『ありがとう』  
 
夜、午後十一時。  
「ん・・・」  
いつの間にか眠ってしまっていた私は、目を覚ました。  
周りを見回すと、そこは病室だった。見慣れた自宅の風景じゃない。  
「あ、そうか・・」  
私はすぐに思い出した。お兄ちゃんが仕事先で倒れたって聞いて、  
急いで珠と斗馬を連れてこの病院に来たんだ。それで、  
お兄ちゃんがいるこの病室に駆けつけたら、そこには陽菜さんや  
辻原さんや他の仙術使いの人たちもいて・・。  
 そうだ。陽菜さん達が帰った後、私たちはこの病室に泊めてもらったんだ。  
隣を見ると、珠と斗馬が静かに寝息をたてていた。お兄ちゃんが寝てるベッドを  
見ると、そこにはお兄ちゃんがいなかった。きっとトイレにでも行ったのだろう。  
 「良かった・・」  
私は安心して微笑んだ。お兄ちゃんは帰ってきてくれた。陽菜さんと「ゆびきり」した  
通り、陽菜さんはお兄ちゃんを連れて帰ってきてくれた。  
 
  私は、お兄ちゃんが寝ていたべッドの傍に立った。  
「お兄ちゃん・・・」そう呟いた私は、お兄ちゃんの枕を抱きしめていた。  
枕は少し汗臭かったが、そんなことは気にならなかった。  
あのハチマキ男を救出するために、お兄ちゃんが海外へ行くと聞いて、  
私は怖くなった。どうしようもないくらい怖くて、体が震えた。  
 
いなくなっちゃう。お兄ちゃんまで、いなくなっちゃう。  
何があっても、ずっと私たちの傍にいてくれたお兄ちゃんが、いなくなっちゃう。  
不安と恐怖で取り乱した私は、陽菜さんに泣いてすがった。  
その時、陽菜さんは、私を優しく抱きしめて、安心させてくれた。  
 
 私は、陽菜さんが好きだ。お兄ちゃんのお嫁さんになってほしいとまで  
考えてる。GHKだって、その為に作ったんだから。  
                
でも・・・。私は、自分の中にある想いに、気づいていた。  
お兄ちゃんを連れていかないで、と泣きじゃくったあの時、私は  
お兄ちゃんが、兄妹の「好き」とは別の意味で「好き」なんだ、と  
気づいた。それから・・。  
 
私は、枕をだきしめたまま、上着のすそからブラの中へと  
片手を差し込んで、自分の乳房を直に揉んでいた。  
私は自分のうすい胸がコンプレックスになっているけれど、これから成長するから大丈夫!  
・・・と自分で自分に言い聞かせている。  
珠と斗馬は相変わらず熟睡している。起きる様子は無い。  
 
「んっ・・・はあっ・・」  
体が熱くなる。私は喘ぎながら、乳房を揉んでいた手を、次はスカートの中に  
這わせた。  
「あうっ・・」  
更に体が熱くなる。濡れてきた。そうだ、私はお兄ちゃんが陽菜さん達と一緒に家を出た  
後、毎晩こうして自分を慰めていたんだ。お兄ちゃんへの想いを抑えられなく  
なりそうになる自分を、そしてお兄ちゃんを失いたくないと願う自分を。  
 
「ふっ・・はっ・・!」私は喘ぎ続けた。  
もう少し。私がそう感じた時、突然病室のドアが開いた。  
 
「・・・っ!」  
声にならない悲鳴をあげた私は、あわてて枕をベッドの上に戻し、  
服の乱れを直した。 開いたドアの方を見ると、そこにはお兄ちゃんが  
立っていた。  
 「何やってんだ、果歩?」 お兄ちゃんは寝ぼけ眼で私に訊いてきた。  
 「なっ、何でもないわよっ!ノックぐらいしてよね!」驚きと恥ずかしさで  
私は顔を真っ赤にしながら叫ぶように言った。  
 
 「・・ここ、オレの病室だぞ」私の理不尽な言葉にたじろぐようにして  
お兄ちゃんは言った。どうやら、私が何をしていたのか、には気づかなかったらしい。  
内心で、安心して胸を撫で下ろしながら、私は病室を出ようとした。  
「どこ行くんだ、果歩?」お兄ちゃんが不思議そうに訊いた。  
 「トイレ」私は動揺を悟られまいと、短くつっけんどんに答えた。  
「そっか」お兄ちゃんもそう短く言うと、ベッドに横になった。  
さすが、お兄ちゃん。鈍さにかけては天下一品。何も気づいてないみたい。  
 
・・・。私はお兄ちゃんの方を振り返った。そして言った。  
「お兄ちゃん!」  
「ん?」お兄ちゃんも私の方を見て、怪訝な表情をして言った。  
 
「あ・・・」ありがとう。 帰ってきてくれて、ありがとう。  
私はそう言おうとした。私たちのお兄ちゃんに。  
でも、私の中の何かが邪魔をした。  
「明日になったら退院できるんでしょ? もうこれ以上陽菜さん達に  
苦労かけないでよね!」  
・・・やっちゃった。私は心の中でため息をついた。  
「おう!」お兄ちゃんは、私の気持ちも知らずにガッツポーズをとって元気に答えた。  
 
病室を出た私は、ドアを静かに閉めた。ここでなら、言える。  
「ありがとう」  
私は、お兄ちゃんと珠と斗馬が寝ている病室のドアに向かって、  
小さな声で言った。  
 
いつか、私の本当の想いをお兄ちゃんに伝える事ができたら・・・。  
その時は・・・。  
 
私は、両手を胸の前で組み、静かに目を閉じた。  
 

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