ここは工具楽家、時は大晦日の夕暮れ頃。  
 
おなじみGHKのツートップたる工具楽果歩と森永優は例によって例の如く、  
兄と兄嫁候補、社長と秘書をいかにくっつけるかについて、悩んでいた。  
 
「さて、そんな訳で今年も暮れようとしてるわけですが!  
 あんなに・・・あんなにいい感じに舞台が整った二人がこのまんまって・・・ありえるでしょーかっ!」  
「気持ちはわかる、痛いほどわかるよ果歩りん!  
 ・・・けど、これほどまでにボクネンジンな二人、どうにか出来るの?」  
「優さん、私たちには・・・覚悟が足りませんでした!」  
「・・・覚悟?」  
「はい! 我ら工具楽三姉弟、もはや迷いはありません!  
 そして優さん! あなたこそ我らの最大の戦力です! どうかご覚悟を!」  
 
ちなみに、覚悟が決まる以前に何がどうなる予定かは果歩しか知らないわけだが、  
まあそこは、いつも通りのノリで。  
 
「ま、まあ・・・とりあえず、えーと、どうするの?」  
 
ナンバーこそ優にトップの座を譲っているとは言え、  
事実上のGHK発起人かつ統括者たる果歩の発言には絶対に近い強制力がある。  
その果歩をしてここまで言わせる策とは・・・  
 
「もう二人の気持ちはわかってるんです!  
 だったら、ええ、我々と彼奴らとどちらの理性が先に飛ぶか、  
 真っ向勝負ですよ!」  
 
具体的な話が無いままに進行する話に不安よりも興味をひかれてしまう優に、  
抑制とか制止という年長者らしい行為など当然、浮かぼうはずもなかった・・・  
 
 
「お蕎麦、茹であがりましたよ〜」  
 
そう言って人数分の椀を盆に載せて工具楽家の居間に運ぶのは、  
普段なら工具楽家の炊事番である果歩の仕事だったが、  
この大晦日、本日に限っては違っていた。  
 
「おお、國生さんご苦労様、なんか悪いね、お客さんを働かせているようで・・・」  
「構いませんよ、お客様扱いされるには、私も随分お世話になっていますから」  
 
近くに寺でもあれば除夜の鐘が聞こえてくる頃、  
工具楽家で年越し蕎麦の給仕をしているのは、國生陽菜であった。  
何故、果歩の代わりに陽菜がこんな役目を果たしているかというと、  
 
“私は優さんと工具楽家の新年恒例行事の準備をするので、陽菜さん、年越し蕎麦の方をお願いできますか?”  
 
等と頼まれたのだ。  
どんな行事があるのか少々気になるが、果歩から炊事修行を受けた陽菜が断ろうはずも無く・・・  
 
「お蕎麦だ〜!」  
「いい香りですのう」  
「や、やるわねハルナ、私も料理の練習、しようかしら・・・」  
「うむ! さすが國生さん、もう果歩と比べても遜色ないかな!?」  
「そ、そんな・・・まだまだ、その域には・・・それに食べて見ないことには」  
 
陽菜は謙遜しているが、それでも工具楽家の誰もが認めるほどに、  
彼女の炊事の腕はこの数ヶ月で確実に上達していた。  
果歩について工具楽家の戦場のような夕飯時の台所で格闘したり、  
我聞を部屋に招いて料理を振舞ったりと、陽菜なりに努力を重ねた成果である。  
それでも、例え夜食であろうとも、工具楽家の食事を果歩から全て任されたのは今回がはじめてであり、  
陽菜としてはそれなりに緊張していた。  
だが、まだ実際に賞味こそしていないが、少なくとも見た目や匂いは問題ないようで、  
ほっと胸を撫で下ろすと我聞の隣に陣取ってコタツに落ち着くことにした。  
ちなみに、我聞の反対側の隣には桃子がしっかりと陣取っている。  
 
以前、我聞に誘われて工具楽家の食事に混ざった時から、陽菜の席は我聞の隣と決まって(決められて)いて、  
最初は恥ずかしくて(でも、正直嬉しくもあって)ことあるごとに顔を赤く染めたものだが、  
最近は陽菜も工具楽家の面々もすっかり慣れてしまい、  
その配置に誰もがなんの違和感も感じていなかった。  
 
しかし裏を返せば、その親密そうでありながらそれ以上の進展が認められない(と思い込んでいる)現状に、  
GHK、特に果歩と優は業を煮やしていた訳で、  
故にこの年の瀬に果歩はある決意を秘め、旧年最後であり新年最初の策を発動させたのであった。  
そして、その仕込を終えて今、  
笑顔の裏に決意を秘めて優と共に彼女たちの戦場へ乗り込んでくる。  
 
「あ、いい匂〜い! 陽菜さん、もう料理の腕もすっかり上達しましたね!  
 これなら愛情の手料理も愛妻弁当も充分期待できるわよ、ね、お兄ちゃん?」  
「んな・・・! まて、ま、まだそれはちょっと・・・」  
「そ、そうですよ! まだそんな、私たち・・・」  
「そうよカホ! 料理くらいで先走ったこと言ってるんじゃないわよ!?」  
「・・・それは料理“くらい”出来るようになってから言いなさい、控えめ胸?」  
「う、うるさいわねうす胸! すぐよ! すぐに出来るようになってやるから!」  
「それにしても、二人して“まだ”とはねぇ・・・ではいずれは期待しても良いってことかな〜♪」  
「え・・・! い、いや、それは、また・・・その! べ、別のお話で・・・!」  
「そ、そうですよ優さん! ま、まだ俺らは・・・そんな、別に・・・と、とにかく!  
 折角國生さんが茹でてくれたんだ、延びないうちに蕎麦を頂こう!」  
「ふうん? ま、いいけどね〜?」  
 
ちなみに陽菜お手製の年越し蕎麦を囲むは当家の住人たる我聞、果歩、珠、斗馬。  
そこに、一人で年越しは寂しかろうとの招きに応えた客人三名―――陽菜、優、そして桃子。  
表面的には順当な面子だが、  
一部の、否・・・一部を除いた参加者の内心には穏やかならぬものがあったりなかったり。  
 
まず、我聞と陽菜を今宵こそゴールインさせてしまおうと企むGHKの面々、  
最近は我聞とセットでいることにすっかり違和感がなくなってしまった陽菜をなんとか出し抜きたい桃子、  
そしてGHKの障害になりうる桃子を抑えておきたい果歩。  
だがそんな渦巻く思惑の渦中にあって、肝心の我聞と陽菜は違和感の欠片も感じていない、  
筋金入りの朴念仁っぷりであった。  
朴念仁ついでに我聞が桃子ばかりか番司にまで声をかけたときは、  
後頭部に果歩の蹴りが炸裂寸前であったのだが、  
流石に実家のある番司ゆえに帰省せざるを得ず、GHKは胸を撫で下ろしたものだった。  
 
そんな各人の内心とは裏腹に、  
工具楽家の兄妹達と客人達は“行く年来る年”などを尻目に雑談に興じつつ、年越し蕎麦を啜る。  
口々にお褒めの言葉を頂いて、陽菜はいつにも増して嬉しそうであった。  
GHKとしての行動はあくまで新年を迎えてからの予定であったし、  
桃子としても果歩達の目がある手前、いきなり大胆な行動を起こせるはずもなく、  
今のところは至って平和な年の瀬を過ごしていた。  
皆が食事を終えたところで、  
 
「では片付けてきますので、お碗をお盆に載せてください」  
「おお、すまんね國生さん、手伝うよ」  
「いえ、折角任せて頂きましたし、片づけまでが炊事ですから、今日は私が」  
「ああ、なんて素敵な心構え・・・陽菜さんなら今すぐにでも立派なお嫁さんになれますよ!」  
「んな! か、カホ? 何を先走ったことを!」  
「お、お嫁・・・!? そ、そんな、そうですよ! からかわないで下さい果歩さん!」  
「あれ〜? どうしたのかなはるるん、そんな真っ赤になっちゃって♪」  
「べ、別になんでもないです! と、とにかく片付けてきますので!」  
「ハルナ、私も手伝う!」  
「あんたは座ってなさい、食器を割られると困るから」  
「ちょ・・・そ、そこまで不器用じゃないわよ、見くびるんじゃないわよ小娘!」  
「いやぁ、相変わらず仲がいいな、見ていて微笑ましいぞ、はっはっは」  
「・・・兄上・・・」  
 
そんなやり取りをしている間に、テレビが新年の到来を伝える。  
 
「お、12時か! あけましておめでとう、だな! みんな、今年も宜しく!」  
 
我聞の挨拶を皮切りに、各人が口々に新年の挨拶をする。  
工具楽家では、というか一般的な家庭の例年の風景であるが、陽菜や桃子にとってはそんなことも新鮮で、  
この兄妹達に混じって食卓を囲む楽しさを改めて、しみじみと実感していた。  
 
「ん? どうした國生さん? 桃子?」  
「いえ、別に・・・あ、あの、今年も・・・その、宜しくお願いします・・・ね」  
「わ、私もよ、ガモン、それにみんなも、まあ、その・・・宜しくね!」  
「おう、こちらこそ、宜しくな!」  
 
ここで我聞が陽菜だけとやり取りしてくれたら、絡みようもあるんだけどな、等と果歩は内心で思うのだが、  
桃子の事情も知っているだけに、流石にそれを口に出したりはしない。  
ナマイキだし厄介な相手ではあるが、我聞と陽菜が無事にくっついて、  
桃子がその傷心から立ち直るか、新しい恋など見つけたなら、  
案外いい友達になれるかもしれない、とか思ったりもする。  
もっとも、事あるごとに邪魔をしまくる自分のことを桃子が許すかどうかはわからないし、それに・・・  
 
(ま、今日も後で、あんたはちゃーんと潰すんだけど、ね♪)  
 
なんて、しっかりターゲットしている訳だが。  
 
「では、片付けてきますね」  
「おう、頼んだ!」  
 
挨拶も一通り済んだところで、改めて陽菜は台所へと片付けに向かう。  
そんな陽菜と、彼女を見送って声をかける我聞の何気ないやり取りは工具楽家の者としては既に見慣れてしまって、  
今更突っ込む気にもならない自然な風景なのだが・・・  
 
「むー・・・」  
「ん? どうした桃子、腹痛か?」  
「ち、違うわよ低脳! 別になんでもないわよ!」  
「そうか? ならいいが」  
「う〜ん、我聞くんと陽菜ちゃんの息の合い方に感心しちゃったかな〜?」  
「な、別に普通じゃない! あれくらいなんでもないわよ!」  
「そ、そうですよ優さん! いつもあんなですって!」  
「ふぅん、いつもこうなんだ?」  
「そうなんですよ優さん、いつもこんなだから、もう見てるこっちが・・・ねぇ?」  
 
そう言って果歩と優にじーっと顔を覗き込まれてしまう。  
珠と斗馬も二人に倣ってとりあえず我聞を見るし、  
桃子も桃子で、別の意味でじとーっと我聞の顔を睨んでくるものだから、  
 
「ちょ・・・お、お茶入れてくる!」  
 
敢え無くわたわたと退散してしまう家長であった。  
 
「あら、社長・・・どうされました?」  
「うん、ちょっとお茶でも入れに、ね」  
「そんなこと、言って下されば私がしますのに」  
「いや、そのね・・・実は向こうがちょっと居たたまれなくて」  
「あー、そういうことでし・・・って、社長、それってむしろまずいのでは・・・」  
「ん、何が?」  
「いえ、それで社長が、その、私のところへ来られてしまいますと・・・」  
「・・・あ」  
 
鈍い我聞でも、これで戻ったらどういう展開になるかくらいは、流石に想像がつく。  
 
「す、すまん國生さん! ちと浅はかだった!」  
「いえ、まあ、来られてしまったものは仕方ないですし・・・  
 そ、それにしても、今日はちょっと、なんと言いますか・・・激しい、ですよね」  
「だよな、優さんが来てるからだろうか、なんかいつもよりキツいよな」  
 
お互い顔を見合わせてため息を吐くと、どちらとも無くくすっと笑い、少しだけ顔を赤らめる。  
今更ながら、とは当人達ですら思っているのだが、  
どうも顔を見合わせてしまうと、未だに照れてしまう。  
そうなってしまうとどちらからも視線を外すことが出来ず、  
いつものようにそっと互いに顔を近づけて目を瞑ろうとして――――――  
だがここで、我聞の目が視界の片隅にあらぬものを見つけ出し、  
 
「―――ってなんだお前らみんなして何してる! って優さんそのカメラは何ですか!」  
「え・・・あ、あわ、な、なんですか皆さん!」  
「それははこっちの台詞よハルナ! ちょーっと目を離したら油断も隙もない!」  
「べ、別に何でもないですよ! 特別なことは何もしてないですっ!」  
「いや〜こっちだって別に何でもないよ?  
 ただちょっと工具楽家の年末年始の風景を記録に残してるだけで」  
「そうよお兄ちゃん、陽菜さん。 それとも、何か見られて都合の悪いことでも?」  
「い、いえ別に! ですから、すぐに片付けてお茶を入れたら戻りますから、皆さんも戻っていてくださいっ」  
「じゃ、じゃあ・・・俺も戻るから・・・お茶、頼むわ・・・」  
「あ、はい・・・お気をつけて」  
 
流石にこの状況で二人で残る訳にも行かず、  
二人は引き攣った顔で、しばしの別れを告げる。  
 
居間に戻ると、予想通りニヤニヤした視線が2つ、睨みつけるような視線が1つ、ただ楽しそうなのが2つ。  
特に何を言われる訳ではないのだが、とりあえず無言のプレッシャーが我聞を苛んでくる。  
 
(く・・・何も言って来ない・・・國生さんが戻るまでこのままか・・・だが、やられっぱなしではないぞ!)  
 
そのまま我聞は懐に秘めたあるものを確かめると、台所の気配を覗う。  
陽菜がこちらへ戻ってくる足音が聞こえ出して、そろそろ居間に入ろうかというところで、おもむろに・・・  
 
「そうだ、果歩、珠、斗馬! これを渡さなきゃならなかったな!」  
 
大袈裟に喋りだすと、懐から3つのポチ袋を取り出して、  
 
「わぁ! お年玉だ!」  
「兄上! ありがとうございます〜!」  
「ほら、果歩も」  
 
丁度陽菜が居間に入ってくるタイミングで渡されて、してやられたとも思うのだが、  
兄の懐事情を知っている妹としては、流石にここは感謝しない訳にも行かない。  
 
「あ、ありがとう・・・でも、無理しなくてもいいのに」  
「はっはっは、これでも家長だからな、これくらい当然のことだ!」  
「おお〜! 流石ガモン!」  
「・・・という割にはちょっと顔が引き攣ってるよーにも見えるけどね〜?」  
「ゆ、優さん! そ、そんなことはないですよ!?」  
「・・・お年玉くらい当然の如く振舞えるように、社長にはもっと仕事を頑張って頂かないといけませんね」  
「んな、國生さんまで!」  
「ふふふ・・・でも社長として当然のことですよ?」  
「むぅ・・・精進シマス」  
(でも、そんな懐具合でもちゃんとお年玉を用意されてるのは、家長としてはご立派ですよ、社長)  
 
口に出して言ったら、また周りから何を言われるかわかったものではないので、  
心の中でそっとフォローを入れてみる。  
が、そうすると今度は別の角度から・・・  
 
「しかし今の会話聞いてると、まるでお兄ちゃんと陽菜さん、  
 なんかもう夫婦みたいですよね、ねぇ優さん?」  
「な!?」「えええ!?」「なんですと!?」  
「そうねぇ、な〜んか早くも我聞くん、陽菜ちゃんの尻に敷かれてる感じ?」  
「そうそう、ですよね〜♪」  
「ちょ、ちょっとさっきからあんたたち! なにその気にさせるようなことばっかり言ってんのよ!」  
「果歩! 優さんも! もうとか、早くもとか、決まったことみたいに言わないでくださいっ!」  
「だって、ねぇ果歩ちゃん?」  
「そう見えちゃうんだから仕方ありませんよね〜?」  
「だから違うって!」  
「そ、それよりも果歩さん! そろそろ工具楽家の新年恒例行事というものを始めませんか!?」  
 
このままではジリ貧確定と判断した陽菜が、なんとか話題を逸らそうと提案する。  
 
「そ、そうだな、さすが國生さん! 果歩、恒例行事って、一体なんなんだ?」  
「・・・・・・え?」「は!?」  
 
明らかにおかしな展開に、陽菜と桃子が同時に首をかしげる。  
 
「む、どうした?」  
「いえ、恒例なのに・・・社長、ご存知ないのですか?」  
「うむ・・・言われてみれば、恒例なのに俺が知らないのは変な話だな」  
 
なんとなくがくっと肩が落ちるような脱力感に襲われる二人。  
 
(ううん・・・社長らしいといえばそうだけど・・・)  
(・・・ガモン、そこはちゃんと押さえておこうよ)  
 
少々複雑な気分であった。  
 
「で、果歩?」  
「ふふふふふ、ついに禁断の恒例行事の全貌を明らかにするときが来たようですね!」  
「・・・禁断でもあるのですか」  
「そうです! 特に私たち兄妹や陽菜さんやついでに控えめ胸には禁断も禁断!」  
「ついでとか言うな!」  
「お正月でもなければ許されないキケンな体験! 何故なら、ずばりこれですから!」  
 
妙に高いテンションで、果歩は背後に置いておいたダンボール箱から、  
中身をどん! どん! とコタツに並べていった。  
 
「こ・・・これは・・・」  
 
そこに並んだものは、日本酒の一升瓶にビールからサワーから・・・  
とにかく、それはそれは大量のアルコール類であった。  
陽菜はその様子を半ば呆然と見ながら・・・  
 
「ええと・・・果歩さん?」  
「見ての通りです! 工具楽家の禁断の年越し行事、それはこれ! 酒なのです!」  
「・・・果歩、ちょっといいか?」  
「なあにお兄ちゃん!?」  
「いや、どう考えても恒例じゃないし、色々まずいだろう、これは・・・」  
「ふっ・・・それはお兄ちゃんが無知なだけよ!」  
「何ぃ!?」  
「実はね、お父さんから言われたのよ!  
 “我聞も17になったことだし、工具楽家の恒例行事を復活させる、果歩、お前が仕切れ!”  
 と!」  
 
もちろん、嘘。  
 
「んな・・・オヤジが?」  
「そうよ! そしてその内容が、年齢なんて関係無し、めでたい新年に家族も客も浴びるように酒を呑め、って!」  
「ほ、本当にそんなこと、先代が・・・?」  
「む! 陽菜さん、私のことを疑うんですか!?」  
「い、いえ、そんな・・・まあ、確かに先代でしたら、それくらいの無茶は言うかもしれませんが・・・」  
(あはは・・・我也さん、去り際にあんなことするから印象が・・・)  
 
以前は先代の影ばかり追っていたはずの陽菜が、呆れたようにこう言うのを聞いて、  
優は思わず苦笑してしまう。  
実の父親までも利用して、果歩は得意の口八丁でどうやら皆に信じ込ませることに成功したようだった。  
 
「だ、だが、いくらオヤジの言うことでも、未成年として酒は・・・」  
「あ〜らお兄ちゃん、怖気づいた?」  
「ば、馬鹿な、そんなことは決して!」  
「お父さん、こうも言ってたわよ?  
 “ま、未熟者の我聞はびびって手が出ないかもしれんがな、ガハハハハ!”  
 って」  
「ぬう! 良いだろう、そこまで言われては引き下がれん! 俺はやるぞ!」  
「さすがお兄ちゃん、よ! 家長!」  
「しゃ、社長!?」  
 
確かにこう言えば我聞が引き下がる訳がない。  
実のところ、作戦的には標的は我聞よりもむしろ陽菜なのだが、我聞が呑まねば肝心の陽菜も呑まないだろうし、  
将を得んと欲すれば何とやら、である。  
 
「あら、はるるんだって当然、呑むんだよ〜?」  
「え、で、でもお酒は・・・」  
「桃子、あんただって呑むわよね?」  
「う・・・だけど・・・」  
「じゃあ帰る?」  
「わ、わかったわよ! 呑んでやるわよこれくらい!」  
「桃子さんまで!?」  
「珠だって斗馬だって呑むんですよ? ね、あんたたち」  
「「お〜!」」  
「それは余計に問題が・・・」  
「細かいことは言っちゃだめです!  
 陽菜さんも工具楽家の一員になるんでしたら、避けては通れませんよ!?」  
「はぁ・・・わかりました・・・」  
「・・・なるんだ?」  
「え・・・あ! い、いえ、ほら、私は社長から、家族同然って認めていただけてる身ですから、  
 別に他意は・・・!」  
「さあさあ、細かいことはもういいから、まず一杯目はこれを呑んで、後は勝手に好きなものを選んでくださいね!」  
 
そんな感じで果歩は、  
有無を言わさぬオーラを発しながら人数分の杯になみなみと日本酒を満たしていった。  
 
(うーむ、さすが果歩りん・・・すっかり場を支配してるわねぇ・・・)  
 
そんな果歩の姿に、優は半ば感心して、半ば呆れていたが、  
作戦の内容的に、ハイテンションになるのも仕方ないか、とも思えてしまう。  
いや、無理にでもテンションを上げなきゃやっていられない、と言うべきか。  
その作戦、であるが――――――  
 
 
少し時間を戻して大晦日の夕方頃。  
密談する2悪人。  
 
「ねぇ果歩ちゃん、覚悟はいいんだけど・・・具体的にはどうするの?」  
「・・・これです」  
 
そう言って果歩が示したものは、日本酒の一升瓶。  
 
「これを呑ませようって事? でも覚悟って・・・実は我聞くん、もの凄い酒癖悪い、とか?」  
「いえ・・・ただ呑ませようとしても、お兄ちゃんは変に頭が固いところがあるし、  
 陽菜さんも簡単には呑んでくれそうもないですから、  
 ここは一つ、全員で呑んでしまおうと思うのですよ!」  
「全員・・・ってことは、果歩ちゃんも・・・それに桃子ちゃんに、珠ちゃんに斗馬くんも!?」  
「はい! それでお兄ちゃんを挑発する言葉は既に考えてありますし、  
 さすがに皆が呑んだら陽菜さんだって呑まないわけには行かないはずです!」  
「でも・・・それって、仙術で復活の早そうな我聞くんや呑み慣れた私以外、共倒れの可能性が・・・」  
「だから覚悟なんです!  
 正直、珠や斗馬には期待できませんが、  
 陽菜さんだってお酒を呑んだ経験なんてほとんどないに違いありません!  
 ですから、まず第一の目的・・・私と優さんで、陽菜さんと桃子を何とかして潰します!」  
「つ、潰しちゃうんだ・・・」  
 
わかり易すぎるくらいにわかりやすい説明に、少々退いてしまう優であった。  
 
「はい、潰します! それで桃子はどこか押し入れにでも仕舞っておきます」  
「そ、そう、それで?」  
 
少々どころではなくなってくる。  
 
「それで肝心かなめの陽菜さんですが、介抱するフリをしてお兄ちゃんの部屋に連れ込んで、  
 裸にひん剥いてお兄ちゃんの布団に押し込んでおきます」  
「んな・・・」  
 
もはやドン退き。  
 
「お兄ちゃんだって寝るまでにはほろ酔いでいい気分くらいにはなってくれるでしょう!  
 それで、いざ布団を捲ったときに裸の陽菜さんがいれば!  
 いくら筋金入りの朴念仁の馬鹿兄だって、食いつかずにはいられないはずです!  
 そして一度でも手をつけてしまったら、あの性格ですから絶対に責任とろうとしますから!  
 そんな訳で、陽菜さんには少し悪いですが、二人には若さゆえの過ちを犯してもらいます!」  
 
この場合、一番の過ちを犯すことになるのは自分たちではないかという思いに苛まれてみる。  
 
「それでですね! 私は最大の障害になりうる桃子を、刺し違えてでも潰しますから!  
 優さんはなんとか陽菜さんを、お願いします!」  
「う・・・うん、わかった、やれるだけのことはやるよ・・・」  
「お願いします! 今夜は決戦ですから! 珠と斗馬にも陽菜さんを狙うように言っておきましたけど、  
 一番の頼りは唯一の成人である優さんですからね! 宜しくおねがいします!」  
 
手を組んだ相手が、どれだけ性質の悪い人物なのか、  
優は自分のことを差し置いて改めて実感していた。  
 
(果歩ちゃん・・・恐ろしい子・・・!)  
 
 
果歩曰くの“恒例行事”が、まさかそんな恐るべき謀略の元に仕組まれたものだとは、  
哀れな生贄達は知る由もなく―――  
 
「みんな杯を持った? じゃあいきますよ! かんぱーい!」  
 
果歩の仕切りの下、ついに禁断の宴は始まってしまった。  
 
「・・・ぷはぁっ! あ〜ら、お兄ちゃんな〜にちびちび呑んでるのかしら!?  
 杯を乾すと書いて乾杯なのよ!?」  
「お、おい果歩? お前こそ、そんな無茶な呑み方・・・」  
「そうですよ果歩さん、まだ中学生なんですから・・・」  
 
開幕早々、果歩はいきなりトップギアである。  
とにかくテンションを下げてはならぬという気持ちの現れなのだが、  
そんな姿に優は果歩の並々ならぬ覚悟を感じて、改めて寒気がしていた。  
 
(な、なんていうか・・・陽菜ちゃんごめんね・・・私は逆らえないから・・・怨んじゃだめよ?)  
 
「何言ってるんですか陽菜さん!  
 陽菜さんこそ高校生なんですから、もっと景気良くいきましょーよ!」  
「い、いえ・・・高校生でも非常に問題があるのですが・・・」  
「細かいことは気にしない! あ、あとお兄ちゃんへのお酌はお任せしますからね!  
 杯が空いたら間髪入れず次を注ぐ、基本ですよ!」  
「あ、ガモンのお酌は私がやるー!」  
「あんたはいいから私と呑むの!」  
「か、カホ!? なんでそうなるのよ!」  
「あーら、私と呑み比べはできないかしら? やっぱりお子様ね〜♪」  
「むっ! 言ってくれるじゃないの、このうす胸!  
 いいわ、その対決、受けてあげる!  
 この機会にどっちがオトナか思い知らせてやるんだから!」  
「桃子さん! 果歩さんも、あまり無茶な呑みかたは・・・!」  
「止めてくれるなハルナ! この小娘を潰したら次はあんたなんだからね! ガモンを賭けて勝負よ!」  
「え、えええ!?」  
 
唐突な申し出に陽菜が驚いている間に、早くも果歩と桃子の仁義無き戦いは幕を開ける。  
斗馬が審判よろしく腕をクロスさせたのを合図に、二人はぐびぐびっと缶入りのサワーを呷りだしていた。  
 
(果歩ちゃん・・・健闘を祈る・・・!)  
 
心の中で果歩に声援を送ると、優も己の仕事にとりかかることにした。  
 
「さあ、我聞くんもとっとと呑む! でないと我也さんどころかあの二人にも負けちゃうわよ?  
 それに折角お酌してくれる陽菜ちゃんを待たせるんじゃないの!」  
「ぬ、ぬぅ・・・ええい、やってやる!」  
「社長! 無理は・・・!」  
 
言っている傍から先程の果歩よろしく、一息で杯を乾してしまい、  
陽菜は不安そうな顔で我聞の杯に新しい酒を満たしていく。  
果歩や優が何らかの意図で我聞を挑発しているのは目に見えて明らかなのだが、  
例えそれを言ったところで我聞は止まらないこともまた明らかであり、  
せめて自分は酔わないようにして、いざとなったら我聞を止めようと思うのだが・・・  
 
「陽菜ねーちゃん、かんぱーい!」  
「義姉上さま、かんぱいです!」  
「え、あ、義姉ではないですが、はい、乾杯です!」  
 
如何にも無邪気そうに日本酒を飲み干していく小学生二人に一抹の不安を覚えつつも、  
ついつい勢いに流されて自分も呑み進めてしまう。  
しかも困ったことに、はじめて呑んだアルコールは思ったより口に馴染んでしまった。  
 
(い、いけない、まだ未成年だし、社長のお酌もしなきゃ・・・じゃなくて! とにかく、酔わないように!)  
 
そうやってひたすら自分に言い聞かせてはいるのだが、かといって杯を止めるのも許される状況ではなく、  
ついに一杯目は乾してしまった。  
 
「陽菜ちゃん、なかなかいい呑みっぷりだね! じゃあ次はこれにしよっか、甘いから呑みやすいよ〜♪」  
 
そのタイミングを見逃さず、今度はサワーの入ったグラスを陽菜に突きつける。  
最初こそ罪悪感を抱いていた優だったが、面白いか面白くないかで言えば確実に面白くなる筋書きではあるし、  
何より優の良心回路自体、早くもアルコールでショートしつつあった。  
 
「あ、本当ですね・・・これはこれで甘くて、呑みやすいです」  
「よっしゃ、じゃあガンガンいこうか!」  
「あ、そんな優さん! そんなに注がないで!」  
 
まだ乾してもいないグラスに、優は容赦なく酌をしてくる。  
ひょっとして、と優の周りを見ると、既に空になっているらしいビールの缶がころころと。  
 
「いいからいいから! ほら、我聞くんも陽菜ちゃんに負けちゃ男が廃るぞ!」  
「む! よし、呑んだぞ! 國生さん、次を頼む!」  
「社長も、そんな無理に呑まないでください!」  
「何が無理なもんか、これくらい余裕だ!」  
「ほら我聞くんも、注いで貰ってばかりじゃなくて、ちゃんとはるるんに注いであげる!」  
「おお、すまん、気付かなかった。 さ、國生さん、空けて空けて!」  
「そんな社長まで・・・ああ、そんなに注がないで!」  
 
とかなんとか、口では言いながらも注がれてしまうとついつい呑んでしまう陽菜に、  
優は内心でガッツポーズをしながら、既に顔が真っ赤になっている果歩に目を向けて、  
 
(果歩ちゃん、どうやら流れは我々にあるようだよ! 私がちゃーんと記録までしといてあげるから、  
 キミはキミの戦いに全力を尽くしてくれたまえ!)  
 
心の中で敬礼などしていた。  
 
 

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