「開いてる…」  
社長の家の玄関先で私はつぶやいた。  
 夕食のおかずをを作りすぎたといって、果歩さんから肉じゃがを分けてもらったのが昨日のこと。  
肉じゃがを入れていた食器を返しに行く事を果歩さんに電話したのが30分ほど前。  
その時は確かに社長の家には果歩さんも、珠さんたちもいらっしゃったはずなのだが、  
今はドアベルを鳴らしても、扉を叩いても応答なし。  
 何の気なしにドアに手をかけてみたところ、あっさりと開いてしまった。  
 「無用心ですね…」  
頭が痛い…思わずこめかみに指を当てる。  
しかし、果歩さんが鍵をかけ忘れるというのは考えにくいのだが。社長ならばともかく。  
他人の家とはいっても、慣れ親しんだ社長宅。泥棒でも入ると困るので、とりあえず上がら  
せてもらって、誰かいないかを確認してみよう。…盗られるような物が果たしてあるかという  
疑問がふと頭をよぎったが、この際考えないことにする。  
 
「どなたかいらっしゃいませんか?」  
声を掛けながら家にあがった。なんとなく、人の気配は感じるが、やはり返事はない。  
…空き巣が入っていたとしたら、一人ではいったのは軽率だったか。  
 
と、中庭に面した縁側に出た時だった。  
「?!社長っ!?」  
そこには仰向けに横になった社長の姿があった。  
一瞬社長の身に何かあったのかと思い、急いで駆け寄る。  
「…すかぁーーー」  
…安らかな寝息だ。…寝ている。  
「ふぅ…」  
 思わずため息が出る。安堵半分、諦め半分というところだろうか。  
…ため息つくと…幸せが逃げるっていいますね…だとしたら社長のお陰でいくつ逃げて  
いったんでしょうか。幸せ…あ。またこめかみに指が…  
 
 とりとめもないことを考えながら社長の横に座って顔を覗き込む。仕事、特に本業の時に、  
ごく稀に見せる男らしい姿とも、普段の朗らかな顔ともちがう、子どものようなあどけない顔。  
そういえば、最近、真芝や先代の件もあって、ずっと張り詰めていた。  
 
「社長。こんなところで寝ていたら…体が痛くなります。」  
聞こえていないだろうとは思いながら、口にしてみる。でも、こんなに気持ちよく寝ているのを  
起こすのも…  
「…しょうがありませんね…」  
そっと社長の頭を持ち上げて、正座した脚の上に置く。下を向くとさかさまになった社長の顔が見える。  
 「こうしていると…社長。かわいいですね」  
 
その頃工具楽屋社員寮の一室。  
窓には黒いカーテン。電気はつけずローソクの明かりの下。4人の人間がモニターを食い入るように見ていた。  
訂正。見ているのは二人。残り二人は後ろでひまそーにしている。  
 「おおお!はるるん!頬を赤らめながら膝枕だなんてだいたーんっ!かむひぁっ!」  
 「意味不明ですよ優さん。…しっかし思った以上に事がうまく進んでいますね…」  
 『うふふふふふふ…』  
 「姉上〜お腹すいたでござるよ。」  
 「おなかすいたー!」  
 「うるさい。そこらのカップ麺でもすすってなさい」  
 「いや果歩ちゃんそれ私の…」  
 
 私の脚の上にある、逆さまの社長の顔。幸せそうだ。  
思えば、先代が失踪してからというもの、不器用だけど、一生懸命頑張っているのを見てきた。  
 
「…そうですね。今だけでもゆっくりと…」  
「うぅーん…Zzzz」  
「ふふ……」  
かわいい。人の寝顔というのは可愛いものなのだろうか。それとも社長が特別なのか。  
 
「しゃ、ちょ、う。風邪、ひき、ます、よ?」  
つん つん つん。つん、つん、つん、つん。  
よだれをたらして寝ている社長のほおを、よだれが垂れているところを避けつつつついてみる。  
 
「むーーー」  
ごろんっ さわさわっ  
「ひゃんっ?」  
 寝返りをうってうつ伏せになった社長は、顔を私の太腿に擦りつけている。  
その片方の手が…私のお尻をさわっていた。  
さわさわさわ…  
あまつさえ撫で回しているようでもある。  
「(…ん…冷静に…冷静に。わざとじゃないんだから…)」  
「んー…」  
悪気はないんだからと、自分を冷静に保とうと自己暗示をかけていると  
ぎゅっ  
「○×△!?」  
そのまま社長が私の腰をぎゅっと抱きしめる。  
「あ、あの…社長?」  
「すかーぴー」  
「…寝て…るんですよね?」  
 
抱きしめた時に、社長の体が少しずり上がっている。つまり、私の股間に、社長の鼻が  
ぐりぐりと押し付けられていて、さっきはお尻を触っていただけの手がむにゅっと握るような状態。  
 
ぎゅ…ぐりぐり…  
「んっ」  
なんだろう…社長に触られているところが熱い。お尻と…特に脚の付け根。  
 
「うーん…」  
社長がまた顔を擦り付ける。  
「んっ…ゃん…」  
大きな声は出せない。社長がおきてしまう。  
「(あ。濡れてる…)」  
自分の身体に起きている変化を悟ってしまった。社長の寝汗の匂いに、私の濡れた場所の  
匂いが混ざって漂って来る気がする。  
 
「すぅぅぅぅ…ふぅぅぅぅ…」  
「(あ、そんなに息を吸い込んでは…)」  
…きっと、社長がおきていたら、私の匂いに気づいてしまうに違いない。  
そう思うと、一層、頬とあそこが熱くなっていくのを感じた。  
 
 社長の息が布越しにそこにかかっているような気がしてくる…  
 
一方とある部屋。  
「我聞君、寝返りうって、さぁどうする!はるるん!ってああああ!受信機が!こわれたぁぁぁ!!!!」  
「あんた達なんでラーメンこぼすのよ!大体なんでラーメンなんか食ってるかなぁっ!」  
「だってさっき姉上が…」  
「問答無用!!」  
『いたいいたいいたたたたたたた!!!!!』  
「あぁぁぁぁぁぁぁ…高かったのにぃ…」  
 
「んぁ?」  
「おはようございます。社長。」  
「あぁ國生さんおはよう。…この座布団、国生さんが持ってきてくれたのか?」  
「はい。そのままだと体が痛くなると思いましたので。座布団を入れさせていただきました。  
 起こしてしまいましたか?」  
膝枕のことはなかったことにして、無難な答えをしておく。  
「いや、そうか。ありがとう。…なんかあごとクビが痛いな…」  
「そんな格好で寝ているからです。」  
 
 あの時、変な気持ちになってしまいそうだったので、とっさに立ち上がってしまった私が、  
社長の頭をごちんと、あごから床に落としてしまった…などという事実も闇に葬る。  
変な方向に首が曲がっていたので、ビックリして逆に戻したら、社長が「ぎゃひ」とか何とか  
変な声を出して呼吸を止めていた…ということもついでに闇に葬る。  
 
「ん?國生さん、俺の顔。なんかついてるか?」  
「え?え、えぇ、いえ、特に社長に異常がないんでしたらいいんです。」  
「ふーん。国生さん、顔赤くないか?風邪でも引いたんじゃないか?気をつけないと。」  
「は、はい。ありがとうございます」  
「ん?くんくん…」  
「社長?どうかなさいましたか?」  
「いや、國生さん?なんか香水でもつけてる?なんかいい匂いが…」  
「私は香水などつけませんので。気のせいです。」  
「いやでも…」  
「気のせいです。」  
「いやでもたしかに」  
「気 の せ い で す 。」  
「…ハイ」  
…なんでこんなところだけ鋭いんだろう。実際に香水なんてつけていてもぜんぜん  
気付かなかったのに。  
 
『ただいまー』  
「お、お帰り」  
「あ、お帰りなさい。皆さん、どこにいかれてたんですか?」  
「実はGH…むぎゅ」  
「あぁいえ、ちょっと。あ、これからご飯にするんですけど、陽菜さんもご一緒にどうですか?」  
「え、いえ私は…」  
 
結局、社長と果歩さんの勧めをことわって帰宅した。  
…下着と、私の欲求の始末をしないとご飯なんて一緒に食べられない。  
 
夕食後の工具楽家電話口にて。  
「今回の作戦は一応の成功を見たようです。陽菜さんは明らかに朴念仁を意識していました。」  
『そうねー。あのあとどうなったのかわからないのが残念だけど…』  
「うちの馬鹿が馬鹿なことをしなければ…」  
(姉上!重い!どけてくだされっ!)  
『ま、次なる作戦を考えようかなー。』  
「ええ。薄胸にはわたしませんっ」  
(うぎゃぁぁぁぁぁぁ…)  
 
後日  
「優さん…この電波受信機、この間も買いましたよね?」  
「え、あぁ、ほら、不慮の事故というかなんというか…」  
「…安くはない値段なんですが。」  
「あー、えーっと」  
「壊れた理由が説明いただけないんでしたら…」  
「あああああああ!給料天引きはやめておくんなさいお代官様ぁぁぁぁぁぁぁ…」  
 

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