「お、おはようございます。」
「お、おう、おはよう國生さん。」
さわやかな朝だと言うのに病室の空気が固い。どれくらい固いかと言うと、固形化
した空気で釘が打てるんじゃないかというほど硬い。まぁ、それも無理もないだろう。
なにせ、後姿のみとはいえ、下着姿を見られてしまったわけだから。
「あ、あの、き、着替えてきますね。」
「お、おう。」
がさごそ…じじー…ぱちん…
陽菜はいつものように衝立の陰で着替える。固い空気の中で、着替えの音だけが
病室に大きく響く。
着替えながら必死に自己暗示をかける少女一人。
(おちつけ…おちつけ私。…大丈夫。社長はきっと気にしてない。私も気にしない。
私は秘書としてちゃんとお世話をしなきゃ!…)
一方、衝立越しの着替えの影と、衣擦れの音に妄想がかき立てられる青少年一人。
(…一昨日はブルー…昨日は白…今日は何色…って、いや、何を考えているんだ!!)
「社長?どうかなされましたか?」
「お、おぉ!?」
さすがに三日目ともなると着慣れてきたのか、初日に比べて着替えが早い。
今日は、オーソドックスな白色の白衣に、うっすらとブラの影が映っている。同じく
白のストッキングが我聞の目にまぶしい。
当の陽菜は我聞の健康な性少年の煩悶に気づくわけもなく、
「社長?ご気分でも…」
首を傾げて様子を見てくる。
「お、おう、あ、ぁぁ、今日はピンク…いやなんでもない。」
「??」
とまぁ、微妙な雰囲気ながらもつつがなく朝食が始まった。
「はふはふ…ごくん。」
「熱いですから気をつけてくださいね?社長?」
「あ、あぁ…」
「…ふーっふー…」
スプーンにすくったスープを冷ます陽菜の唇に目が行く。
「はいっ…あーん…」
「あ、あーん…」
ちゅるちゅる…ごくん。
「あ、すみません。口元が…」
わたわた…ごそごそ…
我聞がうまく口に入れられずに口の横に垂れたスープを、陽菜がハンカチで
そっと拭う。
(しゃちょうの…唇…)
ふと視線を上げると、赤面しながら陽菜を見下ろす我聞の視線とぶつかった。
ほてる顔。絡み合う視線。
「あ…」
「…國生さん…」
世界がスローモーションのようにゆっくりと動き出し…
「工具楽さぁぁん?入りますよぉー?」
底抜けに明るい声とともに通常に戻った。
ぐぁばぁ!!っと音がするほどの勢いで飛び離れた二人が、声のする方を見ると、
開けはなれたドアの近くに看護師さんがなにやら荷物を抱えて立っている。
「ハ、ハヒ!ドウゾ!!」
「失礼しますね〜?あら?」
当然看護師さんの目は、白衣を来た陽菜に向かう。
「あなた、この病院の看護師じゃぁ……ほほう?」
ニヤリっ
なにやら一人で勝手に納得したようで、笑いを浮かべるお姉さん看護師。昨日の
看護師(と言うか優の変装)と違い、なかなか清楚な美人だ。…口元の邪悪な笑いが
なければ。
「あ、あの、私は…」
「あ、いいからいいから。皆まで言わずとも、お姉さんには全部わかったわっ!!
いいわよねぇ〜!若いって!…あ、そうだ。ちょっとお願いしたいことがあるから
こっち来てくれる?」
言うが早いか、陽菜の返事も待たず、持ってきた荷物を小脇に抱えたまま、陽菜を
引きずって外に出て行った。
「…えーと。朝飯…」
展開についていけないかわいそうな我聞は、朝食を前に「お預け」状態となった…
一方廊下まで出た陽菜と、本物の看護師のおねーさん。
「あ、あの、これはどういう…」
「…ふっふっふっふ。私の目はごまかせないわ…ずばぁり!あなた、この病院の
看護師ではないわね!!?」
「あ、あのこの格好はっ」
赤面しながらも、できるだけ冷静に、自分の格好を説明しようとした陽菜だったが、
おねーさんは聞いてはくれない。
「あ!いいの!いいのよぉ〜?さすがにその格好で出歩かれると困るけど、病室内で
どんなプレイしてても、おねーさんがちゃぁぁんとっ、見なかったことにして
おくからっ!」
「え?ぷ、ぷれいですか?」
「だから、いいのいいの。気にしなくて!えーと、工具楽君は高校生だったわよね。
あなたは同級生?」
「え、ええ…隣のクラスですが…あの…」
「そうかそうかー。本物の病院でナースプレイなんて、あっついわねぇ〜。」
「えぇ?!いえ、あの、そういうことではっ!」
「この頃の高校生は進んでるわよねぇー、やっぱ。あ、でも、病室だからほどほどに
ね?個室とはいえ声は周りに聞こえちゃうからっ!あ、ハンカチとか噛んどくと
割といいわよ?あ。あと、この階のトイレはナースステーションが近いから見つか
っちゃうんで、上の階の身障者用トイレがオススメね。広いし。」
「あ、あの!この格好は、単に秘書として社長をお世話しないといけないという…」
わたわたと説明してなんとかブレーキをかけようとする陽菜。だが、爆走おねーさん
には逆効果でしかないらしい。
「秘書セクハラプレイでさらにナースコスプレなんてマニアックなことしてるのねぇ〜?
やっぱり一流の秘書なら社長の看護はナース服よね!病気もだけどいろいろ元気に
なってもらわないといけないしっ!なかなかやるわねぇ彼女!かわいい顔して実は
すっごくエッチ好き?」
「い、いぇ、そういう…」
「照れる事ないじゃなぁ〜い!きっと彼も大喜びでしょぉ?あぁ!そ・れ・で!
お願いしたいことがあるんだけど?」
どうやらお姉さんにはブレーキがついていなかったらしい。話を聞かないまま
暴走するお姉さん。
「…なんでしょう?」
結局説得することを諦めた陽菜は、なし崩しのうちに看護師のおねーさんの
”お願い”を聞くことになったのだった…
がらがらがら…がらがらがらピシャン!
「しゃ、しゃしゃ、社長!し、失礼しますっ!」
「お?おう…」
『彼女じゃなくて悪いけど』と言われつつ、朝食を爆走看護師さんに食べさせて
もらい、片付けて出て行く際の『あんまりがんばりすぎちゃだめよー?うふふふ…』
という看護師のおねーさんのせりふと、意味ありげな企み笑いの意味を考えていた
我聞だったが、さすがに緊張した陽菜の様子は社長として見逃せない。
「どうした?國生さん。…?その荷物は?」
入ってきた陽菜の抱えている荷物が目に付く。
「…これより、清拭を行いますので。」
「セイシキ?」
「はい。先ほどの看護師さんに頼まれました。」
『私がやるよりも、彼女がやる方が興奮するものねー。ヤッパリナースプレイと
言えば定番だし。』とか、おねーさんが言っていたのはあえて伝えない。
どう考えても伝えられない。
「せいしき…ねえ。」
と、言葉の意味が分からず首を傾げる我聞の横で、陽菜がテーブルに荷物を並べて
いく。
洗面器、ポット、タオル。ポットの中身を洗面器にあけているところを見ると
どうやら中身はお湯らしい。
「…では。社長。…失礼します。」
「へ?こ、コクショウサンナニヲ!?」
目の据わった陽菜は我聞に近づき…パジャマのボタンを外し始めたのだ。
「こ、コクショウサンコレハイッタイ!?」
必死の形相の我聞の問いに、目をつぶり、真っ赤な顔で陽菜が答えた。
「ですから清拭です。社長のお体を拭かせていただきます!」