「も・・・・・・もう、らめ・・・」
宴が始まって一時間ほど経ったろうか。
ついに、最初の犠牲者が出てしまった。
「桃子ねーちゃんの、かちー!」
「ふ・・・ふはははは! 残念らったわね小娘! この、桃子・A・ラインフォーろ様に盾突こうなんて、
10年早かったようね!」
珠に勝ち名乗りを上げてもらいながら斗馬に片腕を高く突き上げられて、
桃子は呂律の回らない口で勝利を宣言していた。
その視線の先では、この宴の黒幕であるはずの果歩がコタツに並んだ空き缶の林に突っ伏して、
早くも完全に寝込んでしまったようであった。
「あ、あらあら、果歩りんたら、気合十分っぽかったけど、ちょーっとまだ、お酒は早かったかしら・・・ねぇ?」
「あははは・・・そ、そうすね、それにしても、しっかり者の果歩があんなになっちゃうんだから、
やっぱり酒って、怖いですねぇ、優さん?」
「そうだねぇ、あはははは・・・」
と、果歩の散り様を見て話す我聞と優だったが、心なしかアルコールで赤らんだ顔が引き攣っている。
特に優は果歩が倒れた今、今夜の策を実行できる唯一の人員として倒れる訳には行かないのだが、
正直、それどころではなくなりつつあるのだった。
「うぃぃ・・・さあ、邪魔者はいなくなったわ〜 ガモーン! お酌してあげう〜!」
そんな雰囲気に気付くには既に酔いどれすぎて、ただひたすら上機嫌な桃子が、
酒瓶片手に我聞に擦り寄ろうと幅を詰めたところで―――
がががんっ!
「っうわあっ! な、なになに!?」
まるで降ってきたかのように突然、大量の酒が荒っぽく置かれ、
それに桃子が怯んだ隙に、二人の間に無理やり一人の少女が割り込んで座る。
「な、なんなのよハルナ! あんたの席はガモンの反対側の隣れしょ・・・」
普段の強気にプラスして酔いもあって、ずいっと陽菜の顔に迫るも、
「・・・桃子さん、先程仰いましたよね・・・果歩さんとの勝負の後は、私と社長を賭けて勝負だと・・・」
「え・・・あ、そ、そうらっけ、あ、あはは・・・」
そんな桃子の気迫など一蹴してしまうほどに・・・陽菜の目は、据わっていた。
ただならぬ気配に、助けを求めるように我聞と優に視線を送るが、
二人とも引き攣った笑顔のままで、哀れむような視線を桃子に送るばかりであった。
(え、ええと・・・これって、ひょっとして・・・ハルナって、酒乱?)
徐々に事態が把握できるにつれ、実はとんでもない相手に勝負を挑んでしまったような気がしてきた頃には、
陽菜は目の前でぐいぐいと自分のグラスを乾し、それから桃子のグラスになみなみと酒を満たしていた。
「ぷはっ・・・さ! 次は桃子さんの番ですよ?」
「え、あ、あはは、えーと、ほらさ、私、今まれ果歩と結構呑んじゃったからさ、
勝負はまたこんろってことにしない?」
陽菜の視線にただならぬ気配、というよりむしろ身の危険を感じ、何とか有耶無耶にしようとする桃子だが、
ばん!
「っひ!?」
おもむろにコタツの一画を叩く陽菜。
桃子ばかりか我聞も優も本気で怯えつつある。
「私はこれだけ呑みましたっ! 桃子さんが今まで呑んだ分といい勝負じゃないですかっ!?」
陽菜が叩いたその傍には、サワー等の空き缶が林立しており、
その量は桃子と果歩が二人で築いた分に匹敵していた。
「え、あ、ああ、そうね・・・・・・・・・マジ?」
気持ちはわかる、とばかりに優がうなずく。
それはつまり肯定であり、桃子が果歩に打ち勝つ間に陽菜は一人でその倍近い量を・・・
(いや、待って・・・それはつまり!)
ここで桃子の頭は突如、覚醒する。
いきなりアルコールが抜けるわけではないが、天才を自負する頭脳は思考材料を得て、猛烈に回転を始めた。
酒が入って妙な迫力を帯びてしまってこそいるが、陽菜の呑んだ量は桃子の倍。
そして、普段と雰囲気が違うということは、酔っている、つまりアルコールは効いている訳である。
つまり・・・
(そうよ桃子、これはチャンスなのよ! こんな良い条件で逃げるなんて低脳のすること!)
その結論に至り、怯え引き攣っていた顔に普段の自信に満ちた表情を取り戻すと、
陽菜によって満たされたグラスを引っ掴み、一気に呷ってしまった。
おお〜! と、珠と斗馬が歓声を上げる。
「と、桃子!? お前も無茶するんじゃない!」
「ふっふっふ! いくらガモンだってこの天才に意見するなんて10年早いわよ!?
見てなさい、今こそハルナを倒して、あんたを私のモノにしてあげるんだから!
そんな訳でハルナ、勝負よ!」
そう言って陽菜のグラスになみなみと酒を注ぎ返す。
陽菜は無言でグラスを取ると、ほとんど間を置かずにきゅーっと呷り、
瞬く間に空になったグラスを、ごっ、とコタツに置く。
「わ〜! 陽菜ねーちゃんもすごい!」
「や・・・やるじゃないハルナ、でも、そんなペースで続けてたら、潰れるのは時間の問題よ?」
勿論、今の陽菜になら効果的だと考えた桃子の挑発なのだが、
まるで意に介さないかのように新しい缶を開けると、とぽぽぽぽ・・・っと桃子のグラスに注いで、
ただ一言、
「・・・社長は渡しませんよ?」
とだけ答える。
「んく・・・! い、言ったわね!? すぐにカホと同じ目にあわせてあげるんだから、覚悟なさいっ!」
相変わらず目が据わりっぱなしの陽菜の顔にびしっと指を突きつけると、
陽菜同様に一気にグラスを呷り、アルコールを飲み干していった。
「ねぇ我聞くん」
「なんでしょう、優さん」
「・・・愛されてるねぇ」
「・・・行き過ぎると怖いです・・・」
二人の少女の壮絶な勝負を目の当たりにして、その景品たる少年は、
彼女たち、とくに陽菜に聞こえないようにごくごく小声で答えた。
「とりあえず・・・今のうちにお茶でものんで、落ち着いておこうか」
「そ、そうですね・・・多分、このままじゃ済まないでしょうし・・・」
陽菜が淹れてくれたはいいものの、直後に宴が始まってしまい誰も飲むことなく冷めてしまったお茶に、
気付かれないようにこそこそと手を伸ばすが、
「・・・社長、優さん」
「「はははいっ!?」」
「グラスが空いているようですが?」
「お、そ、そうだった、気付かなかったよ、あははっ!」
「呑む、呑むからっ!」
それはもう大慌てで我聞は優のグラスにビールを注ぎ、
優は日本酒を我聞の椀に注ごうとするが、
「ひっ!」
いきなり優の手から一升瓶はひったくられて、
「社長へのお酌は私の仕事ですから・・・さ、社長♪」
「あ、あああ、ありがとう、いつもスマンね國生さん、あはは・・・」
我聞に酌をするときだけはイヤににこやかで、
ビンを置いて桃子に振り返った時には、再びすっかり目が据わっている。
そして・・・
「よ・・・余裕かましてくれるじゃない! さあ、次はハルナの番・・・」
と桃子が言い終える前に、既にグラスを乾してしまっていた。
そんな、早くもワンサイドゲームの様相を呈してきた二人の勝負を眺めながら、
我聞も優も桃子の勇気に心の中でエールを贈るばかりであった。
だが、それから10分と経たずして―――
「うぷ・・・ちょ、ちょっとたんま・・・と、といれいってくりゅ・・・
まらよ、まらまけたわけりゃないんりゃからね・・・」
と、コタツから這い出そうとするも、それが最後の力だったらしく、
桃子はそのまま畳に崩れ落ちてしまった。
そんな桃子の顔を斗馬が覗き込むようにして確認して、首を横に振ると陽菜の片手を高々と掲げ・・・
「義姉上様、WIN!」
「お〜! 陽菜ねーちゃんつよい!」
「ありがとうございます!」
一転して笑顔で斗馬からの勝ち名乗りを受け、元の位置―――我聞と優の間へ戻る陽菜を、
二人は相変わらず引き攣った笑顔で迎える。
「や、やあおかえり國生さん・・・なんか、お酒、強いんだね・・・」
「いいえ、それ程でも♪」
「いや、驚いちゃったよ、あはは・・・
ま、まあ、でもこれで我聞くんも勝ち取った訳だし、あとはのんびりやろっか!」
「・・・いえ、その前にもう一つ、やることが」
「え、そ、そうなの?」
「はい、社長、しばしお待ちくださいね」
「・・・ああ、わ、わかった」
あくまで笑顔で我聞に答えて、自らのグラスを握ると反対側に座る優に向かって振り返る。
その顔は笑顔のままであったが・・・明らかに、凄惨な雰囲気を醸し出していた。
「え、え・・・ええと、はるるん、わ、私、なにかしたっけ・・・?」
「いえ、別に・・・」
陽菜の纏う雰囲気が全くそうは言っていない。
あくまで表面的には笑顔のままで優のグラスを取ると、ビールをなみなみと満たし、
「ただ、ちょっと思い出してしまいまして」
「へ、な、何かな〜?」
「以前、優さんが私の部屋に遊びに来たときのこと・・・あの時、自家製のどぶろくでしたっけ・・・
今日のお酒とは感じが違いましたよね・・・あれのせいで少々酷い目に合ったものですから・・・・・・ね!」
言葉尻に合わせて、グラスを“ごっ”、とコタツに置く。
「あ・・・・・・」
優の顔から血の気が一気に引いた。
普段はおくびにも出さないものだから、すっかり気にしていないものだと思っていたし、
優自身、ほとんど忘れていたのだが・・・どうやらそう都合よくは行かないらしい。
「じ、実ははるるん・・・結構、根にもっていたり・・・?」
「いえ? それ程でも・・・ただ、お酒を呑んだら思い出してしまいまして」
桃子の時と違って、あくまで笑顔なのが余計に怖い。
思わず後ずさりしてしまう優に、グラスを押し付けるように迫り、
「それでですね・・・いつまでもこういうことを引きずるのはお互いによくないですから、
改めて一緒に飲んで、水に流したいと思ったのですが・・・イヤですか?」
「そ、そんなイヤだなんて滅相もない!」
「そうですか、よかったぁ! では乾杯しましょう! もちろん、杯を乾すの乾杯ですからね!?」
「そ、そうだよね、もちろん! じゃ、じゃあ・・・」
「はい! では、二人の友情に!」
そしてハイスピードで繰り返される“杯を乾す”乾杯と、
目に見えて顔が危険な感じに赤くなってゆく優を眺めながら、我聞は優の冥福を祈るばかりであった。
「・・・ところで珠、斗馬」
「ん? なーに兄ちゃん?」
「お前ら、ずっと呑んでる割には元気だな・・・」
この二人、審判やら観客やらを気取って遊んでるようで、結構しっかりと呑んでいたりするのだが、
その割には顔こそ赤らんでいるものの、呂律は普通だし眠そうな素振も見せない。
今もワクワクしながら陽菜と優の勝負を見つつ、二人を真似して乾杯したりしていた。
「ふふふ・・・兄上、折角堂々と酒が呑める機会に、早々とダウンするような勿体無い真似はしませぬよ!」
「斗馬には負けないぞ!」
「・・・まあ、時間も時間だしな、國生さんと優さんの勝負を見届けたらそろそろ寝るんだぞ」
「「は〜い」」
我聞自身、かなり意識して代謝を活性化させてアルコールを分解しつつ、
それでもかなりの酔いを自覚しているのだが、
この幼い妹と弟はどうやら無意識にそれを行っているらしい。
父親から果歩には仙術の素養がないらしいと聞かされていたが、
(こいつら・・・修行したら俺よかよっぽど気の操作、上手くなるんじゃないだろうか・・・)
などと少々複雑な思いを抱いていた。
そんな間にも、二人の勝負は進んでいて、
結果が明らかにも関わらずどちらかが倒れるまで終わらせてもらえない戦いの行方を、
我聞は哀れむように眺める。
参加者の中で唯一の成人であり、それ故に呑めてしまうのが果たして幸か不幸か、
二人の勝負は思ったよりも長引いたものの―――
「も、もうらめ・・・はるるん・・・ゆるして・・・」
「だーめーでーす! 優さんが私にしたことを思えば、これくらい何でもないはずです!」
「う・・・ご、ごめん・・・もう・・・ムリ・・・」
一度は口に運んだグラスをコタツに置いて、そのまま突っ伏したきり、優はぴくりとも動かなかった。
そんな優にささっと近づいて、珠と斗馬は3カウントを取って、
「義姉上様の勝利!」
「わぁ、陽菜ねーちゃんすごい! 二人目勝ち抜きだ!」
「はい! ありがとうございます!」
とまあ、誰もが予想した通りの結果に終わり、我聞も引きつった笑顔のまま拍手を送りつつ、
きっと次に回ってくるであろう順番を思い、早くも覚悟を決めつつあった。
「・・・さて」
本人を含めて誰もが今度は我聞が餌食になると確信していたのだが、
陽菜の口から出た言葉は意外にも・・・
「では、珠さん、斗馬さんも、時間も時間ですから、そろそろお休みになられてはいかがでしょうか」
「え〜!」
「このまま兄上とも勝負を決してグランドチャンプを目指さないのですか!?」
「こ、こら、挑発するんじゃない!」
慌てる我聞を尻目にふふふ、と笑うと、
「私もそろそろキツくなってきましたし・・・それに、社長と勝負する理由もありませんからね」
「そ、そうだぞ二人とも! とにかく、今日はもう寝るんだ!」
「「は〜い」」
仙術の資質の片鱗なのか、アルコールにはかなりの強さを見せた二人だったが、やはりまだ小学生。
興味の対象が終わると知ると、途端に眠気が押し寄せてくるようで、すごすごと寝室へと引き下がるのだった。
そして、居間に残されたのは我聞と陽菜、それに物言わぬ三体の酔死体。
酔いどれているせいもあって、我聞にはこの状況から何がどう展開していくのか想像もつかないが、
とりあえず当面の危機だけは回避できたようで我聞は胸を撫で下ろしていた。
「社長・・・」
「ん、な、なんだ?」
「・・・二人っきりに、なっちゃいましたね・・・」
「え、あ、そうだね・・・」
そう言って、陽菜は我聞に身体を寄り添わせる。
言葉にも行為にも親密な雰囲気が溢れているのだが、何せ視界内に三人も酔いつぶれているので、
我聞としてはイマイチ浸ることができない。
しかも三人のうち二人は当の陽菜の手にかかった訳であるから、余計にそう思ってしまう。
だがまあ、我聞に寄り添って幸せそうにグラスを傾ける陽菜を見ていると、
先程までの恐ろしさは徐々に消え失せて(でも、まだ呑むのか、とは正直思うわけだが)、
ため息を一つ吐くと自分もちびちびと杯を舐めることにした。
(ま、何はともあれ・・・正月くらい、こんな風に二人で酒を呑んで見るのもアリかなぁ・・・)
我聞も陽菜も基本的には少々頭の固めな人間なので、
こっそりお酒でも呑んでみようか、なんていう話はこれまで、出たことも無かった。
そんなものに頼らなくても二人っきりでいられるときはそれだけで幸せだっが、
こうして寄り添ってゆっくりと杯を傾けるのも、ちょっと大人っぽくていい雰囲気かもしれない、
とか思ったりもするのであった。
「ね、國生さん」
「なんですか?」
「いや、いい呑みっぷりだったけど、ほんと、酒強いんだねぇ」
「そんなことないですよ! ただ、これ、美味しかったものですから、つい・・・」
「は、はは、そうなんだ・・・」
色々と言いたいこともあったが、とりあえず黙っておくことにする。
流石に陽菜だって限界も近いだろうし、自分だってそうなので、
それまで静かに呑むのもいいだろう、とか思ったりする。
・・・と、
「社長もこれ、呑んで見ますか?」
「お、そうだね、俺は日本酒ばっかりだったからな」
そう言って陽菜のグラスに手を伸ばすと、掴む寸前にひょいっと取られてしまい、
陽菜は楽しそうにきゅーっと呷ってしまう。
「ちぇ、やってくれる」
我聞もつられて楽しそうに笑うが、まさにその隙を突いたように―――
「んむ!?」
不意打ちで、陽菜に唇を奪われる。
一瞬だけ混乱するが、陽菜の唇から口腔内に流し込まれる液体の温かさや甘さを認識して、
(ああ・・・そういうことね・・・)
抵抗することなく、それを全て受け入れる。
唇を触れ合わせたまま、流し込まれる酒精を全て嚥下すると、二人は唇を離し、
「・・・ね、甘くて、おいしいですよね」
「ん・・・すごく、呑みやすい・・・」
「もうひとくち、呑みますか?」
「そうだね・・・貰おうか」
普段、我聞と抱き合うときよりも、一層艶やかな笑みを浮かべてから、
陽菜はグラスに残る薄く色づけされた液体を口に含むと、
今度はゆっくりとその唇を我聞のそれに押し付けた。
さっきよりもゆっくりと流し込まれる甘い液体をこく、こく・・・と飲み下し、
全て呑んでしまうと、互いの口腔に残った甘味を貪るように、互いに舌を絡め合わせる。
やがて、互いの舌の間に糸を引きながら顔を離したとき、
陽菜の顔は、これまで我聞が見たこともないくらいに、淫らに蕩けていた。
いつもなら、陽菜から少しねだるような素振を見せることはあっても、
キスで“身体を”その気にさせるのは我聞の役割だった。
だが、陽菜のほうから迫った二度のキスと、見たこともない程の淫蕩な笑みに、
我聞の方がはちきれんばかりに疼かされてしまっていた。
「ね、社長・・・」
「・・・ん?」
「今度は・・・社長の呑んでたの、呑ませてください」
「ああ、これ・・・わ、わかった・・・」
「ちゃんと、呑みやすくして、くださいね・・・」
もしこれが寝室で、二人きりであったなら、既に陽菜を押し倒していただろう。
無理やりにでも組み伏せて、唇でも酒でもなく、その身体を存分に貪りたかった。
そこまで昂ぶらされていても、それが出来ない辺り、我聞はまだ酔いが浅かったのだろう。
そして、例え起きる気配が無いとはいえ、三人の知人のいる部屋で大胆にキスを重ねる陽菜には、
もはや遠慮も羞恥も無かった。
ただ、思う様に、貪るだけ・・・
我聞は口に酒を含み、すこしだけ間を置いて口に馴染ませてから、陽菜に唇を重ねる。
そして、少しずつ、少しずつ、自分の唾液と混ざったそれを、陽菜の口腔へ流し込む。
んく・・・んく・・・と、陽菜の喉がそれを飲み下す音が聞こえる。
だが、全てを送り込まないうちに、陽菜の舌が酒に浸った我聞の口腔内へと割り込んでくる。
「・・・んん!?」
酒と唾液に濡れた舌を執拗に絡めてくる陽菜に、応じないわけには行かなかった。
より強く結びつこうと唇の位置をずらす度に、僅かな隙間が開いてぴちゃぴちゃと音が響き、
唇の端から酒と唾液が垂れ落ちる。
我聞の口から酒が全て無くなると、陽菜は舌を解放して、そのまま唇を我聞の口の端から下へと滑らせる。
「こ・・・くしょう、さん・・・?」
顎から首筋、そして襟元まで・・・
酒の垂れた道筋に沿って、唇を、舌を、ねっとりと這わせていった。
「ふふ・・・社長・・・服まで、びしょびしょ・・・」
「あ、ああ・・・」
陽菜のキスに、愛撫に、我聞は自分の理性が着実にすり減らされているのを感じる。
このまま続けられたら、この居間で・・・家族と、友人と、同僚のいるこの場で、
抑え切れなくなって、陽菜を抱いてしまうのではないか、と、
そう思わずにいられない。
そして、この淫らに微笑む小悪魔のような少女は、それがわかっていて誘っているとしか・・・
我聞の理性が焼き切れて、自分を組み伏せるのを待っているとしか思えなかった。
「ねぇ、社長・・・」
そう言って、今度はグラスではなく、我聞の手を取る。
「私も、たくさん、濡れちゃいました・・・」
その手を自らの唇に導き、指を軽く舐めしゃぶると、
口の端から酒と唾液の垂れた道筋にそって我聞の指をなぞらせていく。
指は陽菜の顎を撫で、首筋を触り、濡れた上着をなぞり、そのまま胸のふくらみに押し当てられた。
「ね・・・ここも、こんなにびっしょり・・・」
「あ、ああ・・・」
我聞の手が、わなわなと震えている。
このまま、揉みしだいてしまいたい、そんな衝動が、怒涛のように押し寄せてくる。
誘っているのは、明らか。
こうして俺を焦らしに焦らして、俺が切れるのを待っているのか・・・と、我聞は思わずにいられない。
だが、それは半分当たりで、半分は外れ。
「でも社長・・・もっと、濡れちゃってるところが、あるんです・・・」
「・・・え」
そして我聞の手を取って、陽菜が導いた先は、コタツの中。
いつの間に、ベルトもファスナーも外していたのだろうか・・・
陽菜によって導かれた先は・・・彼女のショーツの中だった。
そこは、今日はまだ直接触れていない、ということが信じられないくらいに、濡れそぼっていた。
「こ・・・こく・・・しょう・・・」
「社長、わたし・・・もう、こんななんです・・・ね、お願い・・・ください・・・」
「じゃ、じゃあ、部屋に」
「だめ! 今、ここでください・・・もう、我慢できないんです・・・」
そう言って、コタツの中の我聞のベルトを解き始める。
陽菜は我聞を誘っていたが、我聞から手出しするのを待つつもりも、無い様だった。
我聞は抵抗も制止もできないままに己自身を陽菜によって解放されると、
その冷えた手できゅうっ、と優しく握られる。
「っうあ!?」
「社長・・・こんなに固くなってる・・・ね・・・今すぐ、欲しいです・・・私の、中に・・・これぇ・・・」
「だ、だけどここじゃ・・・っ!?」
アルコールと陽菜の手ですり減らされる一方の理性で、それでもなんとか己を保とうとするが、
己のモノを柔らかく冷たい手で少しだけ強く握られ、足腰を陽菜の足に絡め取られ、
そして、己の先端に濡れそぼったそこをあてがわれて・・・
「うふ・・・社長のこれ・・・いつもより、固いです・・・感じてくれてるんですね・・・嬉しい」
「ちょ、待ってくれ、ここには果歩も桃子もゆう・・・っ!?」
「だめです、もう、私・・・我慢、できな・・・い、ふ、あ、熱・・・っ! ・・・っふぁあああっ!」
我聞の制止に耳を貸すことなく、陽菜は自ら腰を進め、我聞のモノを己の中に埋め込んでいった。
そして、根元まで埋め込んだところで背筋を仰け反らせ、上擦った声で官能の喘ぎを漏らした。
「國生さん・・・入れただけで・・・イっちゃったの・・・?」
「っふぁ・・・だって・・・ぇ、しゃちょおの・・・固くて・・・熱くて・・・ぇ・・・」
目尻に涙を浮かべながら、それでも蕩けきった笑みはますます艶やかに、
我聞の顔に熱い吐息を浴びせながら媚びたように答える。
「でも・・・もっと・・・イきたいです・・・しゃちょおの、もっと・・・欲しいです・・・っふ・・・ぁ」
「こ・・・こくしょう・・・さん・・・」
今にも瓦解寸前の我聞の理性を知ってのことか、それとも単に己の欲求に任せているだけなのか・・・
陽菜はそのまま、更に貪るように、自ら腰を動かしはじめる。
「あ・・・ひ・・・いいっ、いいのぉ・・・っ、しゃちょ・・・もっと、もっと欲しいのぉ・・・」
陽菜の淫ら過ぎる声や表情、それに行為と、熱く蕩けるような中の感触に、
我聞もついに、理性を保つことを放棄した。
「ふぁ! あ、ひぁあ! いいっ、すごいっ! ひゃぁあ!? しゃちょ、しゃちょおっ!」
「國生さんっ! もう、するよ・・・めちゃくちゃにしてあげる・・・イかせてあげるっ!」
「はっ、はいぃっ! してぇ! いっぱいイかせ・・・・・・んむぅ!?」
二人は互いに腰を打ち付けるように振りたくり、コタツの中に淫らな水音が響く。
コタツの外でも、強く抱き合ったまま畳に倒れ込み、貪るように唇を吸い合った。
陽菜は何度か身体をびくびくと震わせて、その拍子に唇が外れると高い喘ぎ声を上げてしまったが、
同室で酔いつぶれたままの三人がそれに気付くことは無く、
陽菜の唇もすぐに我聞によって塞がれた。
自ら望んだだけあって、何度絶頂を迎えようとも陽菜の腰使いが衰えることは無く、
その貪欲な行為は我聞の射精感を抵抗しがたい感触で高めていった。
我聞自身、それに抵抗しようという意図はなく、陽菜がそうしたようにただただ己の欲求を満たすために腰を振り、
時が来たら腰を強く押し付けて、彼女に何も伝えることなく、その中に己の欲望の塊を存分に注ぎ込んだ。
「――――――――――――ひゃああああっ!!?」
既に何度も絶頂を迎えさせられていた陽菜だったが、
身体の奥底に熱い粘液を注ぎ込まれ、再び、そしてこれまででもっとも激しい絶頂へと、叩き上げられる。
「熱! 熱いのっ! 出てる! なかに、いっぱいぃ! しゃちょおの、せいえきがぁ! 出されてますううっ!」
思い切り身体を反らせて我聞の唇の束縛を振り解くと、
がくがくと身体を震わせながら、あられもない叫び声を上げて身体を切なげにくねらせた。
そのまま陽菜は動かず、射精した我聞もしばらくはその余韻を味わっていたが・・・
「ね、國生さん・・・」
「ふぁ・・・はい・・・」
「これで終わり、なんて、言わないよね?」
ここまで昂ぶらされて、一度や二度で済ませるつもりは無い、
イヤだといっても続けるから・・・君が誘ったんだからね・・・?
と、我聞の目がそう語っていた。
そして、陽菜も・・・
「はい・・・もっと、ください・・・もっとイかせて・・・もっと、しゃちょおの精液・・・のませて・・・ぇ」
見ているだけで襲ってしまいたくなるような、淫蕩に蕩けた笑みで、続きをねだるのだった。
酒精に爛れ肉欲に溺れた二人に、もはや羞恥も遠慮も、周囲への配慮もなかった。
再び唇を重ねながら腰を使い、互いの舌と性器を貪欲に貪り続け、
我聞は何度も陽菜の中に射精して、陽菜はそれ以上に何度も何度も絶頂を迎えた。
どんなに高い声をあげようとも、どんなにはしたない言葉を紡ごうとも、
潰れたままの三人が目を覚ますことは無く、
二人は欲望の赴くままに、絡み合い、貪りあい、昂ぶり続けた。
そしてやがて、酔いと疲労に侵された二人はどちらともなく意識を遠のかせ、
絡み合ったまま同室の三人よろしく、夢も見ない眠りの淵に沈んで行った。
そして翌朝―――
「果歩ねーちゃん、おなかすいた〜!」
「大姉上、朝ご飯はまだですか!」
ばたばたと居間に駆け込んできた工具楽家の次男次女が見たものは、
―――昨晩と大して変わらぬ光景であった。
強いてあげるなら、軽く抱き合った感じでこそあるが、酔死体には変わらない物体が二つ、増えているくらいか。
だが、珠や斗馬にとってそんなことはどうでもいい。
育ち盛りの二人にとって今、最優先されるべき事項はただ一つ。
「果歩ねーちゃーん!」
コタツに突っ伏したままの姉をゆさゆさと揺すり、なんとか起こそうとする。
「う゛・・・み、水・・・」
顔を上げることなく、なんとか果歩が声をあげる。
「斗馬! 水!」
「いえっさー!」
バタバタと廊下を駆け、コップ一杯の水を手に戻ってくると姉に渡し、
「大姉上、水にございます!」
それをぷるぷると震える手で掴み、ようやく顔を上げるとぐびぐびと呷る。
「も、もう一杯・・・いや、二杯くらい・・・」
無味の冷たい液体を立て続けに呷り、なんとか動く気力が湧いてくる。
「ありがと・・・あぁ、頭がガンガンする・・・気持ち、悪・・・っ」
「ねーちゃん、ごはんー!」
「姉上! 急いでくだされ!」
「大声ださないで・・・頭に響く・・・と、とにかく、わかったから・・・お餅、焼いてあげるから・・・」
よれよれとコタツから抜け出すとなんとか立ち上り、改めて部屋の惨状を確認する。
見事に大半が空となった空きカン、空きビンなど見ているだけで頭痛が酷くなりそうだ。
部屋に立ち込める酒の臭いにも閉口する。
だが、それでも人員を確認して・・・
(作戦は、失敗か・・・折角、身体張ったのに・・・まあ、せめてこの二人・・・写真にでも収めておこうかしら・・・)
優も桃子も、そして陽菜も我聞も同じ部屋で倒れ伏している以上、
果歩のシナリオ通りに話が運ばなかったのは明白であったが、
何の拍子か抱き合うように倒れ込んだ兄と兄嫁候補の幸せそうな寝姿に、
少しだけ溜飲を下した果歩であった。
「おねーちゃん、早くー!」
「わ、わかったから、大声はやめてぇ! それと、酒臭くて敵わないから窓開けて空気入れ替えておいて・・・」
「は〜い!」
最初にダウンした果歩ですらこのダメージなので、残りの4人たるや、推して知るべし、である。
しばらくして我聞が目を覚まし、しばらくぼんやりとしてから、
慌てたようにコタツの中でごそごそと手を動かす様はしっかりと果歩に見届けられてしまったが、
果歩は果歩で二日酔いの渦中にあり、とても普段のキレを発揮できる状態には無く、
抱き合って眠る様子を撮影できなかったことを悔やむばかりで、特にその行為を追求することはなかった。
結局、仙術使いの我聞ですら二日酔いを抜くのには昼近くまで時間を要し、
その前後で目覚めた桃子や優は言わずもがな、陽菜においては昼過ぎまで目覚めることは無く、
しかも目覚めた時には昨晩の記憶の大半を飛ばしている始末であった。
だが・・・
「では・・・そろそろ夕飯の時間ですし、宜しければまた、私が作りますが・・・」
「「餅以外ならなんでも〜!」」
「お、お願いしていいですか・・・わ、私はお粥とかがいいかな・・・」
「わ、私も・・・」
「同じく・・・」
結局あまりの二日酔いの酷さに優も桃子も身動きできず、そのまま工具楽家で元日を過ごしてしまった。
過ごして、と言っても一日中寝てただけだが。
「俺はなんでもいいけど・・・ってか、國生さん、もう平気なの?」
「はい? ええ、まあ・・・遅くまで眠らせて頂きましたし、流石にお酒も抜けたようですから、
折角なので働かせて頂きますね!」
「そ、そう? た、助かるよ、ははは・・・」
昨晩の凶悪さなど微塵も感じさせない、普段どおりの振る舞いにある意味安心するも、
(二度とハルナに/はるるんに酒を呑ませるものか・・・)
という切実な決意と、
(仙術無しで俺より強そう・・・だけど、たまには乱れた國生さんもいいかも・・・)
という不埒な思いを抱かれているなど、当の陽菜が知る由もなく、
珠や斗馬のリクエストを聞きながら楽しそうに包丁を振るっていた。
そしてそんな様子を背後から眺めつつ・・・
(嫁は夫に酒を勧めて、勧められたら断らず、そして夫より酔ってはならないもの・・・
陽菜さん・・・やっぱりお兄ちゃんのお嫁さんはあなたしかいません!
待っていてくださいね! 必ずや我らの、いえ、私の手で、あなたを立派な兄嫁に仕立て上げて見せますから!)
陽菜の酔いっぷりを見ることなく撃沈した果歩は一人、新年早々、決意を新たにするのであった。