「まったく、果歩は毎回こんな荷物を持って歩いているのか」  
 
まだ日も高く、見るからに、そして聞こえるからに休日らしさを表している慌しさが陽気を誘う。  
あたり一面とは言い難いものの、ごたごたしてはいるが居心地が悪く無い商店街の片隅で、  
ぶつぶつと何にいちゃもんをつけているのかわからないな、と頭を捻る一見優秀な弟と、  
肉体的には優秀であるが、こう、何もかもがすっとんでる兄が一匹。  
うららかな気温に踊らされながら、すったかすったか買い溜め任務を着々と遂行していた。  
 
「兄上、あの福引は」  
「おお、そういえば貰ったな。引換券みたいなものを」  
 
ガラガラとありきたりな音が鳴り響き、愕然とその列を後にする輩を眺めながらポケットから二枚の挑戦券を引き出した。  
 
「ここは正々堂々、一人一枚で勝負だな」  
 
何が正々堂々なのかよくわからないがきっとそうなのだろうと、無理やり反論を叩き出す頭に鞭打って納得。  
時には強引に話を持っていったり、理不尽なことも自己完結しないといけないと学んでいる自分が恐ろしい。  
そんな素直さ全開の斗馬に渡されたチケットを店員はにこやかに受け取り、勝負を促す。  
こいよ、と挑発しているようにも見えた。  
よかろう、我を侮ったこと後悔するがいい。  
斗馬の勝負が、今、始まった。  
 
「残念でしたぁ、こちら残念賞のティッシュになります」  
 
目指した特賞に陣取っている軽井沢への旅を逃し、涙目どころでなく号泣気味な弟を一瞥し奮起一番。  
がっちり奪い取ってやると鼻息荒く、不審がっている店員に引換券を差し出す。  
 
「おりゃぁっ!!」  
 
怒号が響く中、そんな声と真逆のようにカランと小さな音と共に現実がこの世界に降り立った  
 
「おめでとうございまぁ〜〜す」  
「どうだ、斗馬っ!!」  
 
はっはと満面の笑みで弟に顔を向ける。勝負事に自分が負けるわけが無いであろうとの言葉も付加えて。  
 
「こちら三等のみみちゃん人形になります。どうぞ」  
 
そう言う店員から大きさに関して定評のあるみみちゃん人形なるうさぎが、綺麗にラッピングされて登場した。  
 
「え? みみちゃん?」  
 
カランと飛び出した赤玉と店員の言葉に騙されたが、三等らしい。  
今になって気が付く兄に少し落ち着けよとタメ口ききながら説教でもしてやるべきなのかと本気で考え始める斗馬。  
 
「は、ははは……これは勝ちなのか?」  
 
こいつのアリガタミを理解出来ない我聞が弟に助け舟を求めても、相手にしてくれる様子は見られなかった。  
 
 
〜〜天野の場合〜〜  
 
「くぐっちじゃん、何やってんの?」  
「おぉ、天野か。いや、買い出しだけど」  
「ふ〜ん……って、そのうさぎはっ!?」  
 
即座に間合いを詰め、詳細を吟味するようジロジロみみちゃんを見つながら、ニタニタ話しかけてくる。  
 
「これは、るなっちへの……」  
「なんで國生さんが出てくるんだ?」  
 
心底不思議そうに驚いている姿から想像するに、あぁ、こいつはこういう奴だったんだよなと再認識させられる。  
 
「それより、どうだ? みみちゃん」  
「え? あぁ、こいつね。かわいいんじゃない?」  
 
うさぎだし、恐かったら反則であろう。そもそもうさぎ人形が気に食わないのは滅多に無いだろうなとも思う。  
 
「そうか。ならどうだ? 引き取ってもらえないか?」  
「あたしがっ!?」  
 
あんまりにもなことを言い出す我聞に口あんぐりといった反応を示しそうになる。  
 
「嫌なのか?」  
「いや、そういうわけじゃないけど……」  
 
るなっちに渡せばともう一回言えば渡すのだろうか? と考えてみても、先ほどの反応から推測するに可能性は低い。  
しかもこの性格が響いて、頑なに渡すのは躊躇うであろうし、下手なことはいえない。  
どうすれば進展するのかもわからない関係なのに、このチャンスを逃すのはもったいないな。  
こんなにもこの二人の仲を考えているのは自分くらいであろう。友達思いな自分が少し誇らしい。  
あ、中村と友子も少し考えてそうな気がするな。あいつら親切だしね。  
佐々木は無理だろう。るなっちに気があるし、そもそもそこまで踏み込んで考えてる風には見えないし。  
まったく、あいつは本当にどうしようもない奴だな。今度しっかりとヤキ入れてやるべきなのか?  
 
「じゃあほら、おまえの家にでも置いておいてくれ」  
「あ、うん……ありがとう」  
「はっは、礼にはおよばんさ。じゃあまた学校で」  
「……学校で」  
 
なし崩しに渡されてしまったニヤケ面のみみちゃん人形を眺めながらこれでよかったのかと自問自答。  
でもあたしが断ったとしてもきっとるなっちには渡さないんだろうなとも思う。  
誰かに渡そうとしたものを違う人に渡すとも思えないしね。  
くぐっちはそういう人だ、だからきっとこれが最善策なのであろう。  
気が付いたら遠くに行ってしまっていた仲の良い兄弟の後姿を眺めながら、  
今日から家で世話するうさぎ人形に悲しい思いをさせないよう精一杯大切にしてやろうと誓った。  
本当はココに来るはずじゃなかったのと、言わせないためにも。  
 
 
〜〜住の場合〜〜  
 
「こんなところで何つっ立ってんだ?」  
「おぉ、中村と住か。いや、これを貰ってさ」  
「あ、それみみちゃん」  
 
後方から聞こえてきた聞き覚えのある声に振り返り、斗馬そっちのけで世間話を繰り広げていく。  
こういう時、部外者は居心地悪いんだよなと斗馬は改めて思う。  
そんな斗馬放置でみみちゃん人形に住が食いついていた。  
 
「知ってるのか? 丁度良かった、これ貰ってくれないか?」  
「え? わたしが?」  
「中村に渡すわけが無いだろうが」  
 
またまた〜と言ってのける我聞を気にも留めず、住と中村の視線は極自然に交わっていた。  
 
「もしかして嫌か?」  
「そうじゃないけど、中村君以外からプレゼントは貰えないの」  
「あぁ、そうか。そうだよな。これは無礼を」  
「ううん、いいよ。こちらこそゴメンね。また学校で」  
「おう、中村もまた学校で」  
「おぉ、元気でな」  
 
大げさに手を振る我聞をその場から動かず笑顔で見送る。  
なんで我聞は常日頃、あんなにも元気満天で生活できるのかと疑問に思う。  
どうにか姿が霞んで見え始めたときに中村から口を開いた。  
お互い基本的には考えていることが同じであったのであろうことは、先ほどの視線交換でおおむね伝わっていた。  
 
「あの人形どうなるんだろうな」  
「妹さんにあげるんじゃないのかな?」  
「國生には渡さないのかね」  
「どうだろう。それより……」  
「それより?」  
「わたしもみみちゃん、欲しいな」  
「あの大きさのか?」  
「うん」  
 
あれだけの大きさだと購入金額はいったいどれぐらい飛んでいくのだろうか?   
できれば避けたいと思い、何か他にいい方法はないかと思考を巡らせる。  
 
「福引にかけるのが得策だな」  
「運任せですか」  
「しょうがないだろ、流石にアレは厳しい」  
 
む〜、とふくれる住が無性に可愛らしく見え、身長効果も加わってやけに幼く見えた。  
同い年なのに完璧な上下関係? ともいえる関係を作ってる気がして少し複雑な気持ちになる。  
嬉しいような、悲しいような。  
 
「まぁとりあえず福引券貰う為に買い物いくか」  
「……うん」  
 
彼女の後頭部を軽く二度叩き、しっかりと手を握って我聞達と逆に道を辿って行く。  
どうか、みみちゃんが当たりますように  
そう彼女の為に存在の確認が取られていない神様にそっと願ってみる。  
 
 
〜〜ほっちゃんの場合〜〜  
 
「お、エロ社長。こんな道の真ん中でまたセクハラか?」  
「なっ!? 何をいきなり言い出すんですかっ!?」  
「HAHAHA、そんな隠すことじゃないだろ? どうせセクハラ大好きなんだろ?」  
「んなわけないじゃないですかっ!! 常識的に考えてくださいよ」  
「誰が常識ないだこのやろうっ!!」  
 
兄が見知らぬ女性に蹴り飛ばされている姿を眺めながら、こいつは女癖の悪い奴なんだなと初めて気が付いた。  
何故こんな中身を吐露しまくっているのに兄の周りには魅力的な女性ばかり集まるのだろうか?   
今度じっくりと聞き出してみようと思う。  
変な音を体や口から出しながら飛んでいる今ではなく、もっと落ち着いているときに。  
 
「保科さん……そんなこと言ってませんて」  
「まったく、これだからエロ……ってなんでこんな人形持ってんだよ」  
「それはさっき貰ったんですよ。福引です」  
「はぁ〜〜ん」  
 
マジマジとうさぎの人形と睨めっこ。  
最初から笑いっぱなしの人形相手に勝負を挑んでも連戦連勝、  
歯ごたえの無い相手と戦ってもなんら面白くは無いなと目を離す。  
 
「どうですか? この人形持ち帰ってくれませんか?」  
「なんでだよ? ……ははぁ〜ん、ここで媚売っておこうって魂胆だな」  
「違いますって。そもそも俺社長だし」  
「まったく浅はかな奴よのぉ〜」  
「いやいや。ってかやっぱりこういうのが部屋にあった方が」  
「どういうことだこのやろうっ!!」  
 
膝が我聞の顎にがっしりヒットし、空高く舞い上がる我聞。  
弟の目には完璧にこの二人の上下関係が線引きされてしまったのは言うまでも無い。  
チビか? 童顔か? 女らしくないってか?  
などとギャアギャア騒ぎ立ててはいるが何一つ我聞には届いていなかった。  
既に夢の中、現実に帰ってくるまでここから動けないのかなと斗馬はため息一つ。  
もちろん心の中で。蹴られたくないし。  
 
「おお少年、こいつは没収したって伝えといてくれ」  
「ら、らじゃーっ!!」  
「よし、いい返事だ。兄貴にも見習わせたいぐらいだ」  
 
グシャグシャ髪の毛を掻き回し、満足げにその場を後にすることにする。  
あんな奴の弟にしてはしっかりものだったな。そういえば妹もいたよな。しかも二人。  
年の割りにしっかりしてる奴が多いな、と思うも、そうなるしかなかったのかと自己嫌悪。  
あたしだって頑張って生きてるやい、そう胸張って言ってやる。  
そんな感じで自分に言い聞かせ、再び戦利品に目を落す。  
あたしの当分負ける気配の無い睨めっこ顔をあざ笑うかのようにニヤケてるうさぎが憎らしい。  
こうなりゃフルボッコだな。  
そう心に誓っているうちに、あっさりとニヤケてしまう顔を抑えるのに少し手間取った。  
 
 
〜〜果歩の場合〜〜  
 
「「ただいまぁ〜」」  
「お帰りなさい、ってそれはいったい何よ?」  
「みみちゃんだ」  
 
何ってそういう意味じゃないっつーのと思いながらも、自分の説明が足りなかったと言えば足りなかった。  
まったく、何がみみちゃんだっての。  
 
「んで、それはどうしたのよ」  
「おお、福引で勝ち取ってきた」  
「あぁ、そういえば福引やってたわね」  
 
どうせならもっと有意義なものを取ってくれば良かったのに。  
確か特賞は軽井沢ペアチケット、あぁ、もったいなかった。GHK的にだけどね。  
 
「ほらこれ、やるよ」  
「え? なんで」  
「俺らじゃどうしようもないしな」  
 
頷く斗馬。まぁそりゃそうだろうな。こいつらの部屋にこんなものがあったら確かに気色悪い。  
そう言われてしまうとそんなに興味なかったとしても、興味が湧いてきてしまうのが人間ってもんだ。  
まったくもって不思議な生き物だ。  
みみちゃんでなく、わたしたち人間の話だけど。  
 
「どうだみみちゃん、かわいいだろ」  
「そりゃそう作ってるんだからかわいいでしょうが」  
「はは、そうだな」  
 
そう言いながらそっと、みみちゃんなる人形をわたしに優しく手渡してきた。  
文句しか言ってないわたしと、言われっぱなしなのに嫌な顔一つしない兄。  
どうして同じ屋根の下で育ったというのにこうも変わっていくものなのだろうかと、本気で考えてみる。  
血か? わたしは兄弟の中でどちらかというと母の血が濃い気がする。  
仙術もそうだが、こう、雰囲気が違うのが手に取るようにわかる。  
たまに考えることは、わたしだけが残った家族で違うということ。  
そんなことが気になって気になってしょうがなかったことが、鮮明に思い出されていた。  
 
「そんなところに立ってても何もないだろうが」  
「あ、あぁ。うん。今手伝うね」  
「その前にそれをしまって来いよ。珠には秘密だぞ?」  
 
そう自分の前で、秘密だぞ? 的仕草をしたかと思うと大荷物を抱えて台所に引っ込んでいった。  
あの狭い部屋で、この小さい家でどう誤魔化し切れというのだ。  
全て筒抜けで、隠し事なんて出来たことは無かったではないか。  
今思い出した、結局深く考えることなんて一度もできなかったんだ。  
そう、くだらない事で悩むことも出来なかった。微々たる変化もすぐに見透かされてしまった。  
くよくよ悩む時間ぐらい欲しいよね、と試しに話しかけてもみみちゃんは答えてくれない。  
ため息交じりでそそくさと部屋に帰っていくことにする。ダメダメな兄を手伝わなくちゃね。  
そういう会話は面と向かって言わなきゃね、とどこからか声が聞こえてきた気がした。  
 
 
〜〜珠の場合〜〜  
 
「「ただいまぁ〜」」  
「お帰りなさい、ってそれはいったい何よ?」  
「みみちゃんだ」  
「みみちゃんっ!?」  
 
にゅっと沸いて出た珠がキラキラと、思いのほか興味を示していた。  
もちろん、こんなにも食いつくとは誰もが想像していなかった。  
 
「なんだ、知ってるのか」  
「うんっ! まるちゃんも知ってるよ」  
「今はそんなのが流行ってるのね」  
 
これぐらいならピチピチの女子中学生でも知ってるのであろうが、まったくついていけない自分がいる。  
その瞬間、自分が既にピチピチでないことを悟った。そう、瞬時に。  
愕然と膝を突きたくなる衝動に駆られるも、本当にギリギリのところではあるが踏ん張っている果歩。  
 
「じゃあ珠、こいつを貰ってくれるか?」  
「本当にっ!? いいのっ!?」  
 
今にでも地球一周できそうな勢いの笑顔を披露しながら我聞に張り付く。  
正確にはみみちゃん越し、ではあるのだけれども。  
 
「あぁ、もちろんだ。果歩がそれでいいならな」  
「姉ちゃんいいの?」  
 
ここで初めて不安そうな面持ちを披露するも、  
 
「え? あ、あぁ。いいわよ……」  
「だってぇっ!! やったぁっ!!」  
 
飛び跳ねながら、とても大事そうにみみちゃんを抱きかかえる。  
その仕草が年相応で、やっぱりまだまだこどもなんだなと高校生風情が考えている。  
そんな暖かな視線の範囲内に紛れ込む不穏な空気感。  
 
「ふふ……女の寿命っていくつなのかしらね」  
「か、果歩? どうしたんだ? 腹でも痛いのか?」  
「ぇえ? まったくもって健康体よ? ただ若々しさが足りないだけよ」  
 
はははと少し壊れ気味な果歩が荷物を受け取って台所に向かっていった。  
嬉々として自室に向かって行く珠とは反対に、まんま明暗であるように感じられる。  
斗馬と目で意思の疎通を試みるも、原因不明の故障はどうしようもないなとすぐに結論が出た。  
何せ謎だらけ、お互いがこの件から手を引くことを誓い合った。  
そう、触らぬ神に崇り無し、だ。  
静かに合掌しあい、この日は何も無かった日に決定した。  
決まったものは決まったんだ、と確認しあいながら。  
 
 
〜〜優の場合〜〜  
 
「やっほう我聞くん、今帰りかい?」  
「えぇ、丁度買い物も終わって」  
「むむっ!! そのぬいぐるみは」  
 
ささっと瞬時に間合いを詰め我聞の荷物からぬいぐるみだけ奪い取る。  
滑らかな動作と、なんら躊躇わない身軽さに翻弄され我聞はピクリとも動けなかった。  
 
「これはいったい……いや、それより……」  
「あぁ、これですか? さっき福引で貰ったんですよ」  
「ほほぅ、福引ねぇ」  
「それが気になるんですか?」  
「そりゃ……興味深いね」  
 
我聞がかわいらしいぬいぐるみを持っていたとして、じゃあそれの使い道は? と即座に浮かんでくる疑問。  
多分、我聞を少しでも知ってる人なら即答で國生陽菜にプレゼントと答えるであろう。  
しかも完璧なラッピング。  
誕生日には早いが、それでもこれだけの物貰って嫌な気分になることはないであろう。  
なんてついているんだと、GHKついに完全勝利かと頭の中でこれでもかとファンファーレが鳴り響いていた。  
 
「じゃあ優さん受け取ってくださいよ」  
「……はい? 何を言っているのかな? 我聞くん?」  
「いや、だからこれどうしようもないんですよ」  
「な、なぁ、何を言ってるんだこらぁっ!!」  
「えぇっ!? なっ、ちょっと」  
「これははるるんに愛と共にプレゼントでしょうがっ!!」  
「なぁっ!? 優さんこそ何を言い出すんですかっ!?」  
「それはこっちの台詞だっつーのっ!! おとなしくはるるんに渡しなさい!!」  
 
お互いに一歩も引かずにギャアギャア騒ぎながら押し付けあっている。  
まぁ我聞が押しているのは、単に引けないからと状況そのまんまだからではあるのだが。  
 
「これを渡して愛の一つでも囁けば落ちるってのっ!! ってかもう落ちちゃってるってのっ!!」  
「さっきから何わけのわからないことを言い続けてるんですかっ!?」  
「えぇいっ!! 何が何でも受け取らないぞコンチクショーっ!!」  
「そんなこと言わないでくださいよっ!!」  
 
「斗馬さん、あのお二人は先ほどから何についてあんなにも熱くなっているんですか?」  
「いや、あの……」  
 
あなたの為にデルタ1が頑張ってます  
なんて口が裂けても言えなかった。  
 
「どうすればこの騒ぎは収まるのでしょうか」  
 
むむむと悩んでいる姿に、あなたがアレを奪えば終わりますと、どれだけ言いたかったことか。  
絶対に言えないし、言えるわけがない。  
もし言えたとして、理解してくれたとしても、きっと走り去ってしまうだろうなと簡単に結末が予知できた。  
そろそろ大姉上が怒気混じりで登場しそうだ。正直、かんべんして欲しい。  
そんな悩み事などお構い無しに騒ぎ続ける標的Aとデルタ1。  
もう、勝手にしてくれ  
 
 
〜〜桃子の場合〜〜  
 
「ガモ〜〜ンっ!! お帰りなさぁいっ!!」  
「ただいま……って、桃子っ!? なんでおまえがここに居るんだっ!?」  
「遊びに来てあげたのよ。それなのにこの家にはガモンはいないし、薄胸はうるさいし」  
 
ただいまを自分から発する前に、まぁいつものことではあるが、若干爆走気味に桃子が飛びついてきた。  
満天の笑みともいえるものから、プンスカとふくれてグチの量なら数知れずといった面持に推移しているのだが、  
どちらかというとそういうのも込みで楽しそうだな、と我聞なりではあるが理解している。  
 
「そんなことより、コレなに?」  
「あぁ、これか? これはみみちゃんだ」  
「みみちゃん?」  
 
なんのこっちゃと頭に?を浮かべるという、天才らしからぬ唖然と言った事態発生。  
桃子自身が、はっと気付くまで時は止まりきっていて、我聞もニンマリ満足顔のままであった。  
その笑顔にまた硬直しそうになるも、強靭な精神力(本人談)でどうにか本題へ帰還する。  
 
「よ、要するにぬいぐるみってことね」  
「まぁそうなるな」  
「これはアタシへのプレゼントねっ!?」  
「ん? あぁ、そうだ」  
 
よっっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!!  
なんて頭の中でガンガンに鳴り響いている勝利の咆哮を雑音としか捉えられないくらい動揺しきっている。  
そう、これは確実に〜〜愛〜〜が込められたプレゼントであるからだ。  
こんなに大きなぬいぐるみを綺麗に、美しく、丹誠込めてラッピングしてくれた。  
これは即、結婚への前段階なのねと、指輪は金銭的にキツイからそのつなぎね、等と  
次から次へと止めどなく沸き起こる妄想を、なんら疑うことも無く真実であると思い込んでいた。  
我聞の顔を覗き込んでも満足そうに微笑んでいるだけ。  
我聞の考えとしては、こうも簡単にこのぬいぐるみの処理が上手くいくなんてな、  
なんて思っているとは微塵も想像できていない。  
幸せ者といえば世界トップレベルの幸せ者である。  
 
「ありがとうっ!! 大切にするからっ!!」  
「そうか、そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」  
 
そう笑顔の交換、なんて素晴らしいんでしょう。どこかに婚姻届は落ちてないのかしら?  
気の利かない紙切れね。  
そんな止まらない妄想が現実世界に影響を及ばさ無いのにかなりご立腹。  
もうここまで来たら誰にも止められない。  
 
「それでね、ガモン……」  
「ん? どうかしたのか?」  
「えぇっと、指輪のサイズなんだけど……」  
「ってドサクサに紛れて何を言い出すんじゃおんどりゃぁっ!!」  
 
びくっと驚く桃子含む三名、声だけが先行してその体が後から宙を滑らかに流れて登場した。  
もちろん、とび蹴りで。  
とっさではあるがその殺気全開の攻撃をヒラリと避ける桃子。  
伊達に五研のアタマを張っていたわけではないようだ。  
こいつらに関わってからグイグイと身体能力が伸びていった可能性も否定はできないが。  
 
「カホはいったい何を言い出すのかしら? アナタは了承すれば言いだけよ」  
「あんたこそ頭の中いったいどうなってるのよ。今度キノピーにメンテでもしてもらったら?」  
「そういうアンタは食事のエネルギーはどこに行ってるのよ? 胸にも頭にも行ってないようよ」  
「何よっ! 胸はあんたのほうがないでしょうがっ!」  
「ふん、なんとでも言うがいいわ。結果的にアタシがガモンの奥さんなんだから」  
 
ギャアギャア騒ぎ立てる二人を眺めながら、今日も平和だなと思う緩い兄と、  
もう何がなんだかわからず、下手に参加したら冗談抜きで身の危険が、なんて考えてる弟。  
同じ空間、同じように物事を見ているはずなのにここまで考えにひらきが出てきてしまっている。  
 
「カホもしっかりと目に焼き付けとくべきよ、この愛の証をっ!!」  
「ってただのぬいぐるみじゃないのよ。よこしなさい、陽菜さんにあげてくるからっ!!」  
「なっ、ちょっとっ!? 近寄らないでよ」  
「よこせ、よこせっ! よこせっ!!」  
「カホ、ま、ちょっとタンマっ!! ホンキで恐いわよっ!?」  
 
そんな現状を悲しんでいるのは、笑顔全開のみみちゃんだけであった。  
もちろん、誰もそんなことには気付きもしないのであるが。  
 
「よこせぇっ!!!!」  
 
 
〜〜陽菜の場合〜〜  
 
「ところで兄上、そのぬいぐるみはいったいどうするのですかね?」  
「あぁ、そうだな……」  
 
斗馬がニヤニヤとした表情を出してしまっては、兄の性格上、絶対に陽菜に渡すことは無いであろうと直感的に理解した。  
そう、これは自分にしか成し遂げることのできない任務である、と。  
もし、この任務の失敗が姉上にばれたら……地獄一直線コースな展開が目に浮かぶ。  
嫌な汗が背中を流れることだけは避けねばと手に力が入る  
 
「國生さんに贈ろうかな〜、と」  
「そ、それはナイスアイデアですぞ」  
 
予想に反してすんなりと、そして少し照れくさそうに言ってのける兄が微笑ましく、軽く殺意が湧いてきた。  
年齢だと圧倒的に兄には及ばないのだが何故微笑ましいのかな、とも考えてしまう。  
先ほどまでの茶化した気持ちが少し恥ずかしく、どっちが幼いのやら、と自責の念が込み上げてきた。  
まぁもちろん幼いのは自分の方なのだけれども。  
 
「それでは兄上、荷物はわたくしめが必ずや我が家まで持ち帰りますので」  
「いや、そうは言ってもこれかなり重いぞ? おまえにはまだ無理だ」  
「思い立ったが吉日、即行動が成功の鍵を握っているもの同然……」  
 
うんうん頷きながら反論する我聞を言いくるめようと努力努力。  
ちょっとしたことかもしれないが、紳士的に応援してみたい、なんて少し大人びた考えが誇らしく思えてくる。  
 
「そうは言ってもだな、國生さんの家も近いわけで」  
「さぁさぁ、荷物を渡して優秀な秘書の下へ。さぁさぁ」  
「わかった、わかったから……まったく、気をつけて帰るんだぞ?」  
 
そう言って大事そうにみみちゃんをぎゅっと、力いっぱい大切に抱きしめながら走りだす。  
自分に渡された重荷も、やさしく手渡されれば幾分軽く感じる。  
精神的なことなのにこれだけ事実を捻じ曲げるとは、なんて実感できた有意義な休日。  
ごろごろ過ごしてたら味わえない大発見、姉上に感謝の気持ちを伝えようかな、なんて考えてもみる。  
 
「本当に大丈夫なのか?」  
 
少し離れて、すぐに今までの場所に振り返る兄。  
いつまで心配しているのだろうか? 成長しているのは自分だけでないと学んでみて欲しい。  
 
「なんの問題もないっ!!」  
 
心配性で、少し考え方がおかしく、すぐに曲がった結論を導き出す我が家一のトラブルメイカー。  
そんな問題だらけの、非常に頼りになる兄の背中をわずかでも押せればと、自分でも驚くくらいな大声で返事をした。  
その声に押されてか、緩みきった表情を隠すこともせず再び前を向き駆けていく兄。  
なんだなんだと振り返る野次馬視線が無性に恥ずかしく思えたが、ばんっ、と胸を張って帰路に着く。  
今自分にできることをすればいい。  
そう言い聞かせ、耳から入ってくる雑音を気にもせず、雲かと勘違いするような荷物を手に家に向け歩を進める。  
今晩の夕飯はとっても美味しそうだな、なんて鼻歌交じりにニヘラっと笑みが零れた。  
 
ピンポ〜ン  
とありきたりな音が響いている中、我聞の鼓動は早く、弾け飛びそうな心臓は走ったからかな?  
なんて推測が正しいのか正しくないのかの答えが導き出されるには時間が足りな過ぎた。  
 
「はい、どちら様でしょうか?」  
「あ、えっと。工具楽です」  
「社長? 少々お待ちください」  
 
用事なら電話でもいいよな、なんて今更ながら気付く。  
きっと不思議がって出てくるのだろう、っと我聞にしてはありえないほどのスピードで脳みそフル回転。  
既に休みに入った体と真逆に心臓のギアがトップに入っていくことに気付き、先ほどの答えが見つかった。  
あぁ、緊張ね  
そう軽く受け止めるも、余裕ゼロな極限状態。  
昔渡した手鏡とは状況が違うし、心境も違う。  
 
「何か急なことでもあったんですか?」  
「いや、ちょっと渡したいものが」  
「渡したいもの?」  
 
チャイムを鳴らしてからすぐ、流れるように登場した陽菜に緊張MAXな男は躊躇わず口を割った。  
そう、下手に考えることも出来ず、ここにきて誤魔化すことも出来ず。  
普段より数段おかしい我聞を謎に思いながらも、後ろ手に隠された物体に興味津々。  
これまた流れるように我聞の背後確認。仙術使いも驚きの軽やかさであった。  
 
「これは……」  
「みみちゃんって言うらしいんだ」  
「えぇ、知ってます。これをわたしに?」  
「あぁ、ほら、家には女の子二人居るし、取り合いになったら不味いからさ」  
 
あたふたと目は泳ぎ、両手をばたつかせ、足もしっかりと直立することも出来なくなっていた。  
そんな我聞に目もくれず、じっ、とみみちゃんを見つめ続ける陽菜。  
 
「あの〜、國生さん?」  
「あ、はい。少々お待ちください」  
「え、あぁ、はい」  
 
そう言って我聞に目配せ一つなく、再び家の中に入っていく陽菜。  
やっぱり変わってる人だなと、お互いが自分を棚に上げ、まさかお互いが同じ思いであるとは思いもしないであろう。  
家の中からばたばた、がたがたと何をしているのか容易に想像できる音が耳から伝わってきた。  
きっと何か探しているんだろうなと、呆然とみみちゃんを抱え立ち尽くしながらそう考えていた。  
 
「お待たせいたしました」  
「いやいや、それより何してたの?」  
「えぇ、これを探していました」  
「これ? これは」  
「五等の夏野菜種セット、だそうです」  
 
陽菜の手の中には何種類もの野菜種があふれかえっていて、後ずさりしそうになってしまう。  
それを持ってきた陽菜自身も少しう〜ん、といった感じであり、複雑な心境であることは伝わってきた。  
そんな陽菜を見ながら、ふと気になるワードが含まれていたことに遅まきながら気付いた。  
 
「五等ってことは」  
「そうです、わたしも挑戦したんですよ」  
「それでこれか」  
「はい。でも、一応当たりですからね」  
「いや、俺は何も言ってないんだけど」  
 
負けではないんだ、と言わんばかりにキラリと輝く瞳が眩しく、思わず口から本音が零れた。  
少しの間があり、不意に訪れる可笑しさ。  
どちらとも無く笑い出していた。  
 
「まぁそういうわけで、貰ってくれるかな?」  
「喜んで。社長こそこれを受け取ってもらえますか?」  
「任せとけ! 成長しきったら我が家で野菜パーティーだな」  
「とても楽しみですが、盛り上がるのでしょうか?」  
「それは、どうだろう」  
 
お互いの荷物を交換するところまで続いていた明るい雰囲気は消え去り、お互い真剣に考え出した。  
う〜〜ん、なんて悩みだし、どう盛り上げるかで構想を練り合う。  
 
「本当のことを言うとですね」  
「ん? あぁ、どうしたの?」  
 
急に耳に届いた陽菜の声によって妄想世界から強制帰還させられる。  
少し俯き気味な顔が気になり、真剣に耳を傾ける。  
 
「みみちゃんを、その……狙ってたんですよ」  
「……あ、あぁ。福引ね」  
「今、いい年して、って思いましたか?」  
「いいや。それより、コイツも本当に欲しがってる人の下へ来れて幸せだろう。大切にしてやってくれ」  
「はいっ!」  
 
先ほどまでの不安なんてどこ吹く風、ぱっと広がる笑みが楽しげでついついうつってしまう。  
 
「さて、それではわたしは買い物に行ってきますので」  
「買い物? 今から?」  
「えぇ、調味料などのストックが突然欲しくなりまして」  
「だからさっき早く出てこれたのか」  
 
あまりの速さに自分の考えがまったくと言っていいほどまとまっていなかったことを思い出した。  
実際問題、どれほど時間があってもしっかりとまとまるわけもなく、むしろぎこちなくなるとは思いもしない。  
それが良いところであり、悪いところでもあるのだが。  
 
「そういえば福引って今日までだっけ?」  
「そうですね。偶然です」  
「偶然って」  
 
きっぱり、すっぱり、そしてさらっとまんま素顔で言ってのける陽菜。  
その陽菜に少し噴出しそうになるも、後々許してもらえそうにないのも経験的にわかった。  
わざわざあのジト目を披露されたいと思うものは極少数だろうな、なんて考えていた。  
そしてお互いそれだけの経験を積み、歩み寄ってきった。  
別にこの二人だけに言えた事ではないが、それだけの時間を皆で共有してきた。  
 
「社長? 何をお考えですか?」  
「いや、別に」  
「そうですか」  
 
もちろん陽菜も経験的、でなくわかり安すぎたとも取れるが我聞の考えを理解している。  
言葉と裏腹に、当然ジト目で訊ねてみる。  
 
「ソ、ソレヨリ……うん、急がないと福引終わっちゃうかもしれないな」  
 
若干どころでなく、純度100%の棒読みで逃げようと試みる。  
そしてそのまま力押し、強引に話をぶった切る。  
 
「それは困りますね」  
「だろ? じゃあ行こうか。荷物持ちは必要になりそうだしね」  
 
目的不明の買い物になるのは陽菜としては時間の無駄である。  
はっ、と驚き、気が付けば我聞のペース。  
 
「そう、ですね。それではお願いします」  
「急ごうか、思い立ったが吉日、即行動が成功の鍵を握っているのも同然らしいからな」  
「そうですね。では、みみちゃんを置いてきますね」  
 
再びバタバタと室内に入って行き、枕元に大事そうにみみちゃんを座らせる。  
すぐに仲間を連れてきますから、少しの間待っていてくださいね  
優しく囁き、ぐっと気持ちを込めた合図を送って再び駆け出していく家主。  
そんな負けず嫌いの背中をじっと見つめ、ポツリと残された完全に無音といえる部屋の中、  
あなたとなら、一人っ子でも悪くはないかな  
と、そっと静かな部屋に響いては消えていった。  
 
 

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