それは、真柴第3研強襲前。  
 母の遺影の前で、果歩は陽菜にその胸の内を吐露していた。  
 
「――お兄ちゃんまで帰ってこなかったらあたし……  
 もうどうしたらいいかわかんない……!!」  
 
「果歩!!」  
 
「――っ」  
 
 陽菜が思わず果歩を抱きとめようとしたところに、現れたのは当の我聞だった。  
 突然のことに陽菜の動きは途中で止まる。  
 それに気づいているのかいないのか、我聞は果歩に近づくと、そのまま彼女を抱き締めた。  
 
「大丈夫、大丈夫だ。オレは絶対帰ってくる」  
 
「……お兄ちゃん……」  
 
「社長……」  
 
 陽菜の見守る前で、我聞は優しく果歩を撫でる。  
 一瞬、その感覚に流されそうになった果歩は、しかしそれでも言葉を募った。  
 
「でも、そんな事言って、お父さんも――」  
 
「む。なんだ、果歩はオレのことが信じられないのか?」  
 
 声と、その手の優しさ、そしてそれとは逆に抱き締める腕の力強さ。  
 頬を寄せれば、長く触れていなかったその胸板に、兄がたくましく成長していることを実感する。  
 
「……そんなことない。そんなこと、ないけど」  
 
「心配性だな。大丈夫だって。  
 ほら、今回は國生さんだって一緒に行くんだし」  
 
「…………」  
 
 我聞の胸に抱かれながら、果歩が陽菜に目をやると、陽菜は微笑みながら頷いた。  
 
「オレは一人で行くんじゃない。  
 絶対に家に戻ってこれる。  
 だから、果歩。もう泣くな。  
 ……笑って送り出してくれよ」  
 
「――――」  
 
 確かに感じる温もり。果歩はしばらく目を閉じる。  
 やがて、ごしごしと顔を我聞のシャツに擦り付けると、無理矢理に作った笑顔で我聞を見上げた。  
 
「いって、らっしゃい。……待ってるからね。お兄ちゃん」  
 
「ああ! 行って来る!」  
 
 
 そして、数日後。  
 仕事に向かった我聞は、危うい状態になりながらも生還。  
 我聞の暴走は陽菜によって止められ、第三研は壊滅。  
 父親の消息など厄介な問題を抱えつつも、とりあえずはひと段落。  
 また、工具楽家に平和な日々が戻ってきていた――。  
 
 
 工具楽屋、会議室――GHK会議。  
 
「――私は思うんです。  
 お兄ちゃんと陽菜さんをくっつけるのは、もう少し待ってもいいんじゃないかと」  
 
 突然の提案は、果歩のものだった。  
 
「いきなり何を大姉上」  
 
「GHKは、くっつけるための組織でしょ」  
 
「せんべ、おかわり!」  
 
 GHKメンバー三者三様の反応に、一部の発言を無視して果歩は続ける。  
 とりわけ最後のやつ。  
 
「そうその通り。我々GHKは2人をくっつけるべく活動しています。  
 ですが正直な話――もっといい人がいればそっちでもいいかー、とか思ってました!  
 場合によっては優さんでもいいかと!」  
 
「それはごめんこうむる」  
 
「だがしかし!!」  
 
 ぐっとこぶしを固めて、彼女は言い切った。  
 
「私はもう、他の人にお兄ちゃんを渡すのはイヤなんです!!」  
 
「わー自分勝手ー」  
 
「というか、いいのかそれー」  
 
「私を抱き締めて、慰めてくれたお兄ちゃん。  
 あんないい兄、そう簡単にあげません!」  
 
 きらきらと、恋する乙女よろしく星を背負う果歩。  
 周りの野次にも負けはしない。  
 今の彼女にそんな声は聞こえてない。  
 
「もはや迷いなし!  
 お兄ちゃんを繋ぎ止めるためなら、犯罪的な行為も辞さない覚悟デース!!」  
 
「「「おおっ」」」  
 
「GHKは本日をもって休止! かわりにSOWの発足を宣言します!!」  
 
 高らかにそう告げた果歩は、これ以上なく輝いていた。  
 ちなみに、SOWとは、(S)そう簡単に(O)お兄ちゃんは(W)渡さないぞ委員会の略である。  
 
 こうしてなんだか間違った方向に物語は歪みつつ、それでも日々は楽しげに過ぎていく。  
 この後、我聞と絆を深めていく陽菜や金髪美少女の登場で、周りを巻き込むどたばたが繰り広げられるの  
だが、それは別のお話――。  
 
 
 
 ……なお、GHKは休止したにも関わらず、某女史の  
 
「そっちの方がおもしろそうだしー」  
 
 の一声で、有志三名による密かな活動が行われたことを追記しておく。  
 

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