朝夕の掃除は既に日課となっている。そうそう頻繁に参詣の方がいらっしゃる  
わけでもないが、境内はいつも奇麗にしておきたい。  
 掃除を終え、夕暮れの山々を見やりながら深呼吸した。  
明日も一日、いい日でありますよう…  
 
ぶちっ  
「あ…鼻緒が…」  
にゃーにゃーぞろぞろにゃーにゃーみゃーみゃー  
「…黒猫…が横切った…しかも家族連れ。」  
かーかーかーかーぴちょんっ  
「…カラスの…糞…」  
 
 シャワーを浴び、着替え直してから、おばあさまの入れてくれたお茶を二人ですする。  
これも日課。  
「頭からカラスに糞を落とされるなんて、なにをぼーっとしてるんだい。」  
「…全くです。不注意でひどい目にあいました。」  
 
 テーブルに、とんっと湯飲みを置く。  
ぱきんっ  
「あああぁっ!?」  
突然私のねこさん湯のみが割れた。あああ…お気に入りだったのに…  
「あ、あ、あ、あぁ…」  
「…不吉だねぇ……禊でもして来るかい?」  
 
 その時。突然に電話が鳴った。  
「はい。静馬…」  
『かなえさんですか!』  
「え、えぇ。我聞君?めずらしいわね。」  
あまりに大きい声に、受話器をみみから遠ざける。  
 
『今から向かいます。真芝の親父の居場所が國生さんのお父さんで辻原さんもいる  
みたいです。第1研に。』  
「……できれば日本語で話してくれるかしら。」  
『わいわい社長ここは私ががやがやあたしあたしわいわいいやここは社長として  
がやがや貸してください』  
 
(…いつもながら騒がしいわねここは…)  
『かなえさん。國生です。』  
「…話の通じる人が出てくれて嬉しいわ。それで?重要な話のようだけど。」  
『昼間に、辻原さんからお電話がありました。』  
「…辻原さんから?」  
『どうやら真芝の第一研から携帯で電話をしてきたようです。』  
「なっ…第一研から電話!?」  
 
 真芝の研究所は見つけるのが困難なばかりか、警備も厳重なはず。  
で、あればこそ、前回の仕事でもあれだけの壊し屋を投入したのだ。  
 辻原さんの実力はわかっているが、それでも単独潜入など無謀この上ない。  
 
『はい。内容は、…私の父が生きており、反仙術の兵器開発に協力させられている  
 ということ、工具楽屋の先代は、それを救うために真芝に協力をする振りをしていた  
 ということ、そして携帯の電波をたどれば第一研の場所がわかるということです。』  
「…わかりました。こちらでも早急に手を打ちます。それで今、辻原さんは?」  
『…先ほどの情報を伝えた後、通話が一方的に切られました。その後連絡は入っていません。』  
 
陽菜さんの声が暗い。  
…ざわ………ざわ………  
胸騒ぎがする。  
 
「……辻原さんがどうしているか予測は付いているの?」  
『…通話記録を優さんが検証したところ、辻原さんの声の影で、銃の発砲音と  
 恐らく人体と思われる物体への着弾音があることがわかりました。』  
「人体への…着弾……」  
 この子は…なんでこんな持って回った言い方をするのだろう。普段ははっきりと  
話す子なのに。  
 頭から血が引いていく。これから先の内容は予想が付く。予想は付くが聞けない。  
聞きたくない。  
 
 だが、歯を食いしばるようにして言葉を搾り出す陽菜さんの報告は続く。  
『…位置関係…音の大きさ…辻原さんの声のブレから考えて、……辻原さんご本人  
 への着弾と見て…間違いありません。……少なく見ても…10発程度は被弾して  
 いると……思われます…』  
(…被弾…10発…)  
 絶望感が襲う。足元に床が見えているのに、床の感触がない。  
 
 状況報告は続く。  
『工具楽屋としては早急な対処が必要と考えます。第1研の場所が判明しましたので、  
 これより急行します。それをお伝えしようと』  
 
「許可できません。」  
 目を閉じる。歯を食いしばる。  
壊し屋会長としてここは引くわけには行かない。  
 
『なっ…!?』  
「真芝の戦力に対し、あなた方だけでは戦力が十分とは思えません。これから他の  
 仙術使いの皆さんに応援を要請します。それまでは動かないで下さい。」  
『しかし!!がちゃがちゃ社長ちょっとごそごそ』  
『かなえさん!!』  
「…我聞君ね?」  
『行かせて下さい!今行かないと間に合わないかもしれないんだ!』  
「行くなとは言っていません。ただ、今行っても突入や脱出が出来ないというのでは  
 意味がありません。十分な準備をしてから対応しなければならないといっているの  
 です。」  
『でも、でも辻原さんは撃たれてるんだぞ!何箇所も!』  
 
「…辻原さんがまだ生きているという確証があるのですか?」  
『な…』  
「もしも…辻原さんが既に…亡くなっていれば…それこそ完全に無駄足になります。  
 …それに、真芝の情報があった場合、動く前に連絡を入れる。これがルールです。  
 勝手に行動した1人のために、あなた方をむざむざと死地に向かわせるわけには  
 いきません。」  
『…しかし!!』  
「昼に連絡があったということは我也さんたちは既に移送されている可能性もあります。  
 最悪、第1研自体が既に移動しているかもしれません。そもそも辻原さんからの  
 連絡自体が罠かもしれないのですよ?まずは十分な調査を行ってからです。」  
『それじゃ…それじゃ遅いんだ!』  
「これは壊し屋会長としての指示です。独断先行した場合は、壊し屋の称号を取り上げ  
 ることもありえます。よろしいですね。必ず待つように。私の方もすぐに体制を  
 整えますから。」  
『…』  
「わかりましたね!?」  
プッ…ツーッツーッツー  
唐突に電話が切れる。  
 
「…ま、わかってても止まらないだろうね」  
「おばあ様…」  
 振り返ると、後ろに寄ってきていたおばあさまと目があった。  
強い意志と、深い思索を秘めた目。  
この目が。壊し屋会長の私に力をくれる。私の判断は間違っていない。絶対に。  
 
「ちょいと行って止めてくるよ。場合によっちゃ力づくでね。」  
「……お願いします。今、彼らを失うわけには行きませんから。」  
「あぁ。…そんじゃ行ってくるよ。」  
 
 おばあさまが振り向く直前。  
おばあさまの視線に優しさと痛ましさがこもっていた気がした。  
 
 壊し屋の皆への連絡の最後の一本を終わらせた時。おばあさまのヘリは飛び立って  
いった。  
 あたりは既に暗くなっている。飛び去るヘリのローター音と飛行灯を、  
既に通話の切れた受話器をぶら下げたまま見送る。  
 
「…辻原さん。」  
ふと。うさぎさんりんごを差し出すメガネの奥の目を思い出す。  
 
『少なく見ても…10発程度は被弾していると……思われます…』  
 
落下感。底のない穴に陥っていくような不安。  
 
『でも、でも辻原さんは撃たれてるんだぞ!何箇所も!』  
 
指に力が入らない。周囲の景色がゆがんでいく。  
 
『…辻原さんが既に…亡くなっていれば…』  
 
がちゃんっ  
 
 ついに重力に負けて受話器が床に落ちる。  
目に溜まっていた涙が、頬を滑り落ちた。  
 
 からかうような笑顔に。差し出された腕に。弾丸が当たりちぎれ飛ぶ。  
そんな光景が脳裏に浮かぶ。  
 
「くっ…うっ…うぅ…」  
 一度流れ始めてしまった涙は止められなかった。必死に抑えても嗚咽が漏れる。  
 流れ出る涙の量が少なくなってきた頃。  
 部屋の隅の昼間に参詣者が置いていった日本酒の瓶が、涙でぼやける視界に映った。  
 
…ばぁきゃーろー…」  
 あれからどれほどの時間が経ったのか。よくわからない。数十分しかたっていない  
かもしれないし、もう数時間たったかもしれない。  
 わかっているのは、私が少しだけ酔ってしまったことと、馬鹿野郎の行方が  
知れないこと。  
 「……ばかやろぅ…」  
 どてっ  
畳に投げつけたマグカップがやる気のない音を立てる。気に入らない。  
 
 …ここに辻原さんががいたらどうするんだろう。きっといつものように私をからかう  
んだろうな。あの憎たらしい顔で。  
「ばかぁ…」  
 
「馬鹿とはひどいですねぇ」  
 後ろからの声に重い頭を振って後ろを見ると、そこには辻原さんがいた。  
 
 ふと、自分が全裸であることに気づく。  
「やぁ…見ないで…」  
だるい身体で男から胸と股間を隠す。  
「隠さなくてもいいでしょう。もったいない。」  
「やらぁ…みちゃだめぇ…」  
「見えませんよ。あなたが隠しているから」  
うそだ。私の体の奥底まで見通されている気がする。  
「しかし…いやらしい体のラインをしていますね」  
いいながら目がすぅっと動く。  
私の体を舐めるように視線が移動しているのがわかった。  
 
 見られている…足の指……ふくらはぎ…ふともも…お尻…股間…手で隠しているの  
に…見通されているようなまなざしだ…それからおへそ…腰のラインをたどって胸、  
そして首…唇を舐めるようになぞって…私と目があった。  
「本当に素晴らしい身体ですね…」  
「やぁ…」  
「しかも。私は見ているだけなのに相当感じているようです。白い体がピンク色に  
 染まっていますよ?」  
 
「……」  
 黙っているとそのまま近づいて、私の股間に顔を近づける。息がかかりそうなくらい  
の近距離。これ見よがしにすぅっと大きく息を吸い込む  
「…あぁ…やっぱりいやらしい匂いがします。ぬらしているんですか?」  
「ふぁ…」  
「私は何もしてはいないのに。見られるだけで感じるなんて随分と淫乱ですね」  
「…やぁ…ちがぁ…」  
「違うならなぜ、あなたの指は自分をいじってるんです?」  
「ふぁん…ちがうのぉ…」  
「私が気づいていないと思っていましたか?わかっていますよ?手のひらでクリトリス  
を圧迫しているのは。薬指で入口を触って感じているのもよく見えます。」  
「ちがぅ…ちがうのぉ」  
「いいんですか?そんな弱い刺激で。触りたいんでしょう?」  
「やぁぁぁ…」  
「いいんですよ。たくさんいじってください。」  
「あぁ…」  
くちゅ…くちゃ…ちゅ…  
「は…ん…やぁ…」  
「いやらしいですね。かなちん。何もされていないのに勝手にぐしょぐしょに濡らし  
 てるなんて。おもらしみたいですよ。」  
「やぁん…かなちんていっちゃやぁ…」  
「おまけに男の顔の目の前で自分で弄くるなんて。とんでもない巫女さんですねぇ。」  
 冷たく、それでいて熱のこもった視線が私の視線と重なる。  
 
脳髄まで貫かれているような視線に、  
「ひゃぁぁん…」  
軽くイッてしまった。  
 
「ふふ。本当にいやらしい人だ。一人でイってしまったんですか?」  
首を横に振る。弱弱しいことは自分でもわかっている。  
 
「それなのにまだいじっているんですね。胸もひしゃげるくらい強くもんで…  
 まだ足りないんですか?」  
 この男はなんでそんなに焦らすのだろう…やだ。早く欲しい…  
「我慢できないんですか?淫乱な巫女さんは?しょうがないですね…ふふふ」  
言うなり、いきなり足を広げさせられた。  
「…あ…」  
手で隠しなおす暇もなく。一気に奥まで入ってくる。  
太く。熱く。荒々しいものが…  
「ああああああぁぁん!!」  
一気に奥まで突かれて、私は気が遠く…  
 
 
「…夢…」  
 唐突に意識がはっきりとする。脈絡がないと思っていたらやはり夢だったらしいが、  
何を考えているんだろう。こんな夢を見るなんて…  
内容を思い出し赤面しながら、状況を確認する。  
倒れた一升瓶と板の間にこぼれた日本酒。畳の上に転がる猫さんのマグカップ  
双方からこぼれたお酒の匂いが濃い。  
 それに混じって私の匂い。袴までは濡れていないようだが、下着と襦袢はびしょびしょ  
になっているようだ。  
 夢の中の辻原さんのせりふではないが、おもらしでもしたかのよう…  
「…シャワー。浴びたい…」  
 
 お酒と淫夢の残滓を冷たい水で洗い流す。  
これからの作戦を思い起こす。優先事項は我也さんと國生さんの所在、そして反仙術  
兵器の内容及び所在の確認だ。  
 ふと、辻原さんの顔が脳裏を掠める。先ほどの夢の中とは違う、普段の、日常の  
にこにこと笑う顔。  
 10発以上の弾丸を受け、連絡が途絶えた。  
普通なら死んでいる。  
状況から見てどう考えても生きているわけがない。それが当たり前。だから、作戦の  
優先事項にも入っていない。  
 
 だが。  
ぱしーーーん!!!  
「くっ……そんなこと!認めません!」  
頬を自分の両手で強く叩いて気合を入れる。  
そしてバスタオル一枚で自室へと歩く。私自身の出発の準備をするために。  
 
 そうだ。辻原さんが死ぬわけはない。常人なら知らず、あんなふざけた男(ひと)  
が死ぬわけはない。一段落したところできっとへらへらしながらでてくるに違いない。  
 あの人が例え死ぬことがあるとしても、その場所は戦場ではない。日常の中で、  
みんなに見守られて静かに死ぬのだ。そしてそれはまだまだずっと先のこと。  
 
 誰も知らないところで、誰にも見取られず死ぬなど認めない。弾丸に倒れて死ぬ  
など、この私が許さない。  
   
 「絶対に。許しませんからね。辻原さん。」  
 

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