『・・・・・・ぁ・・・・・・っちょう・・・あ・・・・・・う・・・・・・』  
『・・・っしょうさん・・・・・・・・・はあっ・・・・・・く・・・・・・ッ・・・』  
 
今日も、それは聞こえた。  
気にしなければ、全然気にならないような抑えた、くぐもった、低い声。  
でも、一度気付いてしまったら、気にせずにはいられない、刺激的な、背徳的な、響き。  
その魔力に引きずられて、今日も私は、こっそりと布団を抜け出す。  
真っ暗な廊下を、可能な限り足音を忍ばせて、少しずつ大きくなる声の方向へ向かう。  
廊下のきしむ音がやたら大きく聞こえる。  
自分の鼓動も。  
 
その音が聞こえる部屋の前までたどり着くと、ゆっくりとそこに腰を下ろす。  
細心の注意を払って、閉ざされた襖を少しだけ、小指一本分の幅だけ、開く。  
カーテン越しの月明かりに、一塊の影が浮かぶ。  
一人の人間の影が、何かに覆い被さるようにして、規則的に動いている。  
下の何かは不規則に蠢いているが、目が慣れてくると、布団に半ば包まった、これも人影だとわかる。  
さっきまでのくぐもった声は、くぐもったままだけど、隙間を通して今ははっきり聞こえる。  
 
「しゃちょ・・・・・・・・・ぁ・・・・・・めぇ・・・っふぅ・・・・・・わたし・・・また・・・」  
「・・・こくしょ・・・ん・・・・・・いいよ・・・・・・っはぁ・・・」  
 
お兄ちゃんが、陽菜さんを、抱いていた。  
お兄ちゃんは、私が聴いたことも無いような、甘く、うわずった声を出していて、  
陽菜さんは、私が聴いたことも無いような、切なげで儚げで、淫らな声を上げていた。  
 
そんな二人を覗きながら、  
私は今日も、いけないことをしている背徳感に、そしてどこかから沸いてくる寂寥感に襲われて、  
でも、今日も、手を、指を、止めることはできなかった。  
きっと今、陽菜さんがお兄ちゃんを受け入れているところ・・・そこに指を這わせ・・・  
 
(・・・・・・・・・・・・お兄ちゃん・・・)  
 
二人が静かになるまで、今日も私は、そこで自分を慰めた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「お、果歩りんおっはよ〜!」  
「優さん、おは・・・ってもうそろそろお昼ですよ?」  
「いいのよ、お昼まではおはようなの! それに休みの日に早起きするなんて勿体無くてもう!」  
「・・・そういうものですか・・・」  
 
優の気持ちもわからなくはないが、工具楽家の家事全般を背負う果歩には休日だろうと寝坊してはいられない。  
休日だろうがトレーニングは欠かさない我聞や珠が戻るまでには朝食も準備しなくてはならず、  
普段より余裕があるとは言え、結局は早起きになってしまう。  
あとは斗馬を起こして食事をさせて、後片付けに洗濯、掃除としているうちに、休日の午前中は過ぎてしまう。  
今は家の前を箒で掃いているところで、これから出かけようという優に出会ったのだった。  
 
「あ、優さんじゃないですか、こんにちは!」  
「こんにちは、お出かけですか?」  
 
そこへ丁度、我聞と陽菜が帰ってくる。  
我聞はスーパーのビニール袋を両手に下げ、中には野菜やらなにやら食材が色々と。  
 
「おかえりなさい、すみません陽菜さんにまで買い物お願いしちゃって・・・」  
「果歩さんただいま、いえ、気にしないで下さい、どうせ私も今日は一日暇ですし、  
 買い物だって料理の準備のうちですから!」  
「おーおー、朝から二人で食料品の買出しなんて、まるで若夫婦みたいだねぇ!」  
 
ここぞとばかりに優が茶々を入れると、二人そろって真っ赤になって  
 
「な、なな何言ってるんですか優さん! ただ買い物にいっただけじゃないですか!」  
「そ、そうですよ! 夫婦だなんて、まだそんな・・・」  
「へぇ、まだ、とな。 そこのところ、お姉さんに詳しく話してくれるかな〜?」  
「べ、別に何でもないですから! しゃ、社長、食材を冷蔵庫に入れないと、行きましょう! じゃあ優さんまた!」  
 
そう言って、二人はわたわたと家へ入っていく。  
今日は陽菜さんが私に料理を習うという名目で、一緒に昼食を取ることになっている。  
GHKの一大戦略として始めたこの “一緒に食事して気が付いたら家族の一員計画”は、  
これまでの作戦の中でも格段に効果は大きかったようで、みるみる二人の距離が縮まって行った。  
GHKのメンバーも確実な手応えを感じて、あとはどう、 “最後の一線”を越えさせるか、  
それはもう楽しそうに、日々たくらみを練ったものであった。  
・・・が。  
 
「うふふふふ、どうよ果歩りん! あの二人、もうあと一押しって感じだね!  
 そろそろ次の策、本気で考えてみようかねぇ!?」  
「・・・そうですね・・・」  
「・・・? 果歩ちゃん?」  
「あ、はい、そうですよね! いやもうこれで、陽菜さんは手中に収めたも同然ですから!  
 ・・・だから、もうしばらく様子を見てみようかな、と思って・・・あ、じゃあ私も料理しなくちゃなので、  
 すみません、また今度!」  
「・・・・・・果歩ちゃん・・・?」  
 
 
なんでだろう、自分でもわからない。  
優さんの言う通り、これは願っても無いチャンスなのに。  
大好きな陽菜さんを、お兄ちゃんのお嫁さんに仕立て上げる絶好の機会なのに。  
私は知っているのに。  
あんな風に初々しく赤面しちゃう癖に、することはしていること、  
そこさえ押さえちゃえば、そのまま勢いで入籍でもなんでも簡単にさせられるって、分かってるのに。  
 
初めて二人がそういう間柄まで進んでいると知ったのは、まさにその為の行動からだった。  
している、なんて思わなかった、ただ、ちょっと寄り添って寝てたりしたら、  
優さんの暗視カメラで画像を押さえちゃおうと思って襖を少しだけ開けたのだ。  
ヘンな声がしているように思ったけど、気のせいだと思い込んでいた。  
でも、少しだけ開いた襖の向こうにあったものは、勘違いの余地などありえない、現実だった。  
 
はじめて見た人の性行為に、意識を逸らすことが出来なかった。  
月明かりに浮かぶシルエットと、いつも聞いてる二人の声の、聴いたこともない響きに私は引き込まれて、  
二人の影絵から想像を広げて、気が付いたら自分自身を弄っていた。  
そうやって背徳的な快楽を貪りながら、それでも、それだけでは絶対に埋まらない何かを、感じていた。  
 
わずかに開いた襖を隔てて、あちらとこちらは、遠く感じた。  
 
 
 
陽菜さんが家で一緒にご飯を食べるようになって、ひと月くらい。  
毎日というわけではなく、週にだいたい1、2回程度。  
その代わり、お兄ちゃんが陽菜さんの料理修行の手伝いという名目で、陽菜さんの部屋に週に一度ほど泊りに行く。  
 
家で陽菜さんを泊めるときは、最初はGHKの策としてお兄ちゃんと陽菜さんを同じ部屋に押し込めたけど、  
今はそれが普通、という感じで二人はひとつの部屋で夜を過ごす。  
 
17歳の、互いを意識する男女が一部屋で二人で、週に二度も三度も夜を過ごしているのだから、  
一線なんてとっくに越えてると、誰だって思うはずなのに、  
お兄ちゃんの朴念仁さを思うと、何故か “ありえない”と思ってしまっていた。  
そのシチュエーションを全部自分たちで仕組んでおきながら、その当然すぎる結果を想像できていなかったなんて、  
今にして思えば茶番もいいところだ。  
 
・・・どうしてこうなんだろう。  
望んだはずの結果に、どうして自分は喜べないのだろう。  
わからない?  
わかりたくない?  
わかってるけど、認めたくない?  
 
そんなの、わからない。  
 
そして、今日も、夜が来る。  
 
 
結局陽菜さんは夕食もうちで一緒にとって、そのままお泊りすることになった。  
色々と煩悶はしてるけど、陽菜さんを兄嫁にしたいかしたくないかで問われたら前者以外ありえないから、  
そこはきっちり引き止めてなし崩しにお泊りに持ち込むのは、もうすっかり手馴れたものだ。  
 
「ほんとにもう、お兄ちゃんも陽菜さんも、ちょっと油断するとすーぐ見つめ合っちゃって、熱いんだから♪」  
「な、そ、そんなことは、たまたまだ、たまたま!」  
「そうですよ、べ、別に見つめあってなんか・・・」  
 
本当に、こういうときの二人はどうしようもなく初々しいというか、なんというか・・・  
 
「まあ、別にいいけど〜? 二人とも、折角同じ部屋で寝るんだし、何をしようと文句は言わないけど、  
 珠や斗馬だっているんだし、し・ず・か・に、お願いしますよ?」  
「な・・・ちょ、おまえ、いざってときって・・!」  
「あ〜ら、なんのことでしょうねぇ? おほほほほ♪ じゃあ、私も寝るから、程々にね?」  
「か・・・果歩さん!? そ、その・・・」  
「あはは、陽菜さん真っ赤! じゃあ、おやすみなさ〜い!」  
 
陽菜さんが泊りに来るようになってから、全然変わらない二人の反応。  
きっと、二人とも今の高校生がああいうことを普通にしてる、という認識はないんだろうな・・・  
いや・・・普通とか、人の事とか、関係ないか。  
本当に、お互いが好きで好きでたまらなくて、だから抱き合わずにはいられないんだと思う。  
でもそれは、人に言えない恥ずかしいことをしてるってそんな風に思っているから、きっとあんな反応なんだ。  
二人とも、婚前交渉、なんて死語みたいな言葉に後ろめたさを感じるような、そんな性格だから。  
 
「人の事は、わかるのにな・・・」  
 
布団にくるまって、それだけ声にだしてみる。  
珠も斗馬もとっくに寝息を立てていて、まず聞かれているはずがない。  
陽菜さんが来ると嬉しいのか、二人はいつも以上にはしゃぐものだから、その分疲れるのか普段より寝つきがいい。  
私もみんなでいるときは、こんな気持ちは微塵も出してない自信があるし、  
むしろそれを隠そうとして二人に茶々をいれまくってるから、少し疲れてる。  
でも、どうせ眠れはしない・・・あの声が聞こえるまでは神経が尖ってしまって、眠気はこない。  
あの声が聞こえたら、それが気になって、身体が疼いて、眠れない。  
 
(いっそ、聞こえなければいいんだけど・・・)  
 
そう思って布団を被って目を瞑って、どれくらい経ったか。  
少し眠った気もする。  
でも、まだ夜も明けない真っ暗闇で、目は醒める。  
 
「静かに、って・・・言ったのにな・・・」  
 
こんな、余程に耳を澄まさねば聞こえないような音に、ちゃんと反応してしまう自分に我ながら呆れてしまう。  
でも、聞こえてしまったらもう、私はその声の虜。  
静かに、静かに布団を出て、部屋を出て、昼間は音が出ることすら気付かないような廊下の軋みに気を揉みながら、  
その部屋の前に座ると、わずかに襖を、開く。  
 
そこにある光景は、いつもと違って見えた。  
いつもと同じようなくぐもった声を上げて、いつもと同じように動く二人が、いやにはっきりと見える気がした。  
気のせいじゃない・・・目が慣れると、普段はわからない二人の表情までが、見えた。  
部屋が、明るかった・・・でも、部屋の灯りにしては暗いし・・・と天井を見上げようとして、わかった。  
 
いつもは閉ざされているカーテンが少し開き気味になっていて、  
窓の向こうの夜空には満月があった。  
満月の月明かりに照らされて、二人の痴態は、これまでにない生々しさで私の目に映される。  
お兄ちゃんの愛おしむような表情が、陽菜さんの切なげな表情が、私の瞳に焼きついた。  
 
二人の生々しい表情は私の胸をかつて無いくらいに締め付けて、昂ぶらせて、  
私は、いつも以上に、激しく自分を慰めた。  
 
お兄ちゃんが、恍惚とした顔で、陽菜さんに優しく笑いかけてる。  
陽菜さんが、気持ちよさそうな、泣きそうな顔で、お兄ちゃんを求めてる。  
お兄ちゃんの腰が絶えず動いて、陽菜さんの身体が不規則にびくびくと揺れている。  
二人とも切なげな声を上げながら、お互いを何度も何度も呼び合って、何度も何度も、キスをする。  
 
見ているだけで、私の身体はどんどん熱くなって、指が止められない。  
漏れそうな声を必死に押さえながら、いつもより湿っているそこを、いつもより強く指で擦り付ける。  
私の身体も、陽菜さんのようにびくびくと揺れていると思う。  
 
なのに、身体はいつも以上に熱くなってるのに、なぜか不安でたまらない。  
見つかってしまうかも、というのもあるかもしれないけど、多分違う。  
わからない、わからないけど、何か違う、漠然とした不安。  
目が慣れた今は、二人の顔がはっきりと見える。  
決してお互いにしか見せることの無いはずの、二人の表情。  
本当は私だって知ることのないはずの、二人の秘密。  
そんなことを思って、改めて軽く背徳感に浸ったそのとき、それは聞こえた。  
 
「・・・陽菜・・・」  
「・・・え・・・あ、あの・・・・・・・・・」  
「・・・・・・」  
「その・・・が・・・我聞・・・さん・・・」  
 
どきん、と胸が、痛いくらいに、揺れた。  
 
「・・・はは、まだ、ちょっと、恥ずかしいな・・・」  
「はい・・・でも・・・・・・その・・・・・・嬉しい、かも・・・です・・・」  
「少しずつ、慣れて、行けばいいよな・・・」  
「はい・・・・・・二人で、少しずつ・・・」  
 
もう、漠然とした不安は消えた。  
明確な不安―――いや、恐怖。  
 
そう。  
私は廊下で、二人は部屋の中で、たった襖一枚を隔てただけなのに、  
二人は、私の手の届かないところに行こうとしている。  
―――私のお兄ちゃんなのに。  
―――私のお姉ちゃんになって欲しい人なのに。  
いくら自分で自分を慰めて、二人と同調しようとしても、私は、ここに取り残される。  
二人は、私をおいて、二人の世界に行ってしまう。  
私の知らない、二人の間だけの、二人しか知らない顔、二人しか知らない呼び名、二人だけの秘密で作られた、  
二人だけの世界。  
こうやって覗けても、踏み込めない、手の届かない、私の入り込めない、  
私のいない、世界。  
 
・・・いやだ。  
 
私は・・・・・・妹なのに・・・義妹なのに・・・  
私は一人、取り残される・・・置いて行かれちゃう・・・私は、二人とも大好きなのに!!  
 
「・・・やだ」  
 
暗闇に浮かぶ二人の姿が、ぴた、と止まる。  
 
「は・・・ええと、國生さん・・・今、何か・・・」  
「いえ・・・でも、私も・・・」  
 
心の声は口をつき、二人に届く。  
でも、いい・・・まだ二人に届くなら、今ならまだ届くなら・・・。  
 
「やだ・・・」  
 
今度は、はっきりと聞こえたと思う。  
お兄ちゃんも陽菜さんも、こっちを見たから。  
 
窓から部屋を淡く照らす満月の光は、薄く開いた襖をも照らし、  
そこに開いた一筋の隙間を縫って廊下を照らし、そこにいる私の顔を照らしていた。  
だから、すぐに二人は身体を離し、陽菜さんはあわてて布団を纏い、お兄ちゃんはこっちに来て、襖を開けた。  
 
「か・・・ほ・・・?」  
 
でも、そんなこと、どうでもいい。  
 
「・・・おにいちゃん・・・・・・」  
 
私は、泣いていた。  
月明かりに照らされて、涙をぼろぼろ流していた。  
 
「・・・果歩・・・さん・・・・・・?」  
 
二人とも、静かに、驚いていた。  
 
「果歩・・・いつからそこに・・・」  
「いっちゃ、やだ・・・」  
「・・・え?」  
「置いてかないで・・・おにいちゃん・・・私をおいてかないで!」  
「お、おい? 果歩!?」  
 
当惑する二人をよそに、私はもう、声を抑えられなくなっていた。  
嗚咽は止められなくて、喋る声も抑えられなくて・・・  
 
「と、とにかく部屋に・・・」  
 
全裸のままのお兄ちゃんが、私を抱いて部屋に連れ込んで、襖を閉める。  
 
「どうしたんだ・・・果歩・・・?」  
 
とても心配そうに、自分たちの秘め事が覗かれたことなど意にも介さないような調子で、私に問い掛ける。  
でも、今はその優しさが・・・・・・  
 
「・・・いっちゃ、いやだ・・・いかないで・・・」  
「な・・・何言ってるんだ、俺は別に何処にも・・・」  
「うそ! うそよ! だって! だって、おにいちゃん・・・陽菜さんと二人で・・・私の、届かないところに・・・」  
「おい、果歩・・・どうしたんだ・・・今、ここに・・・」  
「ちがうの! ちがうのよ・・・お兄ちゃん・・・私のお兄ちゃんなのに・・・陽菜さんのになっちゃう・・・」  
「え・・・」  
「私のお兄ちゃんじゃ・・・なくなっちゃう!」  
 
言ってることが伝わっているか、わからない・・・でも、言葉を選んで喋るなんてできない。  
涙と一緒に、言葉も勝手に溢れてくる。  
 
「ずっと、ずっと私のお兄ちゃんだったのに・・・! 私の知らないお兄ちゃんに・・・なっちゃう・・・」  
 
ぼろぼろと泣き続ける私。  
二人の世界に無理やり押し入って、そこが自分の居るべき所じゃないと知ってて、でも、そこで泣き喚く・・・  
なんて、わがままな、私。  
 
「果歩さん・・・あの・・・社長のこと、私が、果歩さんから・・・とってしまう、と・・・?」  
 
陽菜さんは、私を非難する素振りなんて微塵もなく、本当に、私を気遣うように問い掛けてくれる。  
 
「そうかもしれない・・・ううん、違うの・・・陽菜さんも、私をおいていっちゃうの・・・」  
「・・・私、も?」  
 
この人の妹になりたかった・・・こうして、優しくしてもらって、甘えたかった、でも、このままじゃ・・・  
 
「二人とも・・・私の知らない顔で向き合ってて・・・私の知らない声で話して・・・  
 知らない呼び方で呼び合って・・・  
 どんどん、私の知らないところに行っちゃう・・・  
 私、お兄ちゃんの妹なのに! 陽菜さんの妹になりたかったのに!  
 二人の間に、私の居場所、なくなっちゃう!!」  
 
二人はもう、深く想い合う恋人同士だから、間に入っちゃいけないのはわかる。  
私が理不尽に駄々を捏ねているのも、わかってる。  
でも・・・でも・・・でも!  
 
ぐい、と。  
頭に大きな手が被せられて、引き寄せられて、顔が何かに押し当てられる。  
覚えている・・・小さい頃、こんなことがあった・・・少し懐かしい・・・お兄ちゃんの、胸。  
 
ぎゅ、と。  
後ろから肩を抱きかかえられて、背中に温かく、柔らかい感覚。  
いつか、指切りしてもらったときも感じた・・・陽菜さんの、温もり。  
 
私が、失いたくないもの・・・  
 
「何処にも行きやしないさ」  
「そうですよ、果歩さん・・・だって、社長も、私も、ここにいます・・・」  
「でも・・・だけど・・・だけど!」  
 
涙が止まらない、嗚咽ばかりで、言葉も満足に出てこない。  
 
「確かに・・・私は、社長と・・・我聞さんと、誰よりも強く、間に誰も入れないくらい強く、  
 結ばれたいって、思います」  
 
やっぱり・・・そうだよね・・・  
 
「でも、それは絆のひとつ。  
 その絆が出来たからって、社長と果歩さんの絆、珠さんや斗馬さんとの家族の絆は、緩んだりしないです。  
 私と果歩さんだって、そうです。  
 果歩さんが私から離れようとしなければ、私たちの間にある絆は、絶対に無くなったりしません。  
 だって、私にとって果歩さんは・・・もう、大切な・・・妹みたいな方、なのですから・・・」  
「・・・陽菜さん・・・」  
「果歩・・・俺は、確かに國生さんのこと・・・陽菜のこと、誰よりも、好きだ。  
 だけどさ、誰かを好きになったからって、俺と果歩が兄妹だってことは絶対に変わらない。  
 お袋がいなくなって、親父がいなくなって・・・それでも、兄弟で力を合わせて暮らしてきたんだぞ・・・  
 そんな俺たちの・・・兄妹の、家族の絆、か・・・それが無くなるわけがあるか!」  
「おにい・・・ちゃ・・・」  
「例えお前がいつか、嫁に行ったってな、この家を出て行ったってな!  
 ・・・お前は、俺の、自慢の妹だ!」  
「私も、果歩さんのこと、そう呼べたらいいなって・・・思ってますよ」  
 
・・・もう、我慢できないよ・・・だって・・・こんなに・・・私、勝手に、子供みたいに喚いてただけなのに・・・  
 
「おにい・・・ちゃ・・・っ・・・はるな・・・さん・・・う・・・あ、うぇ・・・うわああああああああ!」  
 
こんなに優しくされて、こんなに想われて・・・もう、嬉しくて・・・泣くことしかできないよ・・・  
 
私が声をあげて泣いている間、お兄ちゃんと陽菜さんは、何も言わず、  
ずっと二人で私を抱きしめてくれていた。  
優しくされて、大泣きして、少し落ち着いてきて、  
それで、改めて、認識した。  
 
やっぱりここは、私の居ていいところじゃ、ない。  
 
お兄ちゃんも陽菜さんも、すごくすごく優しいから、子供みたいに泣きじゃくる私を抱いてくれる。  
何度だってこうしてくれるかもしれないけど、でも、これは凄く不自然なこと。  
私とお兄ちゃんの、私と陽菜さんの絆を大切にするなら、ここに居てはいけない。  
お兄ちゃんの素肌の温もりは陽菜さんのものだから、陽菜さんの素肌の温もりはお兄ちゃんのものだから・・・。  
だから・・・だけど・・・今夜だけ、だから・・・  
 
「お兄ちゃん・・・陽菜さん・・・ごめんなさい」  
「気にするなよ、いいさ」  
「そうですよ・・・ちょっと、おかしな構図かもしれませんが・・・私も、気にしません」  
「・・・ありがとう・・・じゃあ・・・・・・我侭、言っていい?」  
「ん、なんだ?」  
「今夜、このまま・・・今夜だけだから・・・ここで、寝ていい?」  
「・・・俺は別に、構わんよ・・・國生さんは?」  
「はい、私も・・・果歩さんと一緒・・・一度、一緒に寝てみたいなって思ってましたし」  
「本当ですか・・・嬉しい・・・本当にお姉さんができたみたい・・・」  
「ふふ・・・今度は、二人で一緒に寝ましょうね・・・お話ししながら」  
「はい!」  
「ちぇ・・・俺はのけ者かぁ」  
「だって、お兄ちゃんは陽菜さんと、もうたくさん、一緒に寝てるでしょ?」  
「う・・・」「あ・・・」  
 
別に狙った発言ではなかったんだけど、二人揃って絶句。  
この期に及んでまだこういう反応なんだ・・・可笑しいやら、微笑ましいやら、呆れるやら・・・。  
と、そこで油断しちゃったのがまずかった。  
クスっと笑う私を見て、二人がなにやら目配せをし合って・・・  
 
「そういや果歩・・・お前、何でそこにいたんだ?」  
「果歩さん、いつからご存知だったのです?」  
「え・・・」  
 
二人とも笑顔のまま・・・なんだけど、さっきまでの優しい笑顔と、ちょっと違う・・・  
なんていうか、多分いつも、私が二人を茶化すときのそれに近い・・・  
 
「あんなところで、襖を薄く開けて、何をしてたんだ? なぁ果歩?」  
「もうたくさん、っておっしゃいましたね・・・そんなに前から、私たちのこと、ご存知だったわけですよね?」  
「え・・・ええと・・・いや・・・その・・・あはは」  
 
ふ、不覚・・・  
こういう雰囲気も、私たちの絆のありようのひとつではあるけど・・・  
この二人から攻められるなんて・・・これじゃあ鴨に襲われる猟師じゃない!  
・・・けど、最初から前後から抱きしめられてて、逃げるわけにも行かないし・・・  
 
「い、いや、まあ、その・・・社会勉強というものをですね・・・」  
「へぇぇ・・・」「ほほう・・・」  
 
反応が・・・冷たい・・・まあ、当然か・・・  
でも、二人ともそれ以上は何も言わない。  
また二人で目配せして、きっとこの辺にしておこうか、とかそういう感じで落ち着いたんだと思う。  
・・・ほんと、目配せだけで通じちゃうんだなぁ・・・  
半ば呆れて、でも少し羨ましくて、ため息を吐きかけた時だった。  
 
「果歩さん・・・・・・そうやって私たちのこと、見てて・・・混ざりたいって、思いましたか?」  
 
「へ・・・? え、ええと、その・・・ひぅッ!?」  
 
突然の陽菜さんの言葉に混乱する私は、更に突然の、私の・・・そこ、への不意打ちの刺激で大混乱に至る。  
 
「果歩さんのここ・・・下着、湿ってますね・・・」  
「そ、それは・・・あの・・・あの・・・・・・」  
「わたしと・・・社長のを覗いて、こんなにしてたんですよね・・・?」  
「その・・・ええと・・・その・・・」  
 
お兄ちゃんは何も言わない・・・もしかすると、やっぱりびっくりしているのかもしれない。  
でも・・・どうしよう・・・気になる・・・本音を言うなら凄く気になる・・・  
二人の、あんな気持ちよさそうな顔を見ているから、余計に、凄く気になる・・・  
でも、混ざるって・・・その・・・つまり・・・  
 
「ねぇ、果歩さん・・・一緒に、気持ちよく、なりませんか・・・?」  
 
ぞくり、とする・・・それは、確かに気になってた・・・煩悶しながらも、ずっと自分を慰めてたくらいだから・・・  
でも・・・一緒に、って・・・それって・・・  
 
「そうだな・・・俺たちも、途中だったし、な・・・気になってたんだろ? 果歩も・・・」  
 
お兄ちゃんまで・・・それは、その・・・気にはなってたけど・・・  
 
「ね・・・果歩さん・・・どんな風にされたい、ですか?」  
「え・・・わた・・・し・・・?」  
「そう、果歩さん・・・果歩さんの望むこと、言ってください・・・」  
 
これも、二人の優しさなんだろうか・・・  
二人のことを覗き見て、自分を慰めてたことを知られて・・・誘ってくれたんだろうか・・・わからないけど・・・  
それは・・・とても、魅力的なお話・・・  
 
「いいん・・・ですか・・・私・・・その・・・お兄ちゃんや・・・陽菜さんと・・・」  
「他の方とは、絶対にイヤですが・・・果歩さんなら、その、いいかなって・・・」  
「それに勿論、お前と本番までする気はないからな、先に言っておくが」  
「そ、そんなの当然でしょ! でも・・・じゃあ・・・」  
 
して欲しいこと・・・一番して欲しいことは・・・恥ずかしいけど、でも・・・  
 
「あの・・・その・・・お、お兄ちゃんと・・・き、き・・・・・・キス、したい・・・・・・かも・・・」  
「え・・・そ、そうか、その・・・」  
「べ、べ、別に! ヘンな意味で言ってるんじゃないからね!  
 た、ただ、その、お兄ちゃんと、き、キスしてるときの陽菜さんが凄く気持ちよさそうだったから、  
 それでちょっと気になってるだけなんだから!」  
 
我ながら苦しい言い訳・・・でも、別に、本当にお兄ちゃんのことが実は好きでした、とかそういうんじゃない。  
ただ・・・お兄ちゃんと、それに陽菜さんともキスしたら、私も今だけ、ここにいても良いって、  
思えるような気がしたから・・・  
 
やっぱり、ちょっと困った顔をして、陽菜さんにお伺いを立てるように私から目を逸らす。  
陽菜さんもちょっとだけ困った顔をして、仕方ないか、って感じで小さくため息をついて、微笑んでうなずく。  
 
「わかった・・・じゃあ、果歩・・・目を瞑って・・・」  
「うん・・・お兄ちゃん・・・変なの・・・兄妹なのにね・・・・・・ドキドキする・・・」  
 
お兄ちゃんの息が、顔にかかる。  
本当にドキドキする・・・私のファースト・キス。  
 
ちゅ  
 
お兄ちゃんの唇が、優しく、私の唇に、触れた。  
 

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