夜、桃子・A・ラインフォードは悩んでいた。
「どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしようっ」
上手く考えがまとまらないのか、焦りを隠さずに口にする。
仮住まいとして貸されている部屋の中を、ぐるぐる、ぐるぐると行ったり来たり。
「――おいおい、一体どうしたってんだ。
さっきから部屋ん中うろうろしてよ」
テーブルの上で充電中のメカキノコ、“キノピー”が声をかける。
口調に多少呆れが混じっているのは、きっと桃子の悩みを予測しているからだろう。
「“どうした”って、決まってるじゃない! ガモンのことっ!!」
――ああ、やっぱりな。
キノコは心の中――否、知能回路内で呟いた。
ガモンと出会ってからここ数日、桃子が口を開けばガモン、ガモン。
とりわけ明日には九州へ出立ともなれば、“この娘は絶対に何かやる”とキノコは確信していた。
「ああもう、余計なこと言わなきゃ良かった!
自覚がないならそのままにして置けば良かったのにっ」
「……話が一向に見えてこないんだが」
「だいたいずるいわよ。なんでガモンと一緒にいられないの?
こんなの罠よ、陰謀よ、どこかの誰かが意地悪してるのよっ」
「そうは言っても、仕方ない――」
「――このままじゃダメ。このまま九州になんか行ったら、絶対ダメっ」
「…………」
「どうしたらいいのよー!」
――いや、もう、なんかどうでもいいんだが。
話を全く聞いてない造物主に対し、結構本気で呆れ返ってるメカ一体。
一瞬、漏電電流でスタンさせてやろうか、などと物騒なことまで考える。
どうなってんだこの人工知能。
しかし、半ば本気で自分の体の絶縁の弱い所を探し始めた彼は、すぐにその考えを改めた。
見ればうつむき、寂しそうにする桃子の姿がそこにある。
「どうしよう、キノピー。
このままじゃガモン、私のこと忘れちゃうよ……」
消沈する桃子を見て、キノコは悟る。
考えてみれば、この年になるまで桃子はちゃんとした友人というものをもったことがなかった。
だから、これが友達との初めての別れなのだと。
思えばこの数日間、桃子は必死につなぎとめようとしていたのかもしれない。
離れても、決して失わないように。
目に見えない、友達との絆と言うものを。
けれどそれは目に見えないが故に、ひどく頼りない糸のようなものだ。
さらにはそれが憎からず想っている相手なのだから、桃子の不安はいかばかりのものか。
「桃子……大丈夫だ」
自称保護者。
キノコはできるだけ優しく、力強い口調で語りかけた。
「あいつがそんな薄情なヤツなもんか。
それに、これが最後ってワケじゃないだろうよ。
なんだかんだ言ったって、九州とこっち、会おうと思えば会えない距離じゃねえ」
「…………」
「心配スンナ! あの朴念仁がそう簡単に誰かとくっつきゃしねえって!
向こうに行って女を磨いて、次に会うとき驚かせてやれ!!」
できる限り明るく励ましてやる。
本当に人工知能かと思うほどの声援だった。
キノコの言葉の後、桃子はゆっくりと顔を上げる。
うし、なんとかなった、とキノコが思った次の瞬間。
「そう――そうよ」
まるでどこかから這い上がってきたかのような声で桃子が呟く。
「…………桃子?」
キノコはそこに含まれる、微妙な声音に疑問を抱いた。
「待ってるだけじゃなんにもならない。
このままでダメなら――このままで終わらないようにすればいいのよ!」
「お、おい?」
「まだまだ夜は始まったばかり! 明日まで時間がないわけじゃないっ!!
一分一秒が勝利の要! ガモンの部屋に、いざ、トッカンっっ!!」
「―ーまたんかこらっ!! どこをどうしたらそんな話になった!!?」
「あ、ゴメン、キノピー。考え事してたから。……何か言った?」
コテン、とキノコが倒れこむ。
「キノピー? 何してるのよ。遊んでる暇ないわよ。
ガモンの部屋に行くんだから」
むんず、とボディを掴みあげる自らのマスターに、キノコは思った。
――ああ、もいーや、どーだって。
逃れようにも逃れられず、達観したように目を細める。
手のひらサイズの小さな彼に、この後の騒動を避ける術はありはしない。
彼にできることと言えば、小さな声で祈るだけ。
「どーか被害が小さくすみますよーに」
祈りは誰かに届くのだろうか。
そんなことを考えながら、とりあえず、
再度絶縁の弱い部分を調べはじめるキノコであった――。