「あーーーーーーーっ!」 
「!?」 
私は目の前の、気の抜けた男の顔をまじまじと見る。 
…確かに見覚えがあった。 
それは、数日前に写真で見た顔とまったく同じだったのだ。 
…と、言う事は… 
「あ、あなたが、工具楽我聞…なの?」 
「ん、オレの事知ってるのか?」 
訝しげな表情を見せる我門。 
な、何をしてるのよ、私は! 
初対面の、それもターゲット本人に語りかけてどーするの! 
私は慌てて、言い訳を考える。 
「あ、え、えーと、あなたを退治に…じゃなかった。えーと、その…そう、あなたに頼み事があったのよ!」 
「オレに頼みごと?」 
「そ、そうなのよ」 
さ、さすが私。完璧な言い訳だわ。 
天才美少女、桃子・A・ラインフォードにできない事なんてないのよ! 
「で、オレに頼み事って…何?」 
「え、えーと…」 
唸れ、私のピンクの脳細胞! 
「と、とりあえず、ここで話すのも何だし、場所を変えない?」 
「? まあ、いいけど…」 
そして、10分後。 
私と工具楽我聞は、近くの喫茶店に場所を移していた。 
ウェイターに適当にコーヒーを二つ注文して、窓際の席に向かい合って座る二人。 
…な、何なの、このシチュエーションは…… 
「…あー、そのー、学校があるから手短にお願いな」 
そう言うと、困ったように頭を掻く我聞。 
「べ、別に迷惑だったら、付いてこなくても良かったのに…」 
ターゲットと向かい合ってコーヒーを飲んでいるこの状況に、ちょっとパニックになりかけてる私。 
な、何でコイツは怪しがる素振りも見せないで、のこのこ付いてきてるのよ! 
あー、もう、オリマーもジィルも大事な時にいないし! 
これだから、低能な連中はイヤなのよー! 
「………」 
ふと気付くと、我聞が私の方を見ていた。 
「な、何よ!」 
「い、いや、誘ったのはそっちなんだが…」 
「さ、誘ったって…、い、いやらしい事考えてないでしょうね!」 
「…はあ?」 
お、落ち着け、私。 
私は心の中で深呼吸すると、冷静を装って問いかける。 
「な、なんで付いてきたのよ。学校があるんだったら、そっちに行けばいいじゃない」 
「あー、まあ、確かに単位とか成績とかヤバイんだけどなー」 
そう言って、ぼりぼりと頭を掻く我聞。 
「でも、オレを頼ってきた人を無視するなんて、出来ないからな」 
「っ……」 
……こいつ…… 
「ん? どうした?」 
「な、何でもないわよ!」 
私は我聞の顔から、慌てて視線を外す。 
…ちょっとカッコいいと思ってしまうなんて…不覚。 
不思議そうな顔をしながらも、我聞はそれ以上聞こうとはしなかった。 
私は自分のペースを取り戻そうと、注文したアイスコーヒーを一口飲む。 
我聞も自分のコーヒーへと手を伸ばした。 
「………」 
「………」 
しばしの静寂。 
…う…気まずい… 
それは相手も同じだったのだろう。 
先に静寂を破ったのは我聞の方だった。 
「…で、頼み事って何なんだ?」 
「う、そ、それは…」 
い、いきなりピンポイントにきたわね… 
だけど…『あなたを退治にきました』…なんて、言えるわけないじゃない! 
私は手の中の動かなくなったキノピーに視線を移す。 
壊れてはいないみたいだけど、蹴られたショックで電源が落ちてしまったようだ。 
あー、もう、いつもは偉そうな事言ってるくせに、こういうときは何も言ってくれないし! 
ちょっとは、根性見せなさい、根性! 
「…それ、お前が作ったのか?」 
キノピーに根性デコピンをしていると、我門が私の手の中のキノピーを見つめながら聞いてくる。 
「そ、そうよ」 
「…ふーん」 
そう言うと、我聞はテーブルの上に身体を乗り出して、キノピーを覗き込む。 
我聞の顔が急に近づいてきた事に、どぎまぎしてしまう私。 
「な、何よ!」 
「大事そうに抱えてるけど…それ、お前の友達か?」 
そんな私の様子に気付く事もなく、問いを放つ我聞。 
 
 『こんなモンしか友達いねーの?』 
 『だめだぜー? ちゃんと人間の友達作んなきゃー』 
 
その問いに、さっきのフリョーの言った言葉を思い出し、私は身を硬くする。 
…ふ、ふん。バカにするならすればいいじゃない! 
「そ、そうよ。それが何か文句あるの?」 
私は涙目になりそうになるのを必死でこらえ、気丈に言い放つ。 
「いや、別に文句ってわけではないが…友達は大事にしろよ」 
「…えっ!?」 
予想外の言葉に、私は顔をあげて我聞を見た。 
気付くと、我聞の顔がすぐ目の前にあり、私は驚いて大げさに仰け反る。 
「お前を助けようとしてたしな。いいヤツじゃないか。大事にしろよ」 
屈託のない笑顔で私に語りかける、我聞。 
 
キュン☆ 
 
………って、な、何でこんなに心臓がドキドキしてるのよ、私! 
お、落ち着け、落ち着くのよ、桃子・A・ラインフォード! 
「わ、私、トイレに行ってくる!」 
そう言うと、慌てて席を立つ。 
真っ赤になった顔を見られたくなかった。 
「あ、おいっ!」 
我聞が後ろから何か言うが、私は無視して歩き出す。 
と、その瞬間。 
「きゃっ!」 
何かにぶつかって、悲鳴をあげる私。 
その視線の先には、コーヒーのお代りを持ってきたウェイターがいた。 
バランスを崩した私は、そのまま後ろへと倒れこむ。 
ヤバイ、後ろにはテーブルが…! 
私は次に来るであろう衝撃に身構えるために、目を閉じて、身体を丸めた。 
 
………あれ? 
 
だが、予想していた衝撃はなく、私は空中で斜めになった体勢で止まっていた。 
「だ、大丈夫か!」 
我聞の声が上から聞こえた。 
「………?」 
私は目を開ける。 
目の前に我聞の顔があった。 
「………!」 
そして、我聞が私の身体を抱きかかえている事に気付く。 
「き、きゃぁああっ!」 
いきなりの事に、思わず叫んでしまう私。 
そして我聞の手を振り払うと、後ずさって距離を取る。 
わ、私としたことが、何たる失態を… 
「お、お客様、申し訳ありません!」 
ウェイターが謝ってくる。 
気付くと、私の白衣にはコーヒーで出来たと思われる、こげ茶色の染みが出来ていた。 
「…だから、声かけたのに…」 
我聞はそう呟きながら、落ちて割れたコーヒーポッドを片付け始める。 
 
 『あ、おいっ!』 
 
…さっきの言葉は、この事を教えるために… 
ウェイターと一緒にガラスの破片を片付けている我聞。 
その右手の甲にできた赤い擦り傷に、私は気付く。 
「……その傷…」 
さっきまでなかったのに… 
「…ああ、これか。かすり傷だ、問題ない」 
我聞は右腕を軽くあげて、私に答える。 
私はテーブルに目を移す。 
コーヒーグラスの位置がさっきよりも少しだけずれていて、中身もちょっと零れている。 
やっぱり、私を受け止める時に… 
「あ…その…」 
ごめんなさい。 
そう言いたかったが、声が出てこない。 
謝りたいのに、つまらないプライドがそれを邪魔する。 
そんな私を見て、我聞は、 
「あー、こっちはいいから、早くトイレ行ってこい。染みになるぞ」 
と、また屈託のない笑顔で私に語りかける。 
怪我した右手の痛みなど、まったく気にした様子もない。 
「う、うん…あ、あの…」 
「ん、何だ?」 
「その…ご…」 
「ご?」 
「な、何でもない!」 
私は我聞に背を向けると、逃げるようにトイレに駆け込んだ。 
 
   *** 
 
トイレに入ると、鍵をかけて、鏡の前に向かう。 
鏡に映った私の顔は、上気して赤くなっているのがありありと見て取れた。 
「…わ、私は、一体何を…」 
まさか、退治すべき相手である工具楽我聞に、あんな醜態を晒すなんて… 
それどころか、助けてもらってるし…… 
というか、今のこの状況は何なのだろう!? 
喫茶店で、向かい合って、一緒にコーヒーを飲んでいる。 
これじゃまるで、デートじゃないのよ!? 
 
………デート? 
 
自分で言ったその言葉の意味を、冷静に吟味してみる。 
 
デート:日付…じゃなくて。  
デート: 男女が日時を定めて会うこと。「恋人と―する」 
 
…恋人…  
 
「…ち、違う! そんなわけないじゃない! こここ、これは、そ、そう、偵察よ、偵察! 
ターゲットである工具楽我聞の情報を集めて、この後の戦いを有利にするための作戦よ! 
そう、最初から私はこれを狙ってたのよ! そうに決まってるわ!」 
……そうに…決まってる…… 
ふと、先ほど抱えられた感触を思い出す。 
見た目は華奢な体格だったけど…私の身体を片手で受け止めていた。 
…結構、力あるんだな…あいつ… 
「…あ、いけない。このままだと染みになっちゃう」 
先ほど抱えられた感触を思い出すと同時に、私は白衣の事も思い出した。 
私は白衣を脱ぐと、コーヒーの掛かった部分を水を溜めた洗面台に浸す。 
掛かった部分はすその部分だったため、それほど目立たない。 
染みが残ったとしても、それほど気にしなくてもいいわね。 
「………あ」 
そして、気付く。 
自分の掴んでいる白衣の場所…肩の部分。 
それは、さっき我聞が掴んでいた場所だ。 
「………」 
私は何気ない動作で、掴んでいた白衣を顔の前へと持っていく。 
そして、顔に白衣を密着させると、大きく深呼吸をした。 
 
…あいつの匂いだ。 
 
白衣に残る男性の汗の匂い。 
いつもなら汚らしく思えるそれだが、今回はそう感じなかった。 
むしろ、いい匂いだと思う。 
なぜか、安心できるような気がした。 
私は、もう一度深呼吸をする。 
 
…って、わ、私は何をしてるの!? 
に、匂いをかいで悦に浸るなんて…あわわわわ、ま、まるで変態じゃない! 
 
変態:性的倒錯があって、性行動が普通とは変わっている状態。変態性欲。変人。 
 
…変人… 
 
ち、ちっがーう! 
「わ、私はそんなんじゃ…」 
そんなんじゃ…ないのに… 
私は気付いていた。 
先ほど、我聞に抱きかかえられた時から。 
私のショーツはすでに濡れているという事に。 
私は白衣を手にしたまま、トイレの便座へと腰を下ろす。 
そして、左手で白衣を顔に密着させたまま、右手をショーツの中へと滑り込ませた。 
まだ薄い秘毛をかきわけて、隠されたスリットへと手を伸ばす。 
スリットはすでに口を開けており、私の指を誘うように怪しく蠢く。 
「っ!!」 
直に触った瞬間、甘い快感が子宮から全身へと駆け巡る。 
そこはすでに失禁したかと思うほど、淫らな汁で潤っていた。 
撫でるように触っただけなのに、熱い愛液が私の手に絡みつき、いやらしい音を放つ。 
「ンっ…ぁん…はぁん…」 
切なげな吐息が白衣へと吸い込まれていく。 
そして息を吸い込むたびに、我聞の汗の匂いが私の鼻腔をくすぐる。 
その匂いは脳内で我聞の記憶を呼び戻し、抱かれた手の感触がリアルに蘇ってくる。 
(だ、だめよ! こんな所で何をしているの私は!) 
頭の中で、冷静な自分が叫ぶ。 
だけど、私の指は止まらない。 
スリットをゆっくりと撫で回し、その行為に没頭する。 
最後の理性を振り絞り、唇をぎゅっと噛み締め、喘ぎ声が外に漏れないようにする。 
だが、それでも湧き出す官能には勝てず、唇の隙間から喘ぎ声がかすかに漏れる。 
「ふうぅ、んぅ…くぅうっ!」 
私は白衣で口元を押さえる。 
そのたびに、我聞の匂いが私を包む。 
止まらない。止まれない。 
私はスリットの奥、愛液を湧き出す泉へと指を進ませる。 
(すごい…、こんなに濡れてるなんて…) 
何度か自分で自分を慰めた事はあるが、それでもこんなに濡れた事はなかった。 
その行為も、大抵はスリットを撫でるだけで満足し、この部分に指を入れた事はない。 
だけど…今日は這わせるだけでは満足できそうにない。 
「ハァ…ハァ…んっ!!!」 
私は荒い息を吐きながら、泉へと中指を沈ませてゆく。 
「くぅっ、あっ、き、きつぃぃっ!」 
初めて味あう、己の指の感触に、私は嬌声を上げる。 
圧迫感が私の意識を締め付ける。 
だが、予想よりも痛みはない。 
むしろ…予想以上の快感が私を翻弄する。 
「あぁっぁ! あんっ! あっ、んっ、ふぅん!」 
中指はすでに、第二関節まで埋没している。 
私は更なる快楽を求め、残った親指を充血して膨れ上がった蕾へと伸ばした。 
「ひぁっ、ンっ、あっ、はあうぅんっ!」 
真っ赤に膨れ上がった蕾に軽く触れただけで、私は軽く絶頂を迎えてしまう。 
だが、身体の火照りは収まらない。 
泉からは止め処なく愛液が溢れ出し、蕾は貪欲に快感を求めて、ひくひくと蠢く。 
少し前から微かに尿意のようなものを感じるが、快感の波間に飲まれ、それが尿意なのかどうか確認できない。 
そして私は欲望に流されるまま、私の手を、そして腰を淫らに動かす。 
「んっ、はぁっ、んうぅっ!」 
中指を深く泉へと突き刺し、大きく円を描くようにゆっくりと動かす。 
それと同時に親指を蕾へとあてがい、中指の動きに連動させて刺激する。 
「ひあっ! あっ、あっ、はあぁっ!」 
さざ波のように断続的に襲ってきた快感は、やがて大きなうねりとなって、私の意識を飲み込もうとする。 
気付くと、中指も親指もかなり激しい動きになっていた。 
充血した蕾はかなり敏感になっており、激しい動きに痛みを覚える。 
だけど、もう、止まらない。 
「あっ、うっ! ま、またっ! また、イっちゃうっ!」 
最後の瞬間に向けて、さらに指が加速する。 
背中はこれ異常ないくらいに反り返り、足は地面から浮きあがって、びくびくと痙攣するように振るえだす。 
白衣から立ち上る我聞の匂い。 
それは、まるで彼の腕の中で抱かれているような錯覚を私に与える。 
そして、私の秘所を弄んでいるのは私の腕ではなく、我聞の腕。 
逞しい体が私を抱きしめて、そして男性特有のごつごつとした指が、私の秘所を執拗に攻め立てている。 
「ふぅっ…、我聞っ! ガモンぅっ!」 
 
 『お前を助けようとしてたしな。いいヤツじゃないか。大事にしろよ』 
 
絶頂の瞬間、その言葉と我聞の笑顔が脳裏によぎる。 
そして… 
「イクっ、イっちゃうっ! あっ、はぁんっ! ひゃぁ、あっ、はァあぁぁんっ…!」 
お漏らしのように勢いよく飛び散る、愛液。 
想像の彼の腕の中で、私は快感の海原へと身を投げ出した… 
 
はぁ、はぁ、はぁ… 
絶頂後の、気だるく甘い疲労感を全身に感じながら、私はトイレの水槽へと身体を預けていた。 
時間が立ち、身体の火照りが収まってくる。 
それと同時に、冷静な思考も戻ってきた。 
「わ、私は一体何を…」 
まだ霞が掛かったかのようにぼんやりとする意識の中、私は自分の行為を思い出し、羞恥で顔を真っ赤にする。 
ショーツはまるでお漏らししたかのように、しっとりと濡れている。 
こ、これじゃ、本当に変態みたいじゃないのよ! 
よ、よりにもよって、ターゲットである工具楽我聞に助けられて、しかも彼を思いながら自慰行為にふけるなんて… 
わ、私は…、私は…… 
頭を振って記憶を振り払おうとするが、快楽と結びついた記憶は、そう簡単に追い払えない。 
むしろ、我聞の笑顔が鮮明に浮かび上がってくる。 
 
 コンコン 
「おい、大丈夫か?」 
 
きゃあぁ! 
ノックと共にかけられた、今まさに想像していた相手の声に、私は叫び声を上げそうになる。 
「な、何よ!」 
「いや、トイレに入ったまま出てこないから、どうしたのかと思って…」 
こいつ…私を心配して… 
「それに…さっきからなんか苦しげな声が聞こえるから、どこか怪我でもしたのかと…」 
き、聞かれてた…! 
一気に頭が冷静さを取り戻す。 
身体を支配していた官能は消え去り、現実の喧騒が私の周りに戻ってくる。 
そして、先ほどから感じていた微かな違和感が、確かな現実感を伴って襲ってきた。 
や、ヤバイ… 
「べ、別になんでもないわよ。それより、レディのトイレの邪魔をするなんて、これだから低能は!」 
ち、違う! 私の言いたい事はそんなのじゃないのに… 
だ、だけど… 
「さ、さっさとドアの前からいなくなりなさいよ。この変態!」 
私は切羽詰まった声で、叫ぶ。 
「へ、変態…!」 
「いいから、早く行きなさいってばー!」 
「…分かったよ。だけど、気分が悪いんだったらちゃんと言えよ」 
本気で心配そうな声でそう言うと、我聞はドアの前から立ち去った。 
少し申し訳なく思ったが、今はそれどころではなかった。 
私は足音が聞こえなくなるのを確認すると、急いでショーツへと手を伸ばす。 
官能が去った後に襲ってきたのは、現実感を伴った『尿意』。 
ショーツはもう濡れているため、今更な感はあるけど、さすがに本当にお漏らしをするのはプライドが許さなかった。 
ショーツを脱ごうと腰を浮かせる。 
しかし、濡れて縮んだショーツは皮膚に張り付き、なかなか脱ぐ事ができない。 
早く…早く、脱がなきゃ! 
しかし、あせればあせるほど、ショーツは皮膚に張り付き、うまく脱ぐ事が出来ない。 
そして… 
「あっ、ちょ、ちょっと! 待って、待ちなさいってばぁ!」 
尿を押しとどめていた最後の砦、括約筋の限界と共に…おしっこは勢いよく溢れ出し、私のショーツを濡らしていく。 
「そ、そんな……天才美少女の私が…お漏らしをするなんて…」 
その光景を見ながら、呆然と呟く私。 
ショーツから染み出たおしっこが私の太ももを濡らし、座っていた便座へと流れていく。 
一度溢れ出たおしっこは止まることなく、そして出しきった時には床に大きな水溜りが出来ていた。 
わ、私は…何ということを… 
「と、とりあえず…洗わないと…」 
私は気力を振り絞って立ち上がると、便座の汚れをトイレットペーパーで処理する。 
床に零れたおしっこも完璧に処理すると、私はよろよろとした足取りで洗面台へと向かう。 
濡れたショーツが引っかかって、歩きにくい。 
「……背に腹は変えられないわよね…」 
そう呟くと、私は濡れたショーツをゆっくりと引き下げた。 
生まれたままの姿になった秘所にひんやりとした空気が触れて、私は身を竦ませる。 
そのまま、ソックスを汚さないように慎重に脱ぐと、水を張った洗面台にショーツを浸す。 
…私、何をしてるんだろう… 
情けなさで涙が出てきた。 
 
「………」 
汚れた自分のショーツを洗いながら、私は思想に耽る。 
もし、あいつがこの姿を見たらなんと思うのだろうか… 
軽蔑するだろうか? それとも見て見ないふりをするのか。 
……… 
「…何、無駄な事を考えてるのかしら…」 
ため息と共に、言葉を放つ。 
そう。こんな考えは無駄だ。 
あいつが工具楽我聞で、私が桃子・A・ラインフォードである限り、この思考に意味はない。 
あいつが倒すべきターゲットである限り、私の想いは何処にも届くことなく、ただ空回りをするだけだ。 
だけど、目を閉じると我聞の笑顔が脳裏に浮かぶ。 
…なんで、あいつなのよ… 
また、ため息。 
ふと、朝に見た生徒たちの登校風景を思い出す。 
…もし、私も普通の学校に通っていたのなら…あいつと一緒のクラスに入れたのなら… 
 
教室の中で笑いあう、私と我聞… 
 
…ふ、ふふふ…私は何を考えてるの。 
そんな事、できるわけないじゃない。 
私の居場所はここにしかないのに… 
分かってる…分かってるのに……何で…涙が止まらないんだろう… 
 
結局、ショーツを洗っている間、涙が止まる事はなかった。 
私の思考も、空回りを続けるだけだった。 
 
   *** 
 
「…何、泣いてンだよ」 
「っ!」 
いきなり降って湧いた声に、私は身を竦ませる。 
慌てて周りを見渡すが、誰かがいる気配もない。 
「ここだよ、ココ」 
その声は、私の足元から聞こえた。そしてそれは、私のよく知った声だった。 
「…キノ、ピー…」 
「オレとした事が不覚だったぜ。あんな連中に不覚をとるとは」 
白衣のポケットから、もぞもぞと這い出してくるキノピー。 
「で、何で泣いてンだよ?」 
「な、泣いてなんかないわよ!」 
私は涙を見せないように、顔を隠す。 
それが泣いている証拠だという事はわかっていたけれど、それでも涙を見せたくなかった。 
「…まあ、言いたくなけりゃ言わなくてもいいけどよ」 
そう言うと、キノピーは白衣の上に胡坐をかいた。 
「何があったかは知らんが…たまには自分に素直になるのもいいんじゃねぇか?」 
「…素直…?」 
涙を拭きながら、私は言葉を繰り返す。 
「ああ。おめぇは頭はいいくせに、そのせいでちょっと考えすぎちまう癖がある。 
考えすぎて、自分のやりたい事に蓋をして、それで我慢しちまう。 
べつにそれが悪いってわけじゃねぇが…たまには何も考えないで、自分に素直になってみろよ」 
「………」 
「考えるな、蓋をするな、我慢するな。涙でるほど想ってるんだったら、行動してみろよ。 
行動して、やりたい事やって、それでまずくなったら、それから考えろ…天才なんだろ、おめぇはよ」 
「……キノピーのくせに…」 
私は、私の足元で偉そうに講釈垂れていたキノピーを足で小突く。 
「…うぉ! お前、人がせっかくいい話してやっ…」 
最後まで言う前に、私はキノピーを持ち上げて、自分の胸にぎゅっと抱きしめる。 
「何言ってんのよ、私はただの天才じゃないのよ。天才美少女、よ。 
あなたが言った事位、私にだって分かってるわよ!」 
私は、鏡を見る。 
涙でちょっと目は赤くなっていたけど、大丈夫。それでも十分、美少女だ。 
そして私は、鏡に向かって微笑む。 
我聞が私に向けたような、屈託のない笑み。 
自分にもこういう笑顔ができる事を、初めて知った。 
「…その様子だと、大丈夫のようだな…」 
「私は最初から大丈夫だったわよ!」 
つっけんどんに言い返す、私。 
…ありがとう、キノピー。 
「…んじゃ、まあ、お前のやりたい事ってやつをしにいきますか」 
 
…私のやりたい事…今、私がやりたい事は……そう、私はまだ、あいつに謝ってない。 
 
私はトイレから飛び出すと、一直線に我聞の元へと向かった。 
とりあえず、嘘をついた事を謝ろう。 
そうだ、私の立場も全部話してしまおうか。 
どんな反応するんだろう? 
それを考えると、ちょっとだけ楽しい気分になった。 
どんな反応されても、知った事か! 
そん時はそん時よ! 
そして、我聞の背中が視界に入る。 
「あ、あの…!」 
その背中に向けて、言葉を放つ私。 
「その、今日は無理やりつき合わせちゃって、その…」 
私は必死に言葉を放つ。 
だけど、一番大事な言葉が出てこない。 
…頑張れ、私! 
「あの、その…ご、ごめん…って、あれ?」 
先ほどから声をかけている私に気付いたふうもなく、微動だにせずに椅子に座っている我聞。 
「……?」 
私は訝しがって、我聞の正面へと回り込む。 
「………すぴー♪」 
……こいつ……寝てやがる…… 
そこには、安らかな寝息を立てている我聞がいた。 
わ、私がせっかく、謝ろうと思っていたのにこいつは…こいつは…… 
た、確かに時間をかけすぎたのは私だけどさ…けど、レディを待ってる間に寝るなんて… 
私の目の前で無防備な寝顔を晒す、我聞。 
…こいつは、私が狙っていることなんて夢にも思っていないのだろう。 
「…こいつらしいわね」 
私は微笑と共に、その場から立ち去ろうとする。 
「いくわよ、キノピー」 
「…いいのかよ? 書置き位残していかないのか?」 
その台詞に立ち止まる、私。 
…書置き、か。 
「ちゃ、ちゃんと書置き位、残しておくわよ。 
大体、このお人よしは、起きた時に私がいなかったら、あちこち探し回りそうだしね」 
私は白衣のポケットからペンを取り出す。 
紙ナプキンに書置きを残そうと思ったが、すでに使い切られているのか見当たらない。 
…紙ナプキンくらいちゃんと、補充しなさいよ! 
心の中で毒づきながら、他に何か書けるものがないか探すが、いいものが見つからない。 
「………あ」 
ふと、書けるものを持っていた事に気付く。 
……まあ、しょうがないわよね。 
少しだけ迷った後、私はメッセージを書き残す。 
…これでよし、と。 
書き終わった後、私はもう一度、我聞へと目を移した。 
 
 『…たまには自分に素直になるのもいいんじゃねぇか?』 
 
「………」 
「……すぴー♪」 
………えい! 
 
   *** 
 
私がトレーラーに戻った時、オリマーとジィルはすでに学内から戻って来ていた。 
「あの筋肉め…なかなかやるじゃねえか…次は完璧に勝つぜ!」 
「いや、それが目的じゃないぜ、アニキ…」 
上半身裸で荒い息を吐いているオリマーに、それを見て疲れたように呟くジィル。 
…コイツラ……後でおしおきね。 
「で、姐さん、これからどうするんすか? ここに工具楽我聞がいるかは結局、確認出来ませんでしたが」 
「ああ、それなら、確認してきたわ。工具楽我聞はこの学校にいる」 
「ホントですかい!? で、これからどうするんで?」 
トレーラーを走らせながら聞いてくる、ジィル。 
私は少しだけ考えるフリをしたあと、最初から考えていた台詞を放つ。 
「…まだ、相手の情報が少ないからね。今度は私自ら、学内に潜入するわ。 
学校のPCにハッキングして同じクラスに転校するくらい、天才美少女、桃子・A・ラインフォードには簡単よ!」 
私は、屈託のない笑みを浮かべて言い放つ。 
後のことなんて、知っちゃこっちゃないわ! 私は、やりたい事をやるだけよ! 
 
 
−その頃、御川高校内− 
「はっくし!」 
「おや、るなっち。風邪かい?」 
「いえ、風邪ではないと思うのですが…なにか、嫌な悪寒が…」 
「気をつけなよー。この時期の風邪は長引くよー」 
「ですから、風邪ではないと…」 
 
 
−さらにその頃、喫茶店内− 
まだ喫茶店で眠っている我聞は… 
「……うーん、むにゃむにゃ。こら、珠、饅頭とるな…」 
なんか、幸せそうだった。 
 
それからしばらくして起きた我聞は、自分の手の中にあった白いショーツに気付き、 
「……何だ、コレ…?」 
と、首をひねる事となる。 
 
 
余談だが。 
ほっぺにつけられたキスマークに気付くのは、学校で國生さんに言われてからだったという… 
 
 
『今日は、つき合わせてごめんなさい。 
 それと……ありがとう』 
 
                    『1st.Contact:桃ノ花ビラ』-End. 
 
----------------------------------------------------------------------------------------------- 
 
『次回予告』 
 
いきなり2年5組に転校してきた、謎の自称「天才美少女」桃子・A・ラインフォード! 
 
我聞:「お前は…!?」 
桃子:「お久しぶりね、我聞」 
 
そして御川高校に吹き荒れる、トラブルの嵐! 
 
桃子:「私にひれ伏しなさい、低能ども!」 
佐々木+他「はい、桃姫さま!」 
中村:「…お前ら、國生F・Cじゃなかったのかよ…」 
 
さらにこっちは、嫉妬の嵐! 
 
國生:「…社長、仲のよろしい事で………」 
我聞:「ち、違う! これは違うんだ!」 
桃子:「あら、何が違うのかしら?」 
 
次回『2st.Contact:Happy Days』 
桃子:「天才美少女の私に、出来ない事なんてないのよ!」 
 
 

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