ここは…工具楽家の庭。
その一角の畑、というよりかは花畑に近い場所に、私たち、二人が佇んでいる。
綺麗な黄色い花、紫の花、白い花…。優しい土の匂い…。暖かくてとても心地よい。
しばらくぼんやりと眺めていると、彼、工具楽我聞が口を開いた。
「これが白菜の花。で、こっちが茄子の花。綺麗でしょ?」
「そうね…」
私たち二人、國生陽菜と工具楽我聞は、高校を卒業してしばらく経ったころに結婚しました。
仕事でも学校でも何時も一緒で、危ない場面も二人で潜り抜けてきましたし、当然と言えば当然ですよね。
今は社長、じゃなかった、我聞さんの家に住んでいます。
二人とも植物を栽培するのが好きで、結婚後は二人一緒に、庭で植物を育ててます。
でも彼の趣味は家庭菜園で、観賞用というよりは食べるために野菜を育てていたんです。
私の趣味はガーデニング。やっぱり、綺麗な花や木を見ると、心が落ち着きますね。
そこで間をとって、「花が咲く野菜」を育てているんです。
なんだか、二人の気持ちが一つになったみたいで、すごく素敵ですよね…。
あははっ、ノロけすぎですか?でも彼はとっても素敵なんですよ。
優しいし、逞しいし、笑顔が素敵だし…。
え?ふふっ、すいません。
最近は名前で呼び合ってるんですよ。
やっぱり夫婦ですから、いつまでも「社長」とか「國生さん」っていうのも余所余所しいですしね。
あ、すいません。彼が呼んでるので、失礼しますね。
「…くしょ…さ…」
「こくしょ…ん…」
「國生さんっ」
「もー、がもんさんたら…なまえでよんれって…」
「…あれ……?」
「………………」
ここは工具楽屋社員寮、國生陽菜の部屋。
二人の愛の棲家でもなく、素敵な庭でもなく、紛れも無い工具楽屋社員寮、國生陽菜の部屋である。
そう、陽菜は夢を見ていたのだった。
そして、
目の前に、顔。
夢の中に居た、愛しい男の、顔。
パチッという音が、國生陽菜の頭の中に鳴り響いた。
スイッチオン
ガバッ!ゴツーーン!!
まさしく息つく間も無く、陽菜は頭を上げ、そして激突。
痛さと夢の内容とさっきの自身の言葉と、我聞が朝から自分の部屋、
しかも数十センチ無いかという、文字通り目の前に居たことで、陽菜の脳みそは大パニックも良いとこの状態である。
「がも、じゃなかった、しゃ、しゃしゃしゃ、社長!!何で私の部屋に居るんですか!!
だ、だ、第一、女性の部屋に勝手に入るなんて!!何考えてるんですかっ!!
えーっと、あの、そ、その、しかも顔が近すぎますっ!!」
超大パニックの脳みそで、何とか我聞を咎める言葉を紡ぎ出すが、やはりいつものようにはいかない。
「ごめん…。もうこんな時間だから、優さんに起こすように頼まれたんだよ」
哀れ我聞。見事にGHKの策略に嵌っている。
「ゆ、優さんが?」
同性で、しかも仲の良い同僚の優さんの指示と聞き、優さんへの怒りと嘆き半分、妙な納得半分、
なんとか落ち着きを取り戻してきた。
「って、もうこんな時間じゃないですか!い、急がなきゃ…」
時計を見ると、とっくに起床予定の時間を過ぎている。
このままではおそらく学校へは遅刻である。そもそも何でそんな時間に我聞が残っているかは、気にしちゃいけない。
「それもそうだけど、おでこ大丈夫?」
そっと陽菜のおでこに手を当てる我聞。一応言うが、本人には全く悪気は無いのである。が。
みるみる顔が赤くなる陽菜。夢の内容が頭の中にフラッシュバックしている。
「あ、あう、うあ、しゃ、しゃ、しゃちょ…」
身動き一つ取れない。もう脳みそはオーバーヒートしている。
「うーん、顔赤いよ?風邪でもあるんじゃない?そうだ、熱測るよ」
そんなこととははつゆ知らず、今度は顔をギリギリまで近づけ、おでこ同士をくっつけようとする我聞。悪気は無いのだ。
「や、社長!や、めて、くださいっ!!」流石にこれには体が反応したか、
得意の体術を使い、豪快に我聞を投げ飛ばしたのであった。
その後、極限まで真っ赤な顔で我聞に退室を指示し、落ち着きを取り戻してから着替え、
学校に到着したのは、2時限目の直前だったそうな。
ちなみに、悪いことをしたと思った我聞が関係修復のため、より親密に接するようになったのは、また別の話。