「次回の"パターンG"についての実験ですが、先ほど言った条件でよろしいでしょうか、真矢さま?」
気だるい夏の夕下がり、入り口のドアの前で先週雇ったばかりの秘書が無感情な声で聞いてくる。
私は天井をうろうろと彷徨わせていたやる気のない視線を、その秘書へと向けた。
夕方になり、気温も下がっているとはいえ、紺のスーツを隙もなく着こなす秘書。
名前なんだっけな…
そんな私の思考を見透かすかの様に、秘書は眼鏡越しに冷ややかな視線を送ってくる。
「あ〜、まあ、いいんじゃないの」
眠そうな声で答える。実際に眠かった。
そんな状態で報告されたって、聞いている訳がない。
結果として、返す言葉もやる気のないものになる。
それよりも、この秘書の名前が思い出せない。
というか、私は彼女の名前を聞いたっけか?
…それすらも思い出せない。
まあ、名前なんてどうでもいい。様は中身だ。
その点、彼女はよくやってくれていると思う。
まだ一週間しか接していないが、頭は切れるし、細かい事にも気が付く。
多少、取っ付き辛い所が不満だが、まあ許容範囲内だ。
そして何より、見た目がいい。
…たった今、中身が大事みたいな事を言った気がするが、気にしない事にした。
同じ位使えるのなら、見た目がいい方がいいに決まっている。
私はその秘書の姿を、舐めるような視線で愛でる。
彼女は私の視線を無視して続ける。
「それと、これは先ほど入った情報なのですが、第5研の廃止が正式に決定いたしました」
第5研…ああ、桃ちゃんのいる所か。
「廃止ってゆーか、切り捨てでしょう。それにしても早くない?」
少しだけ眠気が覚めた。
あそこの所長の桃ちゃんは、私の事を『お姉さま』といって良く懐いている。
切り捨てか…桃ちゃんも可愛そうに。
…桃ちゃんの本名なんだっけな…まあ、いいや。
「第5研はいままでロクに成果を出していません。ですが研究費は全研究所の中で一番です。
前々から廃止の候補に挙がっていましたが、今回、命令違反が発覚しました。
無断でこわしやと接触した模様です。現在、凪原氏が制裁に乗り出しています」
命令違反ねぇ…
本人はその気はないんでしょうけど、ちょっと立ち回りが下手過ぎたわね。
凪原君が乗り出しているとなると、今頃、この世にはいないかしら…
私はため息をついた。
「あのバカさまの第8研はどうなってるの? 命令違反の上、『こわしや』に負け続きだと聞いたけど」
むしろ切り捨てるなら、そっちをやってもらいたい。
「第8研の開発したパワードスーツは、実験配備が行われる事が決定しています。
第8研の今後は、その結果次第と思われます」
私はまたため息を吐いた。
もったいない。
桃ちゃんはあと2年もすれば、すごい美人になっただろう。
…その時まで手をつけないでおこうと思ったのは、間違いだったようだ。
こんなことなら、さっさと食べてしまえば良かった。
というか、殺すくらいなら私に頂戴、と凪原君には言いたい。
結果としては同じなのだから、それでもいいと思うのだけど。
しかし、『こわしや』か…
クグラ…だったかな。
やっぱり名前は出てこないが、あの秘書の女の子はすごくイイ。
ちょうど食べ頃だし、なによりも瞳がいい。
あの冷静な瞳が壊れる瞬間を見たい。
どんな声で鳴いてくれるのだろうか。どの位耐えてくれるのだろうか。
…ああ、考えただけでゾクゾクする。
「報告は以上です。何かありますでしょうか?」
秘書は私の思考に気付く様子も無く、やはり無感情に問いかけてくる。
「特に無いわ」
思考を中断された事を少し恨めしく思いながらも、そんな事は表に出さず、私は答える。
「それでは、私はこれで」
「ああ、ちょっと待って」
後ろを向いた彼女に声をかける、私。
「なんでしょうか?」
振り向いた彼女は訝しげに聞いてくる。
「今日の夜に秘密の会合があるのよ。それにあなたも参加してもらいたいのだけど」
「…分かりました。それでは夜にまた伺います」
彼女は少しだけ逡巡したあと、私に言った。
そして去ってゆく彼女。
…彼女はどんな声で鳴いてくれるのかしら。
さて、夜までに新しい秘書を探しましょうか。