「…で。あなたはなにをしてるんです?」  
『普通』と『機嫌が悪い』との中間くらいの声で、病室のベッドに横たわった女性が横に座った  
男に胡散臭いものを見る眼で問いかけた。  
 
 帖佐が毎日送ってくる大きな花束と、如月がこれも毎日贈ってくる鉢植えの花以外には特  
に飾り気もない個室。  
 
 そこに「かきょんっ」っとプルタブをあける小さな音が響いた。  
「こー…」  
「コーヒーを飲んでいるのは分かってます。」  
 辻原の声を遮ってかなえが先手を打つ。この男にはいつもいつも煙に巻かれてしまう。  
それがかなえには腹ただしい。  
 
「おぉ〜すごいですねー。かなえさんは私の心が読めるんですか?」  
「…何年あなたと付き合ってると思ってるんですか。それくらいのことは予想できます。」  
「そうですねぇ。かなえさんとの『お付き合い』も長いですからねぇ」  
「なっ、そ、そういう意味ではっ、って、話をそらさないで下さい!」  
 ペースを乱されないよう、ことさらに冷たく言い返したのだが、『お付き合い』という言葉に、  
彼氏いない歴23年のかなえは逆上してしまった。  
 辻原。一勝目。  
 
「…私の病室に何の目的があっていらしたのかと聞いているのです。真芝の話は先ほど  
 終わったと思いますが?」  
「あぁ、そういうことでしたか。」  
 いつものように白々しいことこの上ない。  
「お見舞いです。」  
 
「…は?」  
「ですから、お見舞いです。」  
「……」  
「………」  
「…お忙しいところお見舞い頂きありがとうございました。他にご用件がありませんでしたら、  
 どうぞお引取りください。」  
 相手が優勢。しかし、いつまでも負けていられない。かなえは事務的な口調で冷静に対応する。  
 
「つれないですねぇ…ま、実は別の用事があるんですが。」  
 
(毎度毎度毎度…用件を聞き出すだけでも大変だわ…)  
 頭を抱えたくなるのをこらえて、事務的な口調で会話を続ける。  
「そうですか。それで?ご用事とは?」  
「かなえさんの寝顔を見ようと思って。」  
 
びしぃっ  
 一瞬眉間にしわがよる。  
(ぐっ…落ち着け…。OK、大丈夫、私は冷静。)  
 
「…女の寝巻き姿、まして寝顔を見るなどというのはいい趣味とは思えません。第一失礼で  
 は?」  
「そうかもしれませんねぇ…ですが、きっと魅力的だと思いますよ?かなちん。」  
 
ひくくっ  
「かなちんとっ!……くっ…コホン。…私は当分寝るつもりはありませんよ?」  
 幼い頃の呼び名『かなちん』に反応して激昂しかけたが、ギリギリでこらえた。しかし、  
こめかみの血管の脈動が自分でも感じられる。  
 
「では、それまで看病して待ちましょうか」  
「結構です!」  
 ついに抑えきれず声を荒げるかなえ。辻原2勝目。  
 
「まぁまぁそういわずに。りんごくらいは食べてもいいってことでしたよね〜」  
 いうや、手近にあったりんごを一個手に取り半分に切り分ける。抗議など聞く気がないらしい。  
また半分。更に半分。芯の部分をくり抜いて、皮をむき始める。  
むいた皮は薄すぎず。厚すぎず、まさにご家庭の正しいりんごむき。  
 
 うつむいてリンゴをむく辻原には、いつもの胡散臭さはなく、実に自然な、穏やかな笑顔をたたえている。  
(…りんごをむくのがそんなに楽しいのかしら…)  
ふと。先ほどの廊下でのやり取りを思い出す。  
 
「…それも、ですか?…」  
「え?」  
「我聞君に…」  
「あぁ。そうですね。…こういう日常には、みんな先代に拾われてからですね。」  
「そうですか…」  
「今考えればおかしなものです。食料がない場合の調達方法なんてのは知っていたのに、  
 炊飯器の使い方すら知らなかったんですから。」  
 
 辻原は手を止め、窓の外を見やる。  
 そこには光にあふれた木立。それを通して見える町並み。日常そのもの、「平和」という  
光景だ。  
 
「魚の解体法は知っていても、料理法なんて煮るか焼くか生か。その反動でしょうかね。  
 最近料理とが楽しくて。最近は鯖の味噌煮に凝ってます。いやぁ、なかなかに奥が深い。」  
「さばっ…」  
 かなえ渾身の作、『鯖の味噌煮と称するもの』を番司に無理やり詰め込んだ時  
(食えといったら拒否された)のこと。救急車で運ばれる番司を見送るさなえが大きくかつ  
深刻なため息をついていたのは記憶に新しい。  
 
(あれはあれで美味しいはずなんだけど)  
 もちろん自分では食べていない。辻原がそんな話を知っているとは思えないが、負けた気が  
する。辻原3勝目。  
 
 
 かなえが不幸な事故を思い返している間に、辻原はむきおわったりんごをフォークにさして  
いた。  
「はい、どうぞ。」  
「…」  
差し出されたりんごには、一部皮が残っている。別にむき忘れというわけではない。  
「うさぎです。かわいいでしょう?」  
にっこりと、心底楽しそうに差し出す辻原。  
(…こ、の、ひ、と、はぁぁぁっ!…)  
自分が上手くうさぎにできないということを差し引いても、遊ばれている気がする。  
 
(ん?…ひょっとしたら…こういうのがほんとに楽しいのかも…)  
辻原の屈託のない笑顔をみながらふと思いついた。  
 目の前のふざけた男は、真芝の実験部隊に長くいたという。それを差し引いたとしても、  
仙術使いをすら上回るかもしれぬ体術の技量。身に付けるには長く厳しい訓練の日々が  
あったはずだ。先ほどの話からみても、日常からは縁遠い育ちだろう。  
 
 この男の悪ふざけや、変に家庭的なところはひょっとしたら日常や平和と程遠かった  
過去を取り返している…そういった種類のものなのかもしれない。  
 
(…そういうことなら…付き合ってあげてもいいかもしれないわね…こういうのも)  
少し辻原という人間が分かったような気がするのと同時に胸の中に感じていた辻原への  
イライラが、ほぐれるのを感じる。  
 
「…いただきます。」  
 心のうちは顔にでるものだ。かなえは普段辻原に見せない、本当に穏やかな顔で微笑んで  
いた。  
(まぁ、こういうのも…)  
と思いつつ辻原の差し出すフォークに手をのばそうとしたとき。  
 
口元まですっとうさぎのほうが近づいてきた。  
辻原は変わらぬ笑顔でそのままかなえに食べさせようとする。  
 
「あーーーん」  
「な、!?」  
 思わずスウェーバックでかわすかなえ。  
「おや?食べてくださるのでは?」  
「じ、自分で食べられます!」  
「まぁそういわずに…怪我をされてるんですから。ね?」  
「いやです!!」  
(ゆ、油断も隙も…)  
「そうですか…しょうがありませんねぇ」  
 
辻原の目が真剣になる。完全に戦闘モードの目だ。  
「では、実力行使に出ることにしましょう」  
 
「なっ!?」  
 身の危険を感じとっさに周りを確認する。ベッド脇に、コーヒーの缶。しかし先ほど辻原が  
飲み干している。  
 窓のそばに花瓶。中には大目に水がある。しかし遠い。  
(間に合うかっ!?)  
 
 気を練り、水を呼ぶ。しかしさすがというべきか。辻原の方が速かった。水をつむごうとした  
かなえの両手を、頭の上で左腕一本で押さえつけたかと思うと、かなえの顔に自分の顔を  
近づける。  
(な、な、な、な!?)  
かなえの顔が赤い。火が出るように熱い。動けば、辻原の顔に当たってしまいそうなくらいの  
近距離。辻原の静かな息遣いが顔にかかるのを感じる。  
 
「…かなえさん。」  
「ちょ!?辻原さん!?…ち、近いです!顔!」  
(…な、なに!?真剣な目で…)  
ドキドキドキドキ…  
 
「キス。しましょうか。」  
普段の調子でさらりと。辻原は爆弾発言を投げ込んだ。  
 
(!!?!?!?!?!?)  
「な、な…むぐっ!?…」  
『なにを言っているんですか』と追求しようとして口を開いた瞬間。  
 
かなえの口がふさがれた。  
 
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!???!?!?)  
 
30cmほど向こうに笑っている辻原が見える。  
 
数秒経過。  
 
口に入っているのがりんご(うさぎさんVer)だとようやく認識する。  
 
(こ、の、お、と、こ、はぁぁぁぁぁぁ!!!)  
 
 怒り心頭で非難の声を上げる。  
「むぐ!!むぐむぐ…」  
「口に物を入れて話すのはどうかと思います。」  
 
「むが!」  
「だからといって吐き出すもどうかと。」  
 
「……」  
しゃくっ!  
半分ほど口に入ったりんご(うさぎさんVer)を噛み切って一気に飲み込もうとする。  
 
「あ、よく噛まないと内臓に悪いです。お医者さんも言ってましたよ?」  
 
「……!!!」  
しゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃり  
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ  
 
「おー速い速い。」  
にこにこと微笑みながら見守る辻原を上目遣いでにらみ据えながら、高速で咀嚼する。  
 
ごっくん。  
「一体!なにを考えてるんですかあなたはむぐ…!」  
 あっさりとりんごの残りを突っ込まれてまた沈黙する。  
 
 
「よく噛んでくださいね?」  
「!!!!!!!!」  
しゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃりしゃり  
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ  
 
(!!!!!!!!!!!!!!!!!!)  
 視線で人を殺せるとしたら、辻原は多分3回は死んでいるだろう。  
それどころか、かなえは口の中のりんごを辻原だと思って噛んでいるふしさえある。  
その証拠に咀嚼が速いだけでなく、やたら力強い。にらみすぎで目が乾いたのかちょっと涙目。  
 
ごくんっ  
「つじは…」  
『らさん!』と続けようとしたが、それに辻原の穏やかな声が重なる。  
 
「もう一個。いかがです?」  
にこにこと。穏やかに微笑んで。りんごを差し出す辻原。  
 
(…………はぁぁぁぁぁ…)  
邪気を感じない辻原にいちいち怒っている自分の方が馬鹿みたいに思えてきた。  
 
「…いただきます…」  
「はい。」  
にこにこと笑いながらかなえの口元に手で摘んだりんごを差し出す辻原。  
 
「…やっぱりやるんですか…それ…」  
「あーーん」  
にこにこにこ  
 
「自分で食べられますからっ」  
「あーーーーん」  
にこにこにこにこ  
 
「……」  
「あーーーーーん」  
にこにこにこにこにこ  
 
「あ…あーん」  
根負けした。顔が熱い。顔面で目玉焼きができるのではないかというくらい熱い。  
 
「もっと大きく開けてくれないとはいりませんよ?」  
 
「…あぁーーーーーん」  
しゃくっ、しゃり、しゃり…  
少しヤケ気味に口をあけて、今度は落ち着いて噛み締める。  
 
りんごよりも赤くなった顔で、上目遣いに辻原を見ながらりんごを噛む。  
口元を不満そうに、拗ねたように尖らせるかなえの目は、辻原と同じように、  
穏やかに笑っていた。  
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  
「で?かなえの病室はどこだい。」  
「そ、その先…角…」  
 かなえと我聞の見舞いということで、上京してきたさなえと、さなえに出会い頭に、  
「この未熟もんが!!」とたこ殴りにされた番司である。  
 さなえとしては、やはりかわいい孫が二人とも怪我はあるものの無事だったということで、  
一種の愛情表現かもしれない。  
 
 (…俺が入院したい…)  
「なんかいったかい?」  
「い、いや、何も。あ、ここだぜ。姉ちゃんの病室は。」  
「そうかい。」  
 
がらりっ!っと勢いよく戸をあけてから。  
「邪魔するよ。」  
いつものようにずかずかと病室に入り込んだ。  
 
「あーーん♪」  
楽しげに食べさせている辻原。  
「あーーん♪」  
顔を赤らめながらもおとなしく食べさせられているかなえ。  
 
 
…タイミングばっちりだったらしい。  
 
 
『ザ・ワールド!時は止まる!!』  
 
 
…………………………………………  
 
『そして…時は動き出す。』  
 
 
「………邪魔したね。」  
ガラガラぴしゃんっ  
 
『…』  
 
「ばーーーちゃん!これはっちがうと!!!!!!ばぁーーーちゃん!!」  
 
5分ほど後、鎮静剤をもった医師が病室に呼ばれたとか何とか。  
 

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