
 
 「(・・・とうとう来てしまった)」  
 後悔するのが先か、陽菜は別室とやらで待機させられていた  
 着ている着物も少々不機嫌な優さんに選んで貰った極上の着物で、総てにおいて陽菜の為に作られたと言っても過言ではないものだった  
 勿論、見合い場所に指定されたところは遠く、移動には不便なので、寮でなくここで着替えさせて貰ったのだが  
 背後の尾行には気づきはしなかったものの、果歩達も移動に苦労したのは言うまでもない  
 「なにかワケありみたいだね」  
 ぼそっと着替えを手伝って貰ったお婆さんがそう言うと、陽菜は「いえ」と否定した  
 「ただ、ちょっと気分が優れなくて」  
 「どうかね。全く、見合いだってのに相手の方にも付添人がいないって話じゃないか。  
 本人達だけで話させるのかと思えば、向こうはあたしも同席しろって言うもんだし・・・」  
 それは初耳である、というか知らなかった  
 「何ででしょうか? 確かに、普通は親とかが付き添うのでしょうが・・・」  
 陽菜の方は肉親がいない、だから誰かに付いてきて貰いたかった  
 だが、優さんはともかく、辻原さんもや中之井さんさえ都合がつかなかった  
 だから、たった1人で・・・この見合いに立ち向かわなくてはならない  
 とても不安だった  
 「(・・・社長なら、どうするのかな・・・)」  
 と、ふとよぎったメットを被ったいつもの社長の顔を頭の中から追い払った  
 「(なんで社長が。何も関係無いじゃないですか)」  
 ふと顔を上げると、お婆さんの姿はない  
 が、すぐに障子を開けて陽菜のいる部屋に戻ってきた  
 「ん、向こうの準備が整ったみたいだから、移動するよ」  
 「・・・・・・はい」  
 からりと障子を開け、廊下に出ると、日本風の広い庭が目に映った  
 紅葉もまばらで、もう殆どの葉が落ちかけている  
 季節はもう冬間近なのだ  
 
 「(・・・色々あったな)」  
 我也社長の失踪、今の社長の就任、さなえさんとの出会い  
 夏休みには卓球部に混じって合宿へ行き、かなえさんと出会った  
 そして、真芝との戦いが始まった    
 第3研での社長の暴走、先代社長の裏切り発覚、桃子さんとの出会い  
 「(・・・社長の嫁候補だなんて、とんだ思い違いを・・・)」  
 それでも、あの時の動揺は忘れられない  
 「(それから・・・・・・)」  
 辻原の消息不明と辞表、先代の裏切りの理由と陽菜の父の生存確認  
 「(・・・・・・ゆびきり・・・)」  
 社長に向かって『家族』だなんて、思い上がりもいいところだ  
 それから、第一研に乗り込んで、真芝と直接対決して・・・・・・  
 「(・・・色々あったけど、皆、無事で良かった・・・)」  
 そして、父・武文と我也社長はまた旅立っていった  
 爆弾発言、『陽菜を嫁に貰って欲しいと言っているのだが』を残して  
 「(・・・ごめんなさい、お父さん。その願いは叶えられそうにないです)」  
 
 いつの間にか、涙が溢れていた  
 
 気づいてみたら、陽菜の頭の中の思い出の殆どは、我聞と一緒のものだった  
 どうしても忘れられない思い出が山のように積み重なり、今頃になって騒ぎ出した  
 
 「・・・・・・」  
 そんな陽菜の姿を見て、婆さんが言った  
 いつの間にか、目の前には障子があった  
 この中に、今回の・・・・・・顔も名前も知らない見合いの相手がいる  
 おかしな話だが、断ることを前提に受けたので、中之井さんからは場所と日時だけしか聞いていなかったのだ  
 「やめるかい?」  
 「・・・いえ」  
 我聞との思い出は捨てきれないが、返しきれない程の恩に少しでも良いから報いたい  
 この見合いで、工具楽屋(株)がうまくいくようになれば、社長は喜んでくれるだろうと思う  
 それとも、そんな考えを持っている時点で、逆に怒るだろうか  
 しかし、もはや自分で決めたこと  
 どんなに怒られようが、構わない  
 
 工具楽屋(株)の発展は自身の喜びであり、護るべきものなのだから  
 
キッと前を見据え、涙で薄化粧が落ちていないかを気にした  
 
 「開けてください」  
 本当に小さな声でそう言うと、婆さんはからりと障子を開けた  
 
 ・・・・・・  
 
 「おぉい! お兄ちゃんは何をやってるか! 陽菜さんが障子を開けちゃうぞ!」  
 「着物きれいー!」  
 果歩と珠は広い庭園の中で、我聞の到着を心待ちにしていた  
 「そうだ、優さん達にこの場所を電話して伝えないと!」  
 それを伝えなければ、幾ら何でも来られるわけがない  
 ただでさえ、この場所はわかりにくく、尾行もしにくい程遠かったというのに・・・詰めが甘かった  
 ばっと優さん特製の携帯電話を取り出し、かけてみた    
 「『もしもし』」  
 ん、何かおかしい  
 「あ、あの陽菜さんが部屋の中に入っていって・・・」  
 『・・・うん』  
 「何呆然としているんですか! 早くお兄ちゃんを連れてこないと・・・」  
 『・・・うん』  
 と、ここでこの電話に違和感を感じた  
 どうも、声が近すぎる気がするのだ  
 珠が広い庭にはしゃぎ、がさっと隣の茂みが動くのに反応し、飛び込んでいった  
 『わっ!』  
 「え!」  
 珠に驚き、茂みの中から立ち上がった人物・・・・・・・  
 
 ・・・・・・  
 
 「失礼します」  
 陽菜はそつなくそう言って入ると、部屋の真ん中にある机の前に座った  
 伏し目がちに見ると先方はもう目の前に座っており、出されていたお茶に手をつけていた  
 「・・・?」  
 そして、陽菜は顔を上げた  
 
 ・・・・・・  
 
 隣の茂みの中から立ち上がった人物・・・・・・・  
 「・・・・・・えーと、優さん、なんで此処に? お兄ちゃんのあとをつけていたのではないですか?」  
 「い、いや、それはこっちの台詞。かほちんははるるんのあとをつけていたんじゃないの?」  
 ・・・・・・。  
 「「んんっ!?」」  
 バッと2人が既に障子の閉じた、陽菜が入っていた部屋の方を見た  
 「「まさか・・・!!?」」  
 
 ・・・・・・  
 
 顔を上げた陽菜は固まっていたが、すぐに声が出た  
 「・・・こ、國生さん!?」  
 「しゃ、社長がなんで此処に!!?」  
 
 見合いはとんでもない方向に進もうとしていた  
   
 ・・・・・・  
 

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